八話 婚約決定
チュンチュンと小鳥のさえずりが窓の外から聞こえる。昨日の騒動が嘘だったかのような静かな朝を迎えた。俺はベッドからゆっくりと上半身を起こし、隣を見る。そこには安らかな寝息を立てて眠るディアナの姿があった。
うん。つまりあれだ。これはエアではなく、正真正銘の朝チュンだ。とうとう俺はやっちまったわけです。
実は昨日あの後、フェリシアさんから、
「今回シルヴィアさんの侵入を許し、騒動を起こした原因は何だと思う?」
と、聞かれ。俺が返答に窮していると。
「物理的な防壁が無かったからよ。だからね、もう婚約も決まったことだし、今日から二人は同じ部屋で寝なさい。ディアナはちゃんと他の女に取られないように、フェイト君を守るのよ」
とかなんとか言ってきて、今のこの状況に至るわけだ。うん。ここまで言われたからには男として受け入れなければなるまい。ディアナに恥をかかせるワケにはいかんからな。いい訳じゃないぞ?
《昨晩はお楽しみでしたね!》
《お前それが言いたいだけなんだろ? というか昨日の覗いて無いよな?》
《も、もちろん覗いてなんかいませんよ》
《怪しいな……でもこれからお前は空気だと思うことにしたからな。もう気にすんな》
《うう……それはそれで無視されてるみたいで嫌だなぁ》
ああそうだ。アストレイアの事は無視無視、今は昨晩の余韻に浸ることにしよう。俺は直ぐ側で寝ているディアナの頬にかかった髪をなで上げる。するとディアナはくすぐったそうに口元を綻ばせる。うん、やばい。めっちゃ可愛いですディアナさん。
俺は今何とも言えない達成感というか、ふわふわした感じの高揚感に支配されている。前世では体験したことのない不思議な感覚だ。うむ、これを幸せというのかもしれないな。ああ……心が満たされる、満たされちゃうよぉぉ!
俺がそんな感じに身悶えていると、ティアナと目が合った。う……どうやら起きたみたいだ。
「お、おはようフェイト」
「お、おう。おはよう」
さっきの悶ているところ見られてないよね?
「えっと、まだ正式には式とか挙げてないんだけど、もう私達夫婦って事で良いんだよね?」
「そうだな。まだ一応婚約の段階だけど、もう決まっているも同然だからな。改めてこれからもよろしくなディアナ」
改めて口にすると結構恥ずかしい。
「うん。こちらこそよろしくねフェイト」
そう言ってディアナは俺の方に身を寄せ、しなだれかかって来る。うーん、こういうのってなんか良いよね。
俺とディアナの周りにはあの時と同じ『嬉し恥ずかし空間』が形成される。だが、あの時とは決定的に違うものがある。それはエアではないということだ。俺はあの心の重圧から開放され、この空気を心から受け入れることができている。
エアとは違うのだよエアとは。
さて、もうちょいこの雰囲気を堪能したいところなんだけど……
「皆が待っているかもしれないから、そろそろ着替えて下に降りようか」
「うん、そうね」
俺とディアナは顔を見合わせ、軽くキスをした後、着替えて下の階に降りていった。
《焦らされるのもイライラしますが、こうも堂々とされるとこれはこれで腹が立ってきますね。リア充爆発しろぉぉ!》
《お前は俺とディアナの事応援してたんじゃなかったのかよ?》
《それとこれとは別問題です! うがぁーー! 屋敷に火ぃつけたるでー!》
《やめろアストレイア、落ち着けって!》
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺はアストレイアをなだめながら、ディアナと一緒に一階の食堂にやってきた。朝食は既に用意されており、皆も席についていた。俺とディアナが一番最後みたいだ。ちょっとなんかバツが悪いぞ。
俺とディアナのなんとなく浮ついた雰囲気に気付いたエレーナが、早速突っ込んでくる。
「むー、ディアナなんかツヤツヤしてる。ずるい」
「な、何を言ってるのエレーナ?」
「ふーん。昨晩はお楽しみだったみたいね♡」
「マ、ママまで……」
ディアナをからかうエレーナとフェリシアさん。ディアナは顔を真っ赤にしてオロオロしている。というかフェリシアさん、アストレイアと同レベルかよ。
「あのな、朝食でそんな話をしないで欲しいんだけどな」
デリカシーのないトリスタンが悪態をつくものの……
「女心が分からないヤツは黙ってて」
「ディアナが大人になったんだからちゃんと祝福してあげなきゃね」
と、即座に撃沈される。というか、俺も針の筵なんだけどな。できればさっさと朝食を済ませてここから脱出したい……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから俺とディアナは皆にからかわれながらも、なんとか朝食を済ませ、パーティメンバーと共に辺境伯の屋敷に着いた。
……それにしてもオスカーさんに目を合せられなかった。これまでの口ぶりから認めてもらっていると思うんだけど、表情からは全く読み取れないから怖いんだよな。……大丈夫だよね?
俺はとりあえず気を取り直し、屋敷に入って執務室に行くとハルベルトが迎え入れてくれた。
「さて、昨日の話の続きだよな。フェイト、どのようにして王女に話を切り出すつもりだ?」
「あ、いえ。その件ですが、もう王女側には話を通していますので大丈夫です」
ハルベルトが首を傾げながらこちらを見る。
「……あれから何があった?」
「いえ何も。ただ、王女の従者シルヴィアが俺の屋敷を訪れて、その時話をしただけです」
嘘は言ってないぞ。肝心な部分は端寄ってるがな!
「……まあいいか。そういうことにしておこう」
さすがレティシアの親父、妙に鋭い。態度から察するに、確実に何かあった事は気付いてるっぽいな。でもそこを深くは追求してこないところもレティシアに似ている。やはり親子だな。
「あ、あとひとつ相談があるんですが」
「なんだ?」
「これから王都に向かう事になりますが、王都では俺に接近してくる貴族がいると思うんですよね。その貴族たちのアプローチを避ける意味でも、ディアナとの婚約を正式に公表しておきたいんです」
「ふむ、なるほど、一理あるな。レーニアの英雄が王都に赴けば、底辺貴族どもがワラワラとハイエナのように群がってくるだろう。しかし王都の貴族は油断ならんぞ。正妻は無理でも第二夫人、妾のポジションに自分の娘をねじ込もうとする輩が必ず出てくる」
だよな。地方のレーニアよりも王都の貴族の方が一癖も二癖もありそうだ。
「それは……エレーナも同時に婚約発表ということで」
俺の言葉にエレーナの方をちらりと見るハルベルト。エレーナはそれになぜかVサインで応える。
「……それならフェイトよ。魔除けにもう一人、レティシアも貰ってくれんか?」
ああ、やっぱり来たな。でも魔除けってハルベルト、そりゃあんまりだぞ。
「お父様! 黙って聞いていれば、魔除けとはどういう意味ですの?」
「わ、悪かったレティシア、冗談だ。しかし、フェイトもレティシアと婚約したととなると、余程のバカ貴族ではない限りアプローチはかけて来なくなるぞ」
「……それは私の家格を見て言っているのですの?」
「も、もちろん家格だ」
レティシアは冷や汗をかくハルベルトをジト目で睨む。
「えっと、それを受けるかどうかは別として、先程家格の話が出てきましたが、俺とレティシアではその家格が釣り合わないと思いますが? 俺は準男爵。一番最下級の貴族ですよ?」
これ、前から疑問に思っていたんだよな。辺境伯と準男爵では家格に雲泥の差があるだろう。
「別にこの国には家格を合せなければならないという法や決まりはない。なんとなく慣習的なものだ。あまりに家格が低い者に嫁をやっても意味が無いからな」
単なる習慣と言っても、イギリスではその長年続く習慣が習慣法として法的な拘束力を持つまでになっているからな。そんな簡単に無視できないんじゃないの?
「それに、お前はこれから王都で事を成すんだろ? すぐに陞爵して、家格は釣り合うと思うぞ」
「つまり、俺の出世を疑ってないと?」
「まあ、そういうことだ。というわけで貰ってくれるか?」
まあ、俺を買ってくれているのは素直に嬉しいんだけど。
「いえ、それとこれとは話が違いますって。それにレティシアとはまだ会って日が浅いです。お互いの事をよく知らないのにいきなり婚約なんてまずいでしょ」
「ふむ、まだ顔を合わせたこともないのに婚姻関係を結ぶ様なことは貴族の世界では当たり前のようにあるんだがな。レティシアはどう思う?」
「そうですわね。フェイト様の仰る通り、もう少しお互いのことを知る必要があると思いますわ」
ん? あれ? レティシアだと食いついてくると思ったが、うーん。レティシアの本心がよく分からないな。腕組んだりして来るから好意は持ってると思うけど。
《ふん、このリア充が。自惚れて調子に乗るからですよ》
《お前……キャラ変わってんぞ》
「うーん。そうか? まあ、焦る必要もないか」
この人も諦めるということを知らないんですね。
「ディアナとエレーナとの婚約発表の件については了解した。寄子を始めとした貴族達に触れを出しておこう」
「ありがとうございます。辺境伯」
ふぅ、なんとかレティシアの婚約は回避できたぞ。あとは王都に行く準備を進めるだけだな。
普通に馬車で王都に向かうとニ〜三週間かかるらしいが、そんなに時間をかけるわけにはいかない。というわけで、俺の現代知識と魔力の粋を結集した、とっておきのビックリドッキリメカを作ってやるぜ。
やっと50話行きました。
今後ともよろしくお願いします。




