ロッキー、ルーシー、バンダーラなど
「食べ物だけは絶対に無理って思ったんだけど、ロッキーってやっぱり違う!」
アクアが現れて性格が一変した。
浅田君のところから歩いて二三分、曲がりくねった上り坂をだらだら行けば、立派な邸宅にイスラム教徒の家族が住まっている。主人は、キャンディーのはずれにある名門ぺーラデーニヤ大学の、医学部教授を務める。ところで、この邸宅は奈々さんが犬を散歩させる通り道に当たっている。逞しい体つきのロッキーが夫人の目に留まり、うちのアクアにどうかしらと、主人と相談した結果、召使いをして愛犬を連れてよこした次第だった。アクアも初めてなら、ロッキーも初めてなのである。
奈々さんはヌアンと市場へ行くつもりで仕度の最中だったが、代わりにダーサを使いにやらし、自分は犬と遊ぶことに決めた。ルーシーは余程癪なのだろう、アクアが檻に近づこうものなら飛び掛る真似をする。メス同士のライバル意識ということもあろうけれど、おにいちゃんをとられるのを知っているのかもしれない。管理人バンダーラによれば、ロッキーとルーシー、実は種違いのきょうだいなのらしい。可哀想に、この家で飼われるようになったとき、アーナンダー博士の判断でルーシーだけ避妊手術を受けさせられた。
(アーナンダー博士というのは家の持ち主。なんでも国連の職員にして一家を連れエチオピアに赴任中であり、当分向こうで暮らすだろうとのこと。僕は会ったことがない。浅田君は博士に家を借りている。バンダーラは博士の義兄といえようか。博士の姉を妻とした。普段はそっちのほうの実家で、つまり博士の実家で、妻と義母と三人暮らし。用事がある時だけ浅田君のところへは顔を出す。バンダーラも忙しい男で、管理人の仕事と農作業のかたわら、老義母の面倒までみなければならない。これは重度の糖尿病という、ちょっと動かすのにも危険がともなうので、バンダーラ自ら医者に連れて行く始末である。大枚をはたいてトゥクトゥクを購入した。それに乗せて行く。だからよくトゥクトゥク・ドライバーに間違えられる。街中なんか走っていると客に止められようとする。浅田君の門前へもトゥクトゥクで乗りつける。これにはダーサが顰蹙し、ここはジャパンのトップ・エンジニアのお屋敷です、トゥクトゥクの車庫がわりに使われては困ります、と文句を言ったことがあったが、あまり効き目はなかった。気の毒なのは、近頃、義母だけでなく、妻も、更には当のバンダーラも、糖尿の気が出はじめた。バンダーラはまだ軽いようだが、血は争えないとでもいうのか、妻は母親同様に心配される。奈々さんをつかまえては、「アイオーお嬢様!わたしは疲れました、疲れました。わたしは疲れています!母の介護が大変です。死にたいなどと口走ります。妻も泣いてばかりいます。アイオー!わたしはどうしたらよいでしょうか。ドクター・アーナンダーには始終電話で小言を言われます。もっとちゃんと面倒をみなければいかんと。お願いです。少し昼寝をさせてください。お嬢様のところしか気の休まる場所がないのです。」と哀れっぽいことをいうものだから、今では奈々さんのほうがなるべく顔を合わせないようにしている。)




