笛と耳
恋人がいた。
とても美しく、気高い人だった。
けれども、死んでしまった。
青年は、墓前で彼女の名を呼ぶ。返事は当然、返ってこない。
「…愛してる」
土を掘り、棺を見つけ出した。
棺の中には、白い骨が横たわっていた。
「君は美しいね。どんな皮膚を被った人間よりも」
恍惚とした表情で、青年は言った。
「…どんな皮膚を被った人間よりも?そうさ、君はそうだ。誰よりも美しい!『どんな形をしていても!』」
居ても立っても居られなくなった青年は、彼女を抱きかかえ、家へ帰った。
「ねえ、初めて会った日のことを覚えてる…?僕が、君の家の近くを散歩していた時、君は笛を吹いていたよ」
青年は骨になった彼女を、愛おしげに撫でる。
「君は音楽が好きだよね。僕もね、音楽は好きだよ」
家にあるピアノ椅子に座る。
一曲、彼女のために青年は弾いた。
「ピアノも悪くないでしょう。でも、やっぱり笛がいいな。初めて会った時の思い出だもの。…え、何をする気だって?」
青年は、彼女の言葉を聞き返す。
実際には、何も言わない骨がそこにあるだけだが。
「もちろん、君の骨で笛を作るのさ」
青年は骨を削って、笛を作り始めた。
一度でもミスしたら、自害しようと思いながら。
「ねえ。デザインも凝りたいよね。…ええ?シンプルな方がいい?そうかな、花とか星とか可愛らしくない?…君ってば、シンプルが一番だなんていうんだからな。ロマンがないや」
彼女と会話していると、夜が明けてきた。
「まあ一晩で作る必要はないしね。じゃあ、働きに出るよ」
仕事終わり、彼女の母親に呼び止められた。
「あの子の墓が、誰かに荒らされたのよ」
「なんだって⁉」
青年は驚愕した。急いで母親と一緒に墓へ行く。
ファルの墓前は、掘り起こされた土で汚れ、棺は開けられていた。
「いったい誰がこんなことを…!この墓だけなのよ」
「許せない、ありえない…!誰がこんな真似を…!」
青年は激昂した。
すぐさま犯人を捜しに行ったが、結局、わからずじまいだった。
「ねえ聞いて!君の墓が荒らされていたんだよ!酷いでしょ⁉」
家に帰って早々、青年は彼女に訴えかけた。
「…え?…でもさ!…ふうん。…まあ君が言うのなら」
青年は溜息をついて言った。
「君は本当に優しいんだねえ」
青年は毒気を抜かれたような表情をした。
「ああ、笛作りの続き?もちろんさ」
青年は再び、笛を作り始めた。
しばらくして、笛は完成した。
完成された笛を手に取り、青年は口をつけ、吹いて見せた。
「ブオー」
青年は首を傾げた。
「あれ、ちょっと変な音かな?いやいや、君の骨でできた笛だ。変な音なわけあるものか。…ブオー」
もう一度吹いてみたけれど、音が少し変なようだ。
「いや、そんなわけない。きっと、僕の耳がイカれてしまったんだな」
青年は立ち上がり、キッチンに向かう。
キッチンからナイフを取り出し、躊躇なく、耳をナイフで切り落とした。
「これでいい音になるはずだ」
青年は今一度、笛を吹いた。
終




