帰宅後
「あ、お兄ちゃんお帰りー」
自宅のリビングに入ると部屋着の七海がタブレットを手にソファへ寝転んでいた。
「…………ああ、うんただいま……」
「? どしたの? なんか黒塗り高級車の人にゴアイサツでもされた、みたいな顔してるけど」
「……ある意味、間違ってないかもな……」
答えながら力なくフローリングにへたり込む。それで察したのか、七海はふっと寂しげな笑みを浮かべた。
「……そっか。お兄ちゃん内蔵売っちゃうんだ。いいマグロ漁れるよう応援してるからね」
「混ざってる混ざってる」
兄を生き地獄に放るのに前向き要素の含んだ言葉選びをするとはどうしたことか。
「……冗談はともかくとして。なにかあったの? 配信のほうは上々だったと思うけど」
「いや配信後の話」
「後?」
「ああ。……くれぐれも周りには言わないでほしい話なんだけどな……」
その心配は無用、とばかりに七海は上体を起こして居住まいを正す。
「あの後に弧月アルテさんと話をしたんだ」
「うん」
「そこで『猛魅カヅチ氏が会って話がしたい』と伝えられた。アルテさんと同じチームの。てかそこのリーダーの」
俺の言葉に七海は軽く目を見開く。
「それって、つまりお兄ちゃんが大手チームに目を付けられた、ってこと?」
「たぶん」
「で、それでなんで元気ないの? いいことじゃん」
「どういう方向性で目を付けられたのかが分からん」
「はあ」
「単純な興味ならいい。……だけどもしアルテさんに失礼なことをした、とかの理由で呼び出されてる場合は一体どうすりゃいいんだ……」
目を閉じれば脳裏にありありと浮かぶ。
事務所の椅子にどっかりと腰掛ける猛魅カヅチ氏が青筋を立てながら、
『あんクソボケが、ウチのアルテの配信台無しにしくさってからに。いい度胸じゃ、例のナントカ言う小僧をワシん前に引きずり出せや。直接ヤキ入れちゃる』
と黒スーツの部下たちに指示を飛ばす光景が。
「……お兄ちゃん、ダンジョンじゃ強気なのに妙なところでヘタレるよね……」
「そりゃあ魔物はぶっ飛ばせばいいけど、権力をぶっ飛ばしたら後が怖いだろう?」
「お兄ちゃん」
七海は五十年熟成させたワインでも醸し出せないほどに奥深く複雑な感情を乗せた蔑視を向けていた。
「……とにかくさ」
七海が言った。
「配信見てた限りお兄ちゃん別にアルテさんに失礼なことしてないし、心配する必要なんてないよ。普通に会いに行けばいいじゃない。それともなにか怒られるような事でもした? そんな心当たりでもある?」
「……ない、な。うん。ないはずだ」
「でしょ。相手はごくごく真っ当な団体な訳だし、少なくともケジメつけろって話にはならないよ」
「……大丈夫だよな?」
「うん」
「……マグロ、漁らなくてもいいんだよな?」
「うん。お兄ちゃんはワカサギでも釣るような気持ちで気楽に構えていればいいんだよ」
ああ、七海。俺には過ぎた妹よ。お兄ちゃんは安心したよ。
これで俺は心おきなくワカサギ釣りに――我が家に釣り竿はねえ。あれ? これなんの話だっけ?
ああそうだ。猛魅カヅチ氏に呼び出されたって話だ。
「……じゃあ、まあ取りあえず会ってみることにする」
「そうしなよ。で、会うのっていつ? そもそもお兄ちゃんが向こうに行くの? それとも向こうから来るの?」
「いつかはまだ分からん。決まったら後でメールするってさ。それと、もう言っちゃうけどアルテさんとカヅチ氏、どっちもウチの県在住らしいから」
「え、そうなんだ」
「絶対秘密って訳じゃないらしいけど、いちおう言いふらさないでくれよ。電車代は向こうが払ってくれるってさ」
「なるほど。……『電車代払う』って言ってくれてる相手にビビるお兄ちゃんって一体なんなの……」
「そりゃ電車代払ってでもシメる価値のある相手と思われたってことだろ?」
「面の皮増量骨なしチキンってどこに需要あるのかな……」
そうしているうちに玄関から引き戸の音が聞こえた。
「この開き方はお母さんだね。お帰りー」
七海はソファから立ち上がり、ひとまず話はお開きとなった。
夕食後に部屋でのんびりしていると、メールが届いた。弧月アルテ氏からだ。
内容は――会う予定日の確認だ。次の土曜日に町の方のファミレスでどうか、とのこと。『それでお願いします』と返信する。
……土曜日か。少し日があるな。
それまでなにをするか――と言われれば決まっている。
俺の手元(※貸しロッカー内)には"ガロウズウィロー"から得た『漆黒の柳材』がある。高純度の魔石を売って得た資金もある。そして『狭間の鍵』もある。
ならやるべきことはひとつ。
装備の更新だ。
一旦終了します。
お付き合いありがとうございました。




