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巫のまつりごと  作者: 一靑華巳
読み語り
21/21

豆本

「お願いします! 絶対可愛いので、後生ですから着けてください!」


 イベント開催の四日前、ざらめさんに懇願するように両の手のひらを合わせ、拝まれた私と余花さんの表情は冴えない。


「絶対に嫌よ! こんな兎耳着けるくらいなら死んだ方がマシ」


「ちょっと私には可愛い過ぎるかな……」


 私たちは互いに目配せをして、何とかやり過ごそうとする。けれど、


「私は良いと思うけれどなぁ、これくらい可愛い方が子供達も慕ってくれそうじゃない?」


 何と照葉さんは唯一乗り気で、既に兎耳カチューシャを身に着けていた。口元は弧を描き、ざらめさんと笑い合っている。


「ありがとうございます! 照葉さんもこう言って下さいましたし、あとはお二人だけですよ〜」


 「ふふふ」と何だか嬉しそうなざらめさんには申し訳ないけれど、フリルがふんだんにあしらわれた兎耳カチューシャはハードルが高い。


「ちょっと考えます……」


 一旦、横に置いておくとして、今日は豆本制作の為、近くの修復工房に向かうことになっている。


 閉館後の薄暗い芸亭を背に北西へ向かうと、道端の灯篭が微かな灯りを点し始めていた。


 今日のざらめさんの格好は海老茶地に真っ白な蝶の柄を施した袴姿で、まるで夜闇に舞っているかのように美しかった。


「製本作りに、ざらめさんが着いて来なくても。よっぽど暇なのね」


 余花さんは悪気もなく、ざらめさんに声を掛ける。


「こら。もう余花は本当に毒舌なんだから〜」


「あら、良いんですよ〜。確かに仕事が終わったら特にすることも無いですし」


「恋人とかはいないの? 大正のマドンナなんて、男選び放題じゃない」


 余花さんの言葉に髪を(もてあそ)びながら、頬を赤らめるざらめさん。


「そんな、マドンナなんて照れてしまいます。恋人なんて私には縁遠い話ですよ〜」


 そう言って、彼女はいつもの調子で笑う。けれど、灯籠の淡い明かりに照らされたその横顔は、一瞬だけ何処か遠くを見つめるかのようだった。


「あら、意外。ざらめさんなら、引く手あまたでしょうに」


 照葉さんの言葉に、ざらめさんは小さく肩を(すぼ)める。


「どうでしょう……。ご縁というものは、こちらが望んだからといって、必ずしも結ばれるものではありませんし」


 その声音は柔らかいが、どこか一線を引くような響きがあった。


「ふぅん……」


 余花さんはそれ以上踏み込まず、夜道の先へと視線を向ける。


「まぁ、恋に生きるかは人それぞれだけれど、私は余花の恋愛話も聞いてみたいわね」


「もう、私が男嫌いなの、姐さんも知っているでしょう? そんな相手、居るわけないじゃない」


 余花さんは振り返り様に照葉さんを()め付ける。


「そう決め付けなくても、良いじゃない。ある日突然、出会(でくわ)すことだってあるんだから」


 灯籠の明かりが一つ、また一つと背後に遠ざかる中、ざらめさんの歩調が少しだけ早まるのを感じた。


 白い蝶の柄が闇の中で揺れ、私はその後を追いかけるように着いて行くのだった。

 



 と、そんなこんなで工房の前に辿り着く。主に修復作業を請け負っている工房だが、豆本制作の為にと快く応じてくれたらしい。


「皆、よく来てくれたな。上がってくれぇい」


 工房長らしきひとが出迎えてくれたけれど、私はその姿に唖然とした。


 よくよく見ないと分からないくらい、小さな背丈は十五センチ程。頭には金色の筋が入ったお皿を乗せている河童。それは普通のお皿ではなく所謂、金継(きんつ)ぎ────


 割れたり欠けたりした陶磁器を漆で接着し、その継ぎ目に金粉や銀粉などを蒔いて装飾することで修復する技術が施されている。


 なるほど、それで金継河童(きんつぎがっぱ)と呼ばれているのかと一人納得した。


 さて。私たちは工房の中に入ると、大きな平台の前に腰掛けた。各自、持ち寄った紙束(この工房で用意して下さった上質紙で、それぞれ万年筆で清書したもの)を机の上に置いて、工房長の話に耳を傾ける。まるで、製本書のワークショップみたい。


「製本だが、今回は和綴じで作業を行う。和綴じにも種類があってだな……」


 工房長は小さな手で顎を撫で、少し講釈めいた間を置いた。


「……はっ、その前に先ずは、表紙の和紙を選んでもらおうか」


 その声を合図に、奥の棚からお弟子さんたちが和紙を頭上に掲げて、運んで来てくれた。平台の上に広げられた和紙は、まるで静かな水面に花を浮かべたように色とりどりで美しい。


「和紙と一口に言っても、原料や産地で仕上がりがだいぶ違ってくるんだ。その中でも表紙に向いている和紙はこの七種類だな」


 聞くところによると、


奉書紙ほうしょがみ』格式高く、なめらかな高級和紙。


大礼紙たいれいし』金銀の紙繊維が散らされた、豪華な印象の和紙。


雲龍紙うんりゅうし』繊維が長く、羽のような風合いの上品な和紙。


楮紙こうぞしこうぞを原料とし、丈夫で素朴な風合いの和紙。


三椏紙みつまたし』 しなやかで光沢のある和紙。


落水紙らくすいし』水玉模様のような透かしが入った、デザイン性の高い和紙。


千代紙ちよがみ』印刷や染めで模様が施された華やかな和紙。


 質感もそうだが色合いによってもだいぶ印象が違う。これは、目移りしてしまうな。


「色や質感の希望があるなら、それに見合ったものを用意するから、何でも言ってくれよ」


 工房長の言葉を聞きながら、自分の持ってきた紙束を見つめる。今回、私が読み聞かせに選んだ書物は『つきのうさぎ』で、お話の内容はこう。


 仲良く暮らしていたうさぎと狐と猿のもとに、お腹を空かせた老人が現れる。三匹は老人のために毎日食べ物を探しに行くけれど、うさぎだけは何も見つけられずに帰ってくる日が続く。とうとう、うさぎは老人に「私を召し上がってください」と言い残し、自ら火の中に飛び込んでしまうという物語。


 ここまでなら、うさぎの不憫(ふびん)さに物悲しく思うけれど、実は老人の正体は神様で、うさぎがいつまでも幸せに暮らせるようにと月の世界に連れて行くところで物語は終わる。


 私は兎が出て来るお話の中で、この物語が一番好きだ。昔話のうさぎは、ずる賢いイメージが強いから、誰も傷つけ合わずに済むこの優しい物語の方が性に合っている気がするから。


 さて。表紙選びだけれど、うさぎの白とお月様の黄色を兼ねた色味が良い。私は白地にクリーム色の青海波模様が入った三椏紙を表紙に付けることにした。淡い光沢がお月様の光と兎の毛並みを彷彿とさせ、我ながら良い選択をしたと思う。


「胡和ちゃんの選んだ色、とっても素敵ね!」


「ありがとうございます! 照葉さんの千代紙も華やかな桜が綺麗ですね」


 照葉さんの選んだ題材は『桜ん坊』で、落語の演目でもあるこのお話を子供向けにアレンジして書いたものらしい。


 ある日ケチな男が勿体ないからと、さくらんぼの種まで飲み込んでしまう。そして、その種はすくすくと成長して、頭のてっぺんに大きな桜木を生やす。やがてそれは町中で評判となり花見に人が押し寄せ、頭の上でどんちゃん騒ぎ。耐えかねた男が桜木を引っこ抜くと、今度はそこに水が溜まって、池となる。いよいよ魚が住み始め、釣り客で大賑わい。また辛抱ならなくなった男は頭の上の池に身投げするというオチ。


 何とも奇想天外な内容だが、これはこれで子供達に受けが良いかもしれない。


「私は、猫町(ねこまち)だから幻想的な落水紙にしようっと」


「猫町って題目だから、猫が住んでいる町のお話?」


 照葉さんの疑問に今度はざらめさんが答える。


「猫町は萩原(はぎわら)朔太郎(さくたろう)の散文詩風小説ですよ〜」


 あらすじは、旅行先の山中で迷子になった「私」が、どこか奇妙な町に迷い込んでしまうというもの。気が付くと、そこには猫が溢れかえっており、恐れ(おのの)きながらも何とか自意識を取り戻す。と、先程の不思議な町はなくなっており、普段通りの田舎町が広がっているだけだった。錯覚された風景と現実に見ている風景は、どちらが本物なのかというお話。


「なるほど、なかなか奥が深いのね〜」


「こういう、味のあるお話って良いでしょ? 私も何処かの町に迷い込んでみたいわ」


 私がもし迷い込むとしたら、犬町が良いなと密かに思っていた。どちらかと言えば、犬派だからである。まぁ、この五都(いづと)も十分に不思議な町ではあるけれど。


 表紙は各自選び終わったので、次はいよいよ綴じ作業。和綴じの種類も多々あるが、今回は豆本なので三つ穴を空けて糸で綴じる"三つ目綴じ"を行っていく。


 糸の色を選び、目打ちで空けた穴へ、工房長の手順通りに縫い進める。あとは、表紙に題簽だいせんを貼って、本のタイトルを書き入れれば完成だ。筆先が震え、なかなか緊張感のある、まさに画竜点睛(がりょうてんせい)の瞬間。そんなこんなで本は上出来の仕上がりとなった。当日まで、あと三日。いよいよ読み聞かせの練習も詰めて行かねば。


「「「今日はありがとうございました」」」


「良いってことよ。仕事が無かったら顔出そうと思ったんだが、生憎だな。応援してるから、頑張れよー!」


 工房を後にして振り返ると、戸口の向こうで金継河童たちが小さく手を振っていた。私も僅かに振り返し、そっと空を仰ぐ。


 夜空には、満天の星がこぼれ落ちそうなほど瞬いていた。現世では滅多に拝めない光景で、何度眺めても見飽きることはない。一粒一粒が磨かれた宝石のように澄んだ光を放っている。その星々の下を、こうして仕事仲間と並んで歩く、ただそれだけの何気ない日常の一場面が、どうしようもなく愛おしい。


 私は皆の背中を追い、歩調を合わせながら静かな余韻に浸っていた。

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