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巫のまつりごと  作者: 一靑華巳
摩天楼
14/21

会合

「此処は……」


 夕陽の差し込む窓、畳の手触り。辺りには使い古した道具や小物類が所狭しと並べてある。広さは六畳と私の住んでいたアパートの部屋くらいだけれど、物で埋まっている分、床面積は四畳半程か。


「物置部屋……?」


 確か昼前にお庭で白練様と会合した後、領主様が戻って来るまで待たせてもらうつもりだった。それが、いつの間にか眠ってしまって、気付いたらこの場所に。


 立ち上がって、鉄格子の窓からそっと辺りを伺う。空に近いけれど宿の十二階よりは低く、庭の緑もよく見える。色んな花が咲き誇っているけれど、青色の花が多いのだと真上から見て改めて気付かされた。


 分かるのは私が今、摩天楼の中にいるということ。誰かに運ばれたとしか考えられないけれど、一体誰が?


 部屋を出れば、きっと誰かしらと鉢合わせることになるだろうけれど、何せ神様の住まう塔なのだ。


 人間の私、たった一人のこのこ出て行っては非常に気まずい。でも、こうして考えていても埒が明かないし、少しだけ覗いてみようか。


 と、取っ手に指を引っ掛けようとして、途端にガラリと襖が開け放たれた。


「お前、こんな所で何をしている? 誰の許可を得て此処へ入った? 答えろ」


 開口一番、こんなにぶっきらぼうな物言いをするひとは、きっと彼しか居ないでしょうね。


「領主様……、待ちくたびれました」


 ふぁと欠伸を噛み殺しながら、彼に向き直る。


「本当は外で待たせていただくつもりでしたが、誰かが私を此処へ運んだようです。その……、眠っている間に」


 信じて貰えるのか不安だけれど、ここで及び腰になるのは良くない。私の身の回りの事、芸亭司書になる為のプレゼンの事も彼に話さないと。そして、出来れば七年前の事も。


「全く、呆れた連中だ。わざわざ俺の部屋に運ぶとは」


「え、こんな物置部屋みたいな所が……」


 聞けば、どうやら女神様たちの私物や使い古した仕事道具類を元々この部屋に収めていたらしい。その後、領主様が仮部屋としてこの場所を使用することになったもよう。


「着替えに戻るか書物を読む以外、対して使う事も無いからな」


 まるで興味が無いという風に、そう答えると彼は一つ溜息を吐いた。確かに黒無地のお召し物だが、所々色が変色している。公務の折に付いた汚れだろうか。


「俺に話があるなら、着いてこい」


 そのまま長い廊下を右に歩いて、着いた部屋に通される。古城の謁見の間みたいに、襖絵が施されていて目新しい。


 大きく描かれているのは亀に蛇が巻き付いている姿。これは確か、玄武? 北の方角を守る神様と言われている。


 もしかしたら、此処は北の方角で他の部屋にもそれぞれの神獣が描かれているのかしら。


「暫し待て」


 領主様はそう言い放つと、ピタリと襖は閉じられた。彼が立ち去って、溜息一つ。何と言うか、仰々しい程の広間に圧倒される。水墨画の筆致で、壁には一面に切り立った崖のような山々が描かれており、まるでその場所に紛れ込んでしまったかのような心地になる。


 知らない世界で、知らない場所に一人きりというのは、何とも心細いもの。


「ずっと、一人ぼっちだな」


 独り言ちて、私は眼を伏せる。時計すら無いこの広間では何一つ音がしない。ただ静まり返った空間に私は居る。




 程なくして、背後の襖が開かれた。


「胡和よ、数刻ぶりじゃな」


 サラサラの御髪(みぐし)(なび)かせた白練様が登場。後ろには小さなお狐様達がゾロゾロと連なっている。よくお土産コーナーに売っているフサフサ尻尾が特徴のストラップに似て、愛くるしい。ゆらゆらと空中を浮遊して私を取り囲む。


「子奴らは管狐(くだぎつね)じゃ。お主を領主の部屋へ運んだのもな」


 体長二十センチ程の小さな狐達がどうやって私を運んだのかは少々疑問だけれど、余りの可愛いさに私の頬は自然と緩んでしまう。


「可愛いですね、管狐。実物は初めて見ましたが、思ったより白くてふわふわ……」


「子奴らはほとんど放し飼いみたいなものじゃからな。管に入っていれば多少は細くなるかもしれぬが。美しいものが好きでよく飛びつくから気をつけなされ」


 "美しいもの好き"とは気が合いそうだけれど、管狐としてのアイデンティティは失われているような……。


「初めまして、蓬莱胡和です。よろしく……」


「こよりさま、こよりさま、ふわふわ」


 四方八方取り囲まれて、毛並みに埋もれる。


「「ふわふわ……」」


 白くてふわふわのおしくらまんじゅうで心が癒される。


「幸せ……」


「私も覗きに来ちゃいました」


 ざらめさんも襖の陰からひょっこり姿を見せた。随分と場が賑やかになったものである。


「どうして、ざらめさんが摩天楼へ?」


「花鳥風月から時々配膳に来るんです。摩天楼の神様方は大事なお得意様なんですよ〜」


 なるほど、確かにお料理は絶品だし神様のお口にも合うんだろうな。


「それにしても鬼神はまた何処へ行ったのか、これでは胡和を部屋に担ぎ入れた意味が無いではないか……」


「やはり、貴様の仕業か白練」


 静かな怒声が広間へと響く。着替えたのか、先程とは打って変わり明るい春空を思わせるような色合いの紋付を着ている領主様。暗いお召し物の印象が強かったから、少し新鮮だ。


「狐共と共謀(きょうぼう)し、俺の留守中に他人を入れ込むとは呆れたものだ」


「ふっふっふ、我ながら妙案だと思うたのだがな」


 何処か得意気な白練様。


「性懲りも無く悪戯ばかり。今度余計な真似事をしたら、その目障りな尻尾を切り落としてやるからな」


 領主様の一言で震え上がる管狐たち。皆、愛くるしい尻尾を両手に抱えて、身を縮こまらせている。


 白練様に至っては、


「聞いたか胡和よ、我の可愛いふわふわもふもふ尻尾を甚振(いたぶ)るとは極悪非道の鬼じゃ」


 大きな瞳を潤ませて訴えかけてくる。そのお姿も非常に胸を打つのだが。


「領主様、あんまりですよ。いくらなんでも白練様が可哀想じゃないですか」


「小娘がしゃしゃり出るな」


 この鬼、何年経っても神経を逆撫でする事しか言わないな。


「はぁ、元はと言えば領主様が中々戻って来ないせいで、私は貴重な休日を無駄にしました」


「何を……」


「まぁまぁ、夫婦喧嘩はその辺にして、本題に入った方が宜しいのでは?」


 ざらめさんが微笑ましいと言わんばかりの顔で、こちらを見つめている。


「夫婦ではありませんが……」


「話があるのは小娘だけだ。女給と狐共は出ていけ」


 領主様の言葉に文字通りしっぽを巻いて広間を出て行く管狐たち。


「それでは胡和ちゃん、ごきげんよう〜」


「達者でな〜」


 ざらめさんに抱かれて退散する白練様。小さな手と大きな尻尾を振り振り。こちらも小さく手を振り返す。


 お茶目な白練様と美しい仕草のざらめさんは見ていて心が和むもの。



「さて、話があるなら手短に済ませろ」


 広間の中央で領主様と向かい合って座る。掴み合いの喧嘩にならなきゃ良いけれど。


「はい、先ずは私の許可なく誓約書に判を押させたこと、謝ってください」


「断る。手っ取り早く、この都の住人にする為には好都合な手段であろうが」


 ()びれもせず、ぬけぬけと。こちらの都合も考えて欲しいものだ。


「いきなり都の司書に任命されても困ります。私は現世でアパートも借りて、会社にも通勤しているのに……」


「蓬莱胡和。MORIシステム会社に三ヶ月更新の契約社員として勤務。三月末で契約終了。六畳のアパートも三月末までで引き払うと管理会社に話は付けてある」


「そんな個人情報をつらつらと……。だいたい、三月末まで残り一週間もあるじゃないですか。その間、無断欠勤なんて只でさえ忙しいのに」


「無論、その間は影武者が上手くことを運んでくれるだろう。お前と違って優秀な"人間''だからな」


 それはそれは、さぞかしご立派な人間様なんでしょうね。


「ところで、私の私物は……?」


「卯月に聞かなかったのか。床の間の掛け軸に異空間を作った。そこに全て収めてある」


 確か、部屋の右奥に青色の桜が描かれた掛け軸があった。あの掛け軸にそんなカラクリがあったなんて、案外近くに大切なものが仕舞われていたとは思いもよらず。


 これは卯月がこちらに来たら、たっぷり絞らなければ。


 でも、これでプレゼンにも間に合うし、現世の喧騒から離れて本格的に都の住民となった訳で。


「どうして、そんな大切なこと話して下さらなかったのですか? 直接全て話してくれていたら、こんな風に面倒な事にはならなかったのに」


「お前とは必要以上に話す気は無い。極力、関わり合いになりたくないのでな」


 彼は(おもむろ)に目を逸らす。面倒だと言わんばかりの態度。


「領主様は私のこと、まだ嫌っているのですね」


 あの時は売り言葉に買い言葉で、どうしても冷静になれない自分が居た。あれから時を経た今なら、話せることもあるとそう確信していたのに。


「そうだ。何度も同じことを言わせるな。分かったなら早々に帰ってくれ。此処は人間の小娘が踏み入る場所では無い」


 私はずっと七年前のことが心につっかえていたのに。こんなにはっきりと拒絶されるなんて。もう、何も言えない。


「分かりました。これで、失礼します」


 心の奥底が冷えて行く。つい一昨日までは、上手く話せていたと思ったのに、思い上がりだった。やっぱり私じゃ、今の私でも駄目なんだ。




 摩天楼を後にして、私は帰路に付いた。お宿の十二階、桐の間。真っ先に床の間の掛け軸の前へ。私の大切なものが眠っている場所へ。

 

 花器を退け、意を決して掛け軸に触れてみると、どこか捉えどころの無い感覚を覚える。空間の捻れだ。一歩踏み込んで、勢いのまま中へ飛び込む。


 すると、そこには石畳が敷かれ、掛け軸と同じく大きな桜木が一本立っていた。その足元に本棚、食器棚、衣装ケースにワゴン。大きな家具家電は無いものの、細々とした小物類はしっかりと収納ケースに収めてあった。


「本当、こういう所は抜かりないんだから」


 本棚の書物に触れる。領主様はいつも私を突き放すことばかり言って、ときにその言葉に傷付いて来たけれど、先程のことで更に痛感した。


 もう、これっきり会うことも無いのかな。


 ただ、七年前のように酷い言葉を言わずに済んで良かったと、ほっと胸を撫で下ろしたのである。

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