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巫のまつりごと  作者: 一靑華巳
摩天楼
13/21

白練

 翌日の月曜日。私はプレゼンに力を入れるため仕事を休み、朝早くから起き出していた。


 本当はそのつもりも無かったのだけれど照葉さんのご好意、というか半ば強引に勧められ、お休みをいただいたのだった。


 春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、私は寝ぼけ眼のまま着替えを進める。今日の着物は淡い水色を背景に、桜の花びらが舞っている可愛らしい柄。ちょうど、掛け軸の絵と雰囲気が似ている。


 さて。昨日の話から、現世の本をプレゼンに使うと決めたものの。肝心な事に、誓約書の件もあって私は今現世へは渡れないのである。ここに来る時に本も持って来れば良かったのだけれど、生憎手元にあるのは紺色のレターバッグのみ。中身もスマホ・バッテリー、エコバッグに財布と役に立ちそうにない。スマホも電源は入らないし、どうやらこの五都(せかい)では使えないもよう。


 持ち合わせは、財布の中身僅か二千二百十七円。昼食代を立て替えていただいた分も返さなくては。


「こういう時、卯月が居てくれたらなぁ……」


 あの兎、いちご大福目当てで芸亭に行ったのではないか、などとあらぬ想像をしてしまう。いきなり身一つで、別世界の住人になるだなんて。やはり独りぼっちは心細いものだ。


「失礼いたします。お食事をお持ちしました」


 物思いに(ふけ)っていると、可愛らしい紫色のおかっぱ頭の女の子が襖を開けて膳を運んできてくれた。


「今日からお世話係になる、(すみれ)と申します。人間のお客様は当宿にとって神様同然。どうか、ごゆっくり御寛ぎくださいませ。何かお困り事があれば、こちらを」


 彼女は深々と頭を下げ、懐から何かを取り出す。手渡されたそれは、三寸ばかりのよくお寺にかかっているような銅鐘に似て、鳴らすと心地よい音がした。


 そうして彼女は再び深々とお辞儀をしながら続ける。


「宿の中で鳴らしていただければ、何処からでも私が参上いたします。どうぞ御遠慮なさらず、何なりとお申し付けください」


 彼女が去ったあと、私は机の上に並べられた食事をまじまじと眺めた。下世話なことは言いたくなかったので聞かずにいたけれど、こんなに豪華で奥ゆかしく、素晴らしいお宿の経営状態はどうなっているのだろうか。


 潰れる、なんてことにはならず、出来る限り続けて行ってほしいもの。

 私は一口ずつ噛み締めて、料理を堪能したのだった。


 昇降機で下ること約一分。お宿のフロントにて女将さんに声をかけた。


 いつ見ても(とき)色の着物を上品に着こなしており、その立ち姿は何処と無く貫禄がある。結い上げられた白髪には真っ赤な玉簪。眼鏡をかけて、何か書き物をしているみたいだけれど、私に気付いて微笑みかけてくれた。


「どうしても、現世の本が必要で。どなたか代わりにお使いを頼みたいのですが……」


 私が現世へ渡れず、卯月もいつこちらの世界に来るか分からない以上、他に頼るしかない。


「私が代わりに行ってあげたいけれど、許可証が無いと渡れないのよね。神の使いである眷属あれば、自由に行き来できるはずだけれど、この宿には居ないし……」


 どうしたものかと女将さんを困らせてしまった。人に迷惑をかけたくない性分の私は、急いで平謝りし、直ぐにその場を去った。


 書物が手元に無いと、どうすることも出来ない。私は、五光亭を飛び出し、当てもなく人気の無い道を彷徨い歩く。歩いていると、段々思考が鮮明になって行くようだ。


 そもそも、勤めていた職場には連絡が入っているの?

 私がこちらの世界に来たことは誰一人知らないはず。家族とは疎遠、友人恋人無しのぼっち人間。


 身近に自分の安否を気にする者が居ないのはこれ幸いだが、流石に無断欠勤が続けば職場の人間が自宅を尋ねて来るかもしれない。緊急連絡先には止むを得ず、母親の携帯番号を書いているので、そちらに連絡が行くかも。


 そうなれば、非常にまずい。プレゼンのことは一先ず置いておいて、自分が置かれている状況を確認することが先決だろう。


 現世に戻れるかどうかも分からないが、領主様には聞きたいことが山程ある。そもそも、どうして芸亭司書に任命されたんだっけ。試験に合格する! と意気込んではいたものの。書物が好きだから、芸亭司書になるのも良いものかと思っていたけれど、このまま流されているだけじゃ駄目だよね……。


 こうなったら、やる事はただ一つ。領主様に直談判してやる。




 摩天楼は平安の北東に位置している塔。

 私が泊まっている宿は十二階建てで摩天楼はそれよりも低い八階立て。外観は漆喰で円柱型の天辺は、ティアラを模したような形をしている。何かの形に似ていると思ったら、チェスのクイーンの駒だ。外壁には蔦が這っており、なかなか重厚感のある場所。


 深く息を吸って吐いて、心を落ち着かせる。神様がいらっしゃる場所に人間である私が踏み込んで良いものか。


 もし神様に会って「今すぐ立ち去れ」などと怒りを買ってしまっては、立ち直れそうにない。こんな所に居ては、怪しい者として通報されかねないし、一旦出直すか……。


 そう(きびす)を返したその時、


「そこの人の子。お主、胡和ではないか」


 幼い声が辺りに木霊する。名指しされ、声の主を探してみると茂みから顔を覗かせているお狐様が居た。


 白くてふわふわと丸く、非常に可愛らしい。


「どうして私の名前を……?」


 もしかして、塔の中で私の良からぬ噂が流れているのではないか。


「うむ。大神様のところへよく参っておったからな。記憶力だけは他の眷属にも劣らぬ」


 悪い予感は外れ、どうやら私が幾度か通っていた神社の神様のお使いということらしい。狐と来て思い当たるのは一社だけ。


「もしかして、伏見稲荷の……?」


「いかにも、我は数多ある稲荷神社の総本社、伏見稲荷大社の眷属ぞ。我が大いなる大神であらせられる宇迦之御魂神の直属の使いじゃ」


 誇らしげだが、茂みから出て来たせいで頭に葉っぱが付いている。その姿がまた可愛いらしい。


 お稲荷様は私が京都に来てからの氏神様であり、事ある毎に伏見稲荷大社へ参拝していた。


 ちなみに氏神様とは自分が住んでいる土地を守る神様のこと。なので、引っ越した先でも自宅近くにある神社へは一度ご挨拶した方が良いと聞く。私の場合は神社巡りが趣味なので、常々ご挨拶周りに伺っているようなものなのだけれど。


「頭に葉っぱが付いておりますよ」


 そっと触れるように青々とした葉を除ける。ふわふわのお狐様を目前にして、気持ちも上々。


「感謝するぞ、胡和」


「ふふ、ここでお狐様に会えるなんて。実は領主様に用があって、取り次いでいただけないでしょうか」


 お狐様はこくりと頷いて、その場でくるっと回ってみせた。すると一瞬の内にして、九つくらいの愛らしい子供の姿になる。耳と尻尾はそのままで。


鬼神(きじん)は生憎、出ているのでな。戻って来るまで中庭で待たぬか? 美味い菓子もあるぞ」


 装束は眷属らしからぬ、ふわふわのフリルやレースが施されており、和ロリのような出で立ち。パニエで広がったスカートを翻して、私の手を取る。


 もちろん、お狐様の申し出を断る私ではない。


「はい、喜んで」


 初めて会ったのに初めて会った気がしない。お狐様に手を引かれながら、私は鉄格子のようなアイアンの扉から中に通された。


 中庭は綺麗に手入れされていて、雑草も見事に刈り取らている。花壇には色とりどりの花が咲き乱れており、あまりの美しさについ、見惚れてしまった。端には大人がゆうに四人は座れる程の大きさの風呂敷が敷かれていて、私達は静かに腰を下ろす。


「こうして、ぽかぽか陽気に日向ぼっこするのが、我の楽しみなのじゃ」


 両手足を広げて、気持ち良さそうに寝転がっている姿を見ているだけで、ほんわかとした気持ちになる。


「お狐様はずっとこの摩天楼にいらっしゃるのですか?」


 私の言葉に耳をピクりとさせて、向き直る。


「我はずっとここに居る。と言っても伏見にはときどき帰るがな。それより……」


 お狐様は改めて私の前に座り直すと、


「我は硬っ苦しいのは苦手なのじゃ。これからはタメ口で話せ。そして、お狐様ではなく白練(しろねり)と呼べ」


 進んで名前を教えてくれる眷属も珍しいこと。


「では、白練様とお呼びしますね。タメ口はなるべく努めるようにしま……す」


「ほらほら、また畏まりおって。お主は生真面目じゃなぁ。まぁ、人の子の我らと真摯に向き合う姿勢が願いを叶える第一歩に繋がる訳だが」


 願い事。京都にいた頃は至る神社へお参りしては祈りを捧げていた。平穏な日々を送ることと、彼との再会を。


「謝りたい相手と云うのは鬼神のことであろう?」


 白練様はニヤニヤと楽しそうに尋ねて来たが、ご名答。

 願いを神様に取り次ぐ眷属なら、知っていても無理はないか。


「そう、でも初日じゃとてもそんな話、出来なかった。おまけにお酒飲まされて、寝ちゃって勝手に判押されてて。酷いと思わない? 彼は生粋の悪鬼よね」


「そうか……。彼奴(あやつ)は変わり者でな、人の子は無論我ら眷属や神々のことも避けるのじゃ。そのせいで、円滑に誰かと関わりを持つことが出来ぬ。不憫な話じゃ」


 領主様はひとりでいる事がお好きなのかしら。私も他人に興味が湧かず、孤独に過ごしていた時期があったから、気持ちも分からなくもないけれど。


「誰か一人でも分かり合えるひとが居れば、また違うのだろうけれど、あんな性格じゃあね……」


「神である以上は、(いず)れ人の子と関わりを持たねばならぬ時が来るじゃろ。そこで、我は妙案を思い付いた」


 白練様は何やら私を見上げて不敵にほくそ笑んでいる。


「胡和よ、領主の良き話相手となってくれぬか」


「私が……?」


 本当に私で良いのだろうか。そもそも、私はただ領主様に今の私の身辺状況を聞いて、"おまけ"で七年前のことも謝る機会があればくらいに考えていた。でも、会う口実を作れるなら有難い話。一介の司書と都のトップとでは余りにも身分差があり、話にならないもの。


「この都に居る人の子の数はそう多くない。胡和ならちょうど領主とも接点がある。なので、胡和には是非ともお願いしたいところなのじゃ」


 ダメか……? と不安そうに耳を垂れている白練様。あまりに愛苦しいお姿に私の心は爆発しそうになる。


「白練様がそこまで仰るなら、私はお引き受けしたいと思います」


「よし、女に二言は無いな」


 固く誓いの握手を交わすと、何やら足音が近付いて来た。


「狐ちゃん、そろそろ戻らないと女神様方がお怒りになられるぞ〜」


 声の方を振り向くと、中肉中背の作務衣姿の男が立っていた。首には手拭いを下げ、二十代後半くらいに見える風貌。


「領主は戻って来たのか?我らは奴に用があるのじゃ」


「さぁ、また奈良の方に出向いてらっしゃるのでしょうね。あの辺は特に瘴気が濃いですから」


 以前、敵襲に遭ったことはざらめさんから聞いていたけれど、それが原因なのかしら。


「そうじゃ、紹介がまだであった。子奴はこの摩天楼の庭守(にわもり)朔夜(さくや)。庭仕事だけが取り柄の冴えない男じゃ。こっちの娘は蓬莱胡和、我の可愛い巫女じゃ」


 雑でツッコミどころの多い紹介だけれど、まぁ良しとしよう。


「鬼神が戻らぬのなら迎えに行くのも手だが……、胡和を危険な場所に連れて行くのも考えものじゃしな」


「白練様、私はここで領主様を待っておりますので、どうぞ塔ヘお戻りください。女神様たちをお待たせするのも申し訳ないですし……」


 私の気持ちを汲み取ってくれたのか、白練様は軽く頷くと塔を見上げた。


「やれやれ、眷属使いの荒い女神たちじゃ。それでは、朔夜よ。胡和を待たせてやってくれ。鬼神が戻ったら我を呼ぶのじゃぞ〜」


 フサフサの尻尾を振りながら白練様は去って行く。後ろ姿まで可愛いけれど、それとは裏腹に豪快な性格のようだ。


「全く、白練様はいつも自由気ままな方で困るんですよね。まぁ、その性格が功を奏してあの領主様と上手くやれているみたいですが」


 白練様は領主様のことを気にかけているようだけれど、他にも関わりのある神様はいらっしゃるのかしら。


「領主様は、この摩天楼でも近寄り難い存在に思われているのでしょうか?」


「いや、宰相殿とそれぞれの幹部の女神様たちとは交流があるみたいですよ。私とは白練様を通じてお声掛けする程度ですが」


 "宰相"と聞いて、はっとする。彼は、私が京都に移る二年前まで時々会って話し相手になってもらっていた。また機会があれば、ご挨拶をと思っていたけれど、都の上位に位置する彼とは話すことさえ(はばか)られるかも。他の女神様達のことも知らないし、やっぱり今は分からないことだらけだな。


「大変ですね、こんなに広いお庭の手入れなんて……」


「まぁ、任されたものは全うしなくてはねぇ。青の女神様に顔向け出来ませんから。それより胡和ちゃんは……」


 あれ、また意識が朦朧として会話が聞き取りにくい。この世界に来てから、何故か眠気に襲われてばかりいる。


  人の身体に合わない何かがこの都に流れているのか。それとも、余りにも神聖な空気に充てられているだけなのか。どちらでも構わないけれど私という存在は、何処へ行ってもその場所に馴染めない不憫なものなのかもしれない。


  ずっと自信が持てない。本当はもうずっと、自分が居るべき場所が分からないで居る。瞼を閉じて次に瞳を開けた先には、果てさて何が待ち受けているのだろうか。

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