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巫のまつりごと  作者: 一靑華巳
芸亭
12/21

花見

 昼食を食べ終わり、私達は芸亭へと戻る。行きは霧に覆われて不気味に感じていた橋も、もう何とも思わない。


 後で聞いた話だと、空間と空間を繋ぐ為、橋に施した特別な霊力が溢れ出ており、霧がかっているように見えるらしい。


 それからは、またぽつりぽつりとお客様は訪れ、その度に名簿に記載し、やがて閉館時間が訪れた。


 時刻は午後五時。


「今日は合計十九人……。思ったよりも多かったなー」


 上唇に鉛筆を乗せ、眉間に皺を寄せる。その姿でさえ愛らしく、可愛い子は何をしても可愛いのだとつくづく思う。


「確か、芋羊羹賭けるって言っていたわよね?」


「そういう所は抜かりないんだから。はぁ……」


 余花さんは、がま口財布を取り出して「明日のおやつ代ね」と私もよく見知った千円札を机の上に勢いよく置いた。ペチッと小気味よく。


「そういえば、そのお札って現世のと同じものですよね。この都でも使われているんですか?」


 先程も現世でお馴染みのお札で支払ってもらい、ずっと気にはなっていた。時代ごとに使われていたお金は違うはずなのに。


「現世とこの都を行き来している妖が多いから、混乱しないように女神様が現世に合わせて統一したのよ」


「本当は女神様が面倒くさがっただけかもねー。この都の統制と経済の管理なんて大変だから。血の気の多い妖ばかりだし」


 うーん、何となく大変そうなのは伝わってくる。


「あ、そうだ。芸亭の鍵も渡しておこうかしら。表門と勝手口の合鍵よ」


 持たせてくれたのは鉄製の独特の形をした(かぎ)。持ち手部分は真っ直ぐだが、鉤の部分は漢字の『巳』のように折れ曲がっている。そして、勝手口の白玉錠。こちらは真鍮(しんちゅう)で出来ており、小ぶりで軽い。


 手渡された二つの鍵を裸のまま持っておくのもどうかと逡巡していると、


「良ければこれを、どうぞお使い下さい♪」


 何処かで聞き覚えがあると思ったら、昼食を食べに行った喫茶『花鳥風月』の女給さんの声だった。


 エプロンを外した姿だと、アール・デコ調のモダンな着物の柄がよく見える。


 彼女の手には、カラフルな星を散りばめたような藍色地の巾着袋が握られていた。星にも見えるけれど、妙に丸いゴツゴツとした形。


「あ、ありがとうございます。もしかしてこの柄、金平糖……?」


「よく分かりましたね〜。私、金平糖がとっても好きなんです!私の名前も金平糖に因んでざらめ(・・・)なので、ぜひ覚えてくださいねっ」


 私は礼を言って受け取り、鍵を中に仕舞う。いつの間にか背後に立っていたざらめさんは完璧に気配を消していたように思う。私の察する能力が低いだけかもしれないけれど。


「あら、今日は早く上がったの?いつもはまだ仕事中の時間でしょう?」


「ええ、今日は時間休をいただきました。ここ最近は働き詰めだったので、少しはリフレッシュを兼ねて。でも、特にすることもなくて、芸亭を覗きに来ちゃいました」


 ふわふわと朗らかな笑みを称えているざらめさん。まるで、女神様のようなオーラを放っているけれど、実のところ何者なのだろうか。


「私たちもそろそろ上がるわ。そうだ、良かったらお花見に行かない?四人で」


「あ、ごめん私パス。これから友達と活動写真観に行くから」


 照葉さんからの誘いを速攻で断る余花さん。


「え〜、じゃあ胡和ちゃんとざらめちゃん、三人で行きましょう」


 ね?と笑顔の奥に若干の圧を感じつつ、


「お花見、楽しそうですしね……!」


「三人で行きましょう!」


 と、そんなこんなで約束を取り付けられてしまった。お花見なんて、いつぶりだろう。小学生の頃までは祖父がまだ生きていて、弟と三人で山へお花見に出かけたりもしたっけ。


 懐かしい思い出に浸っていると、後ろに気配を感じ取る。振り返ってみると、髭を生やした仙人のような風貌のお爺さんが杖を片手に立っていた。


 着物は緑地にところどころ墨で何やら文字が羅列されている。何かの和歌だろうか。


「お話中、悪いんじゃがの。そこの人の子に話がある」


 杖で指されて、内心どきりとする。このお爺さんは一体……。


「あら、館長さんじゃないの。何だかすごく久々な感じね」


「そうじゃったかな。一週間ぶりくらいじゃのぉ」


 髭を撫でながら、ほっほっと笑っている館長さん。


「やっぱり、試験の話? 私も新人の頃やらされたっけ」


 余花さんは面倒くさそうにそう言うと、私に同情の目を向けた。隣の照葉さんも何処か遠い目をしている。


 ざらめさんだけは何のことかわからない様子で、頭にはてなマークが浮かんでいるもよう。


 私も試験なんて話、全く聞かされていないし。

 でも、もし仮に落ちて芸亭司書失格になったとしたら、そのまま現世に帰れるのでは……なんて、あらぬ想像をしてしまう。


「こほん、それでは。試験の内容について説明するから、着いてきなさい」


 小気味よい杖の音を聞きながら、私はとぼとぼと館長さんに着いていく。大階段を上がって、鴬張(うぐいすば)りの廊下を歩く。その間も試験のことがずっと気がかりだった。人間の私でもできる範囲なのか、無理難題を言われたら……と、思考がどんどん悪い方へ。


「ほっほっ。何、気にすることはない。娘さんならきっと合格できるじゃろ」


 館長さんは私を気遣ってか、優しく声を掛けてくれた。それだけでも、幾度か心が落ち着きを取り戻す。


 さて。館長室へ着いた私たちは早速扉を開けて、中へと入る。


 そこには会議室にあるような縦長の机が置かれ、奥の方には大きな黒板。学校の図書室くらいの広さで、ここにもたくさんの書架が壁一面に並んでいる。


 開け放たれた窓からは、春のそよ風がレースのカーテンを軽く揺らしていた。私は一番手前の席に腰を下ろして、館長さんがチョークを片手に何やら書いているのを静かに見守った。


 そうして、書き終わった文字を改めて見てみると……。


 『試験内容 好きな書物のプレゼン』


 内容は思いの外、陳腐なものだった。


「と、いうことで試験内容はこの通りじゃ。期日は三日後。場所はこの館長室で、時間は十分。内容は問わないから好きなように考えなさい」


 館長さんの言葉に俄然、燃えてきた。読書が趣味の私にとっては、それほど苦に感じない。


「ただし、この芸亭にある書物は使わぬこと。以上、しっかり準備して試験に臨むように」


 言い終えて、館長さんはまた杖をつきながら奥の部屋の扉を開けて、中に入ってしまわれた。私はそっと安堵のため息を吐く。もっと難しい内容かと思ったのに、拍子抜けしてしまった。

 と、言っても手抜きはしない。


 必ず、合格してみせる……!


 それにしても、どうしてこの芸亭の書物を使ってはならないのだろうか。むしろここに勤めるわけだから、少しでもこの芸亭について知っておいた方が良い気がするのに。どういう意図があってのことかはわからないけれど、私は全力で試験に挑もうと決意したのだった。




 そんな彼女を見送る影が二つ。

 二階の奥まった場所にある館長室のさらに奥の部屋。窓からは夕日が差し込んで部屋の片面だけを照らしている。私は座っていた椅子から立ちあがって、窓の淵に手をかけた。


 大きな窓に半ば身を乗り出すようにして下を覗き込む。

 春風が私の銀の髪を揺らして、吹き抜けていく。


「あの娘は、胡和はどんなプレゼンをしてくれるのかしら。楽しみね」


 人間の娘、しかも生身の体でこの都を訪れる者は滅多にいない。女神様の言伝であの娘を受け入れることになったけれど。きっと、これから楽しい日々になるわ。私を救ってくれた、あの青い女神様の言う通り。


 どんな妖や神様でも人間でも皆が幸せになれるように、そのお手伝いをすること。それが女神様に託された、私の使命なのだから。


「ほっほっ。妖妃様もお花見とやらに行ってみてはどうじゃ。外の桜は満開で、きっと素晴らしい花見になると思うんじゃが」


 この芸亭の館長であるこのお爺さんは、事ある毎に私を外へ出させようとするけれど……。


「私は本の世界でお花見するから平気よ。それにもうこんな時間。館長さんもお帰りくださいな。可愛い曾孫が待っているのではなくて?」


 壁に掛かった真っ白な鳩時計は午後五時三十分を指していた。


 館長さんは慌てたように、

 

「おや、もうこんな時間かの。では失礼して」


 トトトと杖をつきながらも足早にこの部屋をあとにする。


 さてと。私は物語の続きを書かなくては。あの青い女神様の伝説のお話の続きを──────




「ええと、確かこの辺だったような……」


 お重を片手に抱え、私は手元の地図を見た。どうやら道に迷ったかと、辺りを彷徨(さまよ)い歩いていると、


「胡和ちゃん、こっちよ〜」


 あ、遠くで手を振っている照葉さんが見える。

 そこは小高い丘になっていて、ちょうど平安と江戸の架け橋である永元(えいげん)橋のすぐ近くに位置していた。


 一際大きな桜の木の下に風呂敷を広げて二人が座って待っている。


「もう〜、待ちくたびれて先に飲んじゃってるわよ」


 照葉さんは一升瓶を掲げて、完全にできあがってしまっていた。


「ごめんなさい、ちょっと道に迷っちゃって」


 私も二人の隣に腰を下ろして、持ってきていたお重を広げた。帰って女将さんに事を伝えると、是非にと持たせてくれたのだ。


 黒漆のお重箱は三段に分かれていて、一段目はおいなりさんに豆おにぎり。梅干しにおかか、昆布とバリエーション豊富。


 二段目は定番の卵焼きに大きな海老、煮付けに鮭に唐揚げ。三段目はいちごやぶどうのフルーツとポテトサラダ。


「わぁ、この卵焼きふわふわですね〜」


 ざらめさんは早速、卵焼きに一口齧り付いて満面の笑み。


 私も割り箸を割って、おいなりさんに手を伸ばす。油揚げの甘みとゴマの香りが鼻に抜ける。ご飯も詰めすぎないで、ほろっと崩れる感じ。大好きなおいなりさんだ。


 桜吹雪が舞う中のお花見って、つくづく良いもの。

 でも、他の二人はお酒と料理に夢中でこの景色を楽しむどころではないみたい。


「ほらほら、遠慮しなくて良いのよ?お酒はたっぷり持ってきたから」


 白磁のお猪口になみなみ注いで、私に勧める照葉さん。でも、昨日のことがあるせいで私はあまり気が進まなかった。


 皮肉にもあの夜桜の秘酒のおかげで、今こうして此処にいる訳で。実際は試験に合格しないと、正式な芸亭司書にはなれないみたいだけれど。


「それで、胡和ちゃんは何の書物にするか決めたの?」


「私は『枕草子』にしようかと」


「良いんじゃないかしら〜。確か平安時代の随筆よね。応援してるから、頑張ってね」


「私も応援しておりますからね!」


 ざらめさんはパッと私の手を取り、キラキラとした眼差しを向けて来る。こんな美人さんに見つめられると、少しばかり気恥ずかしい。


「ありがとうございます。でも、芸亭の本は使えないらしいので、何処かで買わないと……」


「大正にも本屋はたくさんありますが、平安時代の作品は置いていないかもですね……」


 ざらめさんの言葉に、はっとする照葉さん。


「せっかく現世から来たんだし、胡和ちゃんは現世の本で書けば良いんじゃないかしら。お気に入りの本があるならそれを使って書いた方が、より一層心を込められると思うわ」


「そうですよね……!やっぱり、現世の本で書いてみます」


 照葉さんの提案で心が決まった私は、お猪口いっぱいのお酒を一気に飲み干したのだった。


 それから、刻刻と時間は過ぎて行き、宵の宴はお重と酒瓶が空になったタイミングで終幕を迎えた。


「ふふ。実は私、青の女神様とは古馴染みだったんですよ」


 風呂敷を畳みつつ、唐突に切り出したざらめさんの言葉に驚きを覚える。その言葉を遮り、照葉さんが声をあげた。


「青の女神様って確か……、この都を創り出したって云われている……!?」


「そうです! 照葉さんにもあまり話したこと、ありませんでしたね。胡和ちゃんもせっかくこの都に来たことですし、少しはどういう場所か、どうして都が出来たのか知りたくはありませんか?」


 青の女神様……。もしかして、七年前に私を助けてくれた、あの綺麗な声の女神様?

 領主様を寄越して私の命を救い、いつかは都に招くと仰って下さった。彼女のことを知れるなんて、またと無い機会。


「是非、知りたいです! 教えていただけませんか?」




 青の女神様。現世では人々の信仰が厚く、絶大な力を誇っていた。当時、といっても私が出会ったのは二百年程前のこと。


 既にこの都を創設する計画を練っていたようで、完成したらその世界で一緒に暮らしましょうなんて私にも愉しげにお話してくださった。

 神々からは一目置かれており、中には女神様をあまり好ましく思わない者も居たようだけれど、持ち前の明るさと機転の利く聡明さで慕う者も多かったそう。


 女神様は人間の住まう現世と妖の住まう隠世の狭間に新しい世界を創ると豪語していて、賛同する神々を巻き込んで計画は進んで行った。妖も神も人間も、誰も彼もが分け隔てなく接することの出来る場所を。


 それでいて、人間の文化や伝統まで遺せる場所を。


 現世の刻刻と変化して行く世の中とは正反対の確かに変わらないものがある場所を女神様自ら求めていらしたのかも。


 女神様は他の神々と協力して、狭間に世界を創り出した。一つの世界を創るというのは並大抵のことではない。困難にぶち当たることも多く、その一つが瘴気。穢れが蔓延し、創設当初はとても神々が住めるものではなかった。


 本来なら人の子に、儀式を取り行い穢れを祓って貰う必要があったのだけれど、神々のままごとに付き合わせる訳には行かないと力を借りることは出来なかった。


「そこで、この都に呼ばれたのが領主様なのです!」


 彼は常世の鬼ですから、瘴気をもろともせず祓う力を持っていたようです。女神様から神の位を授けられ、鬼神となった領主様はその神体から神器を生み出されました。


 それが十束剣(とつかのつるぎ)であり、彼は刀を振るってこの都を浄化させ、遂には女神様の右腕的存在となられました。


「領主様は女神様がお隠れになられた今でも、各地を回り、障気からこの都を御守り下さっているのです」


 あの鬼が領主という地位に就いているのも納得。無愛想だし、とても神望があるとは思えなかったから。


「ところで、女神様がお隠れにって、何かあったのですか?」


 私の言葉にざらめさんは静かに目を閉じる。過去の事を思い出しているようで、その表情は芳しくない。


 一息ついて、そっと瞼を開いた。


「この都は一度、敵襲に逢い壊滅状態に追い込まれました。女神様はその時に深い傷を負ってしまい、地に還られたのです」


 彼女の言葉は私の心に衝撃を与えた。そんな……、ざらめさんの言葉が事実なら、私はもう女神様に会うことすら叶わなくなってしまったのか。一言で良いから直接お礼を申し上げたかったのに。


「女神様は今も何処かでこの都の安寧を願っていらっしゃるのかしら」


 照葉さんの呟きを春風がそっと掬い上げ、散り行く花びらと共に夜空へ吹き渡るようだった。

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