2
「白鳥くんおはようございます」
俺はその言葉で本から顔を上げた。誰が挨拶をしてきてくれたのかはもう分かっている。何故なら、俺に話しかけてきてくれるのはこの学校で1人しかいないからだ。
(……なんだか、少し悲しい)
俺は自分の学校での交友関係に暗い気持ちになる。
(いやいや……1人話す人がいれば十分だ)
俺はそう思いなおし、俺と話す貴重な1人に挨拶を返す。
「水瀬、おはよう」
俺に声を挨拶してきてくれたのは水瀬 凛花。四角い黒縁メガネをした、いかにも大人しそうな女子だ。
水瀬とは高2になった今年、初めてクラスが一緒になった。俺は彼女から近しい雰囲気を感じて、ずっと話をしてみたいと思ってきていた。しかし、中々話すタイミングは掴めなかった。この前の席替えで席が隣になったことでようやく、話すことができるようになったのだ。
彼女は長い黒髪を揺らして俺の隣の席に座る。
「何を読んでるのですか?」
水瀬は荷物を置いてからこちらを見て、表情は変えずにそう尋ねてきた。
「これか? 『そして誰もいなくなったんだよ。そう、誰も。』だ」
「アガサ・クリスティーヌの代表作ですね」
水瀬はそう言って「なるほど」と、頷く。
「私も昔に読みました。一気に読んでしまいたくなりますよね」
「あぁ。さすがアガサ・クリスティーヌってかんじだよな」
「はい、そうですよね。……あと、ポアロンシリーズも面白いですよ?」
「へぇ、読んだんだ……どうにも俺は、シリーズ物は少し尻込みしちゃうからな……」
「それは勿体ないです。あんなに面白い本を読まないなんて……もしよければお貸ししましょうか?」
俺の言葉に対して水瀬は珍しく熱を込めて返してきた。
「持ってるんだ……でも、水瀬は面倒じゃないのか? 俺に貸したところでメリットなんてないだろ?」
俺はそう言って水瀬の顔を見る。流石に申し訳ないと思ったのだ。しかし、水瀬は首を横に振った。真剣な顔だ。
「面倒なんかじゃありません。面白い本は共有したいものです」
「……本当にいいのか?」
「はい。……できれば、感想を教えてください」
読んだ本の話ができるのはこちらとしても嬉しい。水瀬が良いのなら、こんな素晴らしい申し出を断る理由などない。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「わかりました。持ってきますね」
本当にありがたい話だ。俺が水瀬に感謝していると不快な声が聞こえてきた。
「うわっ! キモオタとメガネブスが喋ってる!」
「本当だ! やっぱりキモい奴同士は気があうんだね〜」
櫻井たちだ。ニヤニヤと笑いながらこっちをみてきている。
「もういっそ付き合っちゃえばいいんじゃない?」
「ダメだって! そんなことして、結婚しちゃったら2倍ブスな子供が産まれちゃうじゃん!」
「あ、本当だ」
そして櫻井たちは「絶対いやだ〜」とか言って大声で笑う。
それに対して俺は顔に、そして頭に血が上ってくるのがわかった。
(俺を馬鹿にするのは百歩譲って許すとしても、俺に本を貸してくれる水瀬を馬鹿にするのは許せない……)
頭の中で何かのリミッターが外れるのがわかった。学校では目立たないように過ごそうとしていたが、そんなこともう関係ない。
ガタン。
俺は椅子を勢いよく立ち上がる。そして、バンと机を叩いた。
「……何?」
俺の行動を見て、櫻井が白々しく聞いてくる。
(……やっぱり性格悪すぎだな)
俺はガツンと言ってやろうと口を開いた。
しかしその時、机の上に置いてある俺の手のひらに柔らかく暖かい感触があった。俺は思わず視線を落とす。
「……水瀬?」
そう。水瀬が手を重ねてきていたのだ。俺は水瀬の顔を見るが、水瀬は何も答えずにこちらをじっとみてくる。時間が止まったような静寂が訪れた。
手から水瀬の体温が伝わってくる。包まれるような優しい手だ。手のひらから俺の全身へと優しさが送り込まれていく。
そして、俺は静かに席に座り直した。なんだか心が落ち着いてきたのだ。
その俺の行動を見た水瀬は静かに手をどけた。
下の☆☆☆☆☆をポチッとして、★★★★★にしてくださるとモチベーションが上がります。