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「白鳥くんおはようございます」


 俺はその言葉で本から顔を上げた。誰が挨拶をしてきてくれたのかはもう分かっている。何故なら、俺に話しかけてきてくれるのはこの学校で1人しかいないからだ。


(……なんだか、少し悲しい)


 俺は自分の学校での交友関係に暗い気持ちになる。


(いやいや……1人話す人がいれば十分だ)


 俺はそう思いなおし、俺と話す貴重な1人に挨拶を返す。


水瀬(みなせ)、おはよう」


 俺に声を挨拶してきてくれたのは水瀬 凛花(みなせ りんか)。四角い黒縁メガネをした、いかにも大人しそうな女子だ。

 水瀬とは高2になった今年、初めてクラスが一緒になった。俺は彼女から近しい雰囲気を感じて、ずっと話をしてみたいと思ってきていた。しかし、中々話すタイミングは掴めなかった。この前の席替えで席が隣になったことでようやく、話すことができるようになったのだ。

 彼女は長い黒髪を揺らして俺の隣の席に座る。


「何を読んでるのですか?」


 水瀬は荷物を置いてからこちらを見て、表情は変えずにそう尋ねてきた。


「これか? 『そして誰もいなくなったんだよ。そう、誰も。』だ」

「アガサ・クリスティーヌの代表作ですね」


 水瀬はそう言って「なるほど」と、頷く。


「私も昔に読みました。一気に読んでしまいたくなりますよね」

「あぁ。さすがアガサ・クリスティーヌってかんじだよな」

「はい、そうですよね。……あと、ポアロンシリーズも面白いですよ?」

「へぇ、読んだんだ……どうにも俺は、シリーズ物は少し尻込みしちゃうからな……」

「それは勿体ないです。あんなに面白い本を読まないなんて……もしよければお貸ししましょうか?」


 俺の言葉に対して水瀬は珍しく熱を込めて返してきた。


「持ってるんだ……でも、水瀬は面倒じゃないのか? 俺に貸したところでメリットなんてないだろ?」


 俺はそう言って水瀬の顔を見る。流石に申し訳ないと思ったのだ。しかし、水瀬は首を横に振った。真剣な顔だ。


「面倒なんかじゃありません。面白い本は共有したいものです」

「……本当にいいのか?」

「はい。……できれば、感想を教えてください」


 読んだ本の話ができるのはこちらとしても嬉しい。水瀬が良いのなら、こんな素晴らしい申し出を断る理由などない。


「じゃあ、よろしく頼むよ」

「わかりました。持ってきますね」


 本当にありがたい話だ。俺が水瀬に感謝していると不快な声が聞こえてきた。


「うわっ! キモオタとメガネブスが喋ってる!」

「本当だ! やっぱりキモい奴同士は気があうんだね〜」


 櫻井たちだ。ニヤニヤと笑いながらこっちをみてきている。


「もういっそ付き合っちゃえばいいんじゃない?」

「ダメだって! そんなことして、結婚しちゃったら2倍ブスな子供が産まれちゃうじゃん!」

「あ、本当だ」


 そして櫻井たちは「絶対いやだ〜」とか言って大声で笑う。

 それに対して俺は顔に、そして頭に血が上ってくるのがわかった。


(俺を馬鹿にするのは百歩譲って許すとしても、俺に本を貸してくれる水瀬を馬鹿にするのは許せない……)


 頭の中で何かのリミッターが外れるのがわかった。学校では目立たないように過ごそうとしていたが、そんなこともう関係ない。


 ガタン。


 俺は椅子を勢いよく立ち上がる。そして、バンと机を叩いた。


「……何?」


 俺の行動を見て、櫻井が白々しく聞いてくる。


(……やっぱり性格悪すぎだな)


 俺はガツンと言ってやろうと口を開いた。


 しかしその時、机の上に置いてある俺の手のひらに柔らかく暖かい感触があった。俺は思わず視線を落とす。


「……水瀬?」


 そう。水瀬が手を重ねてきていたのだ。俺は水瀬の顔を見るが、水瀬は何も答えずにこちらをじっとみてくる。時間が止まったような静寂が訪れた。

 手から水瀬の体温が伝わってくる。包まれるような優しい手だ。手のひらから俺の全身へと優しさが送り込まれていく。


 そして、俺は静かに席に座り直した。なんだか心が落ち着いてきたのだ。


 その俺の行動を見た水瀬は静かに手をどけた。

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