最終話 コンプレックス美少女!
──桃瀬!
何処か遠くから私を呼ぶ声がする。
この声は……?
「桃瀬!」
突然明瞭に聞こえた声に、意識が現実へと引き戻される。重たい瞼をゆっくりと開くと、不安げな表情で此方を見つめる北山君の姿があった。
「は……北山……く……」
……ん? 口の下に何か濡れたような感覚が……
げげげっ!? 涎垂らしてた!?
慌てて手の甲で涎を拭き取り、上体を起こす。周囲を見渡すと、そこは保健室──北山君が運んできてくれたのだろうか、私はベッドの上で寝かされていた。
「大丈夫? いきなり鼻血出して倒れたからビックリしたよ」
背中にそっと触れ、北山君は覗き込むように顔を近付ける。そしてふと思い出す劇の終わり際の出来事。
あ、ヤバい。
また鼻血が出てしまう。
慌てて手で鼻の下を覆おうとしたその時、ベッドの上に置いていた私の手の上に北山君がそっと手を重ねた。
「ごめんね。多分俺のせいだよね。俺があんな事言ったから」
あんなこと──と言われ、脳裏に過るあの告白。そっか、夢じゃなかったのか、あれ。
北山君が私のことを好き──その自覚と共に熱くなる頬の感触を振り切るように、首を横に何度も振る。そんな私を見つめながら、北山君は話を続けた。
「俺さ、自信が無かったんだ。自分に」
「え?」
頭も良くて、カッコいい北山君が?
思わず怪訝な表情を浮かべる私に、北山君は苦笑いを浮かべる。
「俺は桃瀬と違って、運動神経も悪いし。男として頼るにはヒョロ過ぎると言うか、頼り無さ過ぎるというか、桃瀬には絶対に俺なんかは釣り合わないと思ってた」
「……北山君。そんなこと……」
「桃瀬の事を好きって自覚して、俺が変な態度取っちゃった時、桃瀬、スッゲー俺のこと怒ったじゃん? あれで俺、桃瀬はやっぱり凄い、かっこいい、俺なんかには勿体なさ過ぎる。そう改めて思ったんだ」
……そうだったんだ。
だから北山君はあんな態度を取っていたんだ。
口から自然と出てきた息を大きく吐き出し、そっと北山君の手を両手で包み込むように握り締めた。
「私達なんか似てるね」
「え?」
目を大きく見開いて私を見つめる北山君に、思わず口から小さな笑い声を漏らす。
「私も貧乳だってこと、気にしてたから。女としての魅力が無いんじゃないかって」
「え、そんなことは絶対に無いよ。桃瀬は学校で一番可愛いし。それに胸なんて只の部位だし気にしないよ」
「つまり、そういうこと」
「え?」
「私も北山君が頼りないとか思ってないし、カッコいいと思ってる。運動音痴とかも気にしてないよ」
北山君と目を合わせたまま沈黙の時間が流れたのも束の間、互いに口から笑い声が漏れる。
「本当だ。俺達似てるね」
「ね。本当にね」
暫く二人で笑い合っていたが、ふと顔の距離の近さにその場の雰囲気が一変した。
あれ? もしかしてこれはキスの流れでは……
って、北山君もう瞼閉じてる!?
うっわ。睫毛なっが! めっちゃ綺麗な顔……ってそうじゃなくて!
キスする時って鼻で息するんだっけ? 口でするんだっけ? どのタイミングで瞼を閉じればいいんだっけ? 手は何処に置けばいいんだっけ? 背筋は伸ばした方がいいんだっけ? 最初のキスは何秒くらい……って、こんな事考えている間に北山君の顔がどんどん近付いてきている!
覚悟を決めたように汗が滲む掌を強く握り締め、瞼を閉じる。鼻同士が掠り、口から僅かに漏れる吐息が掛かる距離まで近付いた──その時だった。
「桃ぉ~! もう起きた!?」
保健室の扉が開くと同時に響き渡る声。
私達は秒速で顔を離し、恰も何も無かったかのように体勢を変える。中に入ってきた邪魔者は西城戸君、里原、そして葵さんだった。
「はるっち、鼻血大丈夫!?」
「ぶべらっ」
葵さんは駆け出すなり、腹部にロケットランチャー並の威力で抱き付いてきた。次いで里原と西城戸君も揃ってベッドを囲む。
「心配したよ遥。大丈夫?」
「いきなり倒れるんだもの~。ビックリしちゃった、」
「ご、ごめん。劇中にまさか鼻血が出るとは……」
視線をチラリと横に向ける。目が合うなり戦犯の北山君は目を細めてニッコリと微笑みを向けた。鼻血出たの君のせいだからね?
「てゆーか、そろそろ後夜祭始まるんじゃない?」
「んだね。遥、行ける? まだ寝とく?」
制服の上から被ったパーカーのポケットに両手を突っ込みながら、里原は尋ねる。
「ううん、一緒に行くよ」
「おお。そんじゃあレッツラゴー」
里原と西城戸君、そして葵さんは先に保健室の後方の扉からその場を後にする。置いていかれないようにと急いでベッドを降り、小走りで追い掛ける。
「桃瀬」
扉に手を掛けたところで背後から聞こえた北山君の声。
何かと思って振り返った時には、北山君の顔は目の前にまで迫っていた。
「えっ」
瞬きする間も無く、鼻翼部が触れ合い、唇に柔らかな感触が当たる。何が起こったか分からず、至近距離にある北山君の顔を何度も瞬きして見つめた。
呆然と立ち尽くしたまま数秒が経過。
北山君の方から顔を離され、口を半開きにしている私を見て小さな笑いを溢した。
「皆には内緒だよ」
北山君は私の頭に手を優しく置き、今度は頬っぺたに唇を落とした。
あ、あああああああかん。
身体の興奮のキャパシティーが限界突破を……
顔が沸騰したように熱くなり、視界が暗転──仰向けのまま床に直立状態で倒れた。
「も、桃瀬!? どうしたの!」
「ちょっと~。二人で何して……って何で桃がまた倒れてるの!?」
「やだー! はるっちがまた鼻血出してる! ハァハァ」
「遥ー! しっかりしろー!」
次第に遠くなっていく皆の声。
我が人生に一片の悔い無し。
心の中で合掌しながら、本日二度目の意識消失を迎えるのだった。
月日は流れ、三月──
校舎の裏庭には桜が舞い落ち、校門付近は卒業を迎える生徒で埋め尽くされていた。
昇降口で私と北山君、里原、西城戸君、葵さんの五人で学校での最後の一時を惜しむようにお喋り中。
「もぉ~! 皆離れ離れになっても元気でね~!? 死なないでよォ!?」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、嗚咽を漏らして泣き出す西城戸君。思わず私達は苦笑いして彼を見つめる。
「死なないでってそんな大袈裟な……」
「そうだよ~。別に大学違っても会えるじゃん。あ、帰りにアニメ○ト寄っていい?」
「ゆいっちは相変わらず自由奔放だね~。そうだ、はるっち! 制服の第二ボタンの代わりでいいから、胸のリボンと髪の毛ちょうだい! 卒業記念に!」
「自由奔放なのはお前だろ瑠璃。髪の毛関係無いじゃん」
「りょーくん、うるさい! はるっちの彼氏になったからって調子乗んな!」
普段と同じように騒ぐ皆。でもこの高校で、五人で他愛もない話をするのも、これが最後……か。何だか寂しいなぁ。
因みに卒業後の進路。
五人全員、留年、浪人する事無く無事に決まった。
西城戸君は美容師を目指して美容系の専門学校に行くことに。因みにプリケツ爽やかボーイとはまだ続いているらしい。
里原はちゃっかり指定校推薦を取り、地元の大学に。本人曰く、オタ活の為に実家から通える場所が良かったとのこと。まぁ里原らしいわ。
実は頭がかなり良い葵さんは、国立大学の法学部に入学することに。こんな変態が弁護士になったら世も末な気がするが、取り敢えず応援しよう。
そして私と北山君は学部は違うけど、同じ大学に合格した。キャンパスも同じだから毎日会える、うへ、うへへへへへ。
「そうだ! 今日は皆でお好み焼き行かな~い?」
「お! いいねぇ。実は腹減りだよ~」
「じゃあ皆で卒業旅行の計画立てよ~」
西城戸君を先頭に、里原、葵さんと続き、三人は昇降口から外へ。二人下駄箱の前に残った私と北山君は互いに顔を見合わせた。
「俺達も行こうか?」
北山君は皆が去っていった方向を指差し、私の一歩前を歩き出す。置いていかれないようにと北山君の後ろを歩いていたその時、ふとあることを思い付いた。
こっそりと北山君の背中に立ち、肩を指で軽くつつく。
「ん?」
上半身を捻らせ、顔を此方へ向ける北山君。
その隙を狙い、北山君の腕を引っ張り背伸びをする──そしてそのまま彼の唇に自分の其れを押し当てた。
北山君は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべると、僅かに頬を赤らめた。
「……やられた。いつの間にこんな事出来るようになったの?」
口元を手の甲で覆い、目を逸らす北山君を見て含み笑いを浮かべる。
「ふふっ。だって私、美少女──」
口元をニヤつかせながら言い掛けた途中で、ふと止まる言葉。
暫く考え込むように俯いた後、満開の笑顔を北山君に向けた。
「──私、コンプレックス美少女ですから!」
最後まで読んでくださり、有り難う御座いました!
短編から生まれた物語ですが、桃瀬達の物語を更に広げられたこと、心から嬉しく思います。
もし宜しければ評価等残して頂けると桃瀬の無い胸が膨らみます(えっ)
コンプレックス美少女は完結しましたが、私はこれからも執筆は続けます。
作品のジャンルは異なりますが、現在執筆中の作品、そして二月に新作も投稿するので応援して頂けると幸いです。
それでは皆様、改めまして有り難う御座いました。
皆様がこれからも素敵な作品に出会えますように。




