12話 狂気
ミアと名乗った女は、激しく速く大亮に剣撃を繰り出していく。
大亮は悟る。ミアに対抗できるのは、この場に自分とリュウガだけであると。
リュウガもそれに気づいていた。
故にリュウガは仲間たちのそばを離れない。
自分が大亮に加勢した瞬間、ミアはシモンたちへと襲いかかるだろう。
「楽しいですねぇ、へのへのもへじさん。私本当はリュウガさんと戦いたかったんですけど、嬉しい誤算です。まさかこんな側近さんがいたなんて」
先ほどからミアは笑顔を崩さず、まだまだ余裕といった様子だ。
「そりゃどーも、こっちは余計な仕事でうんざりなんだけどね」
「それはいけませんねぇ、過労が美徳なんて既に悪習の時代ですよぉ」
「そうだねぇ、できれば定時に帰りたいよ」
緊張感のない会話が繰り広げられているが、お互いに手は緩めていない。
むしろますます速く、激しくなっていく。
「土遁」
なんとか隙を作ろうと大亮は攻めのリズムを変えた。
酒場の床、地面が盛り上がり、ミアへと襲いかかる。
しかしミアはそれを軽やかに回避する。
大亮は仕留められなかったことに対して特に気にした様子もなく、一旦距離を取った。
高速での打ち合いは長引けば攻め方が単調になりかねない。
知らずのうちに自分の攻撃が一本化してしまうことを大亮は嫌った。
「んで、ミアさん。いきなり襲いかかってきた理由を聞いてもいいかな?」
「決まってますよぉ、皆さんが中津解放軍だからです」
「微妙に質問の答えになってないような気がするんだけど」
何故、中津解放軍と戦う理由があるのか、それを聞きたかったのだが、意図的かそれとも天然かはぐらかされてしまった。
とにかく自分たち、というよりリュウガたち中津解放軍はまんまとおびき出されたらしい。
団員を人質としておびき寄せ、中津解放軍と交戦するのが目的だったようだ。
末端の団員でも見捨てることをしないリュウガの性格をよく調べた犯行だ。
「まあいいや、アンタ幽世の一員だろ?」
「あらぁ? よくご存知ですねぇ」
「前情報があったし、武芸者というよりは殺人に長けた太刀筋だし、そうとしか思えなかったよ」
言い終えた直後、ミアの周囲にいくつもの火球が現れる。
「!?」
「乱火」
火球がまるで示し合わせたように同じタイミングでミアへと襲いかかる。
爆煙と粉塵がその姿を覆い隠すように舞い上がった。
「……びっくりしましたぁ、いきなりですねぇ」
しかし、ミアは即座に障壁を張ってそれを防いでいた。
わずかな時間で乱火を完璧に防ぐ障壁を張るという行為は超高等技術だ。
武芸だけの人物ではないらしい。
「めんどくさいなぁアンタ」
「女の子にめんどくさいなんてひどいですぅ。男の甲斐性の見せ所じゃないですか」
「そーゆーのはあと数年したら身に付けるよ」
「早いに越したことはないですよぉ? ところで、そろそろ本当のお名前教えて頂けませんかぁ? 気になって眠れそうにないですぅ」
大亮は少し考えた後――
「大亮だよ」
「ダイスケさんですかぁ。素敵なお名前ですねぇ」
「お世辞どーも」
「本心ですよぉ」
二人は二刀を構えたまま睨み合う。
いや、睨み合うという表現は適切ではない。
睨んでいるのは大亮の方だけだ。
ミアは初見の時と変わらずにこにこと笑っている。
むしろよりにこやかになっているような気さえする。
「そんなに見つめられると照れちゃいますぅ……けど残念。時間切れみたいです」
「……は?」
バリィンッ!
ガシャァン!
酒場の窓が二つ勢いよく割れ、黒ずくめの男が二人入り込んできた。
新手か? と大亮が思ったのも束の間、二人の乱入者はなんとミアの方へと襲い掛かった。
「もう、いいところだったのにぃ」
ミアの二刀が乱入者の獲物――曲刀と鉤爪を受け止め、甲高い金属音が響き渡る。
大亮はこちらに攻撃が飛んできそうもないことを確認すると、一足飛びでリュウガらの元まで下がった。
「……どういうこった?」
「さあ? もしよかったら参加してきたら? 見てただけで退屈でしょ」
「馬鹿言え」
乱入してきた二人のうち、青く光る曲刀を持った青髪の壮年がこちらをちらりと一瞥する。
そしてすぐミアの方へと向き直った。
「……何の真似だ」
「何の真似って、決まってるじゃないですかぁ。中津解放軍の方々と遊んでるんですよぉ」
「だからそれが何の真似だと聞いているんだ!」
ふっ――とミアの姿が消える。
その姿は元居た場所から二、三メートルほど離れた場所に現れる。
ほぼ同時にもう一人の乱入者がガクッと崩れ落ち、奴隷商サクロと同様首を裂かれて絶命した。
「貴様……っ!」
「これで私は掟破り……もう幽世の一員じゃありません」
ミアはこの短時間で二人殺害したとは思えないほど、にこやかに笑っていた。
「正気かアザミ……!」
「もうその名前は捨てましたぁ。ミアちゃんって呼んでください」
「ふざけるのも大概にしろ!!」
青髪の男が一喝すると、ミアは初めて笑顔以外の、その場にいる人間を冷たく射抜くような冷淡な表情を見せた。
「ふざけているのはアナタですよお頭……幽世は戦うために存在する組織でしょお? なのに、なんで解放軍と戦うのをそんなに嫌がるんですか?」
「……依頼もなく無用に戦う理由はない」
「依頼がなきゃ戦えない? そうですねぇ、ここ一年は高天ヶ原も平和で、私たちのお仕事もだいぶ減っちゃいました。『ホープレス』も消えて、『アラツ義士団』も弱体化して、仕事と言えばつまらない小物の始末くらいです」
ミアはまた笑う。
またあの感情の読めない笑顔で。
「だからこそ、戦う理由も、価値も、自分たちで見出さなきゃいけない。退屈なんですよ、今の幽世は。今まともに戦って楽しそうなのは解放軍だけだと思ったら……大正解でした。とってもステキな出会いがあったんですもの」
ミアの視線が大亮を捉える。
その目はまるで捕食者のようだ。
「ダイスケさん、私アナタに恋しちゃったかもです。こんなに楽しかったのも、胸が高鳴ったのも生まれて初めてです」
「……言っとくけど、俺解放軍じゃないからね。無所属だよ今は」
この話の流れだと、ミアは今後も中津解放軍に危害を加えかねない。
そう判断した大亮は自分が中津解放軍ではないことを正直に告げた。
「些細なことですよぉ。私、もっとアナタとお近づきになりたいです。だから……また遊んでくださいね?」
「まあ、別にいいけど……俺の周りの人間にちょっかいかけたら、容赦しないよ?」
「ああっ、その目……やっぱりゾクゾクしちゃいます」
その時、ミアの周りに風が吹く。
いや、ミアを中心に竜巻のように風が集まってくる。
「また、会いに行きますね。どうかその時までお元気で」
「待てっ! アザミ!」
幽世の頭領がミアに斬りかかるが、既にその姿は幻のように消えていた。
「……また厄介なのに気に入られたなあ」
大亮は心底鬱陶しそうに、そう呟いた。




