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11話 不気味な笑顔

「さっぱりしたー」


 入浴を終えたククリが身だしなみを整えて現れた。

 長い金髪が首のあたりでまとめられている。

 こうして見ると普通に可愛い女の子だ。

 ククリはぽすっと先ほどのソファに座る。


「それにしても、相変わらずの惨状だな」

「これでも前に注意されたから、片付けた方なんだけどなあ」

「これでか」

「これでだ」


 ククリは悪びれもせず、くぴくぴと飲み物を飲んでタケフツさんと会話を続ける。


「ヒミカ、ククリって何か……変わってるな」

「ククリを見てそう思わない人間はまずいないわね」


 ヒミカは苦笑いして応える。


「あれで魔術の成績はずっと一番だったのよね。天才って変わり者が多いのよやっぱり」

「なんか大亮に似てないか?」

「あたしもダイスケに会ったとき、ククリに少し似てるって思ったけどね」


 やっぱヒミカも同じことを思っていたらしい。

 大亮も天才肌だし、似たようなところがあるんだろうか。

 

「アタシの話か〜い?」

「ひゃあああああ!?」


 ククリがヒミカのお尻に顔を押しつけながら会話に参加して来た。

 変 態 だー!!


「くんかくんかくんか……はあはあ、美女の匂い……たまらんぜオイ」

「ククリー!」


 さすがのヒミカも堪忍袋の尾が切れたのか、ククリに強烈なゲンコツを見舞った。

 ゴスっと鈍い音が響き、ククリはずるずると崩れ落ちていく。


「いてぇよぅ、いてぇよぅ」

「はぁはぁ……自業自得でしょまったく!」

「美女がいたら手を出さないと逆に失礼だろうがっ!」


 なるほどその発想はなかった! さすがだぜ師匠!

 今さっき会ったばかりだが、ククリは俺の中で師匠クラスにまで昇格していた。


「……念の為言っとくけど、アンタがやったら即、殺すわよ」

「あ、当たり前だろ何を言ってるんだね」

「口調がおかしいわよ……アンタ顔に出るのよ」

「ふふん、羨ましそうに見てたねぇカズマくん」


 この顔がぁぁぁぁぁ!

 いつになったら治るんだこの悪癖は!

 違うんですタケフツさん、そんな大仏のような線だけの顔にならないでください。


「一真……男の子だな」

「すいません、こんなこと言える立場でないのはわかってますが、そのセリフ男に言われるとちょっと寒気がします」

「もう……男の子だなぁっ♪」


 さすが師匠。

 俺たちが望むことをやってのける。

 そこに……さーせん、そんな般若みたいな顔で睨まないでくださいヒミカさん。


「ふぅ、しかしヒミカもタケフツも久しぶりだねぇ。どしたの二人とも、緑園祭見に来た?」

「いや、俺が久しぶりに休暇を取って里帰りしたから、その帰りだ。ヒミカと一真はそれについて来てる」


 さすがに事情が事情なので、俺の同行理由ははぐらかして説明されたが、ククリは「そっかー」と納得し、またくぴくぴと飲み物を口に含む。


「ところで、アタシお腹空いたんだけど何か食べに行かない?」

「……ククリ、まさかまた何日も食べてないんじゃないでしょうね」

「心外だなあ。一昨日はちゃんと食べたよ?」

「昨日も食べなさいよ!」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 大亮がリュウガらと共に裏市へやってきたのは、一真たちがククリと出会ったのとほぼ同時刻だった。

 大亮とリュウガの他には、シモンの他腕利きが二人同行している。


「んで、対象の特徴は?」

「真っ赤な髪で左耳に耳飾りをしてる十六歳の小僧だ」

「幽世と揉めないのが一番いいんだよね?」

「当然だ、関わらないで済むならそれに越したこたぁねぇ。基本的には面倒にならねぇように普通に買い戻すつもりだ」

「了解」

 

 程なくして、奴隷市場へとたどり着いた一行は、牢屋の中にいる奴隷を確認していく。

 しかし、目的の赤髪の奴隷は見当たらなかった。


「いないね」

「もっと奥にいるのでしょうか」


 しかし、この奴隷市場は決して大きくない。

 少し奥に行ってはみたが、やはり対象の奴隷は見当たらなかった。


「妙だな……」

「ここの奴隷商に捕まってるのは間違いないの?」

「そりゃ間違いねぇよ。ここのサクロって奴隷商にとっ捕まったはずだ」

「そのサクロっての探してみるか……」


 大亮はてくてくと他の奴隷商らしき男の元へ向かい、いくらか金を渡して尋ねた。


「サクロって奴隷商、ここにいる?」

「ええ、ええ、サクロの奴ならいつもはこの時間この辺りにいるはずなんですが、今日はいないですね。奴隷共も牢屋にほったらかしたまんまですし、近くにはいると思うんですが」

「いそうな場所に心当たりは?」

「もし商談でもしてるなら、ここから少し歩いた所にある『黎明亭(れいめいてい)』って店にいると思いますよ」

「はい、どーも」


 大亮はてててっとリュウガらの元へと帰ってきた。


「悪ぃな、後でまとめて返すぜ」

「前、世話になったし、いーよこれぐらい」


 左手をひらひらと振りつつ大亮は答えた。


「黎明亭ってとこにいるみたいだよ」

「ああ……あの今にも潰れそうな酒場か」

「急ぎましょう」


 黎明亭は、今一行がいる場所からそう遠くない場所にあった。

 歩いて五分程度で、一目見ただけでは営業しているのかわからないような古臭い酒場に辿り着く。

 看板には確かに『黎明亭』と記されていた。

 日当たりも悪く、一見(いちげん)の客はまず入りそうにない。


「さ、入ろ入ろ」


 大亮が扉を開けて中へと入ると、店内は薄暗く、まだ営業していない様子だった。

 当然ながら活気も無ければ人気(ひとけ)もないはずの店内に、三つの人影があった。


 一人は、赤髪のオドオドした少年。十中八九、彼が救出対象だろう。

 もう一人は、小太りで眼鏡をかけた中年男性。奴隷商のサクロだろうか。

 そして最後の一人は、二十歳前後に見える女性だ。

 亜麻色の髪をお団子ヘアにしていて、少し幼くも見える。


「あら? お客さんですかぁ?」

「いや、そんなはずは……」

「ぐ、軍だ……リュウガさん」


 予期せぬ来訪者に、先客が三者三様の反応を見せる。

 うろたえていないのは女性ただ一人だ。


 そしてその女性を、大亮は瞬時に警戒した。

 闘気もなく殺気もない、一見普通の女性だが、大亮の勘がガンガンと警報を鳴らしている。

 この女は危険だと。


「アンタら、まだ店はやってないぞ。飲みたいなら他所に行ってくれ!」

「……用があるのはアンタだよ、奴隷商サクロ」

「わ、ワシに……?」


 大亮が険しい顔でズカズカと三人に近づいていく。

 もちろん女に対する警戒は解いていない。


「その赤髪、俺たちが買う。いくらだ」

「あらあらぁ? 商談中に割り込むなんて無粋じゃないですかぁ?」


 女性が大亮に向かってにっこりと微笑む。

 そこに一切の邪気も殺気も悪意も感じられない。

 それでも大亮のこの女性に対する警戒は微塵も解かれない。


 異様な空気を察し、リュウガたちも女性を警戒しだした。

 女性は未だ敵意も見せず、にこやかに大亮を見ている。


「悪いけど、別の奴隷を買ってくれる? そっちと違って、こっちはこいつじゃないとダメなんだ」

「私だって、この子じゃないとダメですよぉ? この子には大事なお仕事を任せなきゃいけないんですから」


 初めて、女性から若干の敵意が見えた。

 大亮の左手がいつでも抜刀できるよう腰の刀に添えられる。


「この子には、解放軍をおびき寄せるっていう大事なお仕事が……あらぁ?」


 瞬間、一筋の剣閃が走る。

 剣閃の軌道上にあった奴隷商サクロの首が裂け、赤い血が吹き出した。

 そして同じく剣閃の軌道上にいた大亮は、素早く左手で抜刀し、女の小太刀を受け止めていた。

 サクロの体が鈍い音を立ててテーブルに倒れこむ。


「もう来てくれてましたねぇ、うっかりしてましたぁ」


 大亮は女の小太刀を弾き、赤髪の少年の首根っこを掴んで後ろへと飛んだ。

 女はゆっくりと立ち上がり、両手に小太刀を構えて大亮らと対峙する。


「中津解放軍のリュウガさんですねぇ、まさか軍団長自ら来てくれるとは思ってなかったから、驚きましたぁ」

「……生憎と最近人手不足でな」


 リュウガが魔導袋から大戦斧(バトルアックス)を取り出すと、シモンらもそれぞれ武器を取り出して臨戦態勢に入る。


「ぐ、軍団長……」

「シュウ! てめぇはさっさと店から出ろ! 足手まといだ!」

「は、はい!」


 捕らえられていた赤髪の少年、シュウは慌てて店の外へと駆け出す。

 非戦闘員がこの場にいては真っ先に狙われかねない。

 自分の非力さとリュウガたちの実力をよく理解しているシュウは、迷いなくその場を抜け出すことを選択した。


「嫌ですねぇ、こんな女の子一人にそんな殺気立ってぇ」


 先ほどまで微塵も殺気を感じなかった女から、尋常ではない殺気と闘気が放たれる。

 明らかに常人に放てるものではない。

 間違いなく手練れだ。


「ゾクゾクしちゃうじゃないですかぁ」


 女は無邪気な笑顔で、そう言い放った。

 身に纏う殺気と闘気が一層濃くなる。


 殺気に反応して、大亮が女に飛びかかった。

 その両刀が女の首筋を切断しようと襲いかかる。


「そうですねぇ、特にアナタが一番気になります」


 大亮の両刀を、女は自身の小太刀二刀で受け止める。

 その表情は未だ崩れず、笑顔のままだ。


「よろしければお名前、聞いてもいいですかぁ?」

「……へのへのもへじ」

「もう、つれないですねぇ」


 高速の剣撃が飛び交う。

 どちらも二刀使い、どちらも手練れ。

 目にも留まらぬ速さで刃が襲いかかるが、どちらの体にも傷は一切刻まれていない。


「じゃあ、私が名乗っちゃいます。覚えてくれたら嬉しいなぁ」


 女は強めに剣撃を放ち、大亮から一度距離を取る。


「ミアって言います、覚えておいてくださいね」

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