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マドカとナオは夜に舞う  作者: 善信
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12/19

12 再度の怪

ミチミチ……と肉の裂ける音と共に、偽マドカの口が亀裂のように耳元まで割れていく。

不揃いな釘が並ぶようにぞろりと生えた牙と、ギラギラと夜行性の獣を思わせる眼光。

そして、常人よりも遥かに肥大化した頭部は真っ赤に色を変え、針金逆立ったような髪の間から、ねじくれた一本の角が延びていた。


「ひっ!」

彼女の母親に化け、今まさにマドカの姿で同じ過程を再現した、赤ら顔の鬼を前にして、ナオが小さな悲鳴をあげた。

「……ナオ、あんたが会ったのは、こいつで間違いない?」

「う、うん!この鬼がお母さんに化けて……あれ……」

勢いよく返事をしたナオだったが、台詞の後半で突然にトーンダウンをしていった。

「あ……れ……」

ハァハァと苦しげに息を荒げ、力が抜けた膝から崩れ落ちてへたり込むナオ。

慌ててそれを支えた縁だったが、彼女の異変に驚きの表情を浮かべた。


「ナオちゃん……すごい熱だ!」

「あいつに何かされたの!?」

倒れかけたナオの様子に、マドカは正体を現した鬼を睨み付ける。

「わ、わかんない……でも、なんとか耐えられる……かな……」

そう言うだけあって、ナオは身体的には辛そうだったが、意識はまだハッキリしているようだ。

おそらく、今まで妖怪と対峙した経験から、妖気に対して少しの免疫のような物ができていたからかもしれない。

それでも、高熱が出ている状態が続けば、何らかの後遺症が残らないとも限らないと、マドカはわずかな焦りを覚えた。


「ナオちゃんは一度、奴の姿を見ていたな……多分、『再度の怪』条件を満たしたから、呪いみたいな物が発動したんだろう」

「どうしたらいいの、おにい?」

「こういった場合は、大概は呪いの元を断つのが一番だ。つまり、あいつを倒せって事だな!」

「なるほどね。……それで、敵がなんの妖怪かわかる?」

「任せろ、妹!」


自信有りげに答えて、縁はちらりと妖怪を見た。

「外見的な特徴と、『再度の怪』……奴は、恐らく『朱の盆(しゅのぼん)』だ!」

「『朱の盆』?」

「ああ、『朱の盤(しゅのばん)』とも呼ばれたりするけどな。一度驚かされた後に、もう一度驚かされる……再度の怪のパターンは変わらないが、奴を見た物は高熱を出して死に至るっていう、結構タチの悪い妖怪だ」

「やな奴ね……」

「でも、某国民的妖怪アニメの四期では、敵の総大将ぬらりひょんの小間使いとして、コミカルな姿を晒していたぞ!」

「その情報は、別にいらないわ。それで、奴の属性は?」

「赤い顔……それに、高熱を患わせる事から『火気』に相当してるだろうな」

「オッケー……ナオ、ちょっとだけ待っててね!」

バッとマドカは身を翻し、続いて何処からか取り出した符を構える!


「水行の理を持ちて、瘟鬼障災の厄を払う!疾く来たれ、急々如律令!」


何度か見た時と同じように、不自然に伸びたマドカの影から、人影が飛び出した!

「わぁ……」

高熱のせいで立つのもやっとなナオだったが、現れた式神の姿に、思わずため息を漏らす。


日本刀を下げ、幕末の剣士っぽい和洋折衷なファンタジー衣装に身を包んだ、美形の青年。

中性的なその姿からは、そこはかとなく色気が漂い、今までの式神達には無かった艶やかな雰囲気が漂っていた。

つい、ナオが見とれていると、その視線に気づいた式神は頬を染め、自分より背の低いマドカの影に隠れるように寄り添っていく。

人見知りする大型犬……そんな印象が頭に浮かび、ナオはおろか縁までも妙な気恥ずかしさを覚えて、ため息を吐いた。


「シズク、行けるわね?」

「は、はい。ご主人様」

美形剣士の口から零れた声を聞き、ナオが奇妙な表情を浮かべる。

「え、えーっと……ひょっとして、あの式神って……」

支えてくれている縁に、確認するような視線を送ると、彼は力強く頷いた。

「ああ、あの式神は女の子だよ」

「!?」

「やっぱり!」という感情と、「なんで!?」という感情が入り交じり、ナオはさらに複雑な表情になる。


「いや、ほら……マドカってああ見えて結構ミーハーだし、いわゆる「ヅカ系」にも理解があったから……」

ある意味、男性アイドルにも負けないほどの……いや、時としてそれ以上の支持を受ける、年頃の女子が憧れるスター集団。

自らの夢小説を投稿サイトに書いてしまうほどのマドカが、そちら方面に手を出していないはずもない。

なんだか妙に納得できたナオだったが、改めて親友の意外な一面に触れて、ポツリと呟いた。

「人見知り忠犬系ヅカ風男装美女式神って……盛りすぎだよ、マドカちゃん……」


後方でナオが呆れている間にも、式神と妖怪の戦いの火蓋は切って落とされていた。

「──行きます」

刀を抜かずに柄に手を添えたシズクは、残像が残るほどの速度で朱の盆に迫る!

『ギッ!?』

驚愕する妖怪の声と同時に、キンッ!という、鍔鳴りの音が響いた!

次の瞬間、朱の盆の真っ赤な顔に、なお赤い一筋の線が走る!

「おや?意外に硬い……」

顔からダラダラと血を流すだけに止まった朱の盆を見て、神速の居合いで妖怪の顔を両断したと思っていたシズクは、意外そうな呟きを漏らした。


「鉄でも切断できる自信があったんですがね……ちょっとショックです」

『ぐうっ!このおっ!』

朱の盆は眼前の式神を捕らえようと踏み出すが、それよりも速く妖怪の背後に回り込んだシズクは、再び刀を振るう!

『ひぃっ!』

思わず首を竦めた朱の盆の頭上を、死の一閃が掠めていった。

パラパラと風に流される妖怪の金属質な髪を見ながら、シズクは怪訝そうに妖怪を見据える。

「意外にすばしっこい……」

彼女は確かに、目の前の妖怪の首を狙ったはずだったのたが、ギリギリの所でかわされしまい、少ししょんぼりした表情を浮かべていた。


『くそっ!こうなれば……』

完全に手玉にとられていた朱の盆は、突然シズク達に背を向けると、校舎の方へ向かって走り出した!

即座にそれを追おうとしたシズクだったが、朱の盆が植え込みに倒れ込んだのを見て、足を止める。

あまりにも不自然なその倒れ方に、罠を警戒した彼女がジリジリと近づいていく。

だが、植え込みの後ろを確認したシズクは、小さく驚きの声をあげた。


「……いない!?」

確かにそこへ倒れ込んだはずの妖怪の姿が、影も形も無くなっている。

しかし、警戒していたシズクの目を誤魔化して、その場から移動できるはずもない。

ならば、本当に霞のように消えてしまったとしか思えなかった。


「シズク!こっちへ戻って来なさい!」

マドカに呼ばれ、不謹慎とは思いながらも、シズクは満面の笑みで主の元へ戻っていく。

もしも彼女に犬のような尻尾があったなら、おそらくはすさまじい勢いでブンブンと振られていた事だろう。

「奴は『再度の怪』を起こす妖怪だ。俺とマドカは、さっきマドカに化けてた奴を見ているから、もう一度誰かに化けて俺達を驚かすつもりなんだろう」

そうすれば、いま熱にうなされているナオのように、マドカ達にも呪いが発動する。

それが朱の盆の狙いなのではないかと、縁は結論付けた。


「なるほど、おにいの言いたい事はわかったけど……私達は奴の正体をすでに知ってるのに、それでも驚くなんて事があるかな?」

「奴が、どんな人物に化けるかは、わからないからな……油断はしない方がいい」

「私も、お兄様の意見に賛成です……それで、どうすればよろしいでしょうか?」

「奴が誰かに化けて現れたら、正体を明かす前に斬る……かな?」

「了解しました……」


縁の提案に頷いたシズクは、刀の柄に手をかけると、まるで獲物を狙う虎が伏せるように、上体を沈めて低い体勢になる。

引き絞られた弓の弦と同様に、いつでも飛び出せるよう力を貯めながらも、凪ぎの水面を思わせる静けさでシズクは構えていた。


数分……いや、数十秒だろうか。緊張感のあまり、時間の経過が遅く感じる。

しかし、不意に学校の校舎の方から人影が現れたのが、マドカ達の視界に入った。

今現在、学校の敷地内はマドカが張った人払いの結界によって、ここに一般の人間が近づくことはできないようになっている。

そんな中で普通に姿を現したのだから、ただ迷い込んだだけの人……ということはないだろう。

突然現れた、白いワンピースに身を包み、長めの黒髪をなびかせた二十代後半くらいの女性は、マドカ達にも見つかっているとは承知の上でゆっくりとした足取りで歩み寄ってきていた。


「もらいます!」

間合いを詰め、一薙ぎで首を落とすべく、シズクが一歩目を踏み出した、その時!

「ダメッ!」

突然、マドカが制止の声をあげた!


主の必死の声色に、式神が弾かれたようにマドカを見る。

するとそこには、明らかに狼狽したマドカの姿があった。

「嘘……だろ……」

同じく狼狽えていた縁も、信じられないといったニュアンスを含んだ呟きを漏らす。


「お母……さん……」


呟きを漏らした彼女の視線の先で、死んだはずの母が優しげな笑みを浮かべていた。

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