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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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来訪



 グリフォンに乗って飛び去ったマインゴススを北門の城壁の上で見送りながら、ローレンツはそのまま城壁へと手をつきジッと北東を見つめる。

 南門と比べればモンスターの密度が薄い北門ではあるが、だからと言って民を連れて脱出できるほど手薄には見えない。

 今も城を取り囲むモンスター達。もし彼等に痛打を与えられるとしたらこの北門なのか? そんなことを考えながら、ローレンツは北西へと視線を向け直した。


 ローレンツ・ホイスディンク。百七十五cmの身長に聡明な頭脳と表情を乗せる心身共にスマートな好青年。

 その若さで辺境伯の側近に抜擢されると同時に、騎士団の参与も務め上げるほどの優秀な二十八歳。

 だがそんな彼にも不得手なものはある。この世界で己の身を守るために最も大切な、戦闘力だけがどうしても身につかなかったのだ。

 武器は扱えず、魔法も使えない彼だったが、それでもこの地に少しでも貢献すべく只管に頭を使い続けていた。


 そんなローレンツがふと北西へ目を向けたその時、遥か遠くに二頭立ての黒塗りの馬車を発見した。

 モンスターが群がる危険地帯を、馬車はゆっくりと走り抜けている。そんな場違いな光景を呆然と見つめていた彼が、ある瞬間に業者台に座るのが女性であることに気付いて目を見開く。

 年の頃は二十歳くらいだろうか? 奇妙な仮面を付けたその女性はコボルトとオーガの犇めく草原を臆することなく、ただ真っ直ぐ此方へと進み続けている。


 その進路上に立ちはだかるモンスター達。その反応は大きく三つに分かれていた。馬車へと攻撃を仕掛け痛烈な反撃を食らうもの、馬車の前に呆然と立ち竦みそのまま轢かれるもの、そして馬車に道を譲りそのまま馬車を見送るもの。

 人間を襲うのはモンスターの本能であり、その習性として最初の二つは妥当だろう。だが最後の一例だけはローレンツにも理解出来なかった。

 極少数のモンスターに限った行動なのだが、その仕草があまりにも人間味に溢れており、ローレンツは現実として捉えることが出来ないのだ。


 そんなローレンツの眼下では、同じく現実離れしたフォルムの漆黒の馬車がゆっくりと近付き、重量を感じさせない制動で静かに停止した。

 客車は何かの頭蓋骨だろうか? 爬虫類を思わせる外観をしているが、その顎はあまりにも巨大であり、本物の生物の頭蓋骨とはとても思えないほど。

 そんな異様な馬車の御者台から降り立ったのは、謎の仮面で素顔を隠しながらもメイド服でその身を包む、意味深ながらもどこか知性を感じさせる女性であった。


「ろりーた、のーたっち!」


 何の合言葉だろうか? 言葉の意味は良く判らないが、何処とないエロスを感じさせるそのフレーズにより、巨大な頭蓋骨の一部である凶悪な顎が上下に大きく開いた。

 巨大な口腔部に座すのは、黒い衣装に身を包んだ少女と言っても過言ではない美少女と、豪華な衣装に身を包む可愛さと可憐さを併せ持つ幼女。

 そして最奥の顎関節部に座するのは、少女のような美貌と悪魔のように妖艶な眼差しを持つ、深い謎に包まれてなお輝きを放つ美少年であった。


石斛(セッコク)、ご苦労」


「お疲れ様にございます」


 客車から降りた少年へと、仮面の女性が一礼で応える。

 少年に続き幼女と少女が飛び降りるが、その様は重量を感じさせない優雅なもの。

 謎の二角獣の牽く馬車から城壁に悠然と歩み寄る少年が、何の緊張も見せない顔を上げてローレンツへと語りかけた。


「やあ、良い天気だな」


「あ……あぁ、良い天気だ。それで君は何者だ?」


「私か? 私の名はシューベルト。ただの旅人だ」


「旅……人? 何を求めて――危ない!!」


 少年の自己紹介を遮るように、周囲を取り囲んでいたオーガの一体が城壁の上に視線を向けている少年へと襲い掛かった。

 身の丈五メートルの長身で巨大な棍棒を振るうその姿は正に凶悪。その強烈な一撃を普通の人間が受ければ、一瞬で物言わぬ肉塊へと変わり果てることは間違いない。

 だが少年はその暴威を避けようともせずに、棍棒の軌道をジッと見つめている。そしてそのままオーガの一撃を受けると思われた瞬間、その傍らに立つ黒い衣装の少女が旋風のように舞っていた。


「い……一体何が?」


 ローレンツは固唾を飲んで目を見開く。少年を襲ったオーガは振り抜いた姿勢のまま微動だにせず、その右腕は棍棒を持ったまま彼方へと飛び去っている。

 振るわれたであろう黒い細身の剣を何処かへと仕舞い込むと、少女は先ほど同様に少年の傍で優雅な笑みを湛えて静かに佇む。

 ローレンツの見間違いでなければ、その黒い剣の先は鉤のように曲がっていたはず。それが自分の見間違いだったのか、それとも記憶の片隅にある狂器に似ていたのか、悩み続けるローレンツの目の前でオーガの巨体は静かに上下真っ二つに分かれた。そして生気を失った上半身が地面へと落下する。


「お前が声を掛けてくれなければ危なかったな」


「え? あ……いや。無事で良かった」


 ローレンツは少年の表情に、ほんの僅かだが焦りの色が見えた気がした。

 だが少年は今もこの横柄な態度を続けているのだ。きっと見間違いだろうと、ローレンツは己の思考を切り替える。


「で、何の話だったかな?」


「あぁ、今ので解ったと思うが、君は来るべき場所を間違っていないか?」


 隣の少女がどうやってオーガを両断したのか理解出来ぬまま、ローレンツは未だ呑気に構える少年へと忠告する。

 オーガを一撃で倒す技は見事なものだったが、だがそれだけのことだ。今見せた戦闘力を遥かに凌駕するほど隔絶した戦闘力が無ければ、この危険地帯で生存することなど出来はしないだろう。

 ローレンツにとっては赤の他人。だがあどけなさの残る男女三人と付き添いであろう女性一人を見てしまっては、城壁を死守すべき彼でもその身を心配せずには居られなかった。


「因みに、間違っていないとは思うが……此処はウェスリブで間違いないな?」


「あぁ。君の言う通り、ウェスリブで間違いない」


 首を傾げながら場違いな質問を投げ掛ける少年へと、城壁から顔を覗かせたローレンツが素直に答える。

 その横では黒い少女とトリコロールの幼女が何やら言い争いをしているが、小声かつ早口で捲し立てているため離れたローレンツには聞き取れない。

 その後ろでは仮面の女性が冷静に、両断されたオーガの死体から魔石を回収していた。


「中へは入れてくれないのか?」


「今此処で門を開いてしまえば、君達の周囲に居るモンスターがすかさず雪崩れ込んでくるだろう」


 同胞を殺されたことに怒りを覚えたのか、別のオーガが仮面の女性へと襲い掛かった。だが彼女は背後からの襲撃に気付いていないのか、しゃがんだまま振り向くことなく作業を続けている。

 少年は襲撃に気付いたようだが、特に行動を起こすつもりはないようだ。少女と幼女はまだ何か言い争っている。

 そんな緩慢とした状況の中、仮面の女性へと迫ったオーガーがいよいよ巨大な棍棒を振り降ろそうとしたその時、彼女は何処からともなく取り出した神聖なホールでオーガの頭を一撃で粉砕した。


「い、一撃……だと?」


「だから! お前はたまたま近くに居ただけなのよ!」


「それが我の忠誠心! そして愛! というか貴様はいちいち煩いのじゃ!」


「お前達……ちょっと静かにしろ」


 ローレンツの驚愕を余所に、幼女と少女を少年が窘める。

 それほど怒っているようには見えない少年だったが、指摘を受けた二人が首を竦めて少年へと謝罪し始めた。一見温厚そうに見えるのだが、彼女達から恐れられているのだろうか? 

 仮面の女性はそんな三人を気にすることなく、庚級の魔石を巾着袋へと仕舞い込む。


「君達は一体……本当に何者なんだ?」


「通りすがりの、ただの旅人だと説明したはずだが?」


「そういうことを聞いているんじゃ……いや、なんでもない。だがしかし、申し訳ないが君達を中へ入れることは出来ない」


「ふーん。そうか、残念だ。因みに此処の責任者は?」


 少年からの唐突な質問にローレンツは面食らった。

 何故今その質問なのか。彼には理解が及ばなかったが答えを渋る理由もない。


「責任者は私だ」


「ほぉ。若く見えて優秀なのだな」


「若い? 君の方が余程若く見えるが……私の気のせいか?」


「あぁ、そう言えばそうだったな」


 苦笑を浮かべて照れる少年を、ローレンツは眉間に皺を寄せて訝しむ。

 この少年は一体何を言っているのだろうか? 一般的に考えても真面(まとも)とは思えない横柄な言動。

 だがローレンツは彼を侮ることは出来なかった。その馬車、その衣装、そしてその立ち振る舞い。彼を侮れる要素が何一つとして見当たらないのだ。


「で、どうすれば門を開けてくれるんだ?」


「見ての通り、大量のモンスターに城が包囲されているんだ。これが解消されない限り、門を開けることは出来ないな」


「だがモンスターに攻城の意思はないようだぞ?」


「それは私には判らないし、判断も出来ない。残念だが、君の要求に応えることは出来そうにないね」


 少年の質問に、ローレンツは肩を竦めて眉尻を下げる。

 開けてあげたいのは山々なのだが、だからと言って城内を危険に晒す訳にはいかないのだ。

 少年達が危険な中にあるのは間違いない。だが熟考を重ねたローレンツには、彼等が蹂躙される光景を想像することは出来なかった。


「ところで一つ質問なのだが、この馬車を持って城壁を飛び越えるなら、門を潜らなくても入城は許可されるのか?」


「……いや、普通にダメだろう」


「では南門から入るのは?」


「南門……」


 少年から出た南門という言葉に、ローレンツは黙り込んでしまう。

 モンスターの戦力が一番集中している南門。先ほど見せつけられた少年達の戦闘力があれば、南門に陣取るモンスターに一泡吹かせられるのではないか? そんな考えがローレンツの脳裏を過ぎる。

 だが彼は熟考に時間を掛け過ぎてしまった。黙り込んだ長い時間が災いして、少年の横に侍る少女と幼女が苛立たし気に彼を睨んでいるのだ。それはもう、親の仇を見るような厳しさで。


「固まっているところ悪いが、どうかしたのか?」


「いや、なんでもない。そして話を戻すが、南門の問題を解決してくれるなら、城門はすぐさま開かれるだろう」


「ほぉ……で、問題とは?」


「南門の先に白旗を持ったマンティコアが居るんだが、もう二日間もその場を離れずに此方を伺っている。奴が何のためにその場を離れないのか、可能であればその理由を調べてくれないか?」


 白い旗を持ったマンティコアは、おそらくこの軍団の中核を成す存在なのだろう。

 もしそうであれば、少年が近づいた瞬間に何等かの対処を行うはず。交渉なのか撤退なのか、それとも蹂躙なのか。マンティコアがどんな行動を起こすのかローレンツには判らない。

 だが作戦を練るために必要な結果さえ見せてくれるのなら、見知らぬ少年を生贄にせざるを得ないことなど躊躇う理由にはならなかった。


「白い旗……?」


 腕組みをした少年が首を傾げる。


「それがどうかしたのか?」


「マンティコアは話し合いを求めているのではないか?」


「君は何故そう思うんだ?」


「何故って……白い旗を掲げているんだろ? であれば戦闘の意思はないと思うが」


 首を傾げる少年の姿を鏡に映すかのように、ローレンツも少年と同じように首を傾げる。

 旗が白いだけで何故、戦闘の意思がないと言い切れるのか。此処ではない何処かで、そのような文化でもあるのだろうか。

 ローレンツには判らない。だが本当に少年の言う通りであれば、この緊迫した状況を打開出来るかもしれないのだ。


「君の言う通りであれば問題は無いだろう。早速南門へ向かってくれるか?」


「あぁ、了解した。私が彼等と交渉しよう」


 腕組みを解いた少年が、ローレンツへと向かって快諾を伝える。

 上手く行けばモンスターが撤退し、失敗すれば少年が殺されるだけ。だがそれは、あまりにも出来過ぎた話ではないだろうか?

 一抹の不安を覚えたローレンツが、移動を開始した少年を引き留めて念を押す。


「シューベルト! もし交渉が決裂したら、モンスターを殲滅するのか?」


「殲滅……? いや、あくまで話し合いで解決するつもりだが?」


「そう……か。だがそう上手くいくのか?」


「心を責めるのが上策、城を攻めるのが下策と言うからな。まぁ、おそらくコミュニケーションは取れるのだから、何とかなるだろう。やるだけやってみるさ」


 少年は何故それほど自信を漲らせているのか? 去り行く少年の横顔を見ながら、ローレンツは眉根を寄せて首を傾げる。

 少年から立ち昇る絶対的な自信。その理由はローレンツには判らないし、そもそもコミュニケーションという謎の言葉も意味が判らない。

 そんな(わだかま)りを残したままのローレンツが、少年の後ろ姿を見つめて安堵の息を溢す。(ようや)く少年の横に侍る幼い女性達からの、射殺すような視線からやっと解放されたのだ。


「やっと行ったか……」


 冷汗を拭ったローレンツが、襟を正して城壁の上を歩き出した。

 向かう先は南門。見届けるのは少年の行く末。南門では果たしてどのような結果が生まれるのか。

 城壁の上で周囲を警戒している兵士に目礼を送りながら、ローレンツは明るい未来へと向かって大きな一歩を踏み出す。


「ホイスディンク殿、先ほどの一行は一体?」


「副団長……ですか。さぁ、私にも判りません」


 ローレンツに追い付いた副団長が、並んで歩きながら素朴な疑問をぶつけてくる。

 だがローレンツにも彼等の正体は全く判らないのだ。

 ただの変人、そう答えたかった。だが何故かそれだけでない気がして、彼はその言葉を胸の奥へと仕舞い込む。


「南門に向かって歩いているようだが、自殺志願者か何か?」


「いえ、違うようです。あの少年が言うには、モンスターに戦闘の意思はないとのこと」


「うん……私の気のせいか? 普通に襲われているように見えるのだが」


「そのようですね。ですが襲い掛かる者と、様子を見ている者。二通りが居るように見えます」


 馬車の先頭を歩く少年を守るように、少女と幼女と女性が取り囲みながら歩みを進めている。

 時折コボルトとオーガが襲い掛かっているが、近寄る間もなく少女と女性に屠られ続けていた。

 ちなみに、城壁側を歩む幼女は戦闘に参加していない。欠伸をしながら暇そうに戦闘を見つめるだけだ。


「戦闘力は高いようだが、まさかアレら全てを倒すつもりじゃないよな?」


「まさか……あり得ないでしょう」


 一瞬その可能性を疑うローレンツだったが、すぐさま思考を切り替えて少年達から副団長へと視線を移した。


「それで、ホイスディンク殿の狙いとは?」


「特に明確な狙いはありません。ですが彼の言うことが本当であれば道は開かれるでしょうし、そうでなくとも我々に損失はありません。果たしてどういう結果になるのか、此処で見守らせて貰いましょう」


「なるほど。しかし本当に妙だな。モンスターの行動も勿論だが、あの幼い戦士達の強さは本当に異常だ」


 二人の眼下では今もなお戦闘が続いている。

 散発的に四人へと襲い掛かるモンスター達。そしてそれを不安気に見守るモンスター達。

 だが前者は鎧袖一触、後悔する暇もなく屍の山を築いていくだけ。


「あの仮面の女性、大変そうですね」


「あぁ。でも何故、彼女だけが魔石を拾っているんだ?」


「さぁ……そういう役目なのでしょうね」


「見た目は一番年上に見えるが、やっていることは一番下。不思議な光景だな」


 一見すると引率の女性。だがその行動はメイド服という見た目通りの雑用。そんな珍妙な光景を見つめながら、ローレンツと副団長は首を傾げて歩みを進めた。

 そんな彼等が遂に、西の城壁を渡り終えて南西の角へと達する。

 南門の先では、白旗を持ったマンティコアが相も変わらず直立していた。


「あれが例のモンスターか」


「そうです。あの姿に意味があるのだと、件の少年は言っていました」


「そうは見えないがな。まぁ、お手並み拝見といこうか」


「そうですね。楽しみです」


 彼等同様に南西の角を回り込んだ少年が、白旗を持つマンティコアを視界に収める。

 あまりにも無警戒な行動ではあるが、そんな彼を襲うモンスターはもう既に存在しない。

 少年は無人の野を行くが如く悠然と歩みを進めると、南門の前で振り返り供の女性達を押し留めた。

 そしてそのまま一人でマンティコアの待つ場所へと歩いて行くのだった。






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