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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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同行



 突如として天より降ってきたのは、貴公子然としたちょい悪系の美男子。

 超一流のモデルを彷彿とさせる整い過ぎたスタイルと百九十cmという高身長、それに加え少しだけ冷たさを感じさせる青と黒の瞳に鼻筋の通った顔は適齢期の女性を全て魅了するほど。

 身に着けているのは鮮やかな光沢をぶっ放しつつ圧倒的な高級感を醸し出す紫紺の貴族服。そしてワンポイントとなっている襟元の真っ白なジャボが、彼の気高さを如実に物語っていた。


「か、いえ、シューベルト様。お待たせ致しました」


「ご苦労、悟浄」


「か、カッコいい!!」

「……素敵ですね」


 ビアンカ・ペシェル、二十六歳。シャルロッテ・クナーベ、二十歳。

 悟浄の主君である少年が手放しで男前と認めている通り、妙齢である女性二人の食い付きが素晴らしく良い。

 遥か上空から華麗に降り立つその仕草、心の余裕を表すかのような泰然とした瞳、彼女達の目にはとてつもなく素敵に映っていた。


「……カイエ?」


「カイエ? お前は一体何を言っているのであるか?」


「であるか?」

「……変ですね」


 首を傾げるアルフレートを冷たく見下しながら、悟浄と呼ばれた紳士がその言を強く否定する。

 だが彼は確かに言っていたはずだ。少年のことをカイエと。だがアルフレートは彼の拒絶するような態度に躊躇を覚え、それ以上を追及することは出来なかった。

 そしてその遣り取りを横から見ていたビアンカ・ペシェル、百五十五cmとシャルロッテ・クナーベ、百六十五cm。彼女達はその聞きなれない語尾が耳へと飛び込んだことで、目の前の男性に対する好意をどんよりと下方修正する。


「ガーゴイルに乗って来たのか?」


「いえ、シャングリラから此処まで飛んで来ました」


「飛んで? どのような方法だ?」


「お急ぎのようでしたので、三蔵から借り受けたジェットストリームに<重力反転(アンチグラビティ)>を付与して超音速で移動しました。ですが軌道が目的地と大きくズレておりましたので、目的地直前で足下の空気を風魔法により圧縮し、臨界圧で生じた爆発を推進力に利用して此処まで辿り着いています」


「……ミニマムエナジー軌道での移動か、なるほど。ブレーキにより生じた風圧の、あの凄まじさも納得だな」


 アルフレート達が唖然と見守る中、謎の主従が謎の会話を続けている。

 ガーゴイルに乗って来た。有り得ない話だとは言い切れない。だが彼はそうではないと言う。

 少年が言っていたシャングリラまでの距離は、アルフレートの記憶が確かであれば三十里もあったはずだ。彼はその途轍もない距離を、謎の飛行物体に乗って飛んできたと言う。

 おそらく、彼はその語尾と一緒で思考回路も少々おかしいのだろう。アルフレートはそう思わずには居られなかった。


「だが迎撃されることまで考慮するならロフテッド軌道での――」


「ひ、干物がぁーーー!!!」


「な、なんだ!? どうした、マテウス!」


 少年の意味不明な言をタイミング良く遮るように、少し離れたマテウスから心に沁みるような謎の雄叫びが上がる。

 慌てて振り返るアルフレートら三人と、おもむろに視線を移す少年達。

 そこには……悟浄が発生させた爆風で散乱した、先ほどまでは美味しそうに見えた魚達が無数に散乱していた。


「それでシューベルト様、この者達とはどのようなご関係でしょうか?」


「ハァ……ゴルト、片付けを手伝ってやれ。一箇所に集めるだけで良い。洗浄は私がやる」


「畏まりました」


 自分のしでかした惨事を誤魔化すかのように、悟浄がすかさず別の話題を少年へと問い掛ける。

 悟浄の口元が微妙に引き攣っているのを見ると、多少なり思うところはあるのだろう。だが相手は人間如き、謝罪するまでも無い些事と捨ておくつもりなのか。

 問われた少年は、見事な一礼を見せるゴルトを大きな溜息とともに見送ると、諦観の混じった困り顔で悟浄へと視線を移した。


「彼等はお客さんだ。魔国領へ調査に来たらしいぞ?」


「調査、でしょうか?」


「あぁ、なんでも大爆発の爆心地を調べたいそうだ」


「それよりもシューベルト、君は魔国領に住んでいるんだよな?」


 主君の語る彼等の訪問理由、そして偽名といえど主君を呼び捨てにするアルフレート。

 悟浄は泳いでいた視線を即座に正して彼を鋭く睨みつけた。


「悟浄、止せ」


「ハッ」


 悟浄は不承不承ながらも端的に応える。

 いくら強い不満を覚えようとも主君からの指示は絶対であり、悟浄が意見を述べる余地など微塵もないのだ。

 おそらく自分如きでは計り知れない深いお考えがあるのだろう、そう考えた悟浄は清々しい表情(かお)で自分を押し殺す。


「そうだ。先ほども言ったように、此処から北へ三十里。とんでもハップン、歩いて五日の距離だな」


「トンデモハップン??」


「ネバーハップンのもじりだ。まぁ下らんおやじギャグだ。気にするな」


「スマン、君の言っていることが全く判らない。しかし、魔国に人間が住んでいると聞いたことはあるが……まさか本当だったとはな」


 少年の意味不明な説明に苦笑しつつも、アルフレートは改めて少年の佇まいを見直す。

 魔国に人間が住んでいると聞いたことはある。その人間たちは信じられないほどの軽税で、何の不自由もなく我が世の春を謳歌しているという。

 そんな夢物語など現実には有り得ない。そう一笑に付してきた彼であったが今も目の前で優しく微笑む、余りにも警戒心のない、余りにも常識が欠けた少年を見ていると、その考えが間違いだったと思えてくるのだ。


「悟浄、そうなのか?」


「はい。フィードアバンに五万ほどが住んでいます」


「ほぉ、そうなのか。そこを悟空が守っている、そういうことだな?」


「その通りにございます」


 何故少年はそれを知らないのだろう。

 アルフレートの中に抑えきれない疑問が湧き上がるが、それを問い質すことは何故かやってはいけないことに思えた。


「だそうだ。気が向いたら、エスタブリッシュにも遊びに来てくれ」


「……そうだな。この仕事が終わったら一度訪ねさせて貰おう。ナファウトからだと安全に行けるんだろ?」


「悟浄、そうなのか?」


「はい。オークやコボルトを問題なく倒すことが出来れば、死に直面するような危険はないでしょう」


 ナファウト付近では、彼等が死を覚悟するほどの強いモンスターは出現しない。

 今回は怪しい橋を二度続けて渡ってしまった為に大きな生命の危機を感じたが、ナファウト経由の通常ルートを選んでさえいれば問題はなかったのだ。

 この旅路の帰りにあの橋を渡ったが最後、もう二度とあの橋は渡るまい。新たな相棒となった黄金色に輝く剣を握りしめて、アルフレートはその決意を深く胸に刻み込んだ。


「食料は集まったようだが、水は大丈夫なのか?」


「水? 基本的に川添いを移動するから困ることは無いが、可能なら湧き水を補充しながら進みたいとは思っている」


「湧き水……魔法で飲み水を作らないのか?」


「あぁ、そんなこと常識――」


 アルフレートの不躾な口調に悟浄が目を細める。

 だがそれも一瞬。少年からの視線の牽制を受け、彼は厳しかった目を直ぐに和らげる。


「――だろう? 魔法で作った水を飲むと、体調を崩してしまうんだ。まぁ俺達はその魔法を使えないがな」


「体調を崩す? もしかしてだが、衰弱した人間に飲ませると死んでしまうこともあるか?」


「あぁ、そういう話も聞いたことがあるな。だから魔法で作った水はそのまま飲まずに、一度濾過してから飲むのが一般的だな」


「ふーん、で濾過とは?」


 何か思い当たるところがあるのだろうか? 少年の食い付き方が尋常ではない。

 今までの無関心さがまるで嘘であったかのように。


「小石を敷き詰めた筒の中を通すのが一般的だな」


「なるほど。濾過というよりも加灰分(かかいぶん)の可能性もあるんじゃないか?」


「かかいぶん?」


「おそらくではあるが、魔法で作り出す水は純水なのだろう。体調不良の原因として考えられるのは、純水の摂取による電解質異常が妥当か? まぁ普通の水でも過剰に摂取すれば電解質異常は起こるし、衰弱している人間に純水なんぞ飲ませれば、死んでしまう可能性もあるだろうな。だから小石を通すことで水にイオンを含有させているの……いや、そもそも容器に入れた時点で多少なりミネラルが入るはずだよな? であれば純水の腐り易さが問題なのか? 体調を崩すのがお腹を下すとの意味であれば、毎回新しい水を出しても容器にカビが生えていれば意味が無いしな……。だが普通の人間なら、直ぐ白カビに気付くんじゃないか?」


「――悪いな。……何を言っているのか俺には全く理解出来ない。折角の詳しい説明だが、もっと頭の良さそうな奴にしてやってくれ……」


 苦笑を通り越してげんなりとしてきたアルフレートが、少年へと疲れきった目で無言の抗議を送る。

 何か大事なことを教えてくれているのだろうが、その言っている内容がまったくもって判らないのだ。


「そうか……まぁ、大した問題ではないから気にするな」


 だがそこまで詳しいのであれば、魔法の水を簡単に飲む方法も判るのではないか? そんな疑問が彼の混乱する脳にふと沸き上がった。


「ちなみに魔法で出した水を、そのまま簡単に飲む方法はあるのか?」

 

「ミネラルの問題であれば、石でも舐めていれば問題はない。だがおそらく腐った水が問題なのだろう。対策としては水を殺菌するしかないんだが、一々殺菌するくらいなら魔法で出した水を直接飲んだ方が早いだろうな」


「そ、そうか……ありがとう」


 感謝を口にしたはずのアルフレートが、更に疲れた表情で溜息まじりに下を向く。

 そんな彼を見た少年は、首を傾げながら隣に侍る貴族然とした男性へと視線を向けた。


「悟浄、私の説明が何か違っていたか?」


「申し訳ございません。我輩、人間のことは詳しくありませんので……」


「あぁ……そうか。まぁ良いか。そうそう、お前に来て貰った理由だが――」


 悟浄の謝罪を鷹揚に受け入れた少年が、彼を此処へ呼んだ理由を説明し始める。

 一人だけ話から取り残されたアルフレートが「人間に詳しくない?」と訝しんでいるが、話を先へ進めた二人に気兼ねしたのかそれ以上を追及することは無かった。


「――武器作りを手伝って欲しくてな」


「武器、でしょうか?」


「あぁ、弓を作りたくてな。先ずはこの丸太から板材を切り出して欲しい。長さは彼女の身長ほど、幅は指三本分、厚みは薄ければ薄いほど良いな」


「お任せください。直ぐに取り掛かります。それで枚数はどの程度必要しょうか?」


 少年は空を見上げて何かを考える。

 明確な完成像が浮かんでいないのだろうか? 彼は暫く考えた後、諦観を浮かべて苦笑した。


「まぁ、二十枚もあれば足りるだろう」


「承知しました」


 一礼した悟浄が早速作業に取り掛かる。

 淀みない所作で丸太へと手を突き出し<風の刃(ウィンドカッター)>を詠唱すると、魔法陣から発現した風の刃が次々と丸太を切り裂いていく。

 その切断された木材の大きさはどれも一定で、術者の腕が尋常でないことを如実に物語っている。


「す、凄い……」


 ビアンカの呻きに賛同するアルフレートらを余所に、悟浄が少年へと板材を手渡した。


「これでよろしいでしょうか?」


「あぁ、理想通りの仕上がりだ。後は私の仕事だな」


 板材を受け取った少年が、板を重ねながら握りを確かめる。

 その数が六枚に達した時、少年は大きく頷くと板材の余りを何処かへと仕舞い込んだ。

 もっと正確に表現するなら、仕舞い込んだというよりも突如として消えた、が最も近い表現だろう。だがそれを追及するとまた頭痛に悩まされる気がしたアルフレートは、その疑問を棚上げにして少年の作業を静かに見守った。


「さて……形はこんなのだったかな?」


 どのような技なのか全く判らないが、何故か何も無い空間に板材が浮かんでいる。

 その様子を当然のように見つめながら、少年が小首を傾げて両手を突き出した。

 その瞬間、誰も手を触れていない六枚の木材が、突如として弓なりに変形し始めていく。


「え? えぇ!? ね、ねぇ少年、何が起こってるの!?」


「ん? 木材を曲げているだけだが? あぁ、そうか。木材は熱を加えながら圧力を加えると、変形する性質があってな。それを利用しているんだ」


「いや……そうじゃないだろ」


「あぁ、浮かんでいることが不思議なのか? であれば、これが先ほど説明した空間に干渉する能力だ」


 なるほど、と理解の色を見せるシャルロッテとは対照的に、週五の六時間残業を耐えきったサラリーマンの如く、疲れ果てたアルフレートが何とも言えない苦笑を浮かべる。

 彼が何故そんなに疲れているのか理解が及ばず、少年と悟浄は小首を傾げて見つめ合う。

 常識とは人種や地域によって異なるもの。アルフレートは非日常的な光景の中で、その現実を強く実感するのだった。


「さて、あとは板材どうしを密着させれば完成だ。あ、弦……まぁ流用すれば良いか」


 説明口調が突然独り言になっていく少年。

 彼のことはもう深く追及すまい、そう心に誓ったアルフレートが生暖かい視線で少年を見守る中、六枚だった弓なりの板材が空中で一つに重なり、圧し潰されるように一つに纏まっていく。

 そして突如重力が作用したかのように落下を始めると、自由落下の末に少年の手へと収まった。


「なんで木がくっついたの?」


「プレスの応用で圧着したんだ。手持ちに接着剤が無いからな」


「ぷれす? ふーん、凄いね」


 シャルロッテが色んな意味で少年に馴染み始めている。

 当然ながら少年の言っていることを彼女は全く理解出来ていないだろう。だが今ここで必要なのは、一々疑問を浮かべることではなく素直に受け入れること。

 そんな柔軟な思考が脳細胞を死滅から守り、長寿への道に繋がることを彼等はまだ知らない。


「さて悟浄、この弓の形をもう少し整えてくれ。意匠はお前に任せる。あとは――」


 少年がまたもや、何処からか大きな白い棒のようなものを取り出した。

 何かの骨だろうか? それにしてはあまりにも大き過ぎる。


「――これを使って装飾してくれ」


「承知しました。他に作るものはありますか?」


 ただ其処に存在するだけで有り得ないほどの力強さを感じさせる、骨のようなものを片手に悟浄が少年へと尋ねる。


「そうだな……彼女の持つ杖があまりにも不細工だから、余った木材でもっとマシな物を作ってくれ。あとは彼が持つ剣の鞘を作っていなかったから、余った木材かドラゴンの骨で同じよう――」


「「ど、ドラゴン!!?」」


「ど、どうした? 確かにドラゴン――」


「貴様ら! シューベルト様のお言葉を遮るとは……今直ぐ死にたいのであるか!?」


 いや、お前もな。そんな表情を浮かべながらポカンと口を開けた少年が、額に青筋を立てる悟浄を冷ややかに見つめる。


「し、死に……?」


「ハァ……止せ、悟浄。彼の言は気にしないでくれ」


 当然の暴言に驚きを隠せない三人へと目礼を送り、少年が困り顔で悟浄を窘める。おそらく今までの主君に対する数々の無礼が、積もりに積もって爆発したのだろう。

 しかし少年の制止を受けた悟浄の表情は、先ほどまでの怒りが嘘であったかのように冷静さを取り戻したもの。納得したのか外見からは判らないが、「ハッ」と敬意の溢れる一礼を見せた悟浄は、躊躇することなく作業に取り掛かった。

 この主従は一体どのような関係なのだろうか? 少年の立場も、配下である悟浄の沸点も未だに判らない。そんな一抹の不安を胸に、アルフレートは少年へと視線を戻す。


「もう少し言葉遣いに気を付けた方が良いのか?」


「いや、気にしなくても良い。それより此処へ至るまで、どんな経緯があったのか詳しく教えてくれないか?」


「あ、あぁ……そうだな。此処に来るまで本当に大変だったんだ……」


 色んな意味で疲れ果てたアルフレートが、この地に至るまでの経緯を滔々と語り出した。

 王国の荷駄隊と一緒に魔国へ向けて移動したこと。途中の村が廃墟となっていたこと。そして橋の上で遭遇したリザードマンと交戦になり、危ないところをヒュドラに助けられたことを。

 村が廃墟になっていたことを伝えた際、少年の表情が僅かながら曇ったとアルフレートは感じたが、この地に住む彼があの惨状を知る訳がない。そう彼は切り捨てる。


「ところで一つ気になったんだが、ヒュドラがお前達を助けたのか? そんな指示をした覚えは……」


 少年が確認するかのように尋ねる。だがその声は次第に声が小さくなり、最後の方はアルフレートには聞き取れなかった。


「あぁ、俺達はリザードマンに追い詰められていた。助けて貰うのがもう少し遅ければ殺されていただろう。だがヒュドラがリザードマンに攻撃を加えたのは、リザードマンの持つ槍の穂先が橋を傷付けたのと同時だった。まぁ俺達を助けるのが目的ではなかったかもしれないな」


「なるほど……お前達は運が良かったようだな」


「確かに。運が良かったのだろう。だが何故君にそれが判るんだ?」


「ん? あぁ……なんとなくな」


 少年が白々しく視線を逸らす。

 何かを知っている、だが何も答えられない。そんな雰囲気満載の少年を見たアルフレートは、更に詳しく問い質すかを少しだけ悩む。

 だが、これ以上聞いたとしても素直には答えてくれないだろう。そんな確信が脳裏を過ぎった彼は、やがて諦めの境地へと自然に辿り着いた。


「それでこの先へは、この四人だけで進むのか?」


「あぁ、他に誰も居ないしな」


「リザードマンに苦戦するようであれば間違いなく死ぬぞ? それでも行くのか?」


「死ぬ……かもしれないな。だが君がくれた武器もあるし、川沿いを進めばなんとかなるだろう」


 覚悟を決めたアルフレートの表情を見て、少年は腕組みしながら首を傾げる。


「いや、普通に死ぬだろ?」


「そうかもな……だが、俺達は行かなければならないんだ。其処に遺留品があるかもしれないからな」


「ふーん……そうか、まぁ頑張れ」


 なんとも言えないはにかんだ苦笑を浮かべて、アルフレートが困り顔で大きく頷く。

 彼は既に死ぬ運命さえも受け入れているのかもしれない。だが残りの三人はどうだろうか? その若さで死ぬことなど本望ではないはず。生きて帰ってこその旅路なのだから。

 少年は大きく溜息を吐くと、真剣な眼差しで此方を見つめるアルフレートへ柔らかな視線を投げ返す。


「だが彼女達が死を覚悟しているかは別の話だろう?」


「あ、あぁ……」


「仕方ない。目的地まで悟浄を随行させよう」


「え? あの人がついて来るの!?」


 横で話を聞いていたであろうシャルロッテが、驚きを隠さずに少年へと詰め寄る。


「な、何か問題があるのか?」


「えぇー、だってぇ、私達のような魅力的な年頃の女性と一つ屋根の下だなんて。間違いが起こったら……ねぇ?」


「いや、それは間違ってもないと思うぞ?」


「いやいやいや、そんなことないでしょ? だって私、二十歳だよ?」


 何を問題にしているのか忘れてしまったであろうシャルロッテが、粗末な胸を張って少年へと年齢を告げる。

 歳を自慢する時点で、他に自慢すべきものが無いと明言しているようなものだが、どうも彼女は気付いていないらしい。

 キャバクラに行って会話が弾まないのは、人生経験が乏しい見た目だけが売りの若く薄っぺらい女性。プライドとローディングだけが高いその対応に、心の中で「金返せ!」と叫んだおじさんは少なくないだろう。


「年齢はどうでも良い。見た目が奴の好みに合わないんだ」


「もしかして、胸が大きくないとダメ、とか?」


 その瞳に悲しさを宿したシャルロッテが上目遣いで少年へと尋ねる。

 彼女は何を恐れているのだろうか? 少年にはその想いが判らない。だから彼は自身の考えを率直に語った。


「胸? そんなものは唯の飾りだろう? エロい人にはそれが判らんのだよ」


「え? 少年は小さい方が良いの?」


「そうではない。女性の魅力に大きさは関係ないと言っているんだが……おかしいか?」


「おかしいというか……それって、さっきの話と関係があるのか?」


 少年の断言を聞いたシャルロッテが、よく判らない種類の感動に打ち震えている。

 そんな二人の会話を聞いていたアルフレットが、疲れきって勢いのないツッコミを少年へと入れた。


「そうだったな。だが補足するなら、バディスは幼児体形にしか興味を示さない。だから安全だと断言出来るんだ」


「え? それって……変――」


「――皆まで言うな! それが優しさというものだ」


「あ……え? あ、はい」


 彼女が言いたかったのは、紛れもなく"変態"というワードだろう。

 しかし少年もそれは想定の範囲内だったようで、彼女の言葉を引き継ぐように華麗なるインターセプトを見せる。

 変態が幼児で貧乳を放置。色々と言いたいことのあるシャルロッテだったが、少年からの強い眼差しを受けてそれらをグッと飲み込んだ。


「では彼等のところに行くか。干物から汚れを取らないといけないしな」


「あぁ……そうだな。ところで厚かましいお願いなのだが、もし盾を持っていれば彼に渡して欲しいんだが」


「盾? 持ってはいないが、これで代わりになるか?」


 思い付いたように少年が何処からともなく取り出したのは、何処からどう見ても何かしらの鱗。

 その大きさは彼等の予想を遥かに超え、その内包する力は彼等の想像を遥かに絶していた。

 これほどの鱗を持つ生物など、彼等でなくとも直ぐに思い付く。それは――


「ま、まさか……これはドラゴンの鱗なのか?」


「よく判ったな? 落ちていたのを拾ったんだが、正解だったようだな」


「落ちていた!? 流石は魔国だな……俺達の常識がまったく通じない。だが、これなら確かに盾としては優秀だろう」


「正真正銘のドラゴンシールドだしな。耐性は非常に高いと思うぞ?」


 それは少年の言う通りだろう。ドラゴンを貫ける武器や魔法など、アルフレートは聞いたことすらない。

 伝説のモンスターから獲れた盾をしげしげと見つめながら、アルフレートは少年の正体について思いを馳せた。

 だがその問いは諸刃の剣。もし機嫌を損ねれば武器が貰えないばかりか、生命(いのち)さえ危ぶまれる危険な状況に陥るだろう。


「ちなみに、もう一枚なんてないよな?」


「あるぞ? これで良いか?」


「ありがとう。……本当に恩に着るよ」


「いや、礼には及ばない。私もお前達から十分な情報を貰ったしな」


 肩を竦めながら申し訳なさそうに礼を口にするアルフレートへと、少年は屈託のない笑顔を向ける。

 彼は全く大したことのない情報と引き換えに、彼等が見たこともない圧倒的な武器を与えてくれたのだ。

 果たしてこれが取引きと言えるのか、アルフレートには判らない。だがこの先で待ち受ける困難を思えば、アルフレートに断るという選択肢は選べなかった。


 そして一刻後、少年の<蘇生(ブレッシング)>により洗浄された魚を荷台に積み込んだ彼等は、新しい武器、そして新しい同伴者と共に南へと向かって旅立って行った。






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