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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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偽名



 集団自己紹介で締めた昨日から明けて翌日、メイドの名前を半分くらい忘れてしまった私は今、お誕生日席にて目下軟禁されている状態だ。

 右を見れば仮面のメイドが二名、左を見ても仮面のメイドが二名、そして正面には広大な山並みが広がっている。

 此処はシャングリラの建設予定地である巨大な岩山の天辺。未舗装の岩盤に設置された玉座に、私は座らされていた。


 周囲ではサイクロプスが忙しなく巨石を運び、眼下からガーゴイルが懸命に木材を運び上げている。

 更にはこの場所からは見えないが、この巨石の根本とその周囲に設置された仮の住宅をディアブロが守っているとのこと。

 あまりにも手厚いこの警備体制を前にしては、散歩という名の大脱走を私は諦めざるを得なかった。


 更に驚くべきは、ゴーレム達が不眠不休で働いていることだ。

 夜中でも作業の手を止めない彼等を不審に思い、三交代、或いは変則二交代のシフトでも組んでいるのかと思いきや、実際には誰一人として休んでいないという超ブラック体制。

 この国に労働基準局、及び労働基準監督署が無くて良かったと心底ホッとしてしまうが、彼等は本当に休まず動き続けられるのだろうか?


「一つ良いか? ラゴ」


「はい、なんでございましょう?」


「ゴーレム達は、本当に休まなくても良いのか?」


「魔力の補充は、どちらかと言えば過多状態にあります。過度な魔法の使用でもない限り、彼等が倒れることはまずありません」


 ゴーレムの過労を心配したのだが……ラゴからの返答は、どこか焦点がズレていた。


「そ、そう……か」


「それにしてもカミュ様、そのお召し物。とてもお似合いですね」


「そ、そう……か?」


「はい、カミュ様の至宝の凛々しさがより引き立てられ、荘厳なお姿が一層輝きを増しております」


 口元を満面の笑みに変えたラゴが、壮絶なお世辞を放ってきた。

 前世でも棒読みに限りなく近い「カッコいいですね」なんて台詞を、四十年の経験で一度や二度に限らず聞かされたことはあるが……それは何をどう考えても紛うこと無きお世辞であった。

 その考察から量るに左に控えるラゴの言も、間違いなくお世辞なのだろう。であれば、此処は建前で返すべき場面。


「ありがとう。私もこのボディスーツが気に入ったところだ」


 いつもはローブの前をしっかりと閉めているのだが、今はボディスーツを着ているのでチャック全開の状態だ。


「そのお言葉を聞けば、アスラ様も大変お喜びになられるでしょう」


「この服はアスラが作ってくれたのか?」


「いえ、アスラ様の指示で、エーリューズニルが仕立てました」


 今着ているのはいつものローブ、それと昨日ラゴから渡されたこの服だ。ボディスーツのようなフィット感と光沢のある漆黒が特徴的な一品。

 だがよく見ると、生地には鱗のような刺繍が万遍なく施されている。自動織機が無いこの世界、もの凄く緻密な意匠だが態々手で縫い付けたのだろうか?

 エーリューズニルの器用さと生真面目な仕事ぶりに感心しつつも、決めつけは良くないと思い直しラゴへと素直に尋ねる。


「凄く高価そうな服だが、この生地は一体何で出来ているんだ?」


「ニーズヘッグの皮にございます」


「……ニーズヘッグ? 一体どのような生物なんだ?」


「生物と言いますか――」


 何故かは判らないが、ラゴが言い難そうに逡巡している。

 彼女の口元が僅かに引き攣っているように見えるが、私は一体何を言い間違えたのだろうか?


「――竜人道に属する、イリア・ガラシャ様の配下にございます」


「……はいか?」


「はい」


 あまりの衝撃に二の句が継げなかった私は、自分が着ている服を恐々としながらも改めて見下ろす。

 鱗、ということは魚? と一瞬血迷ってみたが、ラゴが竜人道と言っているのだから竜の鱗で間違いないだろう。

 それにしても、配下の生皮を剥いで服に仕立てるとは……正に鬼畜の所業。


「ニーズヘッグには悪いことをしたな」


「いえ、彼も非常に喜んでおりました」


 ……ドMの変態か?


「ニーズヘッグは痛みに喜びを感じてしまうような性癖でもあるのか?」


「いえ、そういう訳ではなく……カミュ様に着て頂けることが何よりの喜びなのです」


「そうなのか……」


 不思議そうに首を傾げる私を見つめて、ラゴも同じように小首を傾げる。

 何故だろう、この国の住人とは思想的に相容れぬものを感じずには居られない。だが私としても、この先もローブの下が裸という変態仕様のままでは居られないのだ。

 配下の皮を着ているという体験したことの無い気持ち悪さを感じつつも、今だけは未だ見ぬニーズヘッグへと嫌悪と感謝の意を送った。


「ちなみに、私の身体にピッタリなんだが、どうやって採寸したんだ?」


「アスラ様が型紙をお作りになられたのですが、迷う素振りは微塵も感じられませんでした」


「微塵も?」


「はい。仕上がった後で聞いたのですが、アスラ様の脳裏には既にカミュ様の五体が詳細に焼き付けられているそうです」


 うわぁ……。

 確かに、生まれたままの姿で出逢っていたが、脳裏に焼き付けるとはなんたる業の深さか。

 唯の女性ではないと思っていたが、ここまで粘り気のある変態だったなんて……正直ドン引きだ。


「この話はもう良いだろう。しかしこの服は通気性が良いようだな」


「はい、通気性は勿論のこと、耐火、耐冷気性能に優れ、且つ防刃性も併せ持っております。具体的に申し上げれば、竜の爪や牙は元より、そのブレスさえも弾き返すでしょう」


「おぉ! 凄い性能だな。これさえ着用すれば、誰でも竜から逃げ切れるんじゃないか?」


「いえ、逃げ切れないと思いますが?」


 不思議そうに小首を傾げるラゴを見つめて、私も同じように首を傾げる。

 ブレスさえも弾き返す性能を誇るのだ。着さえすれば無敵になれると思うのだが、私はまだ何か見落としているのだろうか?

 上上下下左右左右――だけは未だにしっかりと覚えている。これは私が元居た世界の常識だ。

 だが先ほどの無敵に対する考察はどうか。その前提が異世界の常識であるならば、私では見抜くことなど出来やしないだろう。


「ブレスを浴びて無事なのはその服だけです。露出している部分は、即座にダメージを負うでしょう」


「……あ」


 なるほど。それは私が元居た世界でも常識でした。

 羞恥で歪みそうになる頬を必死に抑えながら、V字ターン並みの急激な話題の転換を図る。


「ところでその仮面、昨日から付けたままだが何かしらの防御効果でもあるのか?」


「いえ、特に効果はありません。ただの仮面にございます」


「……? 何故ただの仮面を付けてるんだ?」


「アスラ様のご指示にございます」


 ……アイツは一体何を考えているのだろう。何の変哲もない仮面を配下全員に付けさせる、果たしてその心は。

 もしかすると、ラゴ達の顔はちょっとアレなのだろうか? あまりにアレ過ぎて目に優しくないとかの理由で、アスラが心ならずも仮面で隠すよう指示をした。

 無い話でもないが、あり得るとは到底思えない。


「スマンがラゴ、仮面を取ってみてくれないか?」


「も、申し訳ございません。アスラ様より固く禁じられておりますので……」


「アスラが? ふーむ……」


 これは、相当にアレなのかもしれない。

 アスラが固く禁じたことを、ラゴが思い詰めたように逡巡している。

 これ以上は聞いてくれるな! の空気が見えた気がした今、此処は主君としての優しさでスルーしてあげよう。


「そういうことなら仕方ないな。まぁ、そのうちアスラの気も変わるだろう」


「そうであれば良いのですが……」


 この気まずさをアスラの所為にしてみたのだが、思ったよりラゴの反応は良くない。

 やはり彼女も何か思うところがあるのだろう。暫くの間はこの話題に触れないことを心に誓い、彼女から意識を逸らすように遠く南の空へと視線を向けた。


「カミュ様、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「ん? どうした?」


「昨日お願いしました我々のこーどねいむですが……お考え頂けましたでしょうか?」


「あぁ……ま、一応な」


 一応と予防線を張ったにも拘らず、ラゴの目がキラリと光る。

 残る三人からも視線のレイザービームを浴びている気がしたが、期待に満ちた瞳を見つめるのが怖くて振り向けなかった。


「あ、あまり期待するなよ。気に入らなければ正直に言って構わないぞ?」


「そのようなことは決してございません! 改名の準備は万端にございます!」


 鼻息の荒いラゴが懸命に吠えているが、まだ伝えてないのに何故それほど乗り気なのだろうか?

 気に入らなかったら即座に拒否する準備も万端なのかもしれない。

 まぁ、断られて傷付くほどの繊細さは持ち合わせていないが、折角考えたものが拒否られたら……ちょっと拗ねてしまうかもしれないな。


「いや、もし気に入らなかったら、の話だ。だが感想は正直に言うんだぞ?」


「承知しました。ではお願いいたします」


 本当に判っているのだろうか?

 おねだりの力強さが半端ないが、落胆した時の反動も凄そうで正直言って怖い。


「ではラゴ、バチ、キャラケンダ、ビマシタラの順に――」


「はい! バッチコイにございます!」


「――ゼフィランサス、サイサリス、デンドロビウム、ガーベラだ」


 気合いが空回りしているラゴを無視して、昨日一晩かけて考えた偽名を伝えたのだが……。


「……」


 どうやらお気に召さなかったようだ。何か言いたいが、何も言えない。そんな雰囲気を醸したまま下を向く四名の女性達。

 女性ということもあり花の名前をあしらったのだが、彼女達の反応は一様にして芳しくなかった。

 私の努力に反比例するかのようなこの反応。嬉し過ぎて涙が滲みそうです。


「ち、違う名前が良かったか? 気に入らないなら別のを考えるぞ?」


「畏れ多いことにございますが、もう少し皆さまに近いこーどねいむだと有難いのですが……」


「そうか――」


 皆さまに近いとは何だろう? バディス達の偽名を言っているのだろうか?


「もしかして悟浄とか八戒のことか?」


「そ、そうです! そのような素晴らしいお名前が頂けたら、大変嬉しく思います!」


「ちなみにアスラは……牛魔王なのだが」


「な、なんて! なんて素晴らしいお名前なのでしょう!! 流石はアスラ様……カミュ様の愛情を一身にお受けになられている」


 ……気のせいだろうか? 何故かバカにされている気がする。


「助平という名前は……?」


「!!! な、なんという神々しい響きでしょう……」


 仮面から一筋の煌めきを頬へと伝えたラゴが、感動に打ち震えて脳死へと至る。

 彼女はもう助からない。私は彼女の冥福を祈りながら、目の前の現実からそっと視線を逸らした。


「なるほど……こういうのが良いのか」


「は、はい。お願いできますでしょうか?」


「であれば、玉簾(たますだれ)鬼灯(ほおずき)石斛(セッコク)花車(はなぐるま)はどうだ? まだダメか?」


「い、いえ、ありがとうございます。バディス様やレストエス様のようなお名前を頂くには、もっと努力が必要ということですね?」


 コイツは一体何を言っているんだろう? 花に見立てたのだから、もう少し喜んでも良さそうなものだが……。

 牛魔王とか助平の方が良いだなんて、思考がどれだけ遥か斜め上を逝っているのだろうか? 出逢った頃から変だと思っていたが、まさか頭の中身が既に溶けてしまっていたとは。

 今後は彼女のことをもう少し生暖かく見守り続けようと心に決めつつ、南の空へと視線を移すと、遥か南から此方へと飛翔する謎の人型が見えた。


「あれは一体?」


「え?」


 南空の一点を見つめて訝しむ私を、横に侍るラゴが訝し気に見つめる。

 本当に何かあるのだと理解した彼女が、私と同じ方向を見つめて目を凝らすが……まだ何も見つけられないようだ。

 長い髪から察するにソレは女性と思われるが、米粒ほどの大きさしかない輪郭を識別するのは困難を極めた。


「ねぇ……バチ、貴女には見えるかしら?」


「うーん……何が?」


「そうよね……」


 隣のバチへと訊ねたラゴが、一瞬だけ虚空を睨んで一つだけ溜息を吐く。

 ちなみに、キャラケンダとビマシタラは一切の興味を示さない。見事なまでのマイペースさに、少しだけ彼女達が羨ましいと思ってしまう。

 段々近付いて来る輪郭を暫く眺めていると、やがてその人物が誰であるのか判明した。


「ラウフェイか?」


「「ラウフェイ?」」


 淡い紫の髪と風に靡く羽衣と言えば、お達者倶楽部の会員番号零零一番であるラウフェイしかいないだろう。

 一時期一世を風靡したおばあちゃんのお洒落染めを彷彿とさせるその髪だが、実は彼女の地毛であることは記憶に新しい。

 その彼女を何日か前にドワーフの下へと送り出したのだが、早くも用事が済んでしまったのだろうか?


「あぁ、此方へ真っ直ぐ向かっているな」


「であれば、経過報告でしょう」


 なるほど。完了報告ではなく、経過報告か。

 確かに、私は彼女に念話を送ることが出来ない。ベンヌ・オシリス? を介してならば念話が通じるだろうが、今は此処に居ないし、彼女が居るフィードアバンへと通じる者も居ない。

 取り敢えず目力だけで念を飛ばしてみるが、当然ながら遠く離れたラウフェイに通じるはずも無かった。


「ど、どうされたのですか? 何かお気に召さない――!?」


 恐々と尋ねてきたラゴへ視線そのままに振り向いた結果、ラゴの表情が一瞬で真っ青になる。

 ガンを飛ばしていると思われたのだろうか? 平和主義者である私がメンチを切るなど、そんな光景は私自身が想像出来ない。

 直ぐに目から力を抜き、攻撃的だった自分の顔を笑顔で上書きする。そしてどこぞの男前集団を意識しながら、二割増しの微笑みをラゴへと贈った。


「……」


 俯いてモジモジしているラゴに安堵感を覚えつつ、再度ラウフェイへと視線を戻す。

 だが彼女は、一定の距離を保ったまま空中で静止していた。

 此方を警戒しているのだろうか? 先ほどの私のような目で此方を見つめ、前傾姿勢で身構えるバ……いや、老女を少しだけ怖いと感じる。


「此方を警戒しているようだな。やはり見えないのか?」


「そうですね……距離があり過ぎますので、誰が居るのかも判らないのでしょう」


「近付いて視認すれば良いだけ――違うのか?」


「相手の射程距離が判らぬ状況では、迂闊に近付くことは出来ません。近づくべきか悩んでいるのでしょう」


 私の薄っぺらい提案を真顔のラゴが一蹴し、至極尤もな理由でラウフェイの行動を解説する。

 やはりモンスターが普通に出没する世界では、不審に対してここまで警戒するのが一般的なのだろう。

 平和な世界に生まれてしまった私が欠落している感覚。やはりこの世界で生きていく為には、警戒心を必要以上に研ぎ澄ます慎重な行動が必須なのだろう。


「私の存在をどうやって知らせれば――あ! そうだ、私が迎えに行こう」


「お、お待ちください! カミュ様をお引き留めしないと、我々がアスタロト様に叱られてしまいます!」


 僅かに腰を浮かした私を、困り顔のラゴが必死に引き留める。だが懇願を乗せたその手は、私の僅か手前で空を切った。

 届かぬその距離に少しの寂しさを感じたが、私に触れる行為はNGなのだろうか? おばちゃんであればむんずと掴んでくるような局面。しかし彼女は震える手を必死に宥め、目だけで懇願を訴え続けている。

 そもそも私の散歩を却下したのは他ならぬアスタロト。一人で行動するのは危ないとか何とか言い掛かりをつけ、私をこんなお誕生日席へと縛り付けてくれたのだ。


「アスタロトに叱られるか……。では一緒に行くか?」


「カミュ様とラウフェイは空を飛べますが、我々は空を飛べません……」


「そうだったな。かと言って歩いて行くのも面倒だ。他に何か良い手はあるか?」


 悲しそうに見つめてくるラゴが子牛と重なり、可哀相な瞳に耐え切れなくなった私は散歩を諦める。


「はい! カミュ様!」


「バチ、何か良い案でもるのか?」


 良い笑顔で微笑むバチに、淡い期待が膨らんでいく。

 取り敢えず散歩は諦めた。だが椅子に座りっぱなしのこの状況だけは、直ぐにでも打開しなければならない。

 暇は人の精神をダメにする。適度に忙しく、適度に楽しい。それが理想的な暇潰しというものだ。


「カミュ様しか扱えない魔法を放たれては如何でしょうか?」


「私しか使えない……なるほど。その方法で私であることを伝える訳だな?」


「はい」


「それで、何の魔法が良いと思う?」


 満面の笑みを見せるバチへと更に質問を重ねる。

 正直に言うと、彼女達の耐久力を把握していない為、攻撃の匙加減が全くもって判らない。

 最悪、当たってしまうことを考えれば、可能な限り殺傷力の低い魔法を選びたいのだが、あまりに弱い魔法では到達する前に威力が減衰しそうで不安なのだ。


「<光の矢(マジックアロー)>では如何でしょうか? 魔国ではカミュ様にしか使えません」


「その魔法なら問題無いだろう。だがこの距離で魔法が届くか?」


 ラウフェイとの相対距離は四kmを超えるだろう。唯の下級魔法で本当に届くのか疑問が残る。


「ご心配であれば、最大化されては如何でしょうか?」


「ふむ……それなら問題なく届くだろう。だが彼女に大きなダメージを与えないか?」


「いくらカミュ様の放つ魔法でも下級ならば、我々が即座に死ぬことはございません」


「死なない……」


 単に怪我をしないか心配しただけなのだが、彼女の中では"生か死か"という壮大なテーマに昇華してしまったらしい。

 死なないから大丈夫。彼女は一体、何の組織に属する危険物なのだろうか。組織を構成しているボスの顔が見てみたいものだ。


「まぁ怪我であれば、ラウフェイが自分で治すか。あとは角度だな」


「角度、でしょうか?」


「そうだ、キャラケンダ。これほどの距離、魔法の射出が少しズレただけでも、全く違う場所へと飛んでしまうだろう」


「確かに。これほどの距離を前にしては、その心配は御尤もかと」


 静止したまま警戒を続けるラウフェイに視線を移しながら、マニュアル操作による狙撃の難しさを痛感する。


「タンジェントθか……電卓が欲しいな」


「たんじぇんとぉ? しーたぁ?」


「ん? あぁ正接のことなんだが……判らないか。簡単に言えば、一メートルの長さが一度傾くと、百分の一七五メートルズレると言う話だ。まぁタンジェント一度と聞いて無理数か有理数かを気にする輩が居るかもしれないが、この場合のタンジェント一度は物の例え――いや、なんでもない」


 顎に人差し指を乗せて小首を傾げるビマシタラに、より詳しく説明しようとしたのだが……余計な一言を足した所為か、全員からキョトンとされてしまった。

 ま、まぁ、女性は数学の話が嫌いだと言うしな。

 これ以上の話がお互いの為に成らないことを素直に認め、話題を本筋へと強制的に戻す。


「この場は<狙撃(スナイプ)>を使うべきだな」


「それが宜しいかと」


 フリーズから復帰したラゴが、私の案に賛同してくれる。

 そして私は、この世界に来て最初に使った魔法を、数日振りに使ってみることにするのだった。






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