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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
66/180

開始



 日輪が東の地平線から顔を出し、地上の全てにその恩恵を齎し始める彼は誰時、二名の異形の美女に率いられた数千の魔物がイクアノクシャルの門前に整然と並ぶ。

 南門から同輩を送り出すのは、地獄道所属のネクロマンサーであるネビロス。そして見送られるのは同じく地獄道に所属する石化の魔眼を持つフルーレティだ。

 愛らしい顔に紫の瞳を輝かせ、ウェーブロングの黒髪から山羊の角を覗かせたネビロスが、同輩の旅立ちを羨ましそうに見送っていた。


「これがイリア様からお預かりした風の魔石、そしてこれがアスラ様からお預かりした吸収石よ。乙級の吸収石はこれ一つしかないから、もっと必要ならキャラケンダにお願いしてね」


「キャラケンダは確か……」


「そう、カミュ様の下へと向かってるわ。それよりも一つ聞いていい?」


「なんだ?」


 魔石をポーチへと仕舞うフルーレティに、ネビロスから真っ直ぐな眼差しが向けられる。

 フルーレティが首を傾げて問い返すと、彼女の視線は興味の色で輝き出した。


「フルーさ、なんか女性らしさが上がってない? 何かあったの?」


「何を莫迦な……いや、そうか。そうかもしれんな」


「やっぱり心当たりがあるんだ」


「これが乙女(ぢから)というものか……」


 静かに目を瞑ったフルーレティが、感慨深そうな表情で大きく頷く。まぁ彼女が目を瞑ったか否かは、彼女以外に誰も判らないのだが。

 明らかに頭の悪そうな発言だが、誰に感化されたのかは言うまでもないだろう。

 満更でも無さそうに満足気な表情で微笑むフルーレティが、次第にニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべ始めた。


「あのさ……ちょっと気持ち悪いんだけど」


「ん゛っ! んんっ……まあ、ネビィにも何れ、理解(わか)るときが来るだろう」


「なにそれ? まぁご主君しかないか……手前も早くお会いしたいわ」


「そうだな、此方からも主君に伝えておこう。それに、アスタロト様も非常にお美しくなられたぞ?」


 慌てて言い繕ったフルーレティが、話の矛先を自分から主人へとそっと変える。

 基本的に人前では無口な二人ではあるが、地獄道に関する話を地獄道のメンバーだけで話す分にはその限りではなかった。


「アスタロト様が!?」


「あぁ、そうだ。目を見張るものがあるぞ」


 あの色恋沙汰に無頓着な主人の、乙女力とやらが上がったという事実。その愛らしい顔を歪めて驚きを隠せずにいるネビロスへと、フルーレティが追い打ちをかける。


「アスタロト様の乙女力は十万を超えているそうだ。此方も頑張らねば」


「十万……因みにフルーは何万なの?」


「さぁな。お聞きしていないから判らないが、五万程度はあって欲しいものだ」


「ふーん、五万か……。数値の基準が全く判らないけど、アスラ様だといくらになるんだろうね?」


 だがフルーレティにはその数値が判らない。それはそうだろう。この世界には乙女力という腐った概念などあるはずがなく、それを比較するための基準も計算式も、思想さえもないのだ。

 十万という数値でさえ、彼女等の主君がその日の気分で勝手に決めたこと。明日になれば勝手に変わってしまう、そんな勝手な数値だった。

 だがフルーレティは知らない。彼女らの主人の乙女力が、昨日時点で十五万まで上昇していたことを。


「乙女というよりは、大人の女性としての魅力の方が高いだろう。やはり、さっぱり判らんな」


「そう……ね。機会があれば聞いておいて」


「それで、ゴルト、アンニバレ、ガスパリス、パラス、ジュノー、ベスタ、アストラエア、ヘーベ、イリス、フローラ、メティス、ヒギエア、パルテノペは転移陣で移動するのだな?」


「ええ、アガリアレプトにはもう頼んであるわ。アスタロト様の下へは巳の刻(午前十時)に到着する予定よ」


 ハゲで肥満で鷲鼻で瞳が黄色という、人の世ではあまり受け入れられない容姿のアガリアレプトだが、彼は地獄道の家老にして謎や極秘情報を暴くのに長けた能力を有する。

 しかしパッと見は只の中年男性。地獄道に所属する男性としては珍しく、その容貌は人間の中年男性に酷似していた。


「でもガーゴイル達の引率なんて、サルガタナスに任せれば良かったんじゃないの?」


「いや、彼等を引き連れて主君にお会いするのは此方だ。誰にも譲る気は無い!」


「あ……そ、そう。まぁ頑張って」


 うむ! と大きく頷いたフルーレティが、白み始めた遠い東の空へと整った鼻筋を向けた。そして、また気持ち悪い笑みを浮かべ始める。

 そんな彼女を冷たく見据えるネビロスは、そのあまりの気持ち悪さ故に突っ込む気力さえも失うのだった。


「……さて! フルーレティは別の世界に行ったまま暫く帰って来ないので、手前が説明します。後ろのサイクロプス、聞こえてる!?」


 片膝を付いて居並ぶのは、百体づつ三十列に揃うガーゴイル達。その遥か後ろには五十体づつ二列に揃ったサイクロプスが居並ぶ。そしてネビロスの傍に控えるのはバイコーン八体と漆黒の馬車が三台だ。

 魔獣である彼等の序列は、フィードアバンの街門を守備するマルバスやバルバドスの直ぐ下。だが残念なことに、そんな彼等よりも序列が下の者はこのクライネスランドには存在しない。

 そして彼等は会話は疎か、息をすることさえ絶対にしない。何故なら彼等は一度死した後、主君の気紛れによって強制的にゴーレムへと変えられた者達だからだ。

 そんな彼等が、ネビロスの問いに対して一糸乱れぬ所作で一斉に首肯していた。


「じゃあ説明します。先ずは前列から順に、馬車は一台につき十体で運びます。次にバイコーンは六体で、サイクロプスは吊るしながら二十体で運んで。残りの者は風魔法で気流を作ってサポートすること!」


 久し振りの大声で少々疲れた表情のネビロスが周囲を見渡す。

 その視線の先には先ほどと同様の、居並ぶゴーレム達の一糸乱れぬ首肯があった。


「よし。じゃフルー、そろそろ帰って来ようか?」


 大きく頷いたネビロスが、フルーレティの頬を平手で強く叩く。

 それはとても、とても良い音だった。


「ハッ!? な、なんだ? どうしたのだ!?」


「準備は整ったから、そろそろ出発したら?」


「……え? あ、そ、そうか。では、出発しよう」


 挙動不審のフルーレティがそそくさと、眼前で身を屈めるガーゴイルの背に乗る。そして先ほどの狂態を忘れたかのように、凛々しくも高らかに宣言した。


「では、移動開始だ! 目的地は主が御座す集積地、航行速度は最高速! 脱落は許さん! 総員、必死の覚悟で飛行せよ!!」


「ウオォオオォォ……」


 フルーレティのご高説に、言葉を発しないハズのゴーレム達から、うねりのような承諾が伝わって来る。

 彼等の死んでいるハズの瞳は怪しく輝き、体温を発しないハズの体から不可視の気炎が立ち昇り始める。

 その直後、フルーレティを先頭にした三千体の飛行部隊が、瞬く間に東の空へと消えていった。


「ハァ……なんだかなぁ」


 東の空から城門へと視線を移したネビロスが、バシンとプルソンの間をすり抜けて城内へと戻って行く。

 ファニブル同様、先日までニーズヘッグも南門を守っていたが、彼の姿はもう此処にはない。

 アスラの帰還とともに警戒態勢が解除された為だ。


「ん? 気のせいかな?」


 視線のようなものを感じたネビロスが、小首を傾げながら周囲を見渡す。

 だが彼女の索敵には何も掛からない。

 気の所為だと割り切った彼女は、振り向くことなく城内へと姿を消すのだった。




「もう、よろしいのでは?」


 バルコニーに隠れて外を伺う美少女へと、紳士然とした執事が優しく語り掛ける。

 彼の名はグラハム。彼女を強く諫めることの出来る、数少ない存在の一人だ。


「ハァ……アスタロトが羨ましいのじゃ」


「カミュ様がお決めになられたこと。これ以上の愚痴は不敬になるかと……」


「わ、解っているのじゃ! ちょっと言ってみただけなのじゃ!」


「ご理解されているのであれば、これ以上は申しません」


 彼女への気遣いとも取れる一礼を見せた執事から、少女は視線を逸らして東の空を再び眺める。

 口の中でまだ何かぶつぶつ言っているようだが、聞こえないフリをしてあげるのも紳士的な対応というもの。

 今は独りの方が良いだろうとの判断から、彼は踵を返して少女に背を向ける。


「ねぇ、グラハム」


「……何でしょうか?」


 振り向いた執事が、少女の憂鬱そうな表情を再びその視界に収める。

 自分が外に出れないことを未だ気に病んでいるようだが、だからといって彼にはどうすることも出来ない。


「ふと思ったのじゃが……我とフルーレティは似ていると思わんか?」


「……は?」


「は? ではない。似てるかどうか聞いておるのじゃ」


 少女の問いに執事は困惑する。

 似てるかどうかなど聞くまでもないこと。一mmたりとも似ていないのは明白であり、その事実に反する少女の妄言は、彼が持つ常識を根底から覆すほどの罪悪だった。


「質問の意味が理解し得ません。何故そのようなことをお聞きになるのですか?」


「グラハムは頭が固いの。フルーレティはカミュ様に呼ばれた。じゃが我は呼ばれておらん」


「その通りですが、それが何か……?」


 執事は首を傾げて本気で問う。彼女が何を言いたいか、全くもってビタいち判らないのだ。

 結果的に肩透かしを喰らった少女が、そんな彼に怒気を強めて説明する。


「だから! 我が目隠しをして蛇のカツラを被れば、カミュ様の下へ行ける! そう言っているのじゃ!」


「……無理です」


「そ、そんなの、やってみないと判らないのじゃ!」


「ですから、無理です。身長も顔の輪郭も明らかに違いますし、口調も違います。それに体形も全く異なりますので、一目で見抜かれるでしょう」


 グラハムの的確な指摘に、サリアは頬を膨らませて抗議する。

 こんな解決の糸口すら見えない質問。真面目に答えるだけ時間の無駄なのだが、彼女の地位を考えると彼も無下には扱えなかった。

 それでも彼はこの問題だけは譲れない。サリアの暴挙が彼女の身に罰を齎すのは仕方がないこと。だがその愚行にフルーレティが巻き込まれ、その所為で彼女に危害が及んでは、後悔という名の悪夢に彼は苛まれることになるのだ。


「で、でも万が一的なもしかしてがあるかもしれないのじゃ! 絶対無理とは言えないのじゃあ!!」


「絶対に無理です! いい加減、諦めて下さい。これ以上の問答はサリア様、貴女の為になりません!」


「う、うぅ……」


 執事からの意外にも強い指摘で、美少女は最後の希望を断たれる。

 役職的にも戦闘力的にも一番下のはずのグラハム。だが彼にはある一点に限り、誰よりも強い発言力が与えられていた。

 それは主君が被るであろう不利益を回避する為の、全魔族に対する強制執行権。いくらロードマスターであるサリアと言えど、グラハムの持つこの強権に抗うことは出来ないのだ。

 

「それにフルーレティ様よりもベンヌ様よりもサリア様、貴女の方がお美しい。カミュ様はおろか、市井の者すら騙せないでしょう」


 涼し気な視線を東の空へと向けたグラハムが、微妙な間を空けた後で再びサリアへと視線を戻す。

 グラハムの意外な一言で不意を突かれたサリアは、一瞬だけ目を見開いた後で直ぐに下を向いた。隠したのが怒りなのか戸惑いなのか、彼女以外には伺い知れない。

 だがグラハムだけは、そんなサリアの姿に優しい微笑みを向けるのだった。




 大地を埋め尽くす草木が健やかなるさざめきを発し始めた巳の刻の入り(午前九時)、天を覆うかと見紛うほどの大軍団が西の空を埋め尽くしていた。

 禍々しい空気を纏いながら展開する軍団の数は三千を超える。だが、その大群には一糸の乱れも見られない。

 整然と飛行を続けていた彼等が国境付近の巨石を視界に捉えると、飛行隊列を組んだまま一直線にエスタブリッシュへと滑空を開始した。


 その様子を地上から見上げるのは、黒のローブから見事な銀髪を靡かせる知的美女。

 その表情には安堵の色が浮かび、その手は安心を遠くへ伝えるかのように高々と掲げられる。

 それから間もなくして三千を超える異形の者達は、轟音を奏でながら彼女の眼前の大地へと次々に激突していった。


 最後の衝突が終わって暫くした後、巻き上がっていた粉塵は重力に従いその姿を大地へと隠す。

 そして景色が晴れ渡る中、先頭で地に伏す飛行型の魔物から降り立った女性が、銀髪の美女へと片膝を付いて(こうべ)を垂れた。


「只今戻りました。アスタロト様」


「ご苦労。迅速なその行動、カミュ様もお認めになられるだろう」


「あ、ありがとうございます! それで、カミュ様は……?」


「今、この場には居られん」


 嬉しさを隠しきれないフルーレティが、気もそぞろに辺りを見渡す。だが目的の人物が彼女の視界に映ることは無かった。


「そ、そうですか……。では、お戻りは何時でしょうか?」


「暫くと仰っていたが拙にも判らん。近くに居られることは間違いないのだが……」


 落胆を隠しきれないフルーレティが、気もそぞろに辺りを見渡す。そして全ての配下がこの場に居ることを、その目で確認してしまう。


「も、もしやお一人で!?」


「う、うむ……気が散るからと仰られてな。お一人で出掛けられたわ」


「あ、アスタロト様!!」


「フルーレティの言いたいことは判っている。だがそれはカミュ様の強いご希望、拙にはどうにも出来んのだ」


 眉根を寄せながら眉尻を下げたアスタロトが、自分の不甲斐なさを表情だけで蔑む。

 そんな主人を見上げるフルーレティは、彼女の心の奥に巣食う悲哀を感じ取り、それ以上の追及を心の奥へと仕舞い込んだ。


「アスタロト様のお心を蔑ろにする不敬な物言い、申し訳ありませんでした」


「いや、いいのだ。それより――どうした?」


 フルーレティが突然振り返ったことに、アスタロトが当然の疑問をぶつける。

 彼女の行動は余りにも突然であり、あまりにも礼を失しているのだ。

 だがアスタロトは、彼女が何の理由もなく無礼を働くはずが無いと信じ、その動向を静かに見守り続けた。


 先頭で平伏するガーゴイルと見つめ合うこと数瞬、顔を青ざめさせたフルーレティが主人の方へと向き直る。


「一体どうしたのだ?」


「し、失礼致しました。ガーゴイルからの報告です。カミュ様が先ほど、戦闘を開始されたようです」


 フルーレティの報告を素直に飲み込めなかったアスタロトが、暫く放心した後でやっと自我を取り戻した。


「な、なんだと!? ど、どういうことだ!!」


「それ以上は……申し訳御座いませんが此方には判りません。で、ですが! カミュ様の所在は彼が判ります」


 事態が飲み込めず逸る心を抑えきれないフルーレティが、より曖昧な状況をより曖昧に報告する。

 だが彼女を待ち受けていたのは物理的に突き刺さりそうな、主人の放つ極寒の視線だった。


「――なに?」


「も、申し訳御座いません!!」


 主人の放つ超攻撃的な視線に震え上がったフルーレティが、何の脈絡もなく只管に謝罪を繰り返す。


「そうではない! ソイツが案内できるのだな!?」


「は? あ……は、はい!」


「では案内しろ」


 一片の温かみも感情もない声音を発したアスタロトが、無表情のままガーゴイルの背へと飛び乗る。

 そんなアスタロトの心情を迅速な行動で表現するかのように、ガーゴイルは即座に颯爽と大空へと飛び立った。


「フルーレティ! 魔石の設置と資材の集積を進めておけ!」


「しょ、承知しました! しゅ……」


 主人の(めい)を受託したフルーレティが、彼女の気迫に押されたままで承諾の意を叫ぶ。”主君をお願いします”の一言を喉の奥へと仕舞い込んで。

 そんなことは言葉にするまでもない、配下全ての共通認識かつ最優先の想いなのだ。

 主人ならば必ず完遂してくれる。そう確信するフルーレティは無意識のまま、次第に小さくなる主人へと向けて、祈るように懇願するように右手を大きく振っていた。



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