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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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疑惑



 頭上から垂れる本当に久しぶりの感触を確かめながら、仮設の石橋を一人で渡り対岸へと向かう。

 助走をつければこの川を優に跳躍することが可能だが、折角主君が作って下さった橋だ。一番先に渡ることにこそ意味があるだろう。


 向かう先はレストエスが居るであろう森の中。バディスやカメオウ、それにフルーレティが森へと向かった理由は、石板へ転用するための木材の調達だろう。

 伐採した木を風魔法でスライスし、板にした状態で石板にする。あとはそれを基礎の上に敷けば石橋の完成だ。

 何故主君が石橋を造られているのかは判らない。だが、何か重要な目的があるのは間違いないだろう。


 それにしても凄いのは主君の蘇生魔法だ。解き放たれた魂を強制的にその身へと戻すのが蘇生魔法、そう思っていたのだが主君の齎した結果は余りにも異質だった。伝説に謳われる蘇生魔法とは明らかに違っている。

 自分の知識が不完全なのは承知している。だが、これだけは断言出来よう。あの蘇生魔法は魂を呼び戻すものでは決してないと。何故なら髪の毛に魂は存在しないのだ。


「そう、存在しないのだ」


 であれば何故? 呪いを解かない限り生えることのなかった毛髪。それがまるで呪いが無かったかのように蘇った現実(いま)

 未だに信じられないが、考えられる可能性は一つだけ。


「時間の……遡行?」


 そう、それしか考えられないのだ。未だに解明されていない時間という概念、その根幹となっている時間軸への干渉が本当に可能なのかは知る由も無い。

 一方で時間の遅延であれば当該スキルが存在する。だが遡行だけは別もの、全くもって原理が異なるのだ。

 もしそれが本当であるのなら、ありとあらゆるものを蘇らせることが可能となるだろう。


「フッ、まるで夢物語だな」


 もしかすると主君ならば可能なのかもしれない。だが記憶の無い主君にこの原理を問うのは、配下として正しい姿なのだろうか?

 否。それは間違いだ。配下としてすべきは、全幅の信頼をお寄せ頂けるよう、粉骨砕身でお仕えすることのみ。

 蘇生魔法への疑問を一旦思考から外し、目を瞑りながら主君のお姿を脳裏へと浮かべる。


 そして、ふと西の空を見上げ、その先にあるはずのフィードアバンへと視線を向けた。


 そういえば、そろそろ朝貢の時期。ふと思い出した恒例行事に、橋作りの真意を見えた気がする。

 (輸送時間の短縮を狙われた? いや、もっと他の狙いが?)

 今までは馬車に積んだ物資を、彼等は筏によるピストン輸送で運んでいた。チマチマと飽きることなく繰り返し、繰り返し、だ。

 その報告を呆れながら聞いていたものだったが、前よりも断然お優しくなられた主君がそれを憂い、問題を解決するために一肌脱がれたのかもしれない。


 (人間とは、なんと頭の悪い存在だろう)


 主君の下へと物資を運ぶ姿に少なからぬ好感を覚えていたが、その輸送方法があまりにも滑稽だったのだ。

 転移魔法陣を使用して物資を飛ばす、浮遊石を搭載した飛空艇で運ぶ、或いは喫水の浅い輸送船で川を上るなど、今思い付くだけでも様々な方法がある。

 それとも、それらの道具すら彼らは用意出来ないのだろうか? いくら何でもそれは未開過ぎるだろう。


 (それとも、十分な護衛を付けないと物資を守り切れない?)


 彼等が運ぶのはフィードアバンに居住する、魔国領の住民のための食糧と生活用品。

 彼らは主君の糧となるべき存在であり、糧となるその日までは大切に保護する必要がある。

 ちなみに王国から運び込まれる物資がなくとも、住民である彼らが困窮することはない。だがフィードアバンを低税率で維持し続けるには、物資の供給が必要不可欠なのだ。


 (まぁ、追々考えれば良いか……)


 纏まらない思考に終止符を打ち、目深に被るフードを片手で押さえ付けながら、改めて別の問題へと思考を切り替えた。

 そして本当は聞きたかったことをゆっくりと反芻する。

 何故、主君はメギドの火を欲されたのか。そしてソレをどうされたのか。


 「記憶、か……」


 以前の主君であれば、何らかの破壊活動に利用されたことだろう。戦力の誇示による抑止力としての利用や分解による技術の蓄積、それだけに留める姿などとても想像が出来ないのだ。

 だとするなら、何を壊そうとしたのか。この地ではない遠くの、この地には存在しない何か。異形なのか畏怖なのかさえ掴めない、絶対的な何かに対して……そんな気がする。

 だがその推測も今は不毛。主君は別人と見紛うほどに変わってしまった。


 (別人……?)


 そんな訳はない。その身に内包する、想像を絶するほどの魔力。あれほどの魔力を持つのは、自分が知る限りでただ一人。

 冷酷な仮面の下に悪魔のような自我を隠し持つ堕天使。彼の一声は山をも崩し、彼の視線は万人を死に至らしめる。恐怖の象徴にして絶対的な闇の支配者。

 しかし今は……その声には優しさが溢れ、その視線には慈愛が満ちている。長年従って来た自分でさえも、ともて同一人物とは思えないのだ。


 (だが……)


 別人のようになられた主君。だがそれはとても好ましく、とても微笑ましいもの。

「フフッ」

 足取りが軽いのは心が軽くなったからなのか? 思わず零れる笑みに、確かな満足感を覚える。

 もう一度フードに手を当てた拙は、空を仰ぎ見ながらフードを下げて銀髪を解放した。




「アレ? アスタロト、どうしたの?」


 カメオウが切り倒した木を豪快にスライスしているレストエスが此方に気付く。

 バディスとカメオウは目礼だけに留めるが、木板の石化作業中だったフルーレティは作業の手を一旦止めて此方に一礼した。


「うむ。カミュ様から別命を受けてな。それで(けい)を誘いに来たのだ」


「あたし? っていうか、何そのヅラ。似合ってないんだけど」


「ヅラ……。いや、これは――」


「――レストエス、アスタロトも女である。主君に良いところを見せたいのだろう」


 レストエスに行動の趣旨を説明しようとするが、聞く耳を持たないどころかヅラ疑惑まで捏造する始末。

 主君の優しさを否定された気がして急ぎ訂正しようとするが、バディスの放つ無意識の悪意で封殺されてしまった。


「いやそうではなく、これは――」


「何? 色気付いちゃって。しかもカミュ様と同じ銀色。ちょっとあからさまじゃなーい?」


「だが一見本物とも見紛うほどのその品質、余程良いものではないか?」


「えぇー。魔国で銀髪はカミュ様だけだし、ヅラなんて作れないじゃん。安物でしょ?」


 レストエスとまったく話が噛み合わない。主君と同じこの髪色に、嫉妬しているのだろうか?

 カミュ様のことが大好きな彼女にしてみれば、髪の色が同じというだけで攻撃の対象になるのかもしれない。

 反面、バディスはブレのない平常運転。褒めているのか貶しているのか全く判らない。出来れば本物の髪なのだと気付いて欲しいのだが……。


「だから、拙の話を――」


「いや、安物ではないな。我輩には分かるのである!」


「あんたに何がわかるのよ? 唯一判るのは幼女の生態くらいでしょ」


「自慢ではないが、その辺りの造詣は深いと自負しているのである」


 胸を反らしたバディスが、その顔に自信を漲らせる。彼の鋼の心が挫けることはない。それがどのような勘違いに起因すのかは判らないが、彼の頭脳と心胆は遠く斜め上に強化されているのだ。あと一歩で廃人にすら至れるほどに。

 嫌味が通じないバディスに苛立ちつつ、眉間に皺を寄せて睨みつけるレストエス。まぁ彼女の気持ちも判らんではないが、今大事なことは、否定されつつある主君の慈愛を皆に伝えることだ。


「だから(けい)ら、拙の話を――」


「この変態! 気持ち悪いこと言ってんじゃないっての!」


「気持ちが悪いのは、お前のそのクソ乳なのである」


「ど、どうしたんですか? お二人とも……」


 二人の険悪な雰囲気に気付き、カメオウが駆け付ける。フルーレティは固唾を飲んで見守ったままだ。彼女に限らず、我が配下は基本的に無口。彼女が口を噤むのは致し方ないことだろう。


「アラ、カメオウ。何でもないのよ。バディスの頭がちょっと腐ってるだけなの」


「そう、何でもないのである。レストエスの目がとても腐っているだけなのだ」


「止さないか……二人とも」


「そ、そうですよ。喧嘩は止めましょう」


 バディスとレストエスの建設的とは言えない話し合いが、カメオウの一言で中断される。幼い容貌をした同輩の前でいがみ合うのは、彼等の魔族としての矜持に関わるのだろう。

 そのカメオウだが、ふと気付いたように拙の頭を見つめてきた。やはり何か変なのだろうか?


「アスタロトさん、素敵な髪型ですね。どうされたんですか? そのカツラ」


「っぐ!」


 やはり、はやりそうなのか。この自慢の銀髪は、何処からどう見てもカツラなのか。


「もう……カツラで良いわ」


「カツラで良いって、カツラじゃん。安物の」


「安物ではない。あれは良いものだ」


「カツラに高級とか低級とかあるんですか?」


 三者三様に言いたい放題。流石に堪忍袋の緒が切れかかるが、ここで声を荒げたら逆切れと思われ兼ねない状況だ。

 レストエスの表情が悪意に満ちているような気がするのは、拙の心が狭い所為なのか? だがもう限界だ、これ以上の説明は諦めよう。

 大きく息を吸い、荒む心を宥める。息を吸うと言っても肺は無いので、息を吸うようにマナを補充しているだけなのだが。


「カツラの貴賤はどうでも良い。だが一つだけ言っておかねばなるまい……」


「何? 急に改まって。早く言えば?」


 文句が多いレストエスの隣で、バディスとカメオウが首を傾げる。フルーレティは俯いたままだ。

 周囲を見渡してからもう一度だけ呼吸を整える。この一言で彼らがどのような反応を示すのか、興味に膨らむ期待感が尽きない。


(けい)らの言うカツラだが、作って下さったのは……カミュ様だ」


「「!!?」」


「やっぱり、そうですかー。アスタロトさんに凄くお似合いなので、素晴らしいものだと思いました」


 満面の笑みを湛えたカメオウから、偽りのない賛辞が降り注ぐ。カメオウは本当に可愛い。心の中でだが、ギュッと抱き締めておこう。


「――え? あ、えぇ!? か、カミュ様がお作りになられたの!?」


「やはり我輩の見る目は確かなのである! その高級感、一見すれば直ぐに判るのである!」


 狼狽えるレストエスを横目に、バディスが先ほどよりも大きく胸を反らす。心の中でだが、膝裏にローキックを叩き込んでおこう。

 本当の髪の毛と見極められない時点でお察しなのだが、相手をするのが面倒なので放置しておく。


「あ、あたしも素晴らしいなって思ってたの! ちょっと揶揄(からか)っただけなの、本当よ!」


 必死の形相で言い繕うレストエスに気の毒なモノを見るような視線を浴びせるが、余裕の無い彼女にはまったく気付くことが出来ない。

 彼女は主君の作った(実際には存在しない)カツラを冒涜したのだ。その心中は察するに余りがある。ここでもう一押しすれば、心臓に毛の生えた彼女の心すら挫くことが出来るだろう。だがそれはただの自己満足であり、ロードマスターとしての本意ではない。

 情けない目で訴え続けるレストエスに、視線だけで哀悼の意を表す。そして心の中でその淫靡な尻に三年殺しを叩き込もう、と思ったが、拙の心が汚染されることを危惧して止めておいた。


「そうか。では、そういうことにしておこう」


「やっぱりアスタロトさんって、奇麗で優しいんですね」


 ニッコリと微笑みながら周知の事実を伝えてきたカメオウを、今度こそ物理的にギュッと抱き締めた。そして頭を撫でてあげる。()い奴じゃ。


「ところでアスタロト、カミュ様のご命令って何なの?」


 しまった……大事なことを忘れていた。本来ここに来た目的はカミュ様の別命を伝えること、それが今やカツラか地毛かの不毛な言い争いに堕ちていたのだ。

 羞恥心と罪悪感で押し潰れそうになるのを必死に堪え、赤みを帯び始めた顔に無表情の仮面を貼り付けて答える。


「ヒュドラの確保だ。四体……いや、八体だな」


「ヒュドラ? 何に使うの?」


「ゴーレムにして橋を守らせるそうだ」


「ふーん。強さは微妙だけど、石橋だからヒュドラなのかな?」


 なるほど! 今正に拙は天啓を受けた。

 主君は強さを基準にして選ばれたのではなく、石化した橋と石化の魔眼を持つモンスターの夢の共演(コラボレーション)を想い描かれたのだろう。

 流石は我が主君、その思慮深さには驚くばかりだ。だがその素晴らしき推察がレストエス如きから齎されるとは……屈辱だ。


「まぁ、そうなのだろう。で、だ。それを無傷で捉えたい」


「無傷かー。だからあたしとあんた、なの?」


「そういうことだ。では行こうか?」


「了解。じゃ、後はお願いねー」


 バディスとカメオウへ手を振ったレストエスが、逸る心を抑えるかのように足早に山の奥へと向かった。

 随分と協力的……いや、違うな。石板作りに飽きたのだろう。間違いない。


「では、後は頼む」


 先行したレストレスから目線を切り、残る三人に目礼して後を託す。




 先行したレストエスが、洞窟を覗きながら身を屈めている。

 やや尻を上げて穴を覗く姿は正に不審者。拙が警備兵であれば間違いなく詰め所に突き出すところだ。


「居たのか?」


「居るみたい。じゃ、あたしが釣ってくるから、押さえ付けてくれる?」


「任せた。そして任せろ」


 片方の口の端をニヤリと吊り上げたレストエスが、何の躊躇いもなく洞窟の奥へと歩みを進めた。

 いくら超干級の彼女と言えど丙級相手では、稀にではあるが即死魔法がレジストされる。レジストされても戦闘に支障は無いのだが、再詠唱の時間を稼ぐために一度ヒュドラの攻撃を弾かなければならない。弾くのは簡単だがその攻撃でヒュドラを傷付けてしまうことが問題なのだ。

 主君の意は完全体での捕獲。首や足が欠損していては、主君に失望されかねない。ここは慎重に進めるべきだろう。


 間もなく、ヒュドラを釣ったレストエスが、嘲笑とともに洞窟から飛び出した。

 知性の低いモンスターを馬鹿にするような態度、大人気ないどころか人格を疑うレベルだ。

 だがそれも含めて彼女という一個人なのだろう。


「<重力反転(アンチグラビティ)>!」


 突き出した右手の先に直径五十cmほどの魔法陣が浮かぶ。その魔法陣の放つ薄暗い緑の光が中央の円に集束すると、強烈な光がヒュドラへと向かって一気に放出される。

 そして小山ほどもあるヒュドラの体が重力魔法で押さえ付けられた。石橋を持ち上げた時とは逆の、超重量によるモンスターの拘束。体全体へ圧し掛かる重圧に屈したヒュドラは、まったく身動きすることが出来ない。


「じゃ、あたしの番だね。<二倍体化(ディプロイド)><突然死(サドンデス)>!」


 レストエスの突き出した右手の先に直径六十cmほどの魔法陣が浮かぶ。魔法陣は中心が五十cm程の円で、その外側を幅五cmの輪が右に回っている。

 その魔法陣が放つ薄い黄色の光が中央の円に集束すると、強烈な光がヒュドラへと向かって一気に放出された。

 そして小山ほどもあったヒュドラは、生への執着を完全に手放し息絶える。


「拙が押さえ付けているのだ。保険は必要あるまい」


「ん? だって失敗したらカッコ悪いじゃん」


「別に誰が見てる訳でもなかろう」


「ま、いいじゃん。次行こう、次!」


 即死魔法をレジストしても、拘束されたヒュドラは動くことが出来ない。だから失敗しても問題ないのだが、彼女は態々二倍体化(ディプロイド)まで使用した。

 おそらくだが、彼女のプライドが失敗することを許さないのだろう。魔族としての矜持を持つのは大変結構なことだが、拙への対抗心に思えるのは稚拙な邪推だろうか?


「そうだな。残り七体だ、急ごう」


 レストエスへの承諾とともに、背中へと流した銀髪を右手で靡かせる。

 ワザとらしい所作だったが効果は抜群、光を浴びて輝く銀髪を目にしたレストエスが目を細めている。

 主君と同じ髪の色、羨ましいのだろう。


「フフッ」


 思わず零れた笑みを、厳しい表情で彼女が見咎める。

 拙はもうハゲではない。そう、拙は主君の傍に侍る権利を得たロードマスターなのだ。


「どうしたのだ? レストエス。急ごうではないか」


 一度は見失った希望だが、僅かな光ながらも我が手にまだ残っている。

 (アスラ、レストエス、拙はまだ諦めん。まだ終わらんのだ!)

 零れる笑みに余裕を浮かべながら震える手を握り締めると、眉根を寄せて小首を傾げるレストエスに先を促した。






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