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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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架橋



 バディスとアスタロトの作業風景を温かく見守りながら地べたへと座り、意識のないフルーレティを膝枕している現在(いま)、脚の痺れが何時襲ってくるのか心配でならない。

 まぁそれは横に置いておいて、先ほどの疑問をもう一度脳裏へと浮かべた。彼女達は褒められることに慣れていないのだろうか? 彼女が倒れた理由をソコソコ考えた末の結論は、不意の褒め殺しによる感情の飽和……所謂キャパオーバーだ。

 もしそうであれば、今後は不用意に褒めちぎるのは控えねばなるまい。褒めることで昏倒を招き、その度介抱する羽目に至っては、正直に言って一々面倒なのだ。


「か、カミュ様。ぼ、僕が介抱しますので、席にお戻り下さい」


「気持ちは嬉しいが……フルーレティは私の所為で倒れたのだから、私がこのまま続けよう」


「で、でも……」


 代わってくれるというカメオウの申し出は嬉しいが、子供に介抱を押し付けるのはどうしても気が引ける。

 やはり自分達の主君が地べたに座る姿は、見るに耐えないのだろうか? それとも、まさか膝枕が羨ましいなんて……ある訳ないか。


「カメオウも私の膝で休むか?」


「え!? よ、よろしいのでしょうか?」


 まさかがあった。まぁ思わず本音が漏れるなんて可愛いじゃないか。

 彼が見た目通りの年齢であるなら、自分の子供と言ってもおかしくない年齢差だ。おずおずと近付いてくる少年の姿に、思わず頬が緩んでしまう。テクテクと歩み寄ったカメオウが片膝をつき、自分の視線と私の目線を合わせる。

 だがカメオウは暫く片膝のまま動かずにいると、何故か視線を落とし俯いてしまう。羞恥心と気まずさの狭間で揺れているのだろうか? 彼の緊張を解すためにその可愛らしい頭を優しく撫でると、少年の表情から硬さが取れそこに笑顔の花が咲いた。


 ガチャ。


「カミュ様ー! おはようございます! あ、カメオウ。来てたんだ」


 煩いのが起きてしまったようだ。ログハウスの扉が勢いよく開かれ、中から快活な朝の挨拶が聞こえてきた。

 挨拶をされたら挨拶で返さなければならない、それが礼儀だろう。


「うむ、おはよう。よく休めたか?」


「はい!」


 寝不足が解消されたのだろうか? 視界にレストエスの表情を収めて気付く。彼女の肌に美人を引き立たせる艶が戻ったことを。……新陳代謝か?

 そしてせっかく笑顔を取り戻したカメオウが、表情をまた硬いものへと戻してしまった。なんとなくだが……コイツら面倒臭い。


「カミュ様、地べたに座られて何を――!?」


 片手を上げながらカメオウに近づいたレストエスが、背後から正面へと回り込む途中で胡坐の上で健やかに眠る女性の姿を見つける。

 そのあり得ない状況に顔を強張らせたレストエスが、一歩後退って絶句した後、バディスと相談中のアスタロトへ向かい全力ダッシュでぶっ飛ばす。そして瞬く間にその場へと到着したレストエスは、アスタロトのローブを鷲掴みにして揺さぶると、ガクガクとヘッドバッキングする彼女を睨んで絶叫した。


「ア、ア、アスタロトーー!! ア、アレは何なの!?」


「な、な、何がだ? (けい)は何を言っているのだ?」


「な、何って! 膝枕! 膝枕ー!!」


 レストエスの超強引な揺さ振りで生じる、頸椎への負荷に耐え続けるアスタロト。だが止むことない振動で頭部を覆っていたフードがファサッと外れる。


 (あ……ハゲ)


 フードが外れて明らかとなったアスタロトの素顔は毅然としながらも柔和であり、その輪郭は非常に端正ながらも優しさを兼ね備えていた。

 だが……その美人を引き立たせるはずの髪の毛は、頭部から一本も、そうただの一本も生えていなかった。

 それが生まれつきなのか、人生半ばにして失ったのかはわからない。だが、もし彼女に髪の毛があったなら、レストエスに負けず劣らずの美人だったことは間違いないだろう。


「よ、止すのだ! ま、先ずは落ち着け!」


「落ち着いていられる訳ないじゃん! いいから、ちょっと来て!」


 アスタロトの袖を掴んだレストエスが、超強引に彼女を引っ張る。

 レストエスの必死な形相に尋常ならざるものを感じたのか、アスタロトは事情がわからず困惑しながらも渋々と彼女に追従する。

 コント以外の何物にも見えない光景。呆れた視線にも気付けない二人。だが膝上の女性を視認したアスタロトは左程の時間も必要とせずに、その表情を驚愕から絶句へと変化させた。


「お、お前は何をしているのだ……?」


 膝上で安眠する配下を目の当たりにして、絞り出すような口調で呻きながら、アスタロトは見事な青筋を額へと浮かび上がらせた。

 とても嫌な予感しかしない。結果を見なくとも結果がわかる、そんな不思議体験。

 さてどうしようかと悩んでいた目の前で、ワナワナと震えるアスタロトが右手の人差し指と中指を、深い皺が刻まれる眉間へと押し当てる。


「……!!」


 見えるはずのないドス黒いオーラが彼女の全身を覆った瞬間、膝元で寝ていたはずのフルーレティが跳ね起きた。

 一昔前のゾンビ映画を見ているような、その気持ち悪い動きに思わず身が固くなる。額へお札を装着すれば、両手を水平に上げてそのまま飛び跳ねそうだ。


「は、はい!!」


 何が「はい」なのかはわからない。だが返事とともに跳ね起きた彼女は、魔眼で自爆したように直立不動のまま石化している。

 此処はどこの軍隊なのだろう? そんなことを漠然と考えていたら、怒り心頭のアスタロトが地蔵のように佇む彼女の正面へと回り込んだ。


「お前は一体……何を考えているのだ?」


「な、何がでしょう……?」


 眉根を寄せて小首を傾げるフルーレティ。彼女は今まで意識を失っていたのだ。先ほどまで膝枕をされていたことなど露ほども知らないだろう。


「カミュ様の膝枕で寝るなど、なんと羨ま……いや、けしからぬことを!」


「こ、此方が主君の膝で……?」


 やはり知らなかったようだ。だがアスタロトにとっては関係のないこと。意識があろうが無かろうが、膝で寝ていた事実に変わりはない。

 フルーレティの言い分にも耳を傾けず、アスタロトは射殺しそうな死線を彼女へと飛ばした。


「アスタロトー、躾がなってないんじゃない?」


 口角を上げて口元に笑みを浮かべたレストエスが、彼女の管理不行き届きを責め立てる。だが目は笑っていない。ちょっと怖いぞ?

 怒れる女性二人に囲まれたカメオウは、その間でなぜか挙動不審にオドオドしている。何故だ?

 一人離れた場所で黙々と橋梁製作を続けるバディスは、満面の笑みを浮かべたまま作業に没頭している。絶対に気付いているだろ?


「そうだな。少々お灸を据えねばなるまい……」


 顔を青ざめさせるフルーレティに、彼女を咎める般若と彼女を窘める無表情が詰め寄る。

 だが元はと言えば、自分の迂闊な発言が発端。このままではフルーレティが可哀相だ。


「止すのだ。フルーレティを責めるでない」


「で、でも!」


 だがレストエスは納得しない。


「レストエス! (けい)は誰に向かって言っているのだ?」


「あ!……も、申し訳ありません」


 アスタロトの強い指摘に体を強張らせたレストエスが、数瞬の逡巡の末に謝罪を申し出た。


「フルーレティは私の所為で倒れたのだ。であれば私が看病するのが道理、そうであろう?」


「……はい」

「カミュ様の所為ではありませぬが……」


 納得していないレストエスが渋々ながら同意すると、アスタロトは配下の失態が主君の所為ではないと言葉を重ねる。

 彼女としても難しい立場なのだろう。聡明そうに見えるアスタロトの歯切れは悪く、その心は主君と同輩と配下の間で揺れているようだった。


「さて、フルーレティも目覚めたことだ。橋作りを続けようか」


「それがよろしいかと。既に基礎は完成しております」


 いつの間にか戻っていたバディスが、橋作りの再開に賛同する。このタイミングの良すぎる行動、彼は間違いなく故意的に行っているだろう。まぁ咎める気は毛頭ないのだが。

 ところで「毛頭ない」だが、口に出してしまうと何故かアスタロトを貶めているような気がする。彼女の場合は「毛頭ない」ではなく「毛根ない」……いや、失礼なことを考えるのは止しておくべきだ。


「それでバディス、次はどうするのだ?」


「先ほど作った基礎を石化させた後、その上へ石板を乗せたいと思います」


 物知り顔で顎に手を当てたバディスが、不思議なことを言い出した。


「木片を……石化?」


「木片と言えど木は生きております。生きているものは全て石化が可能です」


 首を傾げながらフルーレティへ振り向くと、彼女は当然と言わんばかりの静かな首肯を見せた。


「なるほど。有機物は石化出来て、無機物は石化出来ない、そういうことだな?」


「ゆうきぶつ……ですか?」


「炭素を含んだ化合物のことだが……まぁ気にするな。大したことではない」


「はぁ……」


 バディスもそうだが、他の皆も全く理解し得ないようだ。

 そういえば化学とは何時の頃から発展したのだろうか? 元素の発見ラッシュが起こったのは、確か十八世紀だったはず。

 それ以前の時系列と思われるこの世界では、金、銀、銅、鉄あたりの認識が精々なのだろう。だが今は目の前の問題を最優先で片付けるべきだ。


「では、バディスとフルーレティで橋作りを続けてくれ。カメオウとレストエスは二人の手伝いを頼む」


「承知しました」


 一礼したバディスは、皆を引き連れて作業場へと戻る。そして暫く何某かの説明をした後、フルーレティへと向かって指示を出した。

 その光景に興味が惹かれ注意深く観察していると、フルーレティの前にあった長大な簀の子が、彼女の視線に晒されて見る見るうちに石へと変化した。

 ……実際に見ると凄い光景だ。どういう原理で石化するのかわからないが、誰も不思議に思わないのだろうか?


「アスタロト、石化とは一体何だろう?」


「……永遠、でしょうか?」


 真剣な面持ちで暫し悩んでいたアスタロトが、真面目な顔で真面目に答える。

 何気なしに聞いただけなのに、何か哲学的な返しが来てしまった。どうしよう……。


「そうだな。その通りだ」


 柔和な微笑みを湛えたアスタロトが、静かに「はい」とだけ答える。彼女は既に真理へと辿り着きし解脱者なのだろうか?

 もうこの話題に触れるのは止そう。そう心に固く誓い、頬杖をつきながら作業場へと視線を戻した。

 (あれ?)

 この場の作業は一旦終了したのだろう。バディス達は出来上がった石製の基礎をその場へと残して、森へと向かって既に移動を開始していた。まさか……ピクニックじゃないだろうな?


「そういえばアスタロト、お前は重力反転(アンチグラビティ)の魔法が使えたはずだな?」


「はい、その通りにございます」


「では、そこに放置された基礎を、魔法で両岸へと架けることは可能か?」


「問題ございません」


 自信に満ち溢れるアスタロトの表情を見て、架橋作業への即時移行を指示する。

 彼女を知り尽くしている訳ではないが、彼女が優秀な部類に入る人種だと直ぐにわかった。私やレストエスとは正反対であり、他者へと与える安心感に並外れた安定感がある。

 アスタロトが突き出す右手の先に暗い緑の魔法陣が浮かび上がると、長さ百メートルにも及ぶ石製の橋が空中へと浮かび上がった。

 その昔とある映画で、鉄製の橋を念力で操るヘルメットおじさんを見たことがあるが、実際にその光景を目の当たりにすると何とも言えない感慨に心が粟立つ。


「絶景だな」


「はい、流石はアスタロト様じゃ」


 この場に一人残ったラウフェイが、浮き上がる橋を見ながら感動に震えていた。

 彼女はこの光景を見慣れていないのだろうか? いや、アスタロトの能力を土木作業に使ういう発想自体が、今までなかったのかもしれない。

 ドンという音とともに、橋は両岸へと架けられる。重機でも動かせない重量に達しているはずだが、浮遊石が仕込まれている所為か設置音は予想よりも遥かに静かだった。


「橋の守護を置かねばな……」


 苦労して作ったものを、もし心無い人間に壊されたら堪ったものではない。なにせこの橋は金貨五百枚を超える超高級品。

 わざわざ橋を崩す者はいないと思うが、設置された浮遊石を盗むために橋を壊そうとする者が居るかもしれない。

 何故なら時間さえあれば、壊すのは誰にでも可能なのだ。なにせ素材はただの石だ。それにもしこの石化を解くことが出来れば、元の素材である木片が顔を出すのだ。壊せない方がおかしいだろう。


「守護……でしょうか?」


「うむ、折角作った橋だ。見張りを置くべきだと思ってな」


 首を傾げるラウフェイに説明するが、それでも彼女は首を傾げたままだ。橋を勿体ないと思うのは、やはりおかしいのだろうか? いや普段から有事に備えておくのは、悪いことではないはずだ。


「それより、ラウフェイを此処に残したのは他でもない。頼みたいことがあってな」


「どのようなご用件でしょう?」


「これなんだが……」


 昨夕作ったミスリルの短刀をインベントリから取り出す。


「それは一体……?」


 ラウフェイが逆側に首を傾げた。そういえば、この短刀を見せるのは初めてだった気がするな。


「私が作った剣だ。これを持ってドワーフの所へ行って欲しい」


 人差し指と中指で刀身を挟み、金属色の光沢に輝く握りを彼女へと向けた。

 おずおずと手に取り刀身を眺めるラウフェイ。


「カミュ様、御自ら作られたものをドワーフ如きに……」


「別に無料(タダ)でやるつもりはない。鉱石との交換が条件だ」


「ですが、それでも……」


「大した剣ではない。まだ改良が必要な粗悪品だ。気にするな」


 大した剣ではないのだが、ラウフェイはドワーフに渡したくないらしい。本当にガラクタなのだが……彼女にはわからないのだろうか?


「……わかりました。ではどの鉱石との交換でしょう?」


「特定の鉱石ではなく、製錬前の土砂が欲しい。それも可能な限り大量にだ」


「これほどの一品、山一つ分の土砂が買えるでしょう。ですが運搬方法が……」


 確かに。山一つ分もの土砂を持ち運べるほど、彼女も力持ちではないだろう。


「マジアコモでは無理か?」


「容量を遥かに超過します。申し訳御座いませぬ」


 力なく項垂れるラウフェイ。単に私の常識が無いだけなのだが、彼女は責められたと思ったのだろう。

 考えなしに聞くと場の空気が悪くなる。だが其処まで深くは考えたくない。話をしないという選択肢はあるのだろうか?


「そうだったな。ではドワーフに溶かして貰え。金、銀、銅、鉄はわかるな?」


「はい」


「それぞれの融点……融ける温度は、金が千六十度、銀が九百六十度、銅が千八十度、鉄が千五百四十度だ」


「……ど?」


 ……そこからか。首を傾げながら恐る恐る問い返すラウフェイが、何だか可哀相に思えてきた。


「アスタロト! そこの木片を持って来てくれ!」


 余った木片を片付けていたアスタロトを大声で呼ぶと、彼女は木片を片手に駆け足で戻って来た。

 その木片を受け取り、ラウフェイへと手渡す。


「ラウフェイ、この木片を風の刃(ウィンドカッター)で粉々にしてくれ」


「何故……いえ、畏まりました」


 木片を空中へと放り投げたラウフェイが、すかさず風魔法を発動する。みるみるうちに寸断される木片を見つめながら、空間スキルで作った受け皿をその下へとこっそり設置した。

 受け皿を桶型へと変化させると、あっという間に砕かれた木片に水を加えてパルプにする。漂白剤がないので色は我慢して貰うしかない。あとは空間スキルで均一に加圧すれば出来上がりだ。


「カミュ様、それは一体?」


「紙だ」


 単純明快な説明をしつつ、木片を炙って炭化させる。これでなんちゃって鉛筆の完成だ。

 即席の鉛筆を使って適当に作った紙へと溶融温度を書き込み、興味深そうに此方を見るラウフェイへと渡した。だが……


「……よ、読めませぬ」


「……え? じ、字が汚いのか?」


「いえ、そうではありませぬ。この文字を見たことがないのですじゃ」


「拙にも見せて……こ、この文字は!?」


 異世界で日本語が通じると思っていた私が莫迦でした。世界が異なれば文字も異なる、至極当然のことを見落として……ん? 何故言葉は通じるんだ?

 隣から紙を覗き込んだアスタロトが眉根を寄せて目を見開いているが、字の汚さに驚いているのだろうか? 何れにしても気分は良くない。


「これはもういい。捨てる――」


「――か、カミュ様! お捨てになるのなら是非、拙に下さい!!」


 ゴミが欲しいとは、アスタロトも随分と変わった趣味をしている。こんな物を欲しがる理由はわからないが、拒否する理由もないので一応渡しておく。

 アスタロトがとても嬉しそうだ。なんだろう……この心に響き渡るモヤモヤ感は。


「アスタロト、この紙に代筆してくれ」


「御意」


 恭しく一礼したアスタロトが、新たな即席紙へと文字を書き込むが……私にはまったく読めない。適当な記号でも書いているのだろうか?

 彼女達が私の書いた文字を読めないように、私も彼女達の文字が読めなかった。


 秘書が欲しい……それも美人で優しくて気立ての良い優秀な秘書が欲しい。

 いや、美人過ぎると仕事に集中出来ないかもしれない。

 そんなことを考えながら、金属の溶融温度を必死に思い出した。








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