偽名
一先ずバディスとの微妙な再会(自分的には初見なのだが)に困惑したカミュが、ラウフェイが戻らないと次のターンに移れないことを思い出す。
忘れっぽいだけで、断じてボケたのではない。考えること、覚えることが多過ぎるのだ。
(みんなキャラが濃過ぎるんだよな……)
出逢う配下全てが濃厚で濃密な個性を持っており、百歩譲っても普通と呼べる者が居ないのだ。以前のルシファーの採用基準に遅まきながら疑問と疑念を持つが、今はそれが自分であることを思い出し脱力するカミュ。
(まぁ、慣れるしかないか)
過去の自分に辟易しつつも助力が無ければ存在すら覚束ない現状に、カミュは改めて”忍耐”の二文字を胸に刻んだ。
「さて、ラウフェイが戻るまで此処で待とう」
「我輩が呼びに行きましょうか?」
「……いや、よせ。待機だ」
折角幼女達を宥めたであろう頃合いで、変態と再会しては元の木阿弥だ。バディスのセコイ執着心を一言で封じたカミュが、キョロキョロと周囲を見渡す。
「流石に椅子はないか」
「椅子でしょうか? ……あぁ、そうですね」
立ったまま待つのも何となく落ち着かない。だがこの何もない草原に椅子などある筈もなく、さてどうしたものかとカミュは視線を彷徨わせた。
バディスもカミュの意図に気付くが、椅子の持ち合わせはないようだ。カミュと同様に周囲を見渡すが、彼の顔には困惑しかない。
「あ、あの!」
先ほどまで精神的に瀕死だったレストエスが突然大声を上げた。何かとの戦いから帰還したのだろうか? そうであれば良いのだが……。
「どうした、レストエス?」
「はい! よろしければ、あたしが椅子になります!」
「……ん?」
聞き違いだろうか? レストエスが何か可笑しなことを言い出したように聞こえたが。
「ダメでしょうか? 椅子も見当たりませんし、あたしに跨って頂ければ良いと思います!」
(レストエス……やっぱりお前は本物か)
元気溌剌で変態的な趣味を披露するレストエスに、カミュの疲れがピークに達する。だが「部下の前で愚痴を言う上司は尊敬されない」、そう習った過去を思い出すと、崩れ落ちそうな心を気力だけで奮い立たせた。
明後日の方向に精一杯の勇気を振り絞ったレストエス。だがカミュの脱力感溢れる表情に不安を覚えたのだろう。手を伸ばしてそっと近づこうとする。
だがしかし、カミュは無意識に避けてしまった。何故ならレストエスの向けたその手は、先ほどバディスの大事な部分を癒したものだからだ。
カミュの回避に顔面蒼白で絶望にうちひしがれるレストエス。余りの悲しさに下を向き両手で顔を覆いだした。
「ち、違うのだ。お前を避けた訳ではないんだ!」
これではレストエスが余りにも可哀そうだ。例え条件反射と言えど、自分に縋るレストエスを突き放してしまったのだ。罪悪感に苛まれるカミュが慰めようと頭を捻るが……
「では我輩が――」
「いらん!」
素晴らしいタイミングでのバディスの一言に、カミュはつい苦笑を浮かべてしまう。笑っている場合では無いのだが、零れるものは仕方がない。自分の無作法を反省しつつレストエスを盗み見ると、彼女の髪が少しだけ揺れていることに気付いた。
(あれ? ……今こちらを見てた?)
レストエスは未だ顔に両手を当てて落ち込んでいる。指の間に隙間はあるが、基本的に下を向いているので此方は見えない筈だ。
「レストエス、大丈夫か? すまん……」
「い、いえ……グスッ。私が悪いんです、グスッ。カミュ様が謝罪される必要は、グスッ、ありません……」
鼻声ですすり泣くレストエス。泣き方が嘘くさいが、まさかそんなことはないだろう。
どうやって慰めようか悩むカミュ。だが、まったくもって一mmの良案も思い浮かばない。
「泣き止んでくれ、レストエス」
暫く悩んだ末、カミュはレストエスを両腕ごと抱き締める。何と声を掛ければ良いのかわからないのだ。頭を撫でながらレストエスのすすり泣きが止むのを待ち、カミュは静かに声を掛ける。
「もう大丈夫か?」
「は、はい……」
レストエスの答えに安堵し、抱擁を解くカミュ。レストエスの頬が紅くなっているようだが、泣き止んだのであればそれでいい。
そう胸を撫で下ろしていたところで、バディスの無慈悲なツッコミが炸裂した。
「レストエス、涙の跡が見当たらないのである」
目を見開いて固まるレストエス。バディスの指摘に思うところがあるのだろうか?
確かに目の周りは赤くなっていないようだ。だが人間ではないのだから、涙で目が腫れることがないのだろう。そう思いつつカミュが大事なことを思い出す。
「そういえばレストエス、先ほど両手で顔を覆っていたが……覆っても良かったのか? その手は……」
カミュの指先が指し示す自分の手を見つめて、忘れたかった過去の記憶を取り戻すレストエス。
驚愕に塗れたレストエスがその顔色を憤怒へ変えると、無表情のまま静かにバディスへ近づく。彼から一歩離れた場所で華麗に身を捻ると体が半転したところで飛び上がり、後宙とともに振り上げた長い脚をそのままバディスの頭頂部へ叩き込んだ。見惚れるほどのマーシャルアーツキックである。
「ゴッ!!」
バディスから何か聞こえた気がするが、おそらく嬉しい悲鳴だろう。仲が良いのはよいことだ。
「カ、カミュ様! 手と顔を洗って来ます!!」
着地したレストエスは、現実逃避するカミュの言を待たずにバディスを罵りながら川へ駆け出した。「バーカ」と叫ぶその姿に微笑ましさすら感じる。
主君として勝手な行動を窘める必要があるのだろうが、流石にレストエスを叱る気にはなれない。カミュは無言のままスキルを発動すると、インベントリに椅子が無いかを探し出した。
(しかし……レストエスの蹴りは見事だった。かなり慣れているのだろう。だが……以前の服装であの蹴りを放つのは、乙女的に危険ではないのか?)
ビキニアーマーを渡す前の服装を思い出したカミュが、大きく開脚した蹴撃の危険性を考察する。もしこれが下賜する前の服装だったら……。
手を叩いてからのピースサイン。そして親指と人差し指で丸を作った後に、眉の上へ手を翳すどころの騒ぎではない。
そうあの技は、あまりの破廉恥さで女性が社会的に葬られるほどの必殺技なのだ。
インベントリから黒くて重厚な椅子を見つけ出したカミュが、目の前の草原に静かに置く。
まさか本格的な椅子があるとは予想だにしていなかったが、(取り敢えず何でも調べてみるものだな……)と改めて思った今日この頃。
全体に豪奢な彫刻が施されているが、その全ての感触はとても滑らかだ。冷たささえ感じられるのは材質が原因なのだろうか? 一見すると石に見えるが、もし石だとするならtonレベルの重量があるはずだ。
それを軽々と取り出した自分に驚きつつも、そういえば普通にログハウスを持ち上げていたことに思い当たる。人間だった時の感覚が段違いで麻痺しているようだ。何が普通だったのかを思い出すのが難しいほどに。
「さて、バディス。お前にも名前をやらんとな」
どう見ても魔王専用にしか見えない椅子に座るカミュが、その傍らで優雅に立つバディスを見据えてコードネームの付与を思い出す。何にするかもう既に決まっているのだが、自分のネーミングセンスが疑われそうで怖い。
偽名を与えた際にレストエスとラウフェイの二人は喜んでいたが、果たしてバディスもそうなのだろうか?
あの二人の感覚は当初から何処かおかしかった。だから安心して命名したのだが、流石に今から伝える名前は彼の許容範囲を超えるだろう……そうカミュは危惧する。
しかし思い返してみれば、バディスも相当の異常者だ。裸で愛を一方的に叫ぶなど、まともな精神構造ではない。一縷の望みを託し、カミュは恐々とバディスへ伝えることを決意した。
「新しい名前ですか?」
「うむ。今、我々は身分を隠していてな。皆、偽名を名乗っているのだ」
「ほぉ! 二人は何と名乗っているのでしょうか!?」
偽名と聞き目を輝かせるバディスが、食い気味にカミュへ問いかける。
(偽名と聞き興味が惹かれるとは……まるで少年のようだな)
だがいくら美男であっても、ここまで顔を近付けられると少々……いや、かなり抵抗がある。
バディスの接近にスウェーバックで距離を取るカミュが、右手を突き出し彼との距離感を保つ。
「まぁ、落ち着け。二人の偽名だが、レストエスが助平、ラウフェイが格之進だ」
「スケベイにカクノシン……。なんと凛々しく華やかな名前なのでしょう!! う、羨ましい……」
「はぁ……」
バディスが驚愕と羨望を綯い交ぜにし、二人の偽名に対する抑えきれない嫉妬を体全体で表現する。突き出した右手を虚空に捧げ、残る左手を胸に添えると、あらぬ方向を見つめる目がその顎を上げさせた。
その姿は正にジュリエットを迎えに来たロミオのソレであり、ミュージカルを見たことがないカミュでも記憶に残る名シーンのようだった。勿論、バディスに相応しいジュリエットはソコには居ないが。
カミュは疲労感を滲ませつつバディスを見る。彼の期待に満ちた目はカミュを捉えて離さない。
「そ、それで! 我輩の名前は!? 教えて頂けないでしょうか!?」
唾を飛ばして懇願する超イケメン。カミュにはもう何処から何処までが変態と超変態の境界なのかわからない。
(おねだり変態、異世界バージョン……)
半眼でバディスを見据えるカミュ。だがその目には、バディスが輝かせる瞳の一厘ほどの光も見つからない。
「あ、あぁ……そうだったな。お前の名前は”八兵衛”だ」
「!!」
言葉に出そうとするが声にならない、そんなバディスが無言で体を震わせる。
(や、やっぱり不味かったか!?)
流石に八兵衛ではうっかり感が満載だ。名前の選択ミスを後悔するカミュの前で、バディスは無言を貫き顔を紅潮させている。
「だ、大丈夫か?」
「う……おぉ! あ、ありがとうございます!! な、なんと素晴らしい!!」
バディスを怒らせたのか心配するカミュだったが、突然の大声でバディスが壊れたのかを心配する羽目に。
彼の頭は大丈夫なのだろうか? もしかすると先ほどのレストエスの一撃で、知的生物として既に終わっていたのではないだろうか?
バディスの元々を知らないカミュは、彼が正常にあるのかとても心配になる。
「バ、バディス……気に入ったのか?」
「はい! 勿論でございます! このような素晴らしいお名前を頂き、誠にありがとうございます!!」
「そ、そうか……それは良かった」
やはり彼の感性は死んでしまったようだ。
バディスのご冥福を祈りつつ視線を川の方へ移すと、手と顔を洗い終えたであろうレストエスの駆け戻る姿が見えた。
「カミュ様! すみません、お待たせしました!」
目を輝かせて駆け寄るレストエス。顔に幼さが残るのは化粧ががっつり落ちたためだろう。
「早かったなレストエス。今ちょうどバディスに名前を与えたところだ」
「そうなんですか!? それで何という名前を付けられたのですか?」
「うむ……」
八兵衛という名前を伝えた瞬間、レストエスからドン引きされそうな気がする。「えぇー、カミュ様それって……」などと言われようものなら、三日は凹める自信がある。
「カミュ様が私に与えて下さった名前は……ハチベエ! どうだね? レストエス」
まだ心の準備が終わらないカミュの横で、ドヤ顔のバディスが堂々と大声で披露する。バディスさん、勘弁して下さい。
カミュの気持ちなど素知らぬバディスが得意満面で胸を反らしているが、恥ずかしいので本当に止めて欲しい。
そしてドヤ顔された方のレストエスは……
「……え!?」
驚愕という文字がその顔にデカデカと貼り付いていた。
やっぱり引いたか。ドンッと引いたか。よし、今日から三日間の有給休暇を取得しよう。
カミュは恐れていた事態に遭遇し、明日からの心の回復をそっと誓う……が
「えぇー!! そ、そんな素敵な名前を頂いたの!? 良いなぁ……」
「ふはは! であろう? この名前は絶対にやらんぞ!」
やはり彼の感性が死んだのは、レストエスの蹴りのせいではなかったようだ。
二人の精神のご冥福を祈りつつ、この世界のネーミングセンスの異常さに改めて驚愕する。
「まぁ、偽名は暫くの間だけだ。あまり気にするな」
そのまま名乗り続けられそうで少し心配になったカミュは、盛り上がる二人に改めて釘を刺す。
忠告された二人が「……え?」とハモリながらカミュを見返すが、何かまずかったのだろうか?
バディスの顔は落胆の色が滲み、レストエスの顔には希望らしきものが見え隠れしているが……。
「私は二人の名前の方が良いと思うぞ? バディスにレストエス、良い名前だ」
優しい笑みで語るカミュに、更に大きく目を見開く二人。
(本当に何なんだ……?)伝える度に大きな反応を返されると、説明するのが面倒になる。気持ちが萎えるのも仕方のないことだ。
鼻でも穿って「めんどくせぇ」と言えれば、世界はどんなに素晴らしいのだろうか。
「ありがとうございます……初めてのお褒めに少々戸惑ってしまいました」
華麗に粛々と一礼するバディスが、篭りに篭った感謝を心の底から捻り出す。イケメンは何をやっても本当に絵になる。羨ましい限りだ。
「そうか。それよりラウフェイが遅いようだが?」
「……でしょうな。もう暫くかかると思います」
バディスの返答に戸惑うカミュ。もう暫くかかる……?
「ラウフェイは何処まで……いや、お前は一体どこから彼女達を追い掛けたのだ?」
「はい。我輩が幼女達を追い掛け始めた場所は、おそらくこの先五里ほどかと。ラウフェイ達は歩いていきましたので、まだ親元には到着していないかと思います」
なんの痛痒も感じていない様子のバディスが淡々と説明する。
(お、お前……あの小さい子達を二十kmも追い立てたのか!?)
驚愕とは何だったのかすら思い出せなくなる。
(眼前の男は頭がおかしいのだろうか? それとも自分がおかしいのだろうか? いや、そもそも里の換算が間違っているのか? いや、それ以前にこの世界の人間は並々ならぬ体力を持っている……のか?)
レストエスもバディスの言に何ら感情を見せていない。カミュは更に混乱する。何が正解で何が間違いか、自分基準では判断がつかないのだ。
「そ、そうか……。ではもう暫く待つとしよう」
僕はもう疲れたよ、レストエス。
ラウフェイが向かった先を見つめ、そっと嘆息するカミュ。今までの常識で真面目に考えることが、次第に苦痛になっているのだ。
もう考えるのはよそう。頭痛からの回避を選んだカミュが思考を中断する。
「そういえばサーシャは王だったな。私もお前達の主だ、理想の王になれるよう頑張らねばな」
不慣れな思考で疲れた頭を癒すために、敢えて関係のない話題をレストエスに振ってみる。
今まで出逢った配下は、揃いも揃って実力者だ。何の実力が突出しているのかは今は横に置いておくが。だから彼らの才能を引き立たせてやらねば、前任者に申し訳が立たぬというもの。
「え? カミュ様は魔王様ですよ?」
(……え?)
今、レストエスが寝言を言った気がするのだが。
「レストエス、それは浅慮である。君にはわからないのかね? カミュ様の深いお考えを」
(……は?)
カミュはバディスの壮絶な勘違いに耳を疑う。何も考えていないどころか、何も知らないんです。
目を見開きバディスを見つめるカミュの前で、眉根を寄せたレストエスが物知り顔で微笑むバディスを睨んだ。
「それってどういうこと?」
「うむ。カミュ様は紛うことなき正真正銘の至高なる魔族の王で在らせられる。だが魔族の王ではあるがこの世界の王ではない」
「そ、それはそうだけど……だから何? 結局何が言いたいの?」
バディスの迂遠な言い回しに苛立つレストエス。
バディスが何を言いたいのかわからないカミュも、その先が気になって仕方がない。
「結論を言えば、カミュ様はこの世界の王、真の王として君臨なされるおつもりなのである」
「あ……なるほど!」
(正気か!? だが……その誤魔化し方でも良いのか!?)
得意気なバディスに、目を輝かせて相槌を打つレストエス。
もう訳がわからないカミュは、否定することで生じる説明責任に辟易し、投げやりに事態の収束を図った。
「うむ……バディスの言う通りだ。流石はバディス、理解が早いな」
「は! ありがとうございます。ですがカミュ様の深謀遠慮には遠く及ばぬかと」
褒められた子供のように満面の笑みを湛えバディスが一礼する。
バディスへの称賛でレストエスの顔には嫉妬の色が浮かんでいるが、彼女をフォローして事故に巻き込まれては堪らない。
正解のレストエスを放置し、バディスの勘違いを正当化するカミュは、大きく息を吐き出すと自己嫌悪に苛まれる精神を再度奮い立たせた。
石の玉座に片肘をかけ、頬杖をつきながら遠くを見つめるカミュ。もうなるようにしかならないのだ。
そしてその視界にラウフェイが映り込んだのは、思考を放棄してから暫くしてのことだった。行った時と服装が変わっているが、向かった先で着替えたのだろうか?
瞬く間に接近したラウフェイが、カミュの前で片膝を付き先ほどの首尾を報告する。
「お待たせして申し訳ありませぬ。只今戻りました」
「ラウフェイ、ご苦労。ちゃんと送り届けたか?」
「はい、確かに……確実に送り届けました」
「そうか」
幼女達の無事を聞き安堵するカミュ。
バディスの凶行で彼女達の心は傷付いたはずだが、親元に戻れば両親の愛で癒されることだろう。
怖い思いをさせてしまったことに多少なり心が痛むが、彼女達のために自分が出来ることは何もない。そう諦めたカミュがラウフェイを立たせ問い掛けた。
「ところで服を変えたようだが、態々着替えたのか?」
「少々汚れてしまいましての。汚い恰好では失礼と思い着替えましたのじゃ」
「そうか。まぁその服も似合っているぞ?」
立ち上がるラウフェイの首元にカミュは汚れを見つけていたが、服の汚れを気にする彼女に指摘するのも悪い気がして、この話題を口には出さず取り下げた。
服装を褒められたラウフェイは、年甲斐もなく照れているようだ。少しだけ顔が赤くなっている。
(そういえば首の汚れも赤かった気がするが……見間違いだったか?) カミュは暫し悩むが、立ち上がったラウフェイの首元は服に隠れてもう見えない。
気のせいだと切り捨てたカミュが、今後の方針を三人へ伝えた。
「さて、ラウフェイも戻った。では皆、先へ進むか」
カミュとレストエスを先に進ませたバディスが真剣な面持ちで立ち止まると、ラウフェイに振り向き仔細を問うた。
「ラウフェイ、本当に確実に送り届けたのであるか?」
「バディス様、あの娘達の親を亡き者にし、打ち捨てられたのは貴方じゃな?」
深い笑みで微笑むバディス。
「……ふむ。間違いなく親元に送り届けましたぞ。今頃はあちらで再会を喜んでおるはず」
深い笑みで返すラウフェイ。
「ご苦労である。それで片付けはどうしたのか?」
「痕跡は残しておりませぬ。辺り一面キレイなものじゃ」
「そうか。我輩は掃除が苦手でな。ラウフェイが言うのであれば間違いないのである」
ラウフェイの処置に満足したバディスが大きく頷く。
「肉片一つ残さず処理しましたからの……柔らかいのは最高じゃ」
久しぶりのご馳走に満足したラウフェイも、異常に発達した犬歯を見せながら喜悦に歪んだ顔で近い過去を振り返る。
「それで汚れた服を替えたのであるか?」
「少々汚れが目立っておりましての。背丈の似た者が居てくれたのは僥倖じゃった」
「なるほど。我輩もその服が似合うと思うのである。では、先を急ごうか?」
二人は主君の意に従い、彼女らを無事に送り届けられたことに満足する。
生かして放置すれば面白いことになっただろう。頼るべき両親も既に亡く、この何もない草原にその小さな身が放置されたなら、野垂れ死ぬか、獣に襲われるか、はたまた奴隷にされるか……決して長くは生き残れなかったはずだ。
だが主君の恩情により一切の苦痛を感じることなく両親と再会が出来たのだ。我が主君はなんと慈悲深い方で在らせられるのだろう。その優しさに感動しつつ、二人は敬愛する主君の後を足早に追うのであった。




