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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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行水



 カミュの命を受けたレストエスが、ラウフェイに跨り上空から元コボルト達を見下ろす。

 魔石を回収するには死体を腑分けし取り出す必要があるが、正直に言って外も中も見たくはない。


「うーん……どうしよっか?」


 ラウフェイを見つつ独り言のように呟くが、答えは既に決まっている。


「じゃあ……あたしが集めるから、ラウフェイが焼いてくれる?」


「お任せ下され」


 ラウフェイが横顔を見せつつ承知すると、一抹の不安も残さぬレストエスがコボルトへ視線を移す。


「<旋風嵐(ウィンドストーム)>!」


 右手の先に直径二十cmの魔法陣を浮かばせたレストエスが、広範囲に散らばるコボルト達に向かって魔法を発動させる。

 発動したのは小型の竜巻。レストエスは手首を傾けて竜巻に傾斜をつけると、コボルト達を外縁部から順に中心へ向かって弾き飛ばした。


 竜巻が駆け抜けた後には倒された無数の草が残り、その中心には高さ十メートルを超える小山が出来ている。

 首があった時で身長二メートルあったコボルト達。彼らは横たわった状態で無言のまま堆く積まれていた。


「じゃ、ラウフェイお願いね」


「<稲光(ライトニング)>」


 静かに詠唱を終えたラウフェイの鼻先に強烈な光が生じる。一定の大きさまで膨れ上がると、光は空気中の電荷を手繰りながら蛇のように地面へと進む。

 以前カミュが二人へ言ったことだが、電気は電圧が高い場所から低い場所へ流れる。当然、発生源のラウフェイが一番高く、アース、つまり地面が一番低い。

 そしてこれも当然だが雷に指向性は持たせられない。導電イオン化された軌道へプラズマを走らせる指向性エネルギー兵器なら可能だろうが、放電方向を任意に変えようと大気中のエアロゾル粒子濃度を自在に操るなど不可能なのだ。自分達の主君以外には。


 ラウフェイの放った稲光が一番近くにある導電体、つまり小高く積まれた血に染まるコボルト山の頂点に落ちる。到達した瞬間「ドンッ!」という直撃音が響き、積み重ねられた二千体のコボルトが真っ黒な塊に変わり果てた。


「まだ足りないんじゃない?」


 黒い小山を見つめるレストエスがラウフェイを窘める。まぁ、あれほど大量の死体を一度に片付けるのだ。一度くらいの見誤りは仕方がないだろう。


「面目ない。次は間違いなく」


 力を貯めるためだろう。ラウフェイは暫く項垂れると、再度その目に力を宿らせ詠唱する。


「<稲光(ライトニング)>!!」


 力強く詠唱を終えたラウフェイの鼻先に、先ほどの数倍もあろう強烈な光が生じる。一定の大きさまで膨れ上がると、光は空気中の電荷を無視して巨大な柱のように地面へ激突した。

 小山へ直撃した<稲光>が轟音を生むと、真っ黒の塊が瞬時に灰へと変えられる。四方へ拡散した黒塵の跡には、小さいながらも透明に赤みを帯びた二千個の魔石が残されていた。


「良いじゃん。じゃ回収しよっか? ラウフェイ、その羽衣貸して」


 先ほどまで魔石をどうやって運ぼうか悩んでいたが、よくよく見るとラウフェイが良いものを纏っている。普通の布であれば二千個に達する魔石の重みで破れてしまうだろう。だがラウフェイの羽衣は違う。何故なら物を浮かべるためのアイテムだから。


「そ、それは……。勘弁して欲しいのじゃが……」


「はぁ? 何言ってんの? 魔石の回収はカミュ様のご命令でしょ!?」


 何を思ったのかラウフェイが断りを入れてきた。何往復もして大量の魔石を運べというのだろうか?

 時間を掛け過ぎて、もし主君がご不快になられるようなことがあれば……絶対にアスラが喜ぶはず。調子こいて踊りだす可能性だって捨てきれない。

 羽衣が少し汚れるくらいで躊躇するラウフェイに、レストエスは極寒の視線を向けて催促する。


「う、うぅ……。わかったのじゃ」


「よろしい」


 渋々承諾するラウフェイを見て笑顔が漏れる。そう、わかれば良いのだ。

 二人は魔石の近くに着地すると、羽衣の上に早速魔石を積み上げた。流石はフレイヤの羽衣だ。二千個積んでも大丈夫。


「それじゃ戻ろう!」


 イェーイと弾む心が足取りを軽くさせる。

 羽衣の端を持って歩くレストエスに、端を咥えたラウフェイが並行するが……何故か歩調も足並みも揃わない。

 レストエスは斜め後ろを振り向き、「トボトボ」と歩くラウフェイの背に手を乗せる。


「元気出せ! ババア!」


「……ババアちゃうわ」


 まだ足並みが揃わぬ二人。

 だがふと気付く。遠くに見える主君が手を上げていることに。

 レストエスとラウフェイは無言のまま顔を見合わせ、主君の元へ急いで帰ることに心で同意する。


「バ……カクノシン、行くわよ!」


「スケベイ様、承りました!」


 足並みを揃えた二人が共に駆け出した。




 二人と合流したカミュ一行は、更に北へ向かって歩き出した。

 先ほどまで一緒だったサーシャは爆心地に何も無いことを聞き出すと、憑き物が落ちたようにスッキリとした表情で帰還を決めた。ちなみにサーシャの背嚢が魔法の袋(マジアコモ)であることに気付いたのは、彼が魔石を収納した時だ。

 騎竜に跨ったサーシャはカミュ達に別れを告げると、振り向くことなく南へと歩き去った。


「面白いドワーフだったな」


「そうでしょうか?」


 なかなか有意義な会話だったと思うのだが、レストエスの共感は皆無だ。

 やはりマニアックな会話は女子の望むところではないのだろう。レストエスの顔に「まったく興味が無い」と書かれているようにさえ見える。


「まぁ、王と自称するくらいですから、横柄な性格なのだと思います」


 「フンッ」と鼻を鳴らしたレストエスが、途轍もない戯言を繰り出す。


「……王?」


「はい。先ほどのドワーフは連合王国で王を僭称する六人の内の一人、ドワーフ王です。名前は確か……」


 レストエスが人差し指を顎に当て、上を向きながら「うーん」と呻く。


「王ならもう少し気を遣った方が良かったか? それに、名前は”サーシャ”だろう?」


「下等生物である亜人如きが王を称するなど万死に値する愚行です。あと誠に僭越ですが、サーシャは通称でして本当の名前は別なのです。ですが申し訳ありません……名前が思い出せません」


 小首を傾げるカミュに、レストエスがドワーフを見下す意思を毅然と伝える。

 会話に興味が無かったのではなく(ドワーフ自体に興味が無かったか……)と今更ながら気付いた。


「まぁ、もう会うこともないだろう。名前のことは気にするな」


「ありがとうございます」


 レストエスの一礼を見て、カミュも興味が薄れる。カミュにとっては気の良いおっさん、今はその事実だけで十分だった。


「ところで……ラウフェイの羽衣がちょっと汚れてないか?」


 無言のラウフェイが気になりカミュは視線を移す。白く奇麗だったはずの羽衣が、少々黒く汚れた気がするのは気のせいか?


「いぇ、お気になさらずに……じゃ」


「そうそう! カミュ様はお気になさらずに」


 対照的な二人が思い思いに答えるが、ラウフェイの表情は暗く沈んだままだ。顔が怖いのでたぶんとしか言えないが。


「そういえば随分風呂に入っていなかったな。ラウフェイの羽衣を洗うついでに、そこの川で水浴びでもするか?」


 カミュの言葉にラウフェイの目が輝きを取り戻す。レストエスの目も輝きを増したようだが、何が嬉しいのだろうか?


「「承知しました」」


 二人の唱和に頷いたカミュは、河原へ向かって真っ直ぐ歩みを進めた。




「ほぉ。この川は水がとても奇麗だな!」


 護岸工事の形跡が全く無い自然の川は、カミュの心に爽やかな風を送り込んだ。

 まだそれほどの幅もない小さな川だが、草原と並行する水面の乱反射が涼しさを運んで来るように感じられる。


「そうですね! 喜んで頂けて良かったです」


 カミュの機嫌の良さに満足したレストエスが、見たこともない深い笑顔で相槌を打つ。


 ふとカミュは気付く。レストエスの笑顔には寒気を覚えるが、今が暑いのか寒いのかまったくわからないことに。

 おそらくだが、この体の耐性が異常に高いのだろう。四季が感じられなくなった体を寂しく想いつつ、今更の郷愁を疎ましくさえ思う。


 靴を脱ぎ素足を浸すと、清流が小さな飛沫となりカミュを迎えた。

 白く弾ける水泡に心が躍り、纏っていたローブを脱ぎ捨てたカミュは、一糸纏わぬ身と心で朗らかな笑顔を振舞う。


「二人共、気持ち良いぞ! 一緒にどうだ?」


「……は、はい!」


 カミュの以外な行動に驚いた二人が、目を見開き見つめ合う。

 返事の後も暫く立ちすくんでいたレストエスが、我に返ると服を脱いでその場に畳んだ。

 服の下から現れたのは、カミュが与えた赤いビキニアーマー。水着のようなその衣装は、清流と美貌によく似合っていた。


「気持ち良いですね!」


「カミュ様とご一緒出来るなぞ、儂は果報者じゃ」


 顔を紅潮させたレストエスと、まだ羽衣を気にするラウフェイがカミュに同意する。

 先ずはラウフェイの方から片付けよう。


「ラウフェイ、羽衣を貸せ。洗ってやる」


「そ、そんな勿体にゃい!」


 カミュの提案に慌てふためくラウフェイ。語尾が「にゃい」になってた気がするが……聞き違いか? まさかキャラ付けじゃないよな?


「だよね、ラウフェイ。自分で洗えるよね?」


 だがレストエスは、そんなラウフェイに冷たい視線で苦言を呈する。

 (自分で洗う? 狼が?)

 耳を疑う発言だったが、ラウフェイは気にもしていない。気にするのは汚れた羽衣だけだ。


「では、失礼して……変身(トランスフォーム)


 詠唱が終わりラウフェイの体が眩い光に包まれる。小さな女の子向けアニメのように、ラウフェイの体に不思議で劇的な変化が訪れた。

 狼だった体形は人型に変わり、全身を覆っていた毛が消滅する。百五十五cmのスレンダーな体躯とソバージュの淡い紫髪が、おばさんのオシャレ染めを彷彿とさせる。

 そして光が消えた跡に残るその姿は、黄色の瞳に力強さが溢れる、見た目が六十のババアだった。


 (……うわぁ)

 この世界で初めて見た変身が、まさかバ……いや、お婆さんのものとは。アラフォーになっても少年の心を捨て去らなかった自分の、期待に満ちた心を打ち砕いたのは途轍もなく残酷な現実だった。

 あられもない姿で羽衣だけを纏うバ……いや、お婆さん。誰得感満載のシチュエーションに、カミュの心が完全に、バッキバキに砕かれる。唯一の救いは胸が垂れていないことだけか? いや、それこそ本当に誰得だろう。

 (お婆さんは川に洗濯に……か。似合うじゃないか)

 しゃがみ込んだラウフェイが、汚れた羽衣を清らかな流水で水洗いする。小さな背中に漂う哀愁が何故か懐かしさを感じさせる……が、精神衛生上よろしくないことだけは疑いようのない事実だ。


「では、カミュ様。あたしがお背中をお流ししますね」


 呆然とラウフェイを見つめていると、カミュの視線を遮るようにレストエスが回り込む。

 (まぁ目の保養にレストエスを見るのも良い……か?) だが流すのは背中、だから保養にならない。前門のババア、後門のお預け。世の中は無情である。


「あぁ。頼む」


「はい! お任せ下さい」


 ウキウキとレストエスが背後に回ると、再度お婆さんが視界に入る。洗濯も佳境に入ったようだ。

 カミュは近くの石に腰掛けると、ぼぉっと遠くを見つめる。既に日は傾いており、青かった空を大きい太陽が真っ赤に染めている。カミュが向いているのは西の空。そして太陽の下には居城であるイクアノクシャルがあるはずだ。

 (体を洗い終えたら、今日は休むか……)

 洗濯を終えたラウフェイ。だがまだ表情は浮かない。羽衣を後で見てやろうと心に決め、意識して視界から外す。


「すみません、お待たせしました」


 後ろからレストエスが声を掛けてくる。だいぶ時間が掛かったようだが何かあったのだろうか?


「では失礼しますね」


 耳元でレストエスの声が聞こえた。(この距離感はなんだろう……?)カミュは味わったことの無い、至近距離からの囁きに身を固くする。

 レストエスの声が離れるとともに柔らかい感触が背中に伝わった。感触は背中全体に広がるが、その撫でる優しさは損なわれない。疲れが癒さると次第に眠気を誘われる。

 背中を撫でているのは二つの柔らかい何かだ。


「レストエス、スポンジを使っているのか? だいぶ心地良いな」


「すぽんじ……? 違いますが、お気に召して頂けたようで嬉しいです!」


 相変わらずレストエスの声は近い。

 (スポンジではないのか?)そういえば……と、スポンジが石油製品であったことを思い出す。スポンジではないとすると何だろう?

 程よい摩擦抵抗はあるが、固いものではない。手で無いのは確かだが、自然由来のスポンジらしきものが思い当たらない。


「それにしても随分と声が近いな」


「ハァハァ……は!? はい?」


 (なんだろう? 既視感(デジャヴュ)……か?)


「ときにレストエス、一つ質問なのだが」


「ハァハァ……な、なんでしょう?」


 相変わらずレストエスの声は近いままだ。


「私の背中を洗っているソレ(・・)は、もしかして取り外せないものか?」


「はい、取り外しは出来ません。カミュ様がどうしてもと仰るなら、何とか取り外しますが……」


「いや、その必要はない。そして、もしかして……なのだが、その先にピンクの丸いものが付いていないか?」


 カミュは初めてレストエスに出逢った時のことを思い出す。カミュから手渡されたビキニアーマーを嬉しそうに受け取り、直ぐに着替えたあの時を。


「はい。そうですが……?」


 (なるほど……。レストエス、お前もか)


「最後に、私の首筋に流れる赤いものは、お前の可愛い鼻から垂れていないか?」


「その通りです」


「うむ、状況は理解した。先ずは私の背中から一歩下がってくれるか?」


 レストエスが離れ、カミュが振り返る。カミュの視線の先には半眼になった眦を下げつつ、口角を上げて顔を紅潮させる、一糸纏わぬ鼻血の痴女が満足気な顔で佇んでいた。

 カミュが優しさに溢れた笑顔を向けると、レストエスは更に目を細める。


「レストエス、お前の気持ちは十分にわかった」


 一歩近づこうとするレストエスを、カミュは手で制する。


「だが、先ずは鼻血を拭え。そして目を瞑って歯を食いしばれ。話はそれからだ」


 レストエスが眦に涙を湛え両手で額を押さえるのは、その直後だった。





「ラウフェイ、その羽衣を貸してくれ。そしてレストエス、服を着なさい」


「あ、愛が……痛い」


 額を抑えてしゃがみ込んでいたレストエスが、渋々といった体で立ち上がり服を着だす。

 ローブを纏ったカミュが、羽衣を纏ったラウフェイに手を差し出すと、一瞬だけ硬直したラウフェイが素直に羽衣を差し出した。

 何事かとこちらを伺うレストエスは暫く放置しようと思う。


 (まだ黒シミが残っているな)

 ラウフェイには大事なものなのだろう。寂しそうな顔が居たたまれない。

 (クリーニングでもあれば良いのだが……)

 羽衣を見つめ思案に暮れるカミュが、元居た世界の知識を引っ張り出す。カミュの記憶にあるのは有機溶剤を使った洗濯だが、当然の如くこの世界に重油を精製する技術などない。

 (磨き上げるのはブラッシングだったか? だがビジネス用語の気がするな……)

 小首を傾げて記憶を探るが、ブラッシュアップすら忘れているカミュには”ランドリー”が思い浮かばない。


「ブレッシング!」


 正解を導き出したと思い込むカミュが声を大きくする。カミュが脳内で何と戦っていたのか二人にはわからない。だが、突然の大声に驚きつつも二人の顔には理解の色があった。

 カミュの詠唱(・・)が終わると、羽衣が淡い光に包まれる。そして何処からともなく雪の結晶を思わせる光が舞い降り、優しく羽衣を包み込んだ。


 それはカミュが持つ回復系魔法、<蘇生(ブレッシング)>。万物を蘇生させる、他に類を見ない反則技。奇跡とまで言われるこのチート魔法を使えるのは魔国でカミュ唯一人。他に使えるものは、王国でも連合王国でも未だ確認されていなかった。

 暫くして羽衣を包み込んだ光が輝きを失う。そこに残されていたのはシミ一つない純白の、汚れる前より奇麗な羽衣だった。


「カミュ様、ありがとうございます!」


 (……え?)


 カミュの所業にラウフェイが粛々と深い一礼をして、真新しく生まれ変わった羽衣を大事そうに纏った。


「ラウフェイ、良かったじゃん」


「はい。カミュ様のお陰ですじゃ」


 (……は?)


 羽衣が奇麗になったことを素直に喜ぶレストエスと、結果オーライの収束に安堵するラウフェイが、お互いの健闘を称え微笑みあう。

 そして一人取り残されるカミュ。


「あ……えっと、羽衣が奇麗になったのは私の魔法か?」


「そうですよ? ……え!?」


 カミュのあり得ない質問にレストエスが目を見開く。知らないで蘇生魔法を使ったのだろうか? いや、忘れていたのだろうか? ラウフェイは笑顔で羽衣を見つめて聞いちゃいない。だが美女は悟り、己の口を固く閉ざす。これ以上聞いてはいけないと。

 そして三人の間に微妙な空気が流れた。それはまるで乾燥機から出る生暖かい風のようだった。




 日も沈み辺りは闇に包まれる。

 既に河原へと設置していたログハウスで、カミュ達はささやかな反省会を開いていた。


「今日は皆、ご苦労だった」


「いえ、滅相もありません」


 ベッドに腰掛けるカミュの前で、二人は姿勢を正し主君を見据える。

 先ほどベッドに座るよう促したのだが、二人は頑として聞き入れなかったのだ。これ以上の問答が時間の無駄だと悟ったカミュは、ベッドに一人で座り会議を進める。

 そんなカミュの気遣いと労いに笑顔が弾む二人は、主君の視線から一礼で表情を隠した。


「改めて思ったのだが、我々はどうも規格外の存在のようだな」


 (我々というより、私以外が規格外なのだが……な)

 主君の発言に眉を寄せる二人。この世界最高の戦力である主君が今更何をとは思うのだが、自分達の理解し得ない深謀があるのだろうと思い込み不用意な発言を控えることにした。


「そこで、サーシャ……いや、ドワーフの前で使った偽名を当分の間、名乗り続けようと思う」


「「はい」」


「私は暫く仮の姿で過ごそうと思うのだ。お前達も身元が割れないように注意するのだぞ?」


「「承りました」」


 提案を快諾した二人に、カミュは更に続ける。


「だから今後は私に対して敬意が感じられない言葉遣いの者が居ても、事を荒立てるんじゃないぞ? 身元がバレてしまうからな」


「「……はい」」


 わかり易過ぎるほどの渋々感を出す二人が、仕様がないという体で一礼する。本当にわかっているのだろうか?


「ちなみに、今日ラウフェイにピッタリの名前を思いついたのだ! 本当は今すぐ変えたいのだが、まだ面子が揃わなくてな……」


 カミュは本当に残念だと思う。適任者があと二人揃えば、新しい偽名に変更可能なのだが。


「何という名前ですのじゃ?」


「まだ内緒だ。だが隊の中で一番良い……いや、一番有難い名前だぞ?」


 カミュの焦らしに興味が惹かれるラウフェイ。

 だがカミュはまだ公表する気になれなかった。何故なら現時点ではお蔵入りの可能性が否めないのだ。

 暫く内緒にしておこうと決めたカミュは、ずっと気になっていた点について問いかける。


「ところでラウフェイ、明日以降はどうする? フェンリルの姿に戻るか? それともそのままの姿で行動するか?」


 そのままの姿、そう生まれたままの姿での移動は有り得ないとは思うが、念のため確認する。

 既にだいぶ見慣れてはきたが、赤の他人に見られた結果、精神的苦痛に伴う損害賠償請求などされては堪ったものではない。


「人間の姿で行動しようかと。よろしいですかのぉ?」


「そうか。では服をどうするかだな……」


 カミュの呻きに首を傾げるラウフェイ。何か見過ごしただろうか……?


「服なら持っておりますぞ? 防御力はありませぬが、人間に化けるなら十分ですじゃ」


 (な、なんだと……!?)

 ラウフェイの告白が素直に飲み込めない。

 (何故! 何故……私はババアの真っ裸(まっぱ)を見続ける必要があったのだ!?)


 顔面蒼白となり、腰掛けた姿勢のまま膝から崩れ落ちるカミュ。


「カミュ様!! 如何なされました!?」


「い、いや……なんでもない。そう、なんでもないのだ」


 愕然となった自分に駆け寄るレストエスを手で制すると、カミュは目を瞑り深呼吸で息を整える。

 心臓の鼓動が速くなった気がして胸に手を当てるが、大きな鼓動は感じられなかった。(……気のせいか?)


 架空の冷汗を拭ったカミュは、ラウフェイに向かって懇願のように命令する。


「ラウフェイ……服を、着なさい」


 ラウフェイは「はい」と同意し、何処からともなく取り出した服を纏う。

 その姿を見つつカミュはこの世界の倫理観に疑問を持つが、まだ自分が赤くなりきれていないのだろうと自省した。

 この世界の常識がまったく理解出来ていなことを再認識したカミュは、画像的な記憶を抹消するべく泥のように眠りにつくのだった。






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