密談
二人きりとなったアスラとレストエス。先ほどまでの言い合いが嘘のように静かだ。二人とも愛しい主君の飛翔姿に目を奪われている。
暫くしてレストエスが振り向きアスラへ問いかけた。
「ル……いえ、カミュ様は……どうされたの? なんて言うか……凄く当たり前のことに驚いてたみたいだけど……」
二人の会話を疑問に思っていたのだろう。その言葉は普段のレストエスとは違い冷静さを欠いているようだ。
レストエスの疑問は尤もだとアスラも思う。カミュの発言はまるで何も知らない、別人が言っているようにしか聞こえないのだ。
本当のことを言った方が良いのだろうか? アスラはその美しい顔に苦悩を浮かべながら判断を迷う。
しかし例えこの場を誤魔化しても、おそらく主君のためにならないだろう。レストエスの見解はどうでも良いのだが、レストエスに伝えることが主君の利益になるのなら伝えるべき。そうアスラは判断する。
「あなたになら言っても問題ないと思うから言うけど……実はカミュ様、ご記憶を失われたようなの」
その瞬間、アスラはレストエスの背後に落雷を幻視する。敬愛する主君の記憶が無いのだ、素直なレストエスには余りにも衝撃が強かったのだろう。
暫く呆然としていたレストエスが顔を上げ沈痛な面持ちでアスラを見返す。
「そうだったの……おいたわしい」
「そうね……。それで、あなたはどう思うの?」
レストエスは正面の沈痛な面持ちを見て、アスラも自分と同じ気持ちでいることを悟る。それだけに腐れ勇者が消失しことは、本当に残念でならない。
そして同意に続くアスラの質問。どう思っているかなど聞くまでもない。今までも、これからも。即座にレストエスは断言する。
「あたしの忠誠が変わることなんてないじゃん。寧ろあのお優しさに胸が……」
レストエスはその魅力的な胸に手を当て、先ほどまでの遣り取りを思い出す。
記憶の無い主君は本当の意味で主君ではないのだろう。しかしレストエスには先ほどの主君が本当の主君に思えた。もしかすると正面の美女もそう思ってるのかもしれない。
そんな取り留めのないことを考えつつアスラを見ると、彼女は意を決したように問いかけてきた。
「もし、もしもの話よ? もしかしてカミュ様が別人だなんて……そんな可能性はあり得るかしら?」
突然の爆弾発言にレストエスは耳を疑う。何故アスラがそう思うのかわからない。あり得るはずがないのだ。
理解が足りないまま、取り敢えず確定事項を並べてみる。
「は? ある訳ないじゃん。念話も出来たしそれに、あのおみ足を飾っている神器がその証拠でしょ?」
「……そうよね。馬鹿なことを聞いてごめんなさい。今のは忘れてちょうだい」
アスラは一瞬でも馬鹿げた想像に至ってしまったことを自戒する。なぜ自分は敬愛して止まない主君に対し、そんな不敬な考えを持ったのか? 全てはあの容姿の変貌が原因だろう……アスラはそう結論付けた。
《ルキフェルの璧》 名前通りルシファーにしか装備することの出来ない神器。十全な状態では至極色に染まるが、現在は力の抜けきった真っ白の状態だ。
しかし例え力が抜けた状態であっても、装備者限定のアイテムを他人が装備するのは基本的に不可能であり、ましてやこの世界の最大戦力、天位級であるルシファーを倒し強奪するなど不可能だ。
そう……レストエスの言う通り、そんなことあり得ないのだ。
アスラは理論的に推察し、カミュが主君で間違いないことを再認識する。そして改めて本心をレストエスへ語った。
「だからこそ改めて思うのだけど、何があっても私たち二人が全力でカミュ様を支えなければ……。そうじゃないかしら?」
「何言ってんの? 当然でしょ?」
レストエスの即答は配下として心地よい響きを感じるが、彼女は果たして本当に理解しているのだろうか?
理解していても、そうでなくても彼女の答えは変わらないだろう。アスラは話の矛先を変えてみる。
「ところで、他のパーラミターはどう思うかしら? カミュ様のお優しさを勘違いして、付け上がるような配下が居ると思う?」
「うーん、それはないね。でも……付け上がったらバアル・ゼブルが許さないんじゃない?」
「そ……そうね。黒の抱擁で歓迎されるのは間違いないわね」
その心のまったく踊らない状況を想像し、二人は思わず肩を震わせる。抱擁の肉体的な痛みには問題なく耐えられる。だが、抱擁の精神的な痛みに耐えるのは不可能だろう。
この世界屈指の強さを持つ二人であっても、あの陰湿極まりない抱擁だけは耐性の限界を超える恐怖なのだ。
では、もしその男が裏切った場合は……?
「でも、カミュ様は見た目がすっかり変わられてご記憶もない。万一でもバアル・ゼブルが心変わりするなんてこと……うーん、無いか」
「ええ……あり得ないわ。例え他の誰が離反しても彼だけは」
二人はバアル・ゼブルの姿を想像し、最悪の事態が起こるなどあり得ないと断言する。
慇懃で冷酷な彼だが、主君に対する忠誠心は二人に勝るとも劣らない。自分達が離反するなどあり得ないのだから、当然彼も同じだろう。ごく自然にそう帰結する。
「他に誰か離反しそうな奴っているかな?」
「どうかしら? ……ちょっと考え辛いわね」
アスラは小首を傾げて一瞬考える。だが直ぐに悩む必要などないことに気付く。離反するものが居れば、自分が屠れば良いのだ。
反逆者が何人居ようと悉く討ち果たせば、主君は必ずお喜びになり自分への信頼は揺るぎないものになるだろう。
その方が自分にメリットがあるようにさえ思え、おざなりな返答になった。
「だよね。今のお優しいカミュ様を見たら、更に皆の忠誠が上がるんじゃない?」
「そう、その通りなのよ。ライバルが増えるのは困るわね……。でも、ここで私達が先にカミュ様のお役に立てば、私達に対する心象が良くなると思わない?」
レストエスが核心を突き、アスラも同意する。そうなのだ、今のカミュを見れば配下は皆、その優しさに触れ感涙にむせぶだろう。
これまでの主君は、威厳が層を成したような絶対的存在で、配下であっても近寄り難い鋭利なオーラを放っていた。
確かに皆、紛うことなき敬意を持っていた。だが、同時に拭い切れぬ恐怖も有していたのだ。
「ご記憶の無いカミュ様を支え続けて、忠誠の高さを再びご認識頂く。そして敬愛する主人のご寵愛を!……完璧じゃん!!」
「ええ……その通りよ。あら? あなたは少年には興味無かったはずじゃない? それなら……ご寵愛は私しか受け取れないわね」
「……黙れショタ。あたしは! カミュ様なら! 下は六歳から上はミイラのお姿まで!! 全てを愛せるわ!!!」
レストエスが絶叫で愛を叫び、アスラは絶句で匙を投げる。
口を半開きにしたアスラが我に返り、疲れた顔をレストエスへ向ける。
「はぁ……。ところで、他のロードマスターはどうかしら?」
レストエスはアスラの表情など意に介さず話を続ける。
「アスタロトはハゲだし、ベンヌはちんちくりんの貧乳、サリアはただの……」
「のじゃガキ。やっぱり、ご寵愛を頂けるのは私達だけ、じゃないかしら?」
「そうよ! その通り!!」
二人は同じ結論に達し、満面の笑みで見つめ合う。どう考えても外見的にだが、女性的な魅力に溢れるのは二人だけだ。
現状を再認識することで二人は安堵に包まれる。それは欲望の裏で交わす拈華微笑。
(レスタエスは淫乱怒涛のくそビッチ。カミュ様は私だけのもの)
(アスラは三面六臂のくそゴリラ。カミュ様はあたしだけのもの)
「ふふ、ふふふふふ……」
「あは、あはははは……」
「「ふははははははははっははははっはははっはは!! ……ハァハァ」」
二人は熱い握手を交わす。
前腕から手の甲にかけ見事な青筋を立てつつ、深い深い笑みで二人は自身の健闘を祈った。