改名
アスラとレストエスが何か言い争っている。
そんな二人を他所にルシファーは自分の境遇を改めて確認する。
自分が居たのとは違う世界、本来の自分とは違う体、自分の知らない仲間(?)、だが記憶だけは自分。
ルシファーと呼ばれることに多少は慣れてきた。しかし呼ばれる度に違和感と嫌悪感を覚えるのも確かだ。
このままルシファーと呼ばせて他者を演じ続けるのも、自分に与えられた遺志なのかもしれない。だが、ルシファーは元々一般人である。偽りの自分を演じきるのは非常に困難、いや不可能だ。
他者を騙し続けることに、そして嘘がバレるかもしれない未来への恐怖に、ルシファーが強い忌避感を抱くのは仕方のないことだろう。
ルシファーは二人に向き直り、自分を慕ってくれるという二人を直視する。頼れるのはこの二人だけ。深呼吸の後、意を決してこれからの想いを二人に語りかけた。
「突然だが、アスラ、レストエス。私は名前を変える」
主君の突然の宣言に、動揺を隠しきれず互いを見つめ合うアスラとレストエス。何故名前を変えるのか、変える必要があるのか理解が出来ないのだろう。
だが名前を変えるのは主君の意思であり、それに異論を挟むのは配下として唾棄すべき行為に他ならない。
「……承知しました。では今後、どのようにお呼びすればよろしいでしょうか?」
ルシファーは考える。折角相手が提案に乗ってくれたのだ。どうせなら本名が良いだろう。本名なら罪悪感もあまり感じないし、呼ばれた際に自分のことだと直ぐに気付ける。
自分の妙案に一人納得し顔を綻ばせるルシファーが、アスラに、そしてレストエスに告げる。
「かみゅ……」
(あ、噛んだ)
「ご尊名、お伺いしました! なんて素敵なお名前なのでしょう!」
(あ……いや、噛んだだけなんです。違うんです)
「カミュ様の凛々しいお姿にピッタリの、素晴らしいお名前です!」
レストエスもアスラに続き感嘆の声を上げる。
二人は目を輝かせながら主君の新しい姿と名前に憧憬する。なんて素晴らしいことだろう。主人の新たな名前を一早く知り得ること、それは配下にとって最高の至福であり最大の栄誉である。
カミュの前に跪き、目に涙を湛え、敬愛の表情を浮かべる二人。
なんでこうなるのかなー、と他人事のように思うカミュだったが、続く二人の言葉で訂正を諦めた。
「「今後はより一層の忠誠を、カミュ様に誓います!」」
カミュは心で泣いた。しかし次の瞬間、カミュと二人の間に何かが確かに繋がった。
最適な表現はわからないが、何かがカミュとアスラ、カミュとレストエスの間を確実に繋いだのだ。
カミュはアスラを凝視し、この繋がりの正体を探るべく思考する。
『な、なんだ……これは?』
思わず呻くカミュに何処からともなく声が聞こえる。耳で聞いているのではなく、頭で直接聞いている、そんな感覚だ。
『失われたラインが再び繋がったようです。安心しました』
今のは確かにアスラの声だったが、レストエスには聞こえていないようだ。
この声の正体を探るべくアスラに問う。
「アスラ、今のは?」
「は! 念話にございますが? 先ほどまでラインが切れていましたが、カミュ様のお名前をお聞きし再び繋がったようです」
念話って何? と聞きたいカミュだったが、これ以上聞くと何かが壊れる、そんな予感がする。
まあ念話と言うからにはテレパシーみたいなものだろう。無料携帯を手に入れたと思えば、カミュは得した気分にさえなれた。
「アスラからも私に念話をしてくれないか?」
カミュの何気ないお願いにアスラは困惑する。
「申し訳ございません。私からはカミュ様に念話を送ることは出来ないのです。念話の発信は上位者だけが行え、下位者は応答するだけとなります。本当は私からも毎晩おやすみの念話をお送りしたいのですが、いえ、本来は寝室に直接お伺いして熱い――」
(素晴らしい! なんて素晴らしい機能だ!)
カミュはその空気を読みきった念話機能を感嘆する。アスラの説明がまだ続いているようだが、そんなことはどうでも良い。
相手からも念話が来れば便利だが、夜中に迷惑念話を貰うくらいなら繋がらない方が遥かにマシである。
(さて、取り敢えず当初の目的は達成した。これからどうするか……だな)
自分が高位の存在であることは、これまでの会話で何となく掴んでいる。配下が沢山いるようだし、所領の一つも持っているのだろう。
だが科学技術がどこまで発展しているか知らないこの世界で、カミュは人とモノと情報の価値を計りかねていた。
魔法が存在する世界である。おそらくだが科学技術はまったく発展していないだろう。魔法で代替えが利く技術は発展せる必要が無いからだ。
あまり率直に聞き過ぎのもアレかと思い、カミュは曖昧な問いをアスラへ向ける。
「帰りたいのだが、何処に向かえば良いだろうか?」
「カミュ様は空を飛べますので一直線に居城のあるクライネスランドへのご帰還が可能です。ですが、我々は空を飛べませんので徒歩での帰還となります」
アスラが微笑みを絶やさずにわかり易く答えてくれる。外見も非常に良いが、頭の方も相当に良いらしい。
クライネスランドが自分のホームであり城があることは間違い無いだろう。一旦ホームへ戻って善後策を講じるのがベストなのだが、帰れば配下に会わなければならない。
今の状態で全ての配下に会うのは危険に思える。この二人が居れば守ってくれるだろうが、一人で先に帰ると味方が誰もいない状況が待っているのだ。
カミュは一人での帰還を早々に諦める。別に焦る必要などまったく無いのだ。
それにしても……空を飛べるとは。何でもありだな。
(そういえばこの世界に来てすぐ、あの瞬間は空に浮かんでいたな……)
「ちなみに、他に飛べるものは居るのか?」
どのくらいレアな能力か探ろうとカミュはアスラへ聞き返す。レストエスはこちらを見ながら静かに佇む。
「ロードマスターでは、ベンヌ・オシリス、イリア・ガラシャ、サリア。その他にはネビロス、ラウフェイ、フレイヤ、あとはイリア・ガラシャの配下達です」
(結構多いんだな。レアな能力じゃなかったか……)
カミュは内心で落胆する。だが気落ちしても仕様がない。新たな疑問をアスラへ向ける。
「ロードマスターとは、アスラの同輩か?」
「はい。全部で六人居ります。パーラミター……六道を預かる、カミュ様直属の配下にございます」
なるほど、直属の配下は六人か。この六人に愛想を尽かされなければ、取り敢えずは何とかなるだろう。
配下の全貌が見えてきたことにカミュが人心地着いていると、今まで静かに聞いていたレストエスが沈黙を破った。
「ちょっとアスラ、カミュ様の配下は六道だけじゃないでしょ? ちゃんと説明して」
何か説明が足りなかったのだろう。レストエスが異論を挟む。異論があるとすれば、レストエスがその六人には入らない、或いはそれ以上の配下が居る、そのくらいだろうか?
「レストエスはパーラミターではないのか?」
カミュが問題と思われる点をアスラに指摘する。アスラは微笑みを崩さぬまま「あら? そうね」とレストエスに伝え、悪びれることなくカミュへ向き直る。
「レストエスはデザイアー……特殊部隊ですので、パーラミターではありません。カミュ様の直属の配下はレストエスらスペリオールが二人に、副官であるバアル・ゼブルを加えた計九名にございます」
(六人が九人に増えたか……まあ誤差の範囲だろう)カミュは密かに溜息をつく。何れにしても全てを受け入れるしかないのだ。
ちなみに今までのカミュであれば、その膨大な情報量に頭が暴発していただろう。だが優秀な体を手に入れた今、ある程度は記憶することが可能だ。欲を言えば地図が欲しいくらい……か。
ふと二人を見ると、レストエスがアスラの尻を蹴ったようで、小声で言い争いになっている。
まあ戯れているのだろう。仲が良いのはいいことだ。
「では、私は少しだけ飛行訓練に行ってくる。二人はそのまま待機だ」
カミュが気になって仕方のない飛行を試しに行くと言うと、アスラが驚きの表情を浮かべる。何かまずかったか?
「お一人では危険です!」
アスラが必死の表情で懇願する。本当にカミュの身を案じているようで心が痛むが……。
この誰もいない何もない山中で、狙撃されることなどまずあり得ないだろう。
「だが二人とも飛べないのだろう? 大丈夫だ。お前たちの見える範囲でしか飛ばない。それに何かあってもレストエスが居るしな」
と満面の笑みで二人に伝え、カミュはぎこちない飛翔で飛び立った。
敬愛する主君に笑顔を向けられ、何も言えなくなった二人は諦観のうち無言で一礼する。
飛翔の訓練を行う我らの主君は、本当に楽しそうだった。




