一方その頃でございます
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AUTHOR:前回のお話と同じ時間軸です。41話とセットで書いたため、かなり短いです。前話を読んでいない方は、先にそちらからドゾー。
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レガルの北に位置する黒白迷宮。
二十層以下は『渓谷』と表現すべき景観であったが、二十一層から四十層までに関しては『沼地』としか言いようのない様相を呈していた。
渓谷と同じように岩壁には囲まれているものの、常時降り注ぐ雨によって泥の地面はぬかるみ、中には猛毒の池や寄生虫が大量に生息する沼まで存在する。
確かに希少なキノコや薬草などは自生しており一定の需要はあるが、それでも進んで挑戦したいとは思わない階層群だった。
その危険極まりない迷宮の二十四層で。
耳を劈く悲鳴と共に、全力で疾走する犬耳の少女がいた。
迷宮入りしたときは新品ぴかぴかの服を着ていたはずだが、今は見る影もないほど汚泥にまみれている。
「ぴいいいいいいぃぃぃ!!!」
その少女、チワは迷宮を風のように移動し、曲がり角でもスピードを落とさずに駆け抜ける。
思わず泥濘に足を取られそうになるが、腹筋に物を言わせ、無理矢理にでも体勢を立て直して跳躍する。
直後、足を止めていたら確実に被弾していただろう場所に衝撃波が飛んできた。
「ぴぃっ!?」
衝撃波は剣で斬られたような跡をつけ、迷宮の壁を深く削り取る。
少女に後ろを振り返る余裕など無いが、それでも音だけで分かった。あの衝撃波を食らっていたら、自分など塵すら残らないだろう、と。
ガラガラと岩壁が崩れていく音を追って、チワの耳に笑い声が聞こえてくる。
「ははははは! どこへ行こうというのかな!?」
愉悦の感情を携えた声は、先ほどから刻一刻と近づいてきている。
チワは走り続けながら、追跡者の姿を脳裏に浮かべた。
どこぞの大佐のような台詞を発した人物は、きっと口元が三日月のように裂けていることだろう。
狩人の声を背中に浴びつつも、必死に逃げ続ける犬人族の少女。
その目前に、ベチャッと音を立ててモンスターが着地する。
「……」
モンスターの姿は、一言で表現すれば巨大なナメクジ。
黄色の体表に黒の斑点をつけた造詣は、毒々しいを通り越して直視することも厳しい。
このナメクジは正式名を『パラサイトスラッグ』といい、近接職には極めて相性が悪いとされる危険種だった。なぜなら、パラサイトスラッグの体表には多種多様な寄生虫が住み着いているからだ。
その鈍重な外見どおり動きが遅く、倒すことは別段難しいことでは無いが、討伐した後が問題だった。この敵は体力が尽きると爆発するようにして体液を四散させる。もしそれらが傷口などから人体へと入った場合、寄生虫によって三日三晩苦しみぬいて死ぬと言われていた。
所持する武器がダガーのみのチワにとって、これ以上なく厄介な相手。
しかし、彼女が一瞬たりとも足を止めることはない。
三日三晩苦しみぬいて死ぬよりも、今すぐ背中の死神によって屠られる可能性のほうが断然高いからだ。
「邪魔を……」
目の前の障害物を一瞥し、腰からダガーを引き抜くチワ。
一歩たりとも足を止めずに、武器を槍投げのような形で構えると――
「するにゃらのですー!!」
おそらく「するななのです」と言いたかった掛声と共に、ダガーを全力で投擲する。
そのダガーはパラサイトスラッグの脳天へと吸い込まれるように飛んでいき、
ボチュッ!
という嫌な音を立てて、敵の後頭部をも突き抜けた。
そうなれば当然、パラサイトスラッグの体が風船のように膨張していく。
チワは今まで走り続けることで多くの擦り傷を作っており、体液を浴びてしまえば悲惨な未来が待っているだろう。
だが、そんなことは知っているとばかりにチワは走るコースを変更し、壁に向かって一直線に突き進んでいった。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
凸凹した壁面に足をかけると、体を横に倒して駆け抜けていく。
実はつい数十分前に習得した『壁走り』のスキルが発動しているのだが、彼女は気付いていない。
ただただ「死ぬ気で走り抜けないと粉々にされる」という恐怖だけに突き動かされていたのだ。
「なぁのですっ!!」
数メートルの高さまで斜めに駆け上がっていくと、思い切り跳躍し、先ほど飛んで行ったダガーに追いついて空中でキャッチする。
しかも、ただ手で掴むのではない。グローブをはめた指二本で柄頭の部分を挟み込み、落下する間に駒の如く回転して体液を吹き飛ばす。
難なく着地してからも、パラサイトスラッグが残した魔石を一瞥もしない。
邪魔な死体に目を向ける暇があったら、一歩でも多く足を踏み出すべきなのだ。
(あんな雑魚に構っている暇はないのです! は、早く逃げないと……ぴっ!?)
パラサイトスラッグに多少構ってしまったせいだろう。
先ほどよりも近い位置を衝撃波が通り抜け、チワの髪の毛が数本ほど持っていかれる。
飛ぶ斬撃は地を割り、壁を割り、雨を切り裂き、迷宮を構成する要素に大きな傷跡を残した。
「ぴいいいいいいぃぃぃ!!!」
チワは再び、死にたくないと泣きながら走り出す。
生死をかけた鬼ごっこは、約四時間も続いたのだった。
□
濡れた前髪をかきあげつつ、黒髪の美女は歩を進める。
その足元からは、本当に地面を踏みしめているのかと思うほど、まったくもって音がしない。
雨が降っているのにもかかわらず、だ。
(ふむ。やはりチワの筋は悪くないか……)
楽しそうに犬耳の少女を追い詰めながらも、ツバキの内面は冷静に分析を続けていた。
戦闘を楽しむためには我が身を省みない狂喜的な外面も必要なのだが、一方で冷静な思考能力も必要だと彼女は認識している。
現在チワの力を測っているのは、外面に比べると怖いまでに静かな思考の方だった。
(迷宮へ来るまでの道筋を除き、既に二時間が経過。それほど走り続けてスタミナ切れを起こしていない……。今は『リミットブレイク』に頼っているところがあるだろうが、それでも驚異的な粘りだ)
ツバキはチワの頭髪スレスレに『飛燕撃』を放ちながら、あの小さな身体に賞賛の念を向けていた。
元々人体には強い制限が掛けられているのだが、たまに死の恐怖などによって枷が外れることがあり、そうなれば一時的に普段の何倍もの力を発揮することができる。俗に火事場の馬鹿力と呼ばれているやつだ。
この火事場の馬鹿力を引き出すスキルに『リミットブレイク』というものが存在しており、今のチワはそれによって走り続けているのだとツバキは予想した。
おそらく、今まで味わったことのない死の恐怖によって、無意識のうちに習得してしまったのだろう。
(加えて、パラサイトスラッグはおろかボットフライまで簡単に倒している……。これは将来が楽しみだ)
その言葉通り本当に楽しみにしているらしく、ツバキの笑みが深くなる。
彼女が内心で言ったボットフライとは、パラサイトスラッグと同じ能力を持ったハエ型のモンスターだ。
ただし、パラサイトスラッグとは違って飛行形のモンスターであることが、その倒しにくさに拍車を掛けている。もし上空にいる時に誤って弓矢で撃ち抜こうものなら、それはそれは悲惨なことになるだろう。
しかしながら、チワは『壁走り』中に足元を強く蹴り、その影響で落石を起こさせることによって、無傷でボットフライを倒していた。
ボットフライはCランクのモンスターであり、正面からでは倒せないと考えたチワは、瞬時に地形を利用することを選んだのだ。機転の良さだけでいえば、獣娘三人の中でもトップクラスだろう。
(……むっ)
思考の海に沈んでいると、チワが三体のモンスターに囲まれようとしている。
さすがに動けないだろうと判断したツバキは即座に抜刀。チワの右側面と後方に位置するモンスターへ『飛燕撃』を放った。
斬撃の燕はチワが認識できないほどの速度で飛翔し、敵を瞬時に塵へと還す。
(……ふむ。やはり、あまり目を離さないよう気をつけねばな)
チワに殺気を放っているとはいえ、こうやって鬼ごっこを続けている主旨は特訓だ。
本当に殺す気などはサラサラ無く、追いかける上でチワが窮地に追い込まれるようであれば、先ほどのようにさりげなくサポートしていた。
もっとも、チワが泣きながら逃げている時点で、殺気の濃密さは推して知るべしなのだが。
(まぁ軽くでも私の殺気に耐えている時点で、チワの素質は十分だ)
そう思いながら、チワが倒したパラサイトスラッグを一瞥するツバキ。
彼女が残骸に剣を一振りすると、それだけで全ての体液が吹き飛ばされ、残った魔石が露になった。
光る球体を剣先で弾き上げてリュックの中に収納しつつ、彼女は再び歩を進めるのだった。
□
犬耳の少女と、それを追う黒髪の美女。
二人が鬼ごっこをする光景を、遥か上空から見下ろす焔の姿があった。
そんな高い場所にいれば迷宮の防衛機構によって干物にされるはずであり、今も現在進行形で高圧電流に襲われているのだが、彼女はまったくと言っていいほど気にしていない。
固有技能の関係上、気にする必要性が無い。
「うんうん。みんな良い感じに成長してるじゃない」
炎の翼をはためかせながら、アリサ・セルヴィ・トランディアは満足そうに地上を見下ろしている。
水が支配する雨天の中だというのに、その炎には一縷の揺らめきも無い。
降り注ぐ雫が触れようとしても、その身体に近づくことすら叶わず、焔より発せられる熱気で蒸発していた。
彼女の視線は、チワを追うツバキ、シャムを追うシェリス、キキを追うベルンの三組を捉えている。
獣娘達はお揃いの悲鳴を上げ、迷宮をかれこれ二時間も縦横無尽に走り続けていた。
アリサの役割は本当に限界になったら止めることであったが、意外にも三人にはまだまだ余裕がありそうで、彼女の出番は今のところ必要無かった。
<よう。そっちは良い感じに頑張ってるか?>
と、全体を監督しているアリサの耳に、愛する人からの声が届く。
スキル『エンゲージ・シンパシー』を使った遠距離会話だ。
<うん、みんな頑張ってるわよ。今は二十四層で鬼ごっこ中ね>
<早いなオイ。今日は一層からだっていうのに……まさか全力で突っ切ったのか?>
<まぁ全力は出していませんけれど、一昨日に比べれば出力を上げましたね~>
<おいおい……。頼むから他の冒険者は巻き込まないでくれよ?>
アリサとリュウタロウの会話に、シェリスの声が割り込む。
プライベートチャンネルにはならないので、そこは仕方の無いところだと割り切るしかない。
ちらりと覗かせた独占欲を押し殺して、アリサが話題を変える。
<こっちの事は別にいいのよ。リュウの方はどんな感じ?>
<ん、俺か? 今は刀鍛冶をゴーレムに任せて、レンファと一緒に防具を作っているところだ>
ぴくっと焔の耳が震え、押し込んだはずの独占欲が再び出てきてしまう。
同じ事を妹達も考えていたようで、ついつい皆の声に怒気が含まれた。
<へぇー。あたし達が頑張っている間、リュウは女の子と一緒にお裁縫かしら?>
<……不公平。埋め合わせが必要>
<うむ。昼食に追加の甘味を希望する>
<ワインも一瓶お願いしますね~>
<いや、お前らが俺に鍛冶を……まぁ最初から転移魔法を使って届ける気だったし、そのくらいなら別にいいんだが。……なんかお前ら怒ってないか?>
<<<<……いえ、別に>>>>
言った本人達も理不尽だと分かってはいるが、それとこれとは別の話。
芽生えた嫉妬心を簡単に押さえきれるほど、四人の恋愛経験は豊富ではなかった。
「ギニャー!? み、耳が! 耳の毛が削れたニャー!!」
「ふええええぇ!! 尻尾が燃えてるのね!! 消火消火なのー!!」
八つ当たりを食らったらしく、地上で一際大きな悲鳴が上がる。
降り続く雨の中、四姉妹によるスパルタ特訓は続くのだった。
体力ツリー
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【限界突破】
RANK:C
前提スキル:体力増強Ⅱ[+3]、獣の心、恐転の足掻きor死線の境地or激怒の極み
消費体力:0(Active)
持続時間:120m
体力残量が10%以下であり、かつステータスが『恐慌』もしくは『覚悟』もしくは『激昂』状態である場合にのみ発動可能。発動時に体力と魔力の最大値を8.0倍に増加させる(この効果で上昇した値はスキル終了時に破棄される)。増加補正適応後に体力と魔力を全回復する。発動中は【筋力増強Ⅱ[+15]】、【全魔法威力3%上昇Ⅱ[+15]】、【鉄の心臓】、【狂化】と同じスキル効果が常時適応され、一秒につき体力と魔力がそれぞれ最大値の3%ずつ回復する。スキル終了時、体力と魔力の最大値が元々の半分になり、使用者に『疲労困憊』と『超回復』の状態異常を付与する(この効果は24時間経過した場合にのみ解除される)。スキルポイントを10追加するごとに、持続時間が20%増加し、スキル終了時に付与される『疲労困憊』の有効時間が5%減少する。
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