悪戯は怖い?中編
「まずは落とし穴からよ」
「はぁ・・・」
エリーゼ達がやって来たのは城の中庭。使用人達の証言で、ルナが食後にここを散歩すると知ったエリーゼは、広範囲に無数の穴をあけた。もちろん、やったのは使用人達である。
カモフラージュも完璧に施し、エリーゼ達もどこに落とし穴があるかわからないほどだ。
身を隠しながら、サリーは落とし穴の位置を確認しようにもまったく分からない。
「フッフッフ・・・あの教育係め!惨めに落ちるがいいわ!オーホッホッホッホ!」
なんて幼稚なんだろうか。サリーはそう思ったが、勿論口にする事は出来ない。
そんなことをしている間に、人影が落とし穴地獄にやって来た。
ルナである。やはり、使用人達の証言は正しかったようだ。
何か本を読みながら歩くルナは、落とし穴などに気づく様子はない。
エリーゼとサリーは別の意味でドキドキして、成り行きを見守った。
だが、
ルナは何処にも落ちることなく、そのまま去って行ってしまった。
「なっ!どうして?あんなにあけたのに・・・」
「ひ、姫様!」
身を隠していた場所から、落とし穴がある場所に向かったエリーゼをサリーは止めようとしたが、すでに遅かった。
「え?」
エリーゼの踏んだ地面がズボッと沈んだ。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
落とし穴に引っ掛かったエリーゼは、穴へと落ちていく。サリーは慌てて穴へと近付いて、穴の中を覗きこんだ。結構な深さのある穴のそこで、腰をうったらしくエリーゼは腰をさすっていた。
「姫様!大丈夫ですか!?」
「大丈夫なわけないでしょ!誰よ!こんなところに穴を掘ったのは!」
「本当、誰だろうな」
その声が聞こえた瞬間、エリーゼは穴の底で動きを止める。そして、そろりと上を見ると、腕を組んでこちらを見ているルナの姿があった。
「な、なんで・・・」
「いや、悲鳴が聞こえたから来てみたら、あんたが見事に落とし穴に落ちててな。本当、誰がこんなことを」
エリーゼは黙った。何故ならこの落とし穴をつくったのは自分なのだから。顎に手をあてて、考える素振りを見せるルナをエリーゼは睨み付けた。
「考え事は後にして!早く私を助けなさい!!」
「あぁ、はいはい」
ルナが指を鳴らすと、フワリとエリーゼの体が浮き上がった。徐々に上がっていき、ゆっくりと地上へと下ろされた。
「はい、完了」
「凄い・・・」
サリーは始めて見た魔法に感動する。しかしエリーゼに睨まれて、体を縮こませた。
「じゃあ私はこれで」
そう言ってルナは立ち去ろうとしたが、急に立ち止まって後ろを振り返った。
「落とし穴は仕掛けた本人が穴を埋めろよ。使用人は使わないこと」
「え?」
「いっぱいあるから・・・頑張って埋めなきゃな」
そして、片手を降りながら再び歩き出した。
残されたエリーゼとサリーは唖然としていたが、エリーゼが体をふるふると震わせる。
「バレてましたね・・・姫様」
「ムカつくーーーーーー!!」
エリーゼの叫び声は城内中に響きわたった。
「次はタライよ!」
「あの姫様、やはりやめた方が・・・」
「黙りなさい!」
「は、はい!」
城内にある廊下の物陰に二人は隠れていた。二人の視線の先には何もないように見えるが、よくよく見れば糸のような物が足元にはられている。
「あの糸が切れると、上に吊ってあるタライが落ちるって仕掛けよ!」
そう言われてサリーが上を見ると、確かにタライが吊られている。よくあんなところに吊ったものだ。サリーは感心なのか、呆れなのか、複雑な心情を抱いた。
「でも姫様・・・もしもルナさんが通らなかったら・・・」
「その辺は抜かりはないわ。侍女長に命令して、この先にある図書室に向かわせてるよう仕向けたわ」
「そ、そうですか・・・」
侍女長何してるんですか。サリーの頭には、いつもニコニコした人の良さそうな中年の女性が浮かんだ。たぶん今回もエリーゼに騙されたんだろうと、容易に想像できた。
そうこうしている間に、廊下の向こうから誰かがやって来た。案の定、ルナである。
エリーゼとサリーの二人は、息を潜めて糸を凝視した。
そして、糸にルナの足がかかり、プツンッと軽い音をたてて切れた。
しかし、
「・・・あれ?」
糸が切れたにも関わらず、タライは一向に落ちてこない。ルナはそのまま過ぎ去って行った。
「ど、どういう事よ?」
エリーゼとサリーが糸へと近付き確認する。糸は確かに切れていた。
「なん・・・」
その時、ガンッとエリーゼの頭に衝撃が走った。
「〜っ!!」
「姫様!?」
あまりの痛さにしゃがみこむ。ガランッという音が廊下に響き、傍らにタライが転がった。
しゃがみこみ動かないエリーゼに、サリーはオロオロする。なんだってこんな時間差で落ちてきたんだ?サリーには勿論、エリーゼにも分からない。
だが、その答えはあっさりと出てくるのだ。
「大丈夫?」
しゃがみこんでいたエリーゼが顔を上げると、片手に本をもったルナが立っていた。
そこでエリーゼは理解した。
「あなた、なにした、の?」
「何って、天井にタライがぶら下がってたから、魔法で止めただけよ。んで、通りぬけたから魔法解除したらあんたに当たっちゃったみたいね」
痛みで途切れ途切れに言うエリーゼに、ルナはあっけらかんと答えた。
「いやーごめんごめん」と軽く謝るルナに、エリーゼは痛みを忘れて立ち上がる。
「あなたね・・・!」
「でも誰がタライなんて仕掛けたんだろうね。仕掛けさえしなきゃ、あんたも当たらずに済んだのに」
「・・・・」
黙るしかない。何故なら仕掛けたのはエリーゼなのだから。
でもエリーゼの怒りがなくなるわけではなく、エリーゼはルナを睨んだ。
「・・・・さい・・・」
「はい?」
エリーゼは大きく息を吸い込んだ。
「覚えてなさいよぉぉぉ!!馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら、エリーゼは走りだした。それに慌ててサリーが付いていった。
残されたルナはフフッと笑い声を漏らす。
「まだまだね」
小さく呟くと、ルナも立ち去っていった。
「本当になんなのよ!!」
ボスボス枕を殴り続けるエリーゼ。
あの悪戯からいくつもの悪戯をルナに仕掛けるも、全てがことごとくエリーゼに返ってきた。更に近くにいるはずのサリーには、なんら影響がないのだから余計に腹がたつ。
「あの女!いっそ殺してやろうかしら!!」
「姫様それはダメですよ!」
なんとも物騒な事を言うエリーゼ。「冗談よ」とエリーゼは言うが、サリーには本気に感じた。
「でも次こそは、あの女を泣かせてやるわ!」
そう宣言したとき、部屋の扉が控えめにコンコンとノックされた。サリーが出ると、そこにいたのは中年の女性。
「侍女長!」
「サリー、姫様はいる?」
ニッコリと笑う侍女長を、サリーは部屋の中へと入れた。
エリーゼは侍女長の方に顔を向けて口を開く。
「あら、どうしたの?」
「はい、姫様がルナさんにどうしても悪戯をしたいと仰っていたので、知り合いからいいものをもらってきました」
そう言って、侍女長は小さな紙袋を取り出した。
「いいもの?」
「なんでも、このお茶を飲むと涙が止まらなくなるんだとか」
「本当に!?」
バッと侍女長の手から紙袋を奪うエリーゼ。サリーは小さく侍女長に耳打ちした。
「ちょっと侍女長!悪戯に協力してどうするんですか!」
「いいじゃないの。それでスッキリするなら」
侍女長が言うスッキリとは、たぶんエリーゼのストレスの事だろう。そんな事でスッキリするならいいが、果たしてうまくいくだろうか。
サリーの不安を余所に、侍女長は頭を下げて部屋から出ていった。
「これで・・・あの女を泣かせられるわ!」
悪戯で泣かすと言うより、無理矢理泣かせるようなものだが、本人からしたらどちらでもいいようだ。
ウキウキしながら中身を確認しようと、エリーゼが袋を開いた。
「あら?」
袋の中には、袋よりも小さな箱が入っていた。てっきりお茶葉でも入っていると思っていたエリーゼは、意外そうな顔をした。
そして箱を取りだし、箱を開けた。
「え?」
「姫様!?」
エリーゼが箱を開けた瞬間、箱から煙が吹き出して部屋に充満した。なんの煙かも分からぬまま、エリーゼは意識を失った。
箱から遠かったため、辛うじて意識があったサリーは扉が開く音を聞いた。
「すみません、エリーゼ様」
誰かの謝罪の言葉を最後に、サリーは完全に意識を手放した。
エリーゼさんピンチ