閏日
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そういえば、この前に藍華から聞いた話にそんなのもあったと思い出す。青いバラは本来不可能とされていたとか、だからこれはとても特別な花なのだとか。花にあまり興味の無い僕には到底覚え切れない話だったが、この時だけ藍華の様子がおかしかったので何となく印象に残っていた。確か、花言葉は——。
「神の祝福、奇跡、夢叶う……不可能。有り得ない」
僕の前で藍華がぽつりと呟く。その手には先程のバラが握られていた。指先でバラをくるくると回しながら、彼女は懐かしむように呟く。
「あのね、今だから言うけど、あたし、この前ここに入った時、もう出られないんじゃないかって……ここから出るなんて、不可能なんじゃないかなって、思ってたの」
優しげな瞳に懐古の色が宿る。それがあの時のことへの懐古なのか、青いバラにまつわる思い出があるからなのかは分からなかった。
「まぁ、あれは無理もないよ。僕だって諦め半分だったしね。あそこで目が覚めて、二十歳ぐらいの外見の君が幼稚園児みたいに話しかけてきた時は、有り得ない、って思ったよ」
僕の言葉に、藍華がふっと笑った。お互い花言葉になぞらえて話すというのも、なかなか楽しいものだ。花言葉の知識は彼女ほどではないが、話を聞いていたおかげで人並みの知識はついた。好きなジャンルのことを話せば、少しは藍華の緊張も和らぐかもしれない。僕はなるべくこの話題を続けようと思った。
「ああ、でも、ここで藍華と出会えたことも、ここから無事に出られたのも、僕は奇跡だと思ってるよ」
あの日、僕は事故にあった。両親によると、一時は生命が危ぶまれることもあったらしい。そんな状態で、僕は同じく事故で軽傷を負った藍華と出会った。思い出してみると、本当によく無事でいられたと思う。ずいぶんと非現実的な体験を、現在進行形でしている。しかも、今はあの時とは違い、補助してくれる人がいない。自分達だけでどうにかしなければいけない不安はあるが、不思議と恐怖はなかった。やはり、一人ではないことが大きいだろう。近くで笑っていてくれる藍華がいなければ、こんなに冷静ではいられなかったに違いない。そう思うと、余計に彼女と出会えたことが奇跡のように思えてくる。
「えへへ……あんま面と向かって言われると照れちゃうなぁ。でも、ほんと、そうだよね。あたしも、潤と会えたのは奇跡だって思ってるよ」
藍華が大人びた少女のように微笑む。やはり、一人でいるより二人でいた方が安心する。できれば三人目にいてほしかったが、それは仕方がない。僕らはその三人目を救うためにここへ来たのだ。あまりにもヒントが少ないため探しようがないのに変わりはないが、少しだけ気が楽になった気がした。心にほんの少しの余裕ができる。タクシーに乗っていた側の藍華が大丈夫そうなのも僕を安心させた要因の一つだった。
そして軽くなった心に、ふと疑問が落ちる。
「ん……? あのさ、藍華。君って事故の時、怪我の状態はどんなだったの? 寝込んで一週間近く意識がなかったとか、ある?」
「ううん、ないよ。事故の衝撃でちょっとパニックになってたのと、額が切れちゃって血が出てたのぐらいかな。それ以外は別に何ともなかったよ。……それがどうかしたの?」
藍華が訝しげに首を傾げる。僕は事故の後に聞いたことを思い出しながら答えた。
「いやさ、僕、事故の後ずっと寝たきりだったらしくてさ。一時は死にかけたらしいんだ。でも、藍華は軽傷で、夜寝てるとき以外は意識があったわけだろ? なんか、差が激しすぎるっていうか、僕はまあ閏年計画に巻き込まれてもおかしくないけど、藍華はどうだろう……って考えてさ。だって、タクシーの運転手はもっと大けがだったはずだよ。なのに、閏年計画に巻き込まれたのは後部座席に座っていた君だった。どうして藍華だったんだろう? なにか、事故以外の別の要因があったんじゃないかな」
「……」
僕が一気に話すと、藍華は黙り込んでしまった。慌てて説明を付け足す。
「あくまで憶測だから、絶対そうだ、とは言えないけどね。ただ、もし何か思い当たる節があるなら、それが雨帝を救うヒントになるかもしれない。何か思いついたら教えてほしいんだ」
あの事故はただのきっかけに過ぎない。いつの間にか僕はそう考えるようになっていた。もともと僕はああなる要因を抱えていて、そのきっかけが事故だったというだけ。今ではそう考えるのが自然だと感じていた。だからきっと、藍華にも何かしらこうなる要因があったはずなのだ。しかし、思い当たる節などと言ってもそんなにすぐ思いつくはずもない。今は時間が必要だと、そう思った。
「……うん、分かった。確かに、考えてみると不思議だもんね。雨帝のためにも、頑張ってみる」
そう言う藍華の顔には、不安の色が見え隠れしていた。
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