幕間
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ここから二章に入ります。
頭が、痛い。首を締め付けられるような鈍痛。警鐘とも言うべきそれは、僕の思考を引き裂いて鳴り響いた。それでも聞こえる点滴のリズムに、僕は苛立ちを隠せなかった。
そんな僕の心中を無視して、病室のドアが数回鳴った。
「失礼します。幸村様、ご家族の方がお見えになっています」
「……はい。どうぞ」
少しの間を置いてから、両親が病室に入ってきた。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。二人は腕の包帯を見るや否や音もなく駆け寄って、僕の顔をまじまじと見つめた。正直誰の顔も見たくない気分だったが、せっかく見舞いにきてくれた両親を無下にあしらうのは忍びない。僕はなるべく明るく二人に言った。
「怪我の方はもう大丈夫。まだちょっと痛いけど……。でも、結構治ってきたし。心配しすぎだよ、二人とも……。まぁ、あの時は本当にどうなるかと思ったけど」
二人は僕の言った「あの時」の意味を知らない。だから二人は少しだけむすっとして眉を寄せた。
「もう、貴方は……いつもいつも、どうして一人で抱え込むのよ。またそうやって強がったりして……。心配したのよ?」
「お前が事故にあったときいて、俺たちがどんなに心配したことか……。怪我は? 本当に、大丈夫なのか?」
二人が同時にきいてくる。僕は大きなため息を吐いて机に置かれた花瓶を見た。アネモネだろうか。黄色やオレンジの花が生けられている。花にはあまり詳しくないため花言葉はあまり知らないが、これだけは知っていた。
薄れゆく希望、清純無垢、無邪気、辛抱、待望、期待、可能性。紫のアネモネは「あなたを信じて待つ」だったか。
藍華が教えてくれたのだ。
多分、本人は意味も知らずに言っていたのだと思う。だけど、できれば最初の一つは言わないでいてほしかった。
薄れゆく希望、なんて。
「まったく、心配性だなぁ……。大丈夫だって、そんなに酷い怪我じゃなかったんだし。——それより、ぶつかったタクシーに乗ってた人が心配だよ」
遠回しに藍華のことをきいてみる。すると両親は顔を見合わせて首を傾げた。
「乗ってた人って……潤、それ、誰から聞いたの?」
母さんが不思議そうに聞いてくる。そういえば僕は数週間前まで意識がなく、数日前までは茫然自失で食事もロクに食べられなかったのだった。そんな僕に、事故のことを聞く人なんているはずがない。
「え? あ、いや、これは……そう! 廊下を歩いてた看護師さんが話しているのを聞いたんだ、うん」
しどろもどろになりながら答える僕を二人が怪訝そうに見つめる。いくらなんでも無理な言い訳だったと思う。しかしこれ以上何か言ったら余計に怪しくなってしまう。僕は咄嗟に口を噤んで適当にはぐらかした。
「あら、そうだったの……。でも、今は人のことより自分の心配をなさい。分かった?」
「分かってるよ。もう病院食はこりごりだしね」
説教じみた口調で言う母さんに、僕はあえておどけて答えた。半分は本音だ。事故にあった時は生きているのか死んでいるのか分からなくなり、いわゆる走馬灯というのが見えたりもしたが、それがなければ藍華に会うこともなかったのだと思うと一概に不幸だとは言えなかった。不幸中の幸いというやつだろうか。いまではそれが心の支えになっていた。
そして、もう一人。
「それじゃあ、私達はそろそろ帰るわね。もう少しで退院なんだから大人しくしてるのよ?」
「母さん、子供扱いしすぎ……」
母さんは心配そうに眉を細めると、ため息混じりに頷いて部屋を出て行った。その後を父さんが追う。僕はその背中を静かに見ていた。母さんの心配性は今に始まったことではないが、高校生になってまで言われるとさすがに腹が立った。父さんも父さんだ。未だに母さんに頭が上がらないのか、あの人は、と考えていると、軽い音をたてて病室のドアが開いた。僕は最初、両親が忘れ物かなにかを取りにきたのだと思った。しかし、視界に映ったその人物に、僕は驚いて息を呑む。
少しカールした肩ぐらいまでの黒髪、焦げ茶っぽい瞳。どこか現実味がなくて、それでいて幼さを感じさせる女性。
「貴方を信じて待とう——って思ってたんだけど、来ちゃった」
「……ッ……。ケガ、は——?」
「あたしの方は、そこまで深くなかったの。潤も、元気そうで、安心したわ」
僕に向かって語りかけるひと。
三浦藍華は、カミツレの花を抱いて微笑んでいた。
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