変域
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今回で、前半部分の終了となります。
冷静になって考えれば、今一番危機的状況にあるのは僕自身なのだということが分かったはずだった。なのに僕は雨帝のことばかり考えて、自分の身に起きている悲劇をまるで考えていなかった。急激に変化したせいで少し気がおかしくなっていたのかもしれない。それでも、僕には譲れない約束があった。それを達成するまでは、僕は絶対に死なないという確信があった。確証はない。それでもよかった。二人の姿だけが今の僕を支えていた。
そんな僕に、雨帝は僕以上に僕を心配した様子でこちら側にかけ寄る。
「私は、絶対に、潤を見捨てません。例えそれが偽善でも、私は二人を救ってみせる」
言うと雨帝は軽く跳躍して僕のいる方へと着地した。そして僕を強引に抱え、義手の右手を更に差の開いた段差へと伸ばした。そして僕を投げるように押し上げる。その反動で僕は勢いよく尻餅をついた。藍華が慌てて僕に駆け寄る。僕は藍華に支えられながら立ち上がり、すぐにもといた地面を見下ろした。
そこから見上げる、変数がひとり。
「そう。これでいいのです。所詮私は造りものの偶像。閏年計画が生み出した一時の幻に過ぎないのです。例えどう足掻こうとも——この空間とは運命共同体なのです。ですから……」
その人は、笑っていた。清々しい微笑みを浮かべて立っていた。まるで何の後悔もないかのような表情だった。
やめてくれ。
君を救えない僕に、そんな笑顔を見せないでくれ。
「嫌だ……こんなの、こんな終わり方はっ……! ほら、手を伸ばして、掴んでくれよ、頼むからっ——!」
「残念——掴む腕がありません」
義手の右腕、電波の悪いテレビのような左腕。そのどちらもがもう腕とは呼べない代物になっていた。見たくない。僕は咄嗟に目を逸らしかけ、思いとどまって雨帝を直視した。
刻一刻と、崩壊の刻は近づく。
「先ほど壊れた防音室……扉だけ壊れていませんでした。さきほどの地響きのときに現れたものかもしれません。きっと、あそこから現実に帰れるはずです」
「雨帝!」
藍華が涙声で叫ぶ。雨帝はほんの少し動揺した素振りを見せたが、すぐにもとの表情に戻った。泣きそうな顔をしていた。
「潤、アナタのパソコンに、閏年計画というフォルダがあるはずです。それを削除すれば、この歪んだ世界は完全に無くなります。もう二度と、アナタたちがこんな狂った世界に巻き込まれることもない。だから、どうか」
それは懇願するような声だった。
遠くてよく見えない。目の前が霞んでいるせいもあって、その顔はよく見えなかったけれど。
きっとあのとき、雨帝は泣いていた。
「私に、救われて下さい」
「雨帝っ! そんなの……あたしたちだけなんて——って、潤!? どうして引っ張るの? だって、雨帝が……このままじゃぁ……!」
心臓をバラバラに引き裂かれるような気分だった。雨帝の願いと藍華の思いで板挟み。天秤にかけようもないこの二つのうち、僕は。
雨帝の願いを選んだ。
「——っだって、僕だって、辛い、悔しいさ。でも——」
僕は守られてばかりで、救うと言いながら何もできなかった。結局は口先だけだった。それでも、せめて願いくらいは叶えてやりたい。
「今こうしないと、きっと僕は後悔するから」
藍華が息を呑んだ。同時に抵抗が弱まる。僕はその手を引いて防音室の方へと駆け出した。僕も藍華も、振り向かなかった。
「雨帝……雨帝ぁ……」
「ごめん、僕は、僕は——」
銀のドアノブに手がかかる。空気を掴んだような感触だった。
「そう。それでいいのです。潤、藍華——」
君のおかげで僕は死にかけた?
馬鹿なこと言うなよ、僕。
僕のせいで君が死んだんだ。
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