嫌悪
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「潤……」
その宣言に、後ろにいた藍華が小さく呟いた。振り向きかけて思いとどまる。ここで振り向いてはいけない気がした。少なくとも、今はまだその時ではない。
「っだよその質問攻め。答えさせる気がないだろ、絶対。飽きる? なんだよそれ、ありえないだろ。お前は遊びで優柔不断なんかよ? だったら最ッ低だね。最低だよ。趣味が悪いにもほどがあんぜ。計画的優柔不断とか、僕は絶対に嫌だね」
大げさに動作をつけて彼は言う。それはまるで役者かなにかのようだった。何かを演じている。余裕、きっとそうだと思った。余裕の仮面を被って、彼はまたのらりくらりと話題をそらす。
「君のやってきたことが悪だとは決して言わない。ああ、言わないさ。だけどね、閏。それを善だと言い張ることだけは、止めてくれないか。自己の正当化なんて、綺麗な言葉で取り繕っても無駄さ。君はとっくのとうに気づいてる。誰もが君のように生きられない。誰も善人にはなれないってこと。けれど、悪人はそこら中にいる。それを知ってもなお君は、自分が善で周りが悪だと暗示し続けるのかい?」
「ッ……」
彼の顔が見る見るうちに青ざめていく。心なしか周りを取り囲む黒いもやもすり減っているように見えた。何かを言い返そうと口を開いてはもどかしげに口を閉じる姿は何とも哀れだ。それはまるで言い訳に詰まった子供のように、箍が外れれば今すぐにでも喚き立てるのではないかという雰囲気だった。
それが僕。幼稚な僕。僕の本質。
それを否定するつもりは、僕にはないよ。
僕にはないさ。
「ッめろよ……。……ッ!」
徐々に荒々しくなる彼の口調。それは藍華を泣かせてしまった時の僕の姿だ。
「君は謙遜する振りをして相手を見下していたんだろ? ああ、この僕にできる程度のことを、あいつらはできないんだ——って。だから僕の意見は彼らに受け入れられなかったんだって言い聞かせて、安心していたんだろ? そうすれば君は、君自身の弱さを否定できる。しかしそれは責任転嫁だ。あのとき君の主張が受け入れられなかったのは、それがあまりに主観的すぎたからだよ。あまりに自己中心的で、都合のいい意見だったからだよ。それに、そういう状況を作ったのは、嘘ばかりついて何となく有耶無耶に曖昧になあなあに生きてきた君自身じゃないか」
何だか無性に泣きたくなった。けれど、後ろで見守ってくれている二人のことを考えると、そんな姿は見せられない。こういう強がりは、ちょっとかっこいいと思った。
自意識過剰だけど。
そんな勇者に理想を抱く。
「お前、さぁ。そんな風に言ってるけど、だったらなんて言えばよかったと思ってるわけなんよ? なんて言ったら——ああならないと思ってんのさ」
教えてくれよ、と彼は言う。あのとき僕が言った言葉を、彼はきっと後悔しているのだ。それでも受け入れることができないのは、それ以外の選択肢を知らないからだろう。
僕と同じように。
「それが分かってたら苦労しないさ……っていうのは、何だかあまりにも投げ出しすぎてるから、考えるけど。最終的に、あれ以下なら基本オーケーって答えしか出ないんだよ」
どうして皆そんなつまらないことを大真面目に議論してるの?
そんな素朴な疑問をぶつけながら。
君たちと一緒にいるのはつまらないなぁ、と。
彼らに聞こえるような言い方をした。
本当はそのつまらなさが、意味のなさが、他愛なさが、不毛さが。
途轍もなく楽しかったのに。
「あんな捻くれた言い方せずに、普通にしてればよかったんだよ。なのに無理に真面目キャラなんか作ろうとするから……。結局君は、自分で自分の首を絞めただけだった。それを仕方のないことだと、自分のせいだと口では言いながら、君はどこかで周囲に責任を押し付けていた。自分の不幸は全部周りのせいで、自分はただその流れに巻き込まれた可哀想な善人なんだと思っていた。そして……」
「そんなお前が僕は大嫌いだ」
そうだ。
そんな自分が、僕は誰より嫌いだったんだ。
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