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閏年計画  作者: 椎名円香
第一章 定数
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25/60

許容

ご閲覧頂き誠にありがとうございます。

 これまでずっと目を逸らしていた閏が、今度は責めるような視線で僕の目を見ていた。睨みつけているというよりは哀れみの視線を向けているという方が近い。無理に表情を作っているような違和感があった。事実、無理をしていたのだろう。吐き出しそうになる嫌悪感に必死に耐えながら、彼はまた繕うのだ。自分はこんなことで逆上するような小さい人間じゃないと言い聞かせるために。

 何度も、何度も。哀れに、なる。

「なぁ、君。君はそうやって、辛くならないのかい? 僕は辛かった。ずっとそうしているのはとても辛かった。だけどその止め方が分からなくて、僕はずっとそのままでいた。君は、このままでいいのかい? 虚勢を張り続けることに、嫌悪感を抱いたりはしないのかい?」

 ただ何となく。そんな彼を見ているのが物悲しくなって、僕は同情じみた口調で彼に問いかけた。彼はその態度が気にくわなかったのか苛立ちに顔を歪ませる。しかし、すぐにそれを振り払ってもとの微妙な表情に戻った。

「いいよいいさ、オールオッケーだ。なーんの問題もないじゃないか。変わる努力に比べりゃ耐える方がずっとましだ。僕はお前とは違うんだよ。お前なんかと一緒にされるのは不本意ってもんだ」

 違うんだよ、と、彼は繰り返す。一緒にするなと彼は振り払う。

「それに、虚勢だって? なに言っちゃってんのさ、お前。ないない、それはない。よりによって強がりなんて、それこそ生き恥を晒して生きてるようなもんじゃないか。そんなのは御免だね。格好悪いにもほどがある。そんなんする意味なんかないのさ。だって僕は強いんだから」

 舞台上で宣う演者のように両手を広げる彼は、いかにも滑稽で馬鹿馬鹿しかった。攻撃力と防御力と精神力の振り分けを間違えてしまったパラメータのようにちぐはぐなそれを、彼は理想と虚像と虚構の塗料で塗りつぶしていた。至る所にガタが来て、塗装ははがれかけている。黄色い絵の具で塗った金閣のようなちっぽけさに、僕は同情まじりにため息を吐いた。

 そんな砂上の楼閣に告ぐ。

「僕は君で、君は僕。でも、そうじゃなくても、君の虚勢ぐらいすぐに分かる」

 そして僕は小さく微笑んでみせた。

 勝ち誇ったように。

「君には、これが虚勢に見える?」

「くっ……」

 いつになく自信に満ちあふれた僕の言動に、彼は言葉を無くしたようだった。図星だったのか、唇を噛み締めている。周囲を取り囲むもやもそれに応じて蠢いていていた。それがあろうとなかろうと彼が動揺しているのは明白だったが、彼はそうは考えていないだろう。きっともやが根無し草のようにふらふらしているせいで気づかれたのだと考えているはずだ。となると、彼がこの後にとるであるだろう行動はただ一つ。

「……」

 僕の思惑に気づいているのかいないのか、彼は無言のままで。

 取り囲む暗黒を消し去った。

「腹立つなぁ、お前。苛々するよ。相手を試すみたいに、品定めでもするみたいに見てきやがる。事務的なんだよ何もかも。人と話すのも人に紛れるのも人を好きになるのも嫌うのも、お前にとっては全て流れ作業なんだろ? お前の中で、人間関係の意味なんてのは、短くなって使えなくなった鉛筆以下に違いない」

 そして彼は、初めて防衛を捨て僕を批判した。行動が事務的な僕と感情的な彼と、人間関係に無関心な僕と人間関係に無感動な彼では、対照的すぎて批判が出るのも仕方ない。しかし彼は僕なのだ。冷めきっているが故に心のうちでは常に周囲を批判して批評して、自分に理解できないものを自分の世界から排除して生きてきたがために事務的な僕。そして、その行き場のない問いかけを何度も自問自答してはその言い訳じみた答えを考えるのに疲れた彼。果たしてそこに差なんて蛇足はあるだろうか。

 断言しよう。差などない。

 だから彼の問いは、ようやく切り離されたもう一人の自分へと投げかけられたのだ。彼は先ほどの僕のように、自らを批判した。僕は神ではない。完璧主義者でもない。欠点があるのは至極当然のことだ。だから彼の主張は、決して間違ってなどいない。

「確かに僕は、人間関係をその程度のものとして位置づけていたんだろうね。だから適当にあしらっていた。どれぐらいのことを言えば相手が傷つくのかなんて、考えもしなかった。とりあえずはこの関係が続けばいい。そう思っていたから。結局僕は僕自身の身勝手さでその関係からはじき出されたわけだけど、別に後悔してるわけじゃない。反省はしたけど。それでも僕は、今のこの僕を否定したくない。もちろん、君のことも」

「……っだよ」

 吐き捨てるように、閏は無表情で言った。どことなく寂しさを孕んだその響きに、後ろの二人が息を呑む。そして二人は、数歩、歩みを進めた。

 彼の顔がひきつるのと同時に、二人が僕の両端で彼と対峙した。

お読み頂き誠にありがとうございました。

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