表明
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その後は、どこへともなく適当に歩き回った。そこらじゅう段差だらけで歩きにくかったし、同じような光景ばかりでつまらなかったが、何回か休憩を入れてそれなりに楽しい時間を過ごした。その間、僕はずっとあのとき答えられなかった「この後どうするのか」の答えを考えていた。
「……」
しかし、なかなかいい案が思いつかない。気になることと言ったらまだ微妙に藍華と距離があることぐらいだ。それ以外、何も思うところがない。僕はそっと視線を逸らして藍華を見た。すると、藍華と目が合う。二人同時に慌てて逸らした。その様子を見ていた雨帝は、吹き出しかけて口元を両手で覆った。
「雨帝、そこ笑うところじゃないから」
「いえ、そのっ……すみまっ……ぶっ」
慌てて指摘した僕に、雨帝はついに吹き出した。すぐに口を塞いでなかったことにしようとしたが、しばらくして耐え切れなくなったのか再び吹き出した。
「んもう! なんか空気悪いぃっ! 潤! どーにかしてよっ!」
「えぇ!」
僕は突然の無茶振りに藍華を凝視した。彼女の顔は真っ赤だ。どうやら雨帝に笑われたのが恥ずかしかったらしい。それで僕に八つ当たりしているようだった。とりあえず自分の気が晴れればそれでいいらしい。僕は勢いよく振り向いて雨帝を睨みつけた。すると雨帝は素知らぬ顔で微笑んで、小さく手を振った。まったく薄情な奴だ。
「え——えっ……と。そう! これからどうしようかを、みんなで考えようよ。そしたら、少しは気も紛れるだろう?」
「相変わらず真面目でつまりませんねぇ、定数は」
僕の提案に雨帝は心の底から残念そうな様子を演じた。僕はもう返事をする気力も失せて小さくため息を吐く。そして、気を取り直して話を再開する。
「はぁ……とにかく。自分で言うのもなんだけど、僕は優柔不断、不言不実行な人間だからね。とりあえずここで決意表明でもして——二人に、証人になってもらおうと思う」
「証人? あたし、どうすればいいの?」
藍華が僕の顔を覗き込む。少し大人びた感じの藍華は、具体的には小学校中学年ぐらいに見えた。もとの幼子のような様子と比べればたいした違いだ。しかし、彼女はたまに大人らしい意見を言ったり、そういった態度を取っていたので、あまり違和感はなかった。
「私たちは、アナタの決心をここで聴いていて——アナタの心が折れそうになったら、私たちが支えればいい。と、そういうことですね」
雨帝の言葉に、僕は頷く。
「うーん? じゃ、聴いてればいいんだねー」
間延びした口調の藍華は、大きなあくびをしてからとろんとした瞳で僕を見つめた。そういえば今まで一度も眠っていない。いや、寝ていたのかもしれない。しかし、その間僕らはほぼ気絶状態だったのだから、お世辞にもリラックスできたとは言えない。どっと疲れが押し寄せてきた体を叱咤して、僕は話を続ける。
「うん。僕——僕は」
息を整えて数秒、沈黙の後に僕は宣言する。
「僕は、逃げない」
当たり前のこと。けれど当たり前のことを当たり前にやるのは意外と難しい。いざとなると、どうしても逃げたくなってしまう。
でも、もう逃げない。
「僕は藍華を守る。雨帝だって、絶対に消させない。例えその可能性が零に等しくたっていい。それでも僕は逃げない。これまでの僕の全てを賭けて——可能にしてみせる。何が何でもこの計画を、『彼』の思惑を断ち切ってみせる。だから……」
僕は、多分、微笑んだ。
初めて、素直に微笑んだ。
「もう少しだけ、一緒にいてくれるかい?」
ほんの少しだけ、その答えを聞くのが怖かった。
けれど、こういうときに信じてみるのも悪くないと、そう思えたから。
もう目を背けたりしない。
「ええ、もちろんですよ」
そう言って、悪戯好きで不器用な傍観者はぎこちなく笑った。
いつもからは想像できないくらい、不出来な微笑みだった。
「もう、あったりまえなんだよ……」
天真爛漫で自由な少女は、涙ぐんでいた。
それは、悲しみ故の涙ではない。喜びから生じた涙だった。
「それじゃ、行こうか」
「うん!」
もう遠ざけないと決めた。
例えこの道の先に、どんな苦難が待ち受けていたとしても。
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