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100人の勇者と勇者になれない俺  作者: AIの奴隷


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第23話 魔王軍団、拡大

第23話 魔王軍団、拡大

大遠征を終えた翌日。

カイルは自室の机に向かい、一枚の紙の中央へ名前を書いた。

エリオット・アーチェル。

No.31《弓の勇者》。

大遠征で十七人もの勇者を観察した結果、次に狙う相手としてカイルが選んだ男だった。

エリオットは弱くない。むしろ《弓》の扱いだけを見れば、かなり優秀な部類に入るだろう。彼の勇者武器は状況に合わせて様々な弓へ姿を変え、本人もそれぞれの扱い方を心得ている。実際、探索が始まって役割が明確になってからの働きには、これといった問題がなかった。

カイルが注目したのは、その前だ。

予定になかったネズミの群れが現れた時。そして、その原因を調べるため急遽人員を選ぶことになった時。エリオットは二度、周囲よりわずかに動き出しが遅れた。

何をすればいいのか分からないわけではない。

できることが多いからこそ、その中から最適なものを選ぼうとして迷う。

そして仲間から役割を示された瞬間、その迷いは消えた。

「狙うなら、やっぱりここだな」

カイルはエリオットの名前を丸で囲んだ。

覚醒した勇者武器を壊す上で、一番厄介なのは強度ではない。

勇者の身体に刻まれた番号の印だ。

勇者武器は印へ収納できる。必要な時にはそこから呼び出し、手元から離れても再び印へ戻せることは、フィーネの《ハープ》ですでに確認している。

つまり、奪って逃げることはできない。

No.63《杭》を壊した時のように、誰にも邪魔されない場所へ持ち帰り、何時間もかけて破壊する方法も使えない。《弓》を手から弾き飛ばしたところで、エリオットが印へ戻してしまえば終わりだ。

「戻される前に壊すしかない」

口にするだけなら簡単だった。

実際には、《弓》が手を離れてからエリオットが印へ戻そうと考えるまでの、ほんのわずかな時間しかない。

だからこそ、エリオットを選んだ。

突然《弓》を失う。目の前には敵がいる。仲間も襲われている。武器を拾うのか、印へ戻すのか、仲間を助けるのか。

いくつもの選択を一度に突きつけられた時、エリオットなら最適な答えを探そうとする。その一瞬を使って《弓》を壊す。

だが、それだけでは足りない。

カイルは紙の上、エリオットの周囲にいくつか丸を描いた。

エリオットには仲間がいる。

大遠征でもそうだった。本人が迷っていても、仲間から役割を示された途端に動き出した。もし《弓》を弾き飛ばすことに成功しても、その瞬間に仲間から「印へ戻せ」と叫ばれれば、それだけで終わる。

なら、仲間にはその一言を言う余裕すらなくなってもらうしかない。

殺す必要はない。むしろ誰かを殺せば、他の仲間が救援へ動いて状況が崩れる可能性がある。放置することはできないが、自分のことで手いっぱいになる。その程度の圧力を全員へ同時にかけ続ければいい。

「問題は数だな」

現在カイルが支配している魔物は、石喰いネズミ五匹、跳ね角兎四匹、甲殻猪三匹。そしてハインドウルフ。

ハインドウルフ一匹を捕らえるには十分だった。

だが今度は、勇者一人とその仲間を同時に押さえ込まなければならない。《弓》を弾き飛ばす役もいる。想定外が起きた時の予備も欲しい。

一匹、二匹と必要数を計算し始めたカイルは、途中でペンを置いた。

「……面倒くさいな」

そもそも当日、エリオットが何人で行動しているかも分からない。相手の実力を完全に把握しているわけでもないのに、必要な数を今決めたところで意味がない。

それなら、足りなくなる心配がないほど増やしてしまえばいい。

弱い魔物を支配し、そいつらを使って次の魔物を押さえる。増えた戦力で、さらに多く、さらに強い魔物を捕らえる。

ハインドウルフを捕まえた時にやった方法だ。

前回は目的の一匹を手に入れたところで終わった。

なら今回は、そこで終わらなければいい。

「一帯の魔物、まとめて支配下に置くか」

我ながら随分と大雑把な結論だったが、一匹ずつ必要かどうか考えながら捕まえるよりは早い。

支配した魔物すべてを連れ歩く必要もない。普段は元の生息域で過ごさせ、必要になった時だけ使えるものを集めればいい。何より、カイル自身が魔物について知らなさすぎる。数を増やしながら探していけば、その中にエリオット攻略へ使える能力を持つものがいるかもしれなかった。

そこで一つ目の問題には、ひとまず道筋が見えた。

だが、紙に描かれた大量の丸を眺めていると、今度は別の問題が浮かび上がる。

種類の違う大量の魔物が、一つの勇者パーティを包囲する。それぞれが勝手に暴れるのではなく、役割を分担して連携し、仲間同士を引き離す。

「……どう見ても誰かが操ってるよな」

偶然集まった魔物で押し通すには無理がある。

しかも勇者本人を殺すことより、その勇者武器を狙うような動きまで見せれば、なおさら不自然だ。

カイルが魔王だと知られるわけにはいかない。

だからといって、魔物を統率する何者かがいることまで隠し通せるとも思えなかった。

「だったら、別の奴が操ってるように見せればいいのか」

必要なのは、本当に魔物を統率できる存在ではない。

そう見える魔物だ。

大きくて、目立って、見るからに群れの中心にいそうな奴。そいつが吠えた瞬間に他の魔物を動かし、腕を振れば突撃させ、後退すれば周囲も下げる。

実際の命令を出しているのがカイルでも、戦っている側から見れば、目の前の大型魔物が軍団を率いているように見える。

「そういうのがいれば、使えるな」

紙の端へ大きな丸を一つ描く。

もっとも、そんな都合のいい魔物がいるかどうかは分からない。

探してみればいい。

そして最後に残るのが、肝心の《弓》をどう壊すかだった。

覚醒済みの勇者武器がどれほど頑丈なのか、カイルにはまだ分からない。牙で噛ませるのか、爪で引き裂かせるのか、それとも別の方法を使うのか。こればかりは机の上で考えていても答えが出なかった。

カイルは紙を見直した。

自分が魔物を操っていると悟らせない。

エリオットを仲間の指示から切り離す。

印へ戻されるより先に《弓》を壊す。

解決しなければならないのは、この三つ。

今のところ、どれにも完全な答えはない。

「まあ、手札がなきゃ考えようもないか」

カイルは紙を折り畳んだ。

◇

数日後。

カイルは人里から遠く離れた山中にいた。

腰には笛。背負った荷物の中には食料や野営道具に加えて、厚い魔物図鑑も入っている。

今回の目的は、特定の一匹を探すことではない。

この一帯にいる魔物を、片っ端から支配下に置いていくことだった。

「まさか、本当に軍団にすることになるとはな……」

周囲には石喰いネズミ、跳ね角兎、甲殻猪が散らばり、そのさらに外側ではハインドウルフが姿を消している。

最初の十二匹を「魔王軍団一期生」と呼んだ時は、ほとんど冗談だった。

今日は、その冗談を本当に軍団と呼べるものへ変える。

やり方はハインドウルフを捕らえた時と同じだ。まず今いる魔物で弱い相手を追い込み、逃げられない状況を作る。必要な命令を出してから指揮棒を消し、笛で《洗脳の音楽・魔物編》を奏でる。

新しく支配下へ加わった魔物も、そのまま次の捕獲に使う。

最初の一匹を加えるまでには、それほど時間はかからなかった。

そこから二匹、三匹と増えるにつれ、捕獲は少しずつ楽になっていった。逃げ道を複数方向から塞ぎ、足の速い相手には跳ね角兎を回し、力の強い相手には甲殻猪をぶつける。姿を隠して先回りする必要があれば、ハインドウルフを使った。

もちろん、すべてが思い通りになるわけではない。

木の上へ逃げるものもいれば、地面へ潜ってしまうものもいる。追い詰められるほど激しく暴れる魔物もいたし、こちらの包囲をあっさり抜けて逃げ切るものもいた。

逃げられたなら、それはそれでいい。

今日中にこの山から魔物を一匹残らず消す必要などないのだから。

捕まえられるものから増やす。増えた戦力で、それまで捕まえられなかった相手を狙う。

それを繰り返しているうちに、カイル自身も何匹増えたのか正確に数えるのをやめていた。

「多い分には困らないしな」

支配した魔物を全員連れて歩く必要はない。

普段はこの一帯でこれまでどおり生活させる。必要になった時だけ呼び出し、使えるものを選んで連れていけばいい。

それよりも、今はどんな魔物がいるのかを知る方が重要だった。

エリオット攻略に使える能力が見つかれば儲けもの。

そう考えながら次の捕獲場所へ移ろうとした時だった。

『たすけて……』

カイルの足が止まった。

「……ん?」

女の声だった。

か細く、弱々しい。

『誰か……たすけて……』

今度は少し離れた右手から聞こえた。

反射的にそちらへ顔を向けたものの、木々の向こうに人影はない。

カイルは動かなかった。

ここは人里からかなり離れている。絶対に人間が来ない場所ではないにしても、今日ここまで進んできた間、人の痕跡は一度も見ていない。

何より、声の聞こえ方がおかしい。

『こっち……』

先ほどより遠くから聞こえた。

「助けてほしい奴が、なんで離れていくんだよ」

カイルがその場に留まっていると、少し間を置いて再び声がした。

『お願い……こっち……』

近づいてくる気配はない。

カイルをどこかへ呼んでいる。

「……魔物か?」

今回の目的を考えれば、その可能性は高い。

カイルは背負っていた荷物を下ろし、中から魔物図鑑を取り出した。

知らない魔物を探すために山へ入る以上、見つけてから正体が分かりませんでは話にならない。出発前に用意しておいたものだ。

人や他の生き物の声を利用する魔物。

擬態や誘引に関する項目を探しながらページをめくっていくと、それらしい記述はすぐに見つかった。

「《誘いゴースト》……」

アンデッド系の魔物。

非実体の身体を持ち、直接的な戦闘能力は低い。

代わりに、一度聞いた生き物の声や鳴き声を記憶し、高い精度で模倣する性質を持つ。

人間だけではない。

獣の鳴き声も、鳥の声も、他の魔物が発する音も真似る。獲物に応じて興味を引く声を使い分け、自分の方へ誘導する。

「それで誘いゴーストか」

名前に納得しながら、カイルは続きを読む。

狩りの方法も独特だった。

誘いゴースト自身が獲物を倒すわけではない。崖や深い穴、底なし沼といった危険な場所の近くに潜み、声でそこへ誘い込む。転落や沈没によって瀕死になった獲物、あるいは逃げられなくなった獲物へ近づき、時間をかけて生命力を吸収する。

「趣味悪いな、お前」

『たすけて……』

「俺を殺そうとしてる奴が言うなよ」

もちろん返事はない。

代わりに、少し間を置いて別の声が聞こえた。

『おーい! 誰かいないか!』

「変えてきた」

今度は男の声だった。

同じ場所から、まるで別人が呼んでいる。

カイルは図鑑へ視線を戻した。

一度聞いた生き物の声を記憶し、高い精度で模倣する。

その一文を、もう一度読む。

「……声か」

大遠征で見たエリオットの姿が頭に浮かんだ。

不意の事態を前にして、どの弓を使い、何を優先するべきか迷っていた男。それが仲間から役割を与えられた途端、迷いを消して動き出した。

なら、その仲間の声そのものが偽物だったらどうなる?

大量の魔物をぶつけて、本物の仲間には自分の相手で手いっぱいになってもらう。その間に、この誘いゴーストが仲間の声で別の指示を出す。

ただ孤立させるだけではない。

こちらが望む方向へ、エリオット自身を動かせるかもしれない。

「……使えるな」

カイルは図鑑を閉じた。

『こっちだ! 早く!』

男の声が急かしてくる。

カイルは動かなかった。

どこへ誘おうとしているのかは図鑑を読めば分かる。崖か、穴か、沼か。わざわざ確かめに行く必要はない。

荷物へ図鑑を戻し、代わりに笛を取り出す。

『おーい!』

「行かないよ」

『たすけて……』

「それも無理」

女の声に戻った。

『こっち……お願い……』

「だから行かないって」

声は消えなかった。

誘いゴーストからすれば、まだカイルを諦める理由がないのだろう。姿を見せないまま、声だけを変えて獲物を誘い続けている。

それはカイルにとって好都合だった。

向こうの声が聞こえている。

なら、こちらの音も届く。

見つける必要も、捕まえる必要もない。

「そのまま聞いてろよ」

カイルは笛を口元へ運び、《洗脳の音楽・魔物編》を奏で始めた。

旋律が木々の間へ広がっていく。

途中で声が一度途切れた。

それでもカイルは演奏を続けた。

やがて最後の音が森へ溶けていく。

笛を下ろしたカイルは、声のしていた方向へ向かって短く命じた。

「出てこい」

しばらく何も起こらなかった。

やがて一本の木の陰から、何かが音もなく滑り出してきた。

「……こんな姿だったのか」

人の形に似てはいる。

だが、人間には見えない。

半透明の細長い身体は腰から下が煙のようにほどけ、脚らしいものはなく、地面からわずかに浮いている。腕は痩せ細って不自然に長く、垂れ下がった指先も人間のものより細長い。

何より異様なのは顔だった。

目も、鼻もない。

輪郭だけが人の顔を思わせる、のっぺりとした空白。

「声を出してみろ」

命じると、その顔に一本の黒い裂け目が生まれた。

『たすけて……』

先ほどの女の声。

裂け目はゆっくり開閉しているだけで、声に合わせて唇が動いているわけではない。

「別の声」

『おーい! 誰かいないか!』

今度は男。

「動物もいけるんだよな。何かやってみろ」

黒い裂け目から、小鳥のさえずりが流れた。

続いて獣の低い唸り声。

見た目は何一つ変わっていない。

目も鼻もない幽霊のような顔に開いた一本の裂け目から、まるでそこに別の生き物がいるかのような声だけが次々と飛び出してくる。

「……うん。気味悪いけど、かなり便利だな」

誘いゴーストは答えない。

命令されていないからか、顔の裂け目も閉じ、再び何もない顔へ戻った。

カイルはその姿を眺めながら、エリオット攻略を書いた紙を頭の中で思い返す。

三つあった問題のうち、一つ。

エリオットを仲間の指示から切り離す。

その答えになりそうな手札を、早くも一枚見つけた。

もちろん、これだけでは足りない。

声を真似させるには、まず本人の声を聞かせる必要がある。仲間たちを足止めするだけの物量もいるし、カイルの代わりに軍団を率いているように見える存在もまだ見つかっていない。

そして何より、《弓》をどう壊すのか。

肝心の答えはまだない。

「まあ、今日は始まったばっかりだしな」

カイルは再び周囲の魔物へ意識を向けた。

今までは必要な魔物を捕まえたところで終わっていた。

今日は違う。

この一帯そのものを、自分の手札に変えていく。

「次、行くぞ」

命令を受け、森のあちこちで魔物たちが動き出す。

その中に、先ほどまでカイルを死地へ誘おうとしていた半透明の影も加わった。

魔王軍団の拡大は、まだ始まったばかりだった。



残存勇者武器:98

確保?:1

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