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西陽  作者: Co.2gbiyek
3. 淀み
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3.3 露呈

 これまではヤマグチと親会社の主任のミヤモトのやり取りで均衡が保たれていた。だがそれは表面上そう見えているだけで、実態はとげのあるやり取りの応酬だらけだ。親会社の立場を利用するミヤモトに対してヤマグチは露骨に揚げ足を取り、ミヤモトの指示だと誰でもわかるような形で資料の方向性をまるで違う結果に仕向けようとする。


 ミヤモトが慌てて誤解を解くような柔らかい表現をするとヤマグチはそれを素直に聞き入れる。ヤマグチは少しでもぞんざいな態度を取ったら即反抗するぞと言う意思を示しミヤモトを牽制し続けていた。ミヤモトはヤマグチに手を焼いている。傍から見ればミヤモトよりもヤマグチの方が優秀だからだ。それは立場で御することが出来る程度の力量差ではなかった。


 だがヤマグチにも欠点がある。人の気持ちを汲み取ることが出来ないのだ。ヤマグチはあくまでも事実にこだわり、仕事の完了基準にだけに従っている。最初に定義されたこの仕事の完了条件をその言葉通りに受け取り過ぎているのだ。どんな仕事も始めてみれば当初思ったことと違うことなどいくらでもある。だが、ヤマグチは当初の取り決め通りに進めた。


 当初のずれは小さなものだったが、やがては大きなものとなり、5か月目の今では到底役員に説明出来ないほどのずれになっている。当たり前だ。ヤマグチの資料には事実以外の何もない。その事実はどんなに言葉を整えたところで、ほとんど全員が知っていることでしかない。


 ミヤモトの上司のオカダ課長は気を揉んでいた。オカダ課長は今年52歳になる。部長のオオシタとは同い年で本来ならこの部署で20年務めているオカダ課長が部長に昇進するのが筋だった。だが、ポジションがなかったオオシタがスライドしてきて部長に収まった。だからオカダ課長はオオシタを部長として認めていなかったし、オオシタ部長はオカダ課長をなだめてこの部署の序列を認めさせなければならない立場だった。


 後3年でオカダ課長は55歳を迎える。55歳までに部長に成れなければ役職定年となり、課長職を解かれる。そうすれば、自分のキャリアはそこで終わりだ。あと一つ、昇進できるはずだった。人生設計が大きく狂ってしまう。狙っていた時計も新調するはずだったスーツもあきらめられない。絶対にオオシタを追い出さなければならない。


 オカダ課長はこの部署の淀みそのものの様な存在だった。内側を見て仕事をする。下の者に強い態度を取って上には媚びへつらう。客よりも出入りの業者をこき使う時間の方が長い。その方が気持ちがいいからだ。口は動くが手は動かない。飲み会の2次会、3次会に率先して参加するような人だ。そしてオカダ課長はオーダーのスーツを作り、見せびらかすような径の大きい高価な時計をつけるような自己顕示欲の強い人間だ。飲み会で部下にそれをほめさせて心底喜ぶような人間だ。


 オオシタ部長は全く逆だった。オオシタ部長には淀みがないし、飲み会の2次会になど参加しない。役職者が2次会に参加したら若手が気楽に親睦を深められないと考えている。オカダ課長にはそれが出来ない。部下が上司に気を使うのは当然だと思っているからだ。自分もそうしてきたのだからその立場になったら出来る限りそれを楽しめばいいと考えている。


 だからオオシタ部長はこの部署の異端扱いなのだろう。ミヤモトを筆頭にオオシタ部長を排除してオカダ課長を担ぎ上げようとしているのが見て取れる。ミヤモトたちからすればオオシタ部長がこの部署を治めることになってしまえば今後の自分のキャリアにとって死活問題だ。もしそうなれば淀みに浸かったミヤモトは当然出世の目もなくなる。もし、オオシタ部長の元部下を連れて来られて周囲を固められたら一巻の終わりだ。ミヤモトは自分の能力と立場を実は正しく理解している。


 オカダ課長は報告書の作成状況を見ていて、この内容ではオオシタ部長はおろか、その上になど到底報告できそうにないと考えていた。ミヤモトとヤマグチのやり取りを見ていて、ミヤモトの力量不足を感じてはいるが、下手に口をはさむと最後まで面倒を見る必要が出てきそうなので二の足を踏んでいた。


 そして昨日、タイミングが悪いことにミヤモトが喫煙室でたまたま一緒になったオオシタ部長に報告書はどうなっているのかと声を掛けられてしまった。すぐにミヤモトはオカダ課長にそのことを報告する。オカダ課長の手配で、翌日にはオオシタ部長向けの報告会が組まれた。


 ヤマグチは突然内部向けの報告会が決まったことに苛立ちながら資料を見直し、ユウゴに文言修正を指示する。ヤマグチが資料を見れば何度でも文言修正をさせられるのでユウゴとしてはたまったものではなかった。最終的にはもう自分でやるといい、結局ヤマグチが自分で修正するのだった。ユウゴは困惑したような笑顔を作ってすみませんといいながら、だったら最初から自分でやれよと心の中で思う。


 15時の報告会直前まで資料を修正して、最後に20部の印刷を行う。印刷はミヤモトからの指示だ。データを投影すればいいものをわざわざ印刷させて、会議の雰囲気を演出する。ミヤモトの思い付きのせいでユウゴは昼休みを取ることもできなかった。


 内部向けの報告会は、ミヤモトからオオシタ部長に説明するという形式で進められた。オオシタ部長は遠慮なしにミヤモトに質問する。業務課題について現場のヒアリング結果の詳細を聞かれるとミヤモトは口ごもる。ミヤモトは要所を抑えておらず、ヤマグチが取り仕切る業務部門とのヒアリング会議にただ参加していただけだからだ。


 業務課題に関してはヤマグチが補足する。ミヤモトが苦々しい顔と情けない顔が入り混じった表情をしている。ミヤモトは眉の下がった頼りなさそうな顔つきをしているが、立場上強い言葉をいつも使う。弱みを見せないようにしているのだ。だがヤマグチの説明を聞いている時のミヤモトは本来の素の表情が強くにじみ出てしまっている。その表情は頼りない内気な40代そのものだった。


 オオシタ部長の指摘はシンプルだが、役員と同じ視点であり、オカダ課長とは視座が異なっている。オオシタ部長は徹底的に『だから何が言いたいの?』という自社の提言部分を理解しようとしている。だが、ヤマグチの作成した資料にはそれが一切ない。


 この報告書は、顧客である金融機関の役員向けの資料だった。顧客の業務と情報システム利用に関する現状課題をまとめ、今後の情報システムの利活用の在り方を検討する上での参考資料とするために作成している。最初に高い金を払ってコンサルティング企業に依頼し、この報告書の骨格を作ってもらっている。だが、それ以降、コンサルティング会社が記載した内容をなぞるだけで何も進んでいないことをオオシタ部長は理解した。


 最初にコンサルタントが仮説立てた表層的な課題に対して、正しさを検証しただけであり、新しいことは何もなかったからだ。顧客からすればそんなことは知っているというだけの話だ。だからどうすればいいのかを顧客は知りたがっているのだろう。


 しかし、当たり前の話だが、普通の会社員はコンサルタントではないし、正解を探すことはできても、正解だと言える理論を構築することなどできない。オオシタ部長はこれをうちの役員に見せても『だから何?』と言われるだけだと感想を述べた。


 そして、オオシタ部長はミヤモトにウチとしてはどうしたいの?どうすればいいと思っているの?と聞いた。オカダ課長は黙ったままだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 現代日本社会のある断面を見せられてきたように思います。 あの頃はこんなに酷かったんだな、というような 歴史的資料という感じです。 [一言] 今はもっと酷いよ、なんて振り返りはしたくないです…
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