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西陽  作者: Co.2gbiyek
2. 日常
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2.2 ぬかるむ足元

 アパートに帰るとやはりアキコが先に帰っていた。魚の焼けるいい匂いがする。アキコが夕ご飯を作ってくれたのだろうか。仕事が終わったら疲れて動きたくないといいめんどくさがり屋のアキコが食事を作ってくれる事は珍しい。


 アキコとの生活では夕ご飯を用意する担当を決めてはいなかった。決めてもアキコが守れないと思ったからだ。決め事を守れないアキコを厳しく追求しても何の意味もない。ただギスギスするだけだ。実際、同棲し始めた最初の頃はなんとなく担当を決めていたが案の定アキコはそれを守らずに、それを指摘すると露骨に面倒くさそうな顔を見せた。きっとそれは仕事が終わった後のプライベートな時間をどうすごそうが個人の勝手だという考えの表れだ。まるでマキに言われたことに言い返すオレそのものだった。


 ただいまと声をかけると、機嫌の良さそうな声でお帰りと玄関に顔を向ける。アキコはこちらを見て笑顔を作る。アキコは神経質なオレに比べるとずっとおおらかでいつも明るく笑顔でいてくれるので救われていた。悲観的なオレと楽観的なアキコでバランスが取れている。


 アキコは本当にあまり深く考え込まない性格だった。オレには考えられないことだ。アキコと暮らすまでそういう人間などいるはずがないと考えていた。これまでそうみえる人でも、表面的に明るく振る舞っているのであって、本当はオレと同じように悲観的な想像をしているのだろうと考えていた。だがアキコを見ていて考えを改めた。


 ユウゴが家に帰宅してからまずやることは決まっている。キッチンに行きグラスに氷と4リットル入のペットボトルから焼酎を注いで炭酸水で割る。それを一気に飲み干す。炭酸が喉を刺し、アルコールがその先にある食道を焼きながら空腹の胃に滑り落ちるのを感じる。アキコを見るとテレビを見たままだった。


 部屋着に着替えて2杯目のチューハイを作りながら、1段深く酔がまわるのを認識しながらソファーに座る。料理で埋まった小さなソファーテーブルを見てアキコにありがとうと声をかけた。アキコはうん、というだけでテレビを見続けている。いい大学を出たタレントと東大生がクイズで得点を競い合う番組だ。


 焼き魚を食べながら持ち帰りの仕事のことを考える。少なくとも3時間程度のボリュームだ。まだ20時15分だ。シャワーを浴びて21時から始めれば24時には終わりの目処が着く。急いで食事を済ませよう。そう考えた矢先にアキコが話し始める。タイミングの悪さにうんざりした表情で応えようと思ったがすぐに思い止まった。話しの内容は子供をいつにするかというものだったからだ。35歳は高齢出産になるので今年か遅くとも来年がリミットになるという。


 確かにそうだ。オレも子供は欲しいと考えている。子供がいなければ結婚生活が色褪せたものになってしまうと考えていた。だが現実としてはアキコが仕事をやめれば家計が苦しい。そうなれば土日の副業は確実だ。それに酒もやめれば家計の足しにできる。前妻への養育費に充てようとたばこを止めた。それと同じように酒もやめればいいだけだ。ただ、たばこ以上に酒に依存している。社会人になってすぐに晩酌の習慣ができて今となってはアルコール中毒と見分けがつかない状態に陥っている。


 平日の日中はかろうじて飲まなくてもいられたが仕事の時間以外にシラフで居られた試しがない。週末ともなれば金曜夜の深酒による二日酔いを和らげるため起きがけに酒を飲まなければならない状態になっている。体調を崩しながら今日で、今週で、今月でやめようと毎日言い訳をしながら酒を飲まなければならないのも苦しかった。やっと本当に酒をやめるきっかけができてホッとしている自分がいた。


 子供の話はまだいい。しかしそれとセットで話しが始まる家の購入が問題だ。派遣社員のオレが住宅ローンを受けることができるのだろうか。家がクリアになっても家具や車を買うと言い出すのだろう。アキコの全ての願いを叶てあげたいが、どれ一つとして叶えられそうになかった。


 子供は今年かなと答えて先にシャワーを浴びて仕事をするといい、食事の残りを掻き込みキッチンに食器を下げて風呂場に逃げ込んだ。アキコはそれ以上追求しなかったのが救いだった。シャワーを浴びながらユウゴはマキのことを思い出していた。


 最初の妻である同い年のマキと結婚したのは確か新橋の職場に通っていたので31歳の時だ。GWの連休にマキの両親へ挨拶に行く事と決めていたが、挨拶を前に妊娠が発覚した。なのでマキとはいわゆるでき婚というやつだった。その時オレが住んでいたのは西船橋でマキとは結婚前から同棲していた。ヒステリックなマキとの生活は3年の同棲期間でオレを大きく変えた。


 マキは本当に細かく生活のルールを作り、家じゅうを清潔で快適な空間にしようとした。マキしか知らないそのルールを守るのは息が詰まった。普段はマキに気を遣って生活し、我慢の限界が来るとオレの方が感情を爆発させた。そのうち二人とも怒りっぽくなっていった。お互いの些細なことでも許せなくなっていた。


 それでもどこかでお互いが協力しあわなければならないと考えていた。そうする理由が必要だった。何かきっかけを必要としていたのかもしれない。そしてもう一人子供をもうけた。家族が4人になり、家事や育児の忙しさは精神的な余裕のなさに直結した。マキはヒステリックを通り越してただオレを嫌った。その時のオレはそれをほっておけるほど寛容でなかったし、マキをあしらえるほど成熟していなかった。


 そのうち、相手の行動が1つたりとも許せなくなり、オレはマキと会話をすることを諦めた。朝晩の挨拶程度の会話すら無くなると相手への不満と不信感が加速した。結局オレは家を出た。後悔という言葉が浮かんではかき消すように自分の正しさを記憶から探すことに躍起になっていた。


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