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第23話 リオナ・ウィル・エミット -①- 

 私の名前はリオナ。

 幻想の一族、あるいはさとりの一族と呼ばれるエミット一族の長の長姉です。

 悪名高き一族の特徴、人の心を読む能力のせいで悪魔の一族なんて呼ばれたりもしますけどね……。


 その中でも私は特に強い力を持って生まれたようで、歴代最高の才子なんて持て囃されたりもしました。

 ただ幼き頃は能力の制御ができず、周り人々の記憶や思いが流れ込んでしまい、他人と関わるのが苦痛で仕方ありませんでした。

 本来一族では”閉塞の法”という技を用い、お互いの心を読めないようにして日常生活を送っているのですが、私の力が強過ぎたため意味をなさず、毎日人の心と、人の醜さや悪感情を直視しなけれななりませんでした。

 成長した今ならば、誰しも心に闇を抱えるものだと、好悪の感情を併せ持つのが人なのだと理解できるようになりましたが、当時は人間の愚かさが際立ち、人が化物にしか見えませんでした。

 そのせいか、自然と他人を遠ざけた生活を送る様になりました。

 

 家族の中でも私は浮いていました。

 父や母に上手く甘えられず、祖父母や兄から遠ざかり、側室の方々から逃げ回りました。

 まともに接する事ができたのは弟妹達だけでした。

 まだ幼く、無垢で純粋な精神に何度助けられた事か。

 こんな私を心から案じ、親愛の情を示してくれる彼等がいたからこそ、厳しい修練を己に課し、能力を制御できるようになったのです。

 もっとも私自身の未熟ゆえ、10を数える頃になって漸く人並みの生活が送れるようになりました。

 

 それから私なりに家族との仲を深め、ゆっくりとした歩みでしたが人の心を知り始めました。

 穏やかで優しい刻を、家族や一族の仲間と過ごせるようになったのです。


 ですが、そんな幸せも長くは続きませんでした。

 隠棲する私達の里に大国が突如攻め寄せたのです!

 理由はもちろん私達の力を欲したからです。

 他人から貴重な情報を得、隠し事を見破る事など簡単ですからね。

 何時の時代も私達は忌み嫌われると同時に、こうして貴重な戦争の駒、あるいは政争を有利に運ぶ道具として重宝されるのです。


 ただ、確かに変わった能力を持っていますが、戦闘力は人並みです。

 数に劣る私達が破れるのは戦う前から明らかでした。

 ですから秘密裏に極少数が落ち延び、それ以外の者が必死に抵抗する事にしたのです。

 ……私は敢えて残りました。

 私自身の名が広がってしまったせいです。

 敵国の最優先目標が姫巫女たる私であり、私の確保、あるいは遺体が無ければ戦いは終結しない状況だったのです。

 当然、身代わりを立てるという話になりました。

 ですが断固として断りました。

 私の代わりの誰かが、奴隷か死のどちらかを強制されるのです。

 今まで多大な迷惑を掛け、その最たるものとしてこの戦争を起こされたのです。

 これ以上私のために誰かが犠牲になるのは堪えられませんでした。

 そして家族に別れを告げると、残った私を旗頭として奮戦したのです。


 しかし多勢に無勢。

 抵抗虚しく敗れ、数を落した私達に待っていたのは忍辱の日々でした。

 奴隷というよりむしろ、人とは名ばかりの化物として扱われる日々。

 酷使に堪えられず、日々仲間達が儚く散っていく窮状。

 悲哀と苦痛の日々。

 そして怒りと憎しみ……。

 挙句の果てには、強制的な婚姻です。

 誰が好き好んで自分の里を襲った相手と結ばれたいと思うのですか!

 受け入れることなど、到底できるわけがありません。

 私に残された最後の手段。

 それは命を糧とし、術者の手に余る伝説上の神魔を心象具現化リアルアバターする事でした。

 王都で行えば、どれほどの災禍が振り撒かれることか。

 しかし身勝手な野心と欲望から我が里を襲い、捕まえた者を奴隷以下として扱ったのです。

 その因果は受けてしかるべきなのでしょう。


 私の死をもって我が一族に手を出した報いを!

 私達の憎悪を身をもって知るがいい!!


 決心した後は晴れやかでした。

 こんな私でも最後にできる事がある。

 そんな希望に縋り、復仇の機会を虎視眈々と狙いました。

 無辜の民を襲った憎き大国に一矢報いれると思うと、気が高揚して仕方ありませんでした。

 そんな覚悟を決め、粗末な馬車で王都に押送される最中、私は突如異世界に転移してしまったのです。


 ここは何処!?

 何故!? どうして!?

 私と一族の復讐は!?

  

 驚愕と混乱の嵐に翻弄される私に突然、下卑た欲を抱いた野盗崩れ達が襲い掛かってきたのです。

 彼等の心と過去を読み、悪と断じた後は手加減しませんでした。

 濃霧を発生させると同時に恐怖の対象である階層ボス、獄鬼バルギスを具現化すると蹂躙を命じたのです。

 霧の中の惨劇を引き起こしても、私は混乱の渦中にいました。  

 彼等から得た情報が私を打ちのめしていたからです。

 

 終着世界フェオリナ

 転移したら最後、二度と出られない世界

 

 そう、決して元いた世界には帰れないのです。

 こうして無様にも復讐を果たせず、親しき家族や仲間には二度と会えない……。

 あの時私の心に去来した絶望と虚無を、真に理解できる人はいるでしょうか。

 当時の私はただただ無念と虚しさが綯い交ぜとなっており、現実を受け入れられずにいたのです。


 そんな私が作り出した惨劇の中で呆然としていると、侵入者がやってきました。

 野盗もどきの親玉で、気付いたのは獄鬼バルギスが勝手に迎撃し屠殺した後でした。

 その後すぐに、新たな人物がこの隠し部屋にやってきたのです。

 私にとって、奇跡ともいえる運命の出会いでした。


 御村慶一様。

 30過ぎのムギーそっくりなふくよか体に、愛嬌のある御顔。

 そして、私と同じ勝手な運命に翻弄された漂流人ドリフター……。


 彼が善人である事はすぐにわかりました。

 ですから直ちに獄鬼バルギスの動きを止めようとしたのです。

 しかし、止めようとしてやめました。

 何故なら、彼がこの鬼との戦いを望んでいたからです。


 この世界に転移して僅か数日ながら、彼は私と違って現実を受け入れていました。

 自らの寄る辺なき危険な状況を把握し、早急に自己の研鑽に励んでいたのです。

 驚くべきことに獄鬼バルギスとの戦いは、彼にとっては貴重な成長の機会だったのです。


 すぐに私は彼に興味を持ちました。

 いえ、この時すでに彼に魅せられていたのでしょう。

 現実の戦いをよそに、私は彼の心の中を旅していました。

 

 ありあまる才能に挑戦的で野心的な過去。

 無茶な試みと敗北。

 でもそこから驚異的な速度で成長しやり返し、終いにはいつも頂きに立っている。

 それが例えどんなものであろうとも!!

 その強靭な精神力はもちろんのこと、何より前向きで失敗を恐れる所か周囲の嘲笑が成長の糧であり、後から見返す際に更に楽しめる材料だと言い切れる、その強さに惹かれました。

 なんて雄々しく逞しいのでしょうか。 

 やんちゃでいつも何かに挑戦し恐れず突き進む姿は、人から逃げ自分から遠ざかっていた私とは全く真逆な姿で、正直憧れました。

 ですがそんな暴れん坊な彼も、礼を重んじ慈しめる優しさも備えていました。

 何度か失敗した様ですが、彼は能力の多寡に寄らず尊敬すべき人を尊べるように成長していました。

 苦い経験と失敗を反省し、改善する共に実践できる姿は、きっとその場に居合わせたなら見ほれていたことでしょう。

 そして婦女子や動物に優しいだけではなく、決して理不尽な暴力を振るいませんでした。

 それに男子のみの学校に通い勝負に明け暮れたせいで、女性への免疫が低く事務的な会話でないと緊張してしまうのはとても意外でしたが、ほほえましくて可愛らしかったです。

 人の記憶を覗いて微笑してしまったのは、初めてだったのでないでしょうか。

 おそらくこの時彼を、慶一様の事を好ましく思ったのです。

  

 その後成長され職を得、社会に出られた。

 この辺りから怠惰と堕落の始まりです。

 恩師の斡旋を断れず、どれ程優秀でも年功序列を重んじる会社に入り、無駄な会議を経た上で無意味な仕事を押し付けられていました。

 かといって早々の退職は恩師の顔に泥を塗るだけでなく、次の職に就くのが困難になってしまう社会です。

 後悔に苛まれつつも期限を設け一応の義理を果たす内に流されてしまい、いつしか逞しかった肉体も今の可愛らしい姿に……。


 その人生における大いなる失敗と自責の念が、異世界に転移して決意に変わりました。

 不退転の決意にです。

 二度と愚かさに身を委ねないと、決して他人の意向で己の行動を左右されないとだと!

 その思いと行動が輝いていて、とても眩しかった。


 特に未だ憎悪に捕らわれていた私にとっては……。

 口惜しいことに、この世界では復讐の対象が存在しないのです。

 そしてもう会えない家族や一族を想うと、寂寞の思いに駆られ悲嘆に暮れそうになりました。

 非常な事実を受け入れられない私とは、彼は何もかも大違いでした。

 ですが、そんな彼の姿に勇気をもらいました。

 理不尽な運命に弄ばれても、決意を胸に必死に歩き続ける慶一様の雄姿に!


 私もいい加減現実を直視しようと!

 ここは敵も仲間もいない異世界なのだと!

 そして、私も変わろうと!

 

 いいえ、彼の様に変わらなくちゃいけない!

 ありのままを受け入れ、前を向いてこの世界で生きていこう!

 

 牙をむき猛々しく嗤いながら戦う慶一様を見て、私の心は決まったのです。

 そこからは先は早かった。

 今の私は、目的も生きる意味も何もかも真っ新なのです。

 どうせなら慶一様を見習って、自分の思いに従って生きようと決めたのです。

 どうしようかとあれこれ考えていたのですが、ふと思ってしまったのです。


 彼と共に生きていけたらどんなに幸せだろうかと!


 彼と苦楽を共にし、彼の子を、好いた殿方の子を産み育む。

 そんな未来を夢想しただけで、体が熱くなり頬が火照りだしました。

 彼の妻になりたい。

   

 初恋ですが偶然の出会い故に、彼への思いに何らやましい所はありません。

 それにまだ出会って間もないのですが、彼の過去を追憶しその性根も心も、隅々まで知った上で恋をしたのです。

 慶一様の雄々しさに惚れ、礼儀正しさやその心構えを畏敬の念を抱き、また意外な所を可愛らしく思いました。

 彼と一緒なら。例え辛い未来が待っていたとしても構わない。

 どんな未来も受け入れられる。

 この人しかいない。

 恋慕の状が刻々と増大し続け、とめられなくなっていきました。


 なんとしても夫婦になりたい。

 その思いを成就するために一族の秘事、己の恐怖を呼び出し戦う儀式を行う事を決めました。

 この儀式を見事果たした者なら大抵の願い、即ち長の娘との婚姻でも許されるのです。

 もちろんこの世界では何の意味もない事はわかっていました。

 慶一様には迷惑意外の何物でもないでしょう。

 ですがあえて一族の風習に則ったのは、異世界に転移してもなお私がエミットなのだと誇れる矜持であると同時に、一族への思いを汲む事にほかならないからです。

 これが成就したなら、一点の曇りなく結婚を申し込めるのです。


 それに、慶一様には傷がありました。

 心に残る大きな傷痕です。

 しかも傷を負わせた相手は死しており、痕が消せずに苦しんでおられました。


 ですが私ならば可能なのです、

 彼の心の深奥にある死の象徴、彼の最も恐れるものを具現化できるのです。

 つまりこの秘事を通して彼が心的外傷を克服し、更なる飛躍を遂げる機会を与えられるのです。


 私にとっても、彼にとってもこの秘事は大変意義がある!

 そう思うと、もはや躊躇いはありませんでした。

 霧深き中、彼の恐怖そのものである赤毛の大熊を具現化させました。

 

 胸に特徴的な白い三日月を象った荒ぶる巨獣でした。

 慶一様も突然、ご自身のトラウマが出現したのです。

 恐怖に捕らわれ、体が竦んで真面に動けなくなってしまいました。

 それも当然の事です。

 この悪魔は知己を食らい、慶一様も殺される寸前だったのです。


 慶一様は重くなった肉体を懸命に動かし、何とか致命傷だけは免れました。

 その後も危機は続きます。

 死地で苦戦を強いられる姿は、目を背けたくて仕方ありませんでした。

 自明の理ですが、ここで止める事は可能でした。

 しかし真に慶一様の事を想うなら、心の傷を取り除く機会は今しかありませんでした。

 具現化した大熊を消し事情を説明すれば、二度目以降は偽物と理解してしまうでしょう。

 それに、例え説明せずこのまま距離を置き、再度時機をみて襲わせるにしても、慶一様を死なせないように戦わせるなら意味がありません。 

 回数を重ねる毎に、甘えと慣れができてしまうからです。

 

 だから必死に祈りました。

 浅ましく身勝手な自分の懺悔と慶一様のご武運を。

 ここでもし慶一様が身罷れるたら私も後を追い、せめて死後の世界で慶一様の御心をお慰めする所存でした。

 それも当然でしょう。

 見知らぬ相手から何の瑕疵もないにもかかわらず、恣意的な理由で突如死地に赴かされたのですから。


 逆の立場なら許さないでしょう。

 後々思い返せば、本当に傍若無人な振舞でした。

 本当に顔から火が出る思いです。


 そうして自分の死を年頭に必死に祈っていると、祈りは天に通じました。

 いえ、やはり慶一様自身の強さがあったからこそでしょう。

 幾つも傷を負い、息も絶え絶えな中で自身の弱い心に、恐怖に打ち克ったのです!!

 ああ、何度思い返しても素晴らしく、とても情熱的な御姿でした!


 そして、枷が外れた慶一様には不可能はありませんでした。

 ご自身より圧倒的な身体能力を誇る相手に、知恵と勇気で立ち向かったのです。

 幾共の死線、幾度もの窮地を嗤って乗り越え、終には強大な敵を屠って見せたのです!!


 慶一様には本当に、何度も何度も勇気と心の熱をいただきました。

 

 あの何ものにも恐れず立ち向かう雄姿。

 絶体絶命の状況でも諦めず、戦い抜く強靭で強き心。

 嗤いながら、楽しみながら窮境を乗り越える歴戦の戦士の英姿。

  

 そのどれもが素晴らしく、惚れ惚れしました。

 本当にこの人に恋して良かったと改めて実感したのです。

 

 

 それから死闘で傷つき付かれた御体に、不躾ながら回復魔法を掛けさせていただきました。

 その後に自己紹介です。

 非常に緊張しましたが敢えて旦那様と呼ばせてもらい、好意を隠そうともしませんでした。

 奥手な慶一様だからこそ、こちらからいかないと始まらないとわかっていたからです。

 そして何故こんな事を行ったのかきちんと理由を説明すれば、慶一様は許してくださいました。

 なんと雄大で慈悲深い御心でしょうか。

 加えて急展開過ぎた内容にもゆっくり租借し納得すると、こんな利己的で独善的な私を受け入れてくれたのです。

 しかも記憶や心を読む力がある事を打ち明けた後でさえ、旦那様は忌避しませんでした!


 もう読まれているんだから、自分の汚い部分が気にならないなら構わないよと、寛大な心で許容してくださったのです!!

 こんな忌み嫌わわれた力を持つ私を、能力を使ったのにもかかわらず受け止めてくれたのです!

 この時ほど嬉しく、また胸が熱くなったことはありません!!

 

 慶一様こそが私の運命の相手なのだと、彼と出会うためにこの世界に来たのだと、この残酷な異世界転移をやっと受け入れてもいい気持ちになれました。


 そこから先は恋愛が苦手な姿や、緊張してあせるほほえましい姿など、時を経るにつれて益々慶一様の事を愛おしくなっていきました。


 迷宮を脱し宿で夕食を共にしても気持ちは募るばかりで、一刻も早く仲を深め、愛を交わしたくて仕方がありませんでした。

 ですが奥手な慶一様の事です。

 やはり私から動かなければ、この想いも察してはいただけないでしょう。

 その思いが私を突き動かし、恥ずかしかったのですが大胆な行動に移らせました。

 酒の力を借り、酔いに任せて私から迫ったのです。

 私が彼のものになる事に抵抗はありませんでした。

 むしろ私が彼の、彼が私のものになる事は歓喜そのものでした。

 

 契りを交わした後もその気持ちは些かも衰えぬ所か、至福の思いは天井知らずに昇っていきました。

 幸福な気持ちで眠りに付いた後、正気に返った旦那様が自己嫌悪に陥りましたが、最後には私の思いもこの大胆な行為さえ許諾していただけました。

  

 本当に懐が深く、無謀な行いも寛恕してくれる偉大な御心。

 愛慕と尊敬の念が増すばかりです。

 そしてこれからは貰うばかりではなく、好いてもらう努力をしなければなりません。

 私が旦那様を愛すると同じように、旦那様にも私を愛してもらいたいのです。

 そのための努力なら苦にもなりません。


 何よりもこれからは時間が味方してくれます。

 私の名を呼び、私と共にいると決意してくださったからです。


 無茶をした甲斐があったというものです。

 時間を掛け、もっと私の事を知ってもらい、もっと好いてもらいましょう。


 これからはずっと一緒ですからね!

 ねっ、旦那様!

  






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