第9話 善き人と卑しい者達
神至の塔を出ると、もう辺りは薄暗くなっていた。
塔のすぐそばにあるギルドに足早に向かうと、セレナさんが受付をしている列に並ぶ。
夕方ということもあって戻ってきた冒険者も多く、人でごった返した様な状況だ。
俺の番になるまで大分掛かるに違いない。
しかし思い返してみると、休憩を挟みつつのダンジョン探索だったが、朝から潜ったのでおおよそ8時間の冒険ということになる。
転移前の机仕事とは比べ物にならない肉体労働、それも命を賭けた仕事であったわけだが、何故だか全く疲れを感じない。
理由としてはいくつか考えられるが、運動による心身のリフレッシュ、ダンジョン探索がストレスよりも興奮や喜びが勝っていた、更には魔物との戦闘が楽しかった等々が考えられる。
えっ!? 生物を殺して心が痛まないのかって?
それが全然痛まないんだ(汗)
俺は自分が思っていた以上に冷血な人間なのかもしれないな……。
それでも強いて理由を挙げるとすれば、今日俺が殺した魔物の大半は、向こうから俺を襲ってきたってことだ。
俺を殺そうとしたんだから殺されても文句ねえよなって事で、自分を納得させ易かった。
それに、ファンタジーというかなんというか、敵を殺しても光の粒になって消えてしまうので現実味が薄いんだ。
まあ元々地球にいた時でさえ、目に見え辛くとも多くの命を糧として生きてきたんだ。
ようは狩人の様に、直接的に命を奪う職業に就いたようなもんだ。
殺した命に、俺の糧となった命に感謝しつつ生きていけばいい。
それだけだ。
あっ、そうそう、糧といえばLVUPだ。
ダンジョンの中で魔物が死ぬと粒子になりダンジョンに還るわけだが、その際に一部が近くにいた者に流れ込み、それが心身を強化してくれる……。
これがLVUPの仕組みというわけだ。
今日初めて体験したが、自分の手で殺した命を、自分自身を強化する糧として取り込むわけだ。死した命は無駄にならず、誰かの助けに、俺の強くなる礎となっている。
そう思うと、自然と感謝の気持ちが湧いてきた。
それと肝心のLVだが、LV10の俺は称号の効果もあるおかげで、初期ステータスの2~3倍の状態に成長している。
メタボのデブおじさんとはいえ動けるデブだった俺が、今ではオリンピック選手も真っ青な超人的な身体能力を有するデブに進化してしまった。
たった1日でこれだ。
このままいけばどうなる?
いや、それ以前にこの世界の冒険者は化け物ばっかりなのか!?
もしそれが悪人だったなら……、そんな取り留めのない事を考えていたら、突然後ろから衝撃を受けた。
「!?」
予期しなかった事態に不様に地面に転がる俺。
そんな俺に人を馬鹿にした声が掛かる。
「おいおい、情けねえな」
「なんでこんなデブのおっさんが並んでるんだ? 冒険者なめんじゃねえぞ」
「……あなた達は?」
ゆっくり立ち上がり見上げた先には、数人の冒険者がいた。
全員それなりに年季の入った装備はしているものの、見るからに不潔そうだ。
それにあの顔。
とても醜くて卑しい顔だ。
他人を蹴落とし貶めるのを何とも思っていない、そんな下卑た思いが顔に表れている。
「俺達を知らない? はっ、とんだド素人だな」
「俺達は熟練の冒険者さ。長時間の探索を終えて疲れてるんだ。さっさとどきな」
……ああ新人いびり、しかも順番を譲れとは、またしょうもない。
典型的な小悪党。
しかもギルドのカウンター傍で、これほど大勢の冒険者が揃っている中で騒ぎを起こすとわな……。
無知を通り越して、破滅志願の阿呆共じゃないか。
図書室で調べものついでにギルドの規約にも目を通しておいたが、ギルド内での刃傷沙汰や攻勢魔法はもちろん、相手に危害を与える如何なる行為も禁止されている。
破れば冒険者資格の停止から、最悪奴隷落ちまであり得るのだ。
こいつ等がそれを知った上で行動しているとは、とても思えなかった。
盛大な溜息と共に返答してやる。
「はあっ……。何故私がどかないといけないのですか?」
「手前っ! ふざけんじゃねえぞ!」
「もの知らねえ奴はこれだから……。先輩が譲れといったら、譲るのが筋なんだよ!」
「何故譲らなければならないのですか?」
「「はあっ!?」」
慇懃無礼を地で行くが如く、殊更馬鹿丁寧に質問を返してやった。
相手もこちらが見下しているのがわかったのだろう。
激昂し、今にも襲い掛かろうとしたその時!
「止めなさいっ!! ここはギルド内ですよ!!」
いつの間にかセレナさんがカウンターを乗り越え傍まで来ていた。
「またあなた達ですか、クズ共のパーティーの皆さん。これ以上問題を起こしたら、ギルドから何らかの処罰が下ると、通告してあったはずですが?」
「いやいや、俺達はこの新人と親交を深めていただけさ。何も問題なんか起こしちゃいないぜ。なっ、皆!」
「おっ、おう、もちろんだぜ!」
「俺達は何も問題なんざ、起こしちゃいねぜ!」
「そうなのですか?」
セレナさんが静かに問い掛けてきた。
相手の男達、特にリーダーと思しき目つきの悪い奴が話を合わせろと威圧してくるが、知ったこっちゃない。
俺は唯真実を話すだけだ。
「いいえ。いきなり足を掛けられ転ばされたあげく場所を譲れと難癖を付けられので、何故そんなことをしなければならないのですかと、問い掛けていた所です」
「「なっ!?」」
「手前っ!!」
「その通りですね。けいいちさんの発言に間違いはありません」
「なっ!? 俺達よりそんなおっさんの証言を信じるのかよ!」
「おいおい、そりゃないぜ。こんなおっさんのどこに信じる要素があるんだよ」
「受付嬢のねえちゃん、ふざけてる場合じゃねぇーんだぜ?」
「……あなた達が私の担当の列に並んだ時から見ており、けいいちさんにわざと絡んでいったのを確認しています。それに、あなた達が問題を起こした時、私と10ミリムの距離も離れていませんでした。その程度の距離の会話を、エルフである私が聞き逃すとでも思っているのですか? 本当にふざけてるのはどちらです?」
「「「……」」」
粛々と事実を告げるセレナさんに、小悪党共は言葉も出ないようだ。
そりゃそうだろう。
悪あがきしたものの、実は初めから見られていて誤魔化しは通じないんだから。
そんな男共にセレナさんが無慈悲な刃を突き付けた。
「あんた達には3つの罪があります。素行改善の勧告に従わなかった罪、ギルドの通告を無視した罪、そしてギルド職員に対して嘘を付いた偽証の罪です。以上の罪状から、私の権限において、10日間のダンジョンの侵入の禁止、および、その間の奉仕活動の義務を申し付けます」
「なっ!?」
「ふざけんじゃねえぞ!」
「おいおい、いきなりひどすぎねぇか」
「……それでは、ギルドからの罰則に従えないという事で、よろしいでしょうか?」
あくまで淡々と質問した様子だが、セレナさんの瞳は冷え切っていた。
おそらく、この確認が最後通牒という事だろう。
リーダー格の男も察しがついたようで、不平不満を騒ぎ立てる仲間達を目と腕で制した。
「お前等黙れや! もちろん俺達もギルドの決定に従うぜ。従うが、ちょっとペナルティが重過ぎやしないかと思っただけさ」
「いいえ、あなた達のこれまでの行いを鑑みれば、まだ軽い方です。もっと重い方がよろしいですか?」
「降参、降参だ。ペナルティを受け入れるぜ」
「それでは、明日から奉仕活動を行っていただきます。明日の朝、6つ鐘の刻までにギルド入口の守衛室に来てください」
「へいへい、わかりやした」
「ちっ、なんで俺達がっ」
「へっ、お前等行くぞ! ……おっさん、またな」
去り際、男の昏い瞳が俺をねめつけていった……。




