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19「ウロボロスの毒矢」

「どうか哀れな魂に、安らかな眠りを」


 レンガ造りの建物の裏手、通りから反対側の一角にある墓石が並ぶ霊園で、白髪で紅蓮色の瞳をしたオオカミ耳の男が、跪いて祈りを捧げている。

 そこへ、森閑とした静寂を破るようにオリバーが現れ、その男の背後に声を掛ける。オリバーの利き手には、一本のダーツの矢が握られている。そして、もう片方の手は、パーカーのポケットに入れられている。


「こっちを向いて両手を挙げな、ボス。変な動きをしたら、その瞬間に、そのくたびれた修道服をダーツボートとみなす!」

「おやおや。穏やかではありませんね、オリバー」


 ボスと呼ばれた男は、言われた通りにハンズアップしておもむろに立ち上がると、口元を歪め、クツクツと不気味に笑いながら振り返った。


「何が可笑しい?」

「だって君は、せっかく育ててもらった恩を、仇で返そうとしているのだからね。私は、君の育てかたを間違えたかもしれない。ともかく、そんな物騒な真似をやめなさい。他人に武器を向けるものは、他人からも武器を向けられるのですからね!」


 そう言うと、ボスはサッと両手を下ろして修道服を脱ぎ捨てると、片手で脱いだ服をオリバーに向けて放り投げつつ、反対側の手で革のホルスターから拳銃を抜き取り、引き金を引く。オリバーは、ふわりと舞う服を避けるように横へ転がって墓石の後ろに身を隠す。

 

「今度は、かくれんぼですか? そちらが矢を向けないなら、こちらも銃口を降ろしますよ。今のは、ただの威嚇射撃に過ぎません。私とて、無駄に手を汚したくないのです。ここは血生臭い原始的なドンパチはやめて、賢い取引をしませんか?」


 そう言いながら、ボスはオリバーが隠れている墓石に銃口を向けたまま、一歩一歩と近付いて距離を縮めていく。墓石の後ろでは、オリバーが額の汗を拭いつつ、精一杯の虚勢を張る。


「フン。語るに落ちたな、ボス。その言いかただと、犯行を認めてるようなもんだぜ?」

「私は、あくまで一般論を話しているに過ぎませんよ。勝手な拡大解釈をしないでいただきたい」

「エービーシー連続殺人事件の犯行予告状には、封蝋部分に僅かな獣毛が付着していたんだ。当時はディーエヌエー鑑定が出来なかったが、今は違う。そのことに気付いたあんたは、手紙が置いてある可能性がある場所に、片っ端から火を付けて回った。すべては、証拠隠滅のためだったんだ。違うか?」

「すべては、物的証拠の無い揣摩臆測ではありませんか。そんな低レベルなこけおどしで、私が動揺するとでも思っているのですか?」

「なら、もう一つ。数日前に起きた硫化アリル殺人と、カフェイン自殺。この二つの出来事には、ある共通点があった。それは、どちらも薬剤耐性体質者の臨床試験に関与していたことだ。しかも、その臨床試験では、たびたび身寄りのない青少年が治験に訪れていたそうだ。そして、その青少年は一人残らず、聖トリニティー教会に預けられていた孤児だった。全部、あんたが仕組んだことだろう?」

「ハッハッハ。偶然の一致でしょう。必要条件を満たしているからといって、それが真であるとは限りませんよ、オリバー。初歩的な算術も忘れましたか?」

「クッ。どうあっても、犯行を認めないんだな」

「当たり前です。なぜなら、どれも私がやったことではありませんから。――さぁ。その手を下ろしなさい」


 ボスは、墓石の後ろに回り込み、そこで片腕を伸ばしてダーツの矢を構えているオリバーの眉間に銃口を向けると、オリバーは諦めたようにダーツの矢を放り投げ、腕を下ろす。


「良い子ですね、オリバー。お門違いの正義感に駆られて妙な真似をしたことは、水に流しましょう」


 しおらしくなった様子に満足したボスは、ニヤリと口角を上げると、無抵抗のオリバーから銃を遠ざけ、ホルスターに戻そうとする。すると、その隙を突いてオリバーはポケットに突っ込んでいたもう片方の手を出し、その手に握っていた二本目のダーツの矢を、ボスの太腿に思いっ切り突き刺す。


「グアッ! この、卑怯者め」

「お相子だろうに。誰が『矢は一本しかない』と言った?」


 そう言ってオリバーは、乾いた金属音を立てて石畳に落ちた拳銃を足で蹴飛ばすと、太腿を押さえて苦痛に顔を歪めながら忌々しげに睨むボスを見下ろしつつ、吐き捨てるように言う。

 

「たしかに、この世の中、綺麗事では済まないことは多い。だけど、誤っちゃいけない道があることを教え導く立場のあんたが、足を踏み外して闇に呑まれちゃいけねぇよ。――ところで、そいつは告解室から繋がる隠し部屋で見つけたんだけど、先に塗ってある白い粉は、何なんだ? 硫化アリルか?」

「テ、テオブロミン」

「証拠があったじゃねぇか。俺が探偵じゃなくて刑事なら、あんたを偽証罪に問うところだぜ。まぁ、自業自得だな。自分の毒にやられるんだからさ」


 オリバーが無慈悲に立ち去ろうとすると、ボスはオリバーのパーカーの袖にしがみつき、哀れっぽい情けない声を出す。


「この矢があった場所と同じ棚にある瓶に、こいつの解毒剤があるんです。持って来ていただけませんか?」

「う~ん、どうしようかなぁ。あとで令状を持って来ることになってる保安官たちに、包み隠さず洗いざらい罪を白状して罰を受けるっていうなら、助けてやっても良いけど?」

「それは……」

「出来ないのか? なら、手を放してくれ。もう、俺の知ったことじゃない」


 腕を回して振りほどき、そのまま立ち去ろうとするオリバーに向かい、ボスはガックリと両手と両膝を石畳の上に付け、息も絶え絶えに訴えかける。


「は、犯行を認めます。だから、見殺しにすることだけは……」

「よーし、言質は取ったぞ。俺も鬼じゃないし、ここで死なれちゃ寝覚めが悪いからな。取ってきてやろう。あとで無かったことにするんじゃないぞ?」


 オリバーは、苦痛にあえぐボスを残したまま石畳を駆けて行き、レンガ造りの建物の中へと入っていった。

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