20「大団円と新たな幕開け」
「『あのエービーシー事件が、ついに解決! 犯人は、まさかの司祭さま』だってさ、メアリー」
オリバーは、机の上に組んだ足を乗せたまま、聖徳太子の尺のように細長く折ったタブロイド紙の一面の見出しを、メアリーに向けて自慢げに指差して見せる。
メアリーは、アルミ製の丸盆に水の入ったグラスを載せて持ってくると、そのグラスを所長と書かれた三角錐の横に置きながら、記事にチラリと目をやり、嬉しそうに言う。
「明るいニュースですわね、オリバー。――それはそれとして、足を下ろしてくださいな」
「おう、すまない。――ラッセル。今月は、黒になりそうか?」
オリバーは机から足を下ろし、近くでスチール机に向かい、太い指で器用にソロバンを弾きながら帳簿を付けているラッセルに声を掛けた。
ラッセルは、タヌキ耳をピクッと動かし、顔を上げて低い鼻に掛けた眼鏡を指で押し上げると、側に積んである請求書の山を掴み上げて見せながら、分厚いレンズ越しに睨みつつ、どこか愉快そうにしつつも、底意地悪い口調で言う。
「事務所の建て直しに必要な経費は、ジョージ氏の保証でフィリップ氏から融資されましたけど、これだけ無駄遣いしておいて黒字したいと思うんでしたら」
「もっと金払いの良い依頼主を見つけることだ、だろう?」
「まったく。いっつも所長は、収支がトントンになるギリギリのラインでしか引き受けないんですから。少しは楽な生活が出来ると思ったのになぁ」
「振り出しに戻るって奴だな。現実は、そんなに甘くないものだ」
二人が言い合っているあいだに、メアリーは、二人の男の机にグラスを置いて回り、自席に戻っている。
「ジャッキーは、まだ来てないのか?」
「えぇ、まだ見てません。抑制剤の予防接種では無いでしょうから、単純に道草してるんでしょう」
オリバーがメアリーに話を振り、メアリーが思案顔で推論を述べた直後、バーンという騒々しい音とともに、すりガラスにオリバー探偵事務所と書かれた扉が開き、ジャッキーが闖入した。彼女の手には、翼に傷を負った雀が抱えられている。そして、そのどちらも泥や埃で薄汚れている。
「噂をすれば、ジャッキーが来ましたわ」
「しかも、いらないオプション付きですね」
「オプションと言うな、このタヌキじじい」
ラッセルの皮肉めいた揶揄に、ジャッカル少女が犬歯を剥き出しにしながら物理的でなく比喩的に噛みつく。
そのあいだにメアリーは、どこからともなくメリヤス編みのウエスを持ってきてジャッキーの手から雀を取り上げて包み、オリバーはジャッキーを手招きして自席の前に呼び寄せる。
「ジャッキー。その雀は何かの説明も含めて、遅刻した理由を話しなさい」
「はい、所長。カラスに虐められていたので、追い払って保護したのであります!」
ジャッキーが膨らみに乏しい胸を張って堂々と報告すると、横でラッセルがボソッと小声で呟く。
「こいつは、救いようのない馬鹿だな」
「聞こえてるぞ、メタボリック眼鏡。――ねぇ、所長。私が面倒を見ますから、飼わせてください」
「う~ん。そうだなぁ。ここにはフェレスがいるから、なかなか難しいぞ?」
「ナ~ゴ」
名前を呼ばれたのに反応し、フェレスがオリバーの足元に近寄って鳴き声を発する。
「僕は反対ですよ。これ以上、経費が増えることは許しません。ただでさえ、猫の餌代が馬鹿にならないのに、その上、雀の餌代まで増やされちゃ大赤字です」
「まぁまぁ、そう邪険にすること無いじゃないの、ラッセル。この子が可哀想じゃない」
「ピィ」
メアリーがウエスで汚れを拭うと、雀は気持ち良さそうに、ひと鳴きした。
その様子を見たオリバーは、決然とした表情でハッキリと宣言する。
「よし。それじゃあ、ちょいと鳥籠を調達して、そいつの怪我が治るまで、ここで飼うことにしよう」
「えっ、ちょっと、所長。また、そうやって勝手なことを言い出して……」
「ヤッタ―。バンザーイ!」
「ウフフ。良かったわね、雀ちゃん」
「ピィ!」
ラッセルが頭を抱えているのをよそに、他の三者は歓喜に湧いた。
――こうして、再び平和が訪れたように思えた事務所に、新たな厄介の種がまかれた。この雀を巡り、またまた陰謀渦巻く一連の出来事に巻き込まれていくのだが、そのことを四者は、まだ知る由もない。




