15「非現実的なギャップ」
「フォレストヒルズ、なんて初めて聞いた場所だったけど、桁外れだな」
「控え目に言っても、豪邸が立ち並ぶ閑静な高級住宅街ね。来る途中の車窓から、この一帯にヘリポートやプールやゴルフ場が見えたわ」
「まさか、あのじゃじゃ馬が、こんな良いトコのお嬢さまだったとは。世俗の常識を知らないのは、単純に馬鹿なんじゃなくて、箱入り娘として蝶よ花よと育てられた弊害だったって訳か」
神話の一場面を切り抜いたゴブラン織りのタペストリーや、雄々しいトナカイの頭部の剥製が飾られた応接間で、ジャッキーを除く三人の所員たちは、一様に驚きを表していた。すると、そこへ清楚なドレスに着替え、寝癖も綺麗に整えられたジャッキーが、黒いワンピースの上に白いエプロンをしたメイドとともに姿を現した。
「ようこそ、わが家へ。こっちの離れなら、私の独断で使っても大丈夫、だと思う。まぁ、本邸よりは手狭だけど、しばらくの辛抱だと思うから、我慢してください。ライフラインは整ってるから、事務所としての不便は無いはず。何か不便なことがあったら、すぐに私か彼女に言ってね。――言うことは、これだけだったっけ?」
「住み込み可である件が抜けてますよ、ジャクリーヌさま」
「あっ、そっか。――家まで帰るのが面倒なら、個室を用意できるから、遠慮なく言ってください。衣食住の心配はいりません。以上!」
ジャッキーが達成感に満ち、ひと仕事終えたような晴れやかな表情をしていると、オリバーたちは顔を見合わせ、耳をそばだてて小声で相談を始めた。
「正直、光熱費や食費もろもろが浮くから、一人暮らしの俺は、ここに仮住まいさせてもらおうと思うんだが、メアリーは?」
「私も、わざわざ通うのは億劫だから、しばらくご厄介になろうかと。――ラッセルは?」
「僕も、定期代を払うのが馬鹿らしいので、事務所が直るまで、家には帰りません」
「よし、分かった。――全員一致で、住み込ませてもらうことにするよ」
三人を代表してオリバーが結果を報告すると、ジャッキーはメイドに一言二言命じた。そして、メイドが静々と部屋をあとにすると、向かって右からメアリー、オリバー、ラッセルが座ってるソファーに駆け寄り、オリバーとラッセルのあいだに腰を下ろし、オリバーのほうを向きながらキラキラと目を輝かせて言った。
「真犯人探しとは、やっと探偵事務所っぽくなってきましたね。まず、何をするんですか?」
「えっーと。そうだなぁ」
オリバーが、意味もなく天井につり下がっているシャンデリアのほうに視線を泳がせつつ、そっとメアリーに目配せをすると、メアリーは素知らぬフリをしながらラッセルにエスオーエスを送る。救難信号をキャッチしたラッセルは、わざとらしく小さく咳ばらいをし、さも咄嗟に何かを思い付いたかのように振舞いながら言う。
「ゴッホン。あぁ、ジャッキー。君は、腹が減っては戦は出来ぬということわざがあるのは、知ってるかね?」
「花が減っては、良い草はできぬ? ガーデニングの話?」
「違う違う。空腹では、いい仕事が出来ないという意味だよ。火事の一件で忘れているが、我々はランチを食べ損ねているんだ。そろそろ脳に栄養を与えなければならない。今後のことを考えるにしても何にしても、まずは軽く食事を摂って胃を満たしてからにすべきではないかな?」
ラッセルが視線の端をオリバーに向けると、オリバーはジャッキーの死角で小さくサムズアップしてみせ、わざとらしく弱々しいか細い声を出して言う。
「あぁ、そうだな、ラッセル。思い出したら、胃袋が食べ物を要求してきたぞ」
「分かった。ディナーは、まだまだ準備が整わないだろうから、ひとまず、ティータイムにしましょう。テラスに案内します!」
そう言うと、ジャッキーは元気よく立ち上がり、オリバーの手を引いて部屋の外へと走りがした。ラッセルとメアリーは、よろよろと引っ張られていくオリバーの後ろ姿を見て忍び笑いをしつつ、二人のあとを追いかけて行った。




