13「ご用件は一分以内で」
「なぁ、たのむよ。同じオオカミのよしみでさ」
「オオカミなら、猫なで声を出して媚を売らないでちょうだい。気持ち悪いわ。だいたい、伝手を頼って保安官にこっそり被疑者との面会を交渉する探偵なんて、聞いたことが無い」
アルミ製のドアのまえで仁王立ちしている切れ長の眼をしたオオカミ耳の女が、しがみついているオリバーを腕を回して振り払うと、オリバーは女の胸元に光る六芒星のバッジを指差しながら恩着せがましく言う。
「そう、冷たいことを言うなよ。誰のおかげで、保安官の一員になれたと思ってるんだ?」
「誰のおかげでも無いわ。私の実力よ。たしかに、以前の捜査でオリバーには借りがあるけれども、私の地位では規則を曲げられないの。おあいにくさま」
「石頭だな。善良な市民のために、そこをなんとかしてくれよ。ホンの、ちょっとだけ」
オリバーが親指と人差し指を指一本分ほど隙間を開けて示すと、女は唐突に何かを思い出したかのように、立て板に水と話し出す。
「あぁ、そうだ。そういえば昨日、九区に続く街道でスピード違反の目撃情報があったそうなの。しかも、そのうち一台は七区ナンバーのツーシータで、オオカミ耳の男が運転していたそうなんだけど、身に覚えは?」
「知らないな」
「嘘をつくと、偽証罪に問うわよ?」
「はい、俺がやりました。売られたスピード勝負を買ってしまったんです。これで満足か?」
降参だとばかりにオリバーが両手を上げて白状すると、女は腰に手を当てて文句を言う。
「まったく。余計な仕事を増やさないでちょうだい。保安官だって、暇じゃないのよ?」
「悪かったよ。なぁ、五分で良いんだ」
「懲りないわね。駄目なものは駄目なの」
「じゃあ、三分で済ます」
「無駄な努力は、よしなさい」
「一分ならどうだ?」
オリバーがしつこく食い下がると、女は額に手を当てて溜息を吐き、大仰に嘆きながら鍵をドアノブに差し込み、ドアを開ける。
「ハァ。……あとで始末書を書くのは、私なのよ? ――入りなさい」
「ヘヘッ。これで、あの貸しはチャラで良いぞ」
「あと五十五秒」
「ちょっ、まだ入ってない」
「急ぎなさい。あと五十二秒」
「ハイハイ。こうなったら、三十秒で終わらせるか」
腕時計を見ながら冷酷に時を告げる女の横を通り、オリバーは、簡素なテーブルと二脚のイス、それから鉄格子のはまった窓以外に何も特徴が無い部屋に入り、下座に項垂れて座っているジャッカル耳の青年に声を掛ける。
「よぅ、兄弟。元気か?」
「オリバー! 会えて嬉しいよ」
青年は、まだあどけなさの残る顔の瞳に涙を浮かべつつ、ガタンとイスを倒しながら勢いよく立ち上がり、そのまま両手を広げて待つオリバーの胸に飛び込む。
オリバーは、青年の後ろ頭をガシガシと乱暴に撫でつつ、用件を切り出す。
「まぁまぁ。感動の再会に喜び分かち合いたいのはやまやまだが、時間が無いから単刀直入に訊く。知ってることを包み隠さず吐いてくれ。いいか?」
「いいよ。良いニュースと悪いニュースがあるんだ」
「どっちか選べるのか?」
「いいや、いいニュースから言う。まず僕は、真犯人じゃない」
「そいつは良かった。で、悪いニュースは?」
「今度のターゲットは、オリバー探偵事務所だ。これは、間違いない」
「なんだと!」
決然とした表情で見つめる青年に、オリバーが絶句していると、部屋の外から「あと十秒!」という大声が聞こえてくる。その声でハッと我に返ったオリバーは、スッと顔面から喜びの色を消すと、両手で青年の両肩を持って距離を置き、そのまま急いで部屋を出る。
「悪いな。真犯人が捕まったら、また会おう」
「うん。必ず会おうね、オリバー」
オリバーが廊下に戻ると、女はカウントダウンをしていた。オリバーは腕時計の文字盤の上に手を置いて隠す。
「三、二、一」
「はい、ストップ」
「ホントに一分で済ませてきたのね」
「当たり前だ。それじゃあ、作文を頑張りたまえ」
オリバーはそう言って、女の肩をポンポンと叩いて廊下を駆けて行った。




