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その10


「ええ……。するわ」


「じゃあ、今日から先生は私の言うことを何でも聞いてくれる人形になって下さい」


 渡辺先生は目を見開いた。

 彼女の表情を崩してやった満足感で表情を緩めると渡辺先生は困惑したように言った。


「人形って……」


「そのままです。ぬいぐるみしか友達のいない、かわいそうな私の友達になって下さい」



 渡辺先生の瞳に一瞬、迷いがよぎった。



「何でも聞いてくれるんですよね」



 渡辺先生は私を睨むように見つめた。ここが正念場なのだとぐっと堪える。

 カウントダウンが始まった。いち、に、さん、よん。先に視線を外したのは先生だった。



「分かったわ。それであなたの気が済むのなら喜んで」



 渡辺先生の手が私から離れた。


 胸がすっとして、言葉にできない満足感が押し寄せた。


 ぞくぞくするような喜びが身体中を駆け巡る。



「後でやっぱり、っていうのはなしですから」


「分かっているわよ、そのくらい。二言はないわ」


「ならいいんです」



 その場に突っ立っていると渡辺先生は鞄の中からボールペンとメモ帳を取り出し、さらさらと数字を書き上げると私に突き出した。


「ほら、これ。私の番号」


「あ……有難うございます」


 紙を受け取り、書かれた番号を黙読する。


「いつでも私を呼び出したらいいわ。涼風さんがもういいと思うまで」


 渡辺先生は自嘲気味に微笑むとその場に立ち上がった。


「これから面接なの。遅刻しちゃまずいから、もう行くわ。またね、涼風さん」


 渡辺先生は私を置いてさっさと行ってしまった。


 立ち去る彼女のぴんと伸びた背を見つめながら、怒りに身を任せてとんでもないことを言ってしまった、と思った。


 けれど不思議と後悔はなかった。

 あの渡辺先生の顔を一瞬でも屈辱に塗り替えることができたのだ。


 自分が少し誇らしい気さえした。


 誰もいなくなった席に座り、ショコラテを飲んだ。

 その味は、思わず顔をしかめるほど、どろりとした甘さだった。


 おもむろに鞄から携帯を取り出し、机に置いた紙切れの番号をアドレス帳に登録する。


 画面に表示された渡辺先生の名前と電話番号を見つめて、ふと疑問が湧いた。


 私は躊躇の後に画面の電話番号をタッチした。

 長いコール音の後に他人行儀な彼女の声が聞こえた。


「先生って、下の名前、何ていうんですか」


雑踏の中、心底嫌そうなため息が聞こえ、私は自分の勇気を称えて電話を切った。


 彼女とのこの先の関係は私が作るのだ。


 感じたことのない優越感が心の隙間にぴたりとはまった。カフェの外に見える景色がいつもより鮮やかに見える。



 午後の日差しが陰る中、私は携帯を握りしめながら、面接が終わるのは何時頃になるのだろうと考えた。







....Fin

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