終章
家臣達からの打診はあったものの、結局、景炎は皇太子の位に就くことは固辞し、皇帝もその方がよいだろうという結論をくだした。異母兄の第二皇子が新たな皇太子となり、今宮中の人事改革が進められているところだ。
春華の罪は公の者とされ、皇帝一族の葬られている墓所の守人となることが決められた。先日、墓所に護送されていったところだ。
生涯、都に戻ることは許されないし、身の回りの世話をする者二名以外と顔を合わせることもない。死ぬまで毎日、先祖に自らの過ちを詫びる日々が待っている。
「お前は、姉上の処分は軽いと思うか?」
「そうですねぇ……私からは何も言えないけれど。皇帝陛下が毒酒を渡しても、不思議ではないと思いました」
皇帝まで爆殺しようとしていたのだから、処刑されても驚くほどのことではない。けれど、流刑に止めたのは、皇帝の甘いところなのかもしれなかった。
――それについて、私がとやかく言える立場でもないし。
さらに皇太子である龍炎についても、廃嫡が決定した。皇太子としての地位を奪われただけではなく、皇子としての地位も奪われた。春華に操られていたとはいえ、彼の罪は重い。
今後はただの領主として、皇帝の指定した領地を治めることになる。その領地も、土地が荒れた貧しい場所だから、これから先苦労することになるだろう。
こちらも、生涯成都に戻ってくることは許されていない。
あまりにも彼の犯した過ちは、過ちですませるには大きかったということだ。
「……それにしても、楽しみですね。国内を見て回るの」
新たに皇太子になった第二皇子は、景炎を敬遠したりしなかった。
それどころか、自分を助けてほしいと言ってくれて、皇族を守る軍を新たに組織。そこの将軍に任じるよう皇帝に働きかけてくれた。軍部における景炎の影響力は今まで以上に大きくなることになるけれど、それでいいと周囲の人達誰もが認めてくれている。
蘭珠の頭を自分の肩へと引き寄せて、景炎は小さく息をついた。
「こういう時、普通なら後宮で待たせておくんだけどな」
「待っているより、一緒に行きたいです。自分の身ぐらいなら守れるの、景炎様も知ってるでしょ?」
「だから心配なんだ! 屋根によじ登るわ、そこで剣を振り回すわ、飛び降りるわ……!」
額に手を当てて、彼が嘆息する。横から口を挟んだのは、鈴麗だった。
「それについては、諦めた方がよろしいかと思います。蘭珠様が、この先変わるとも思えませんもの」
鈴麗もあいかわらずだ。蘭珠と景炎に心から忠誠を誓ってくれている。
信頼できる鈴麗が側にいてくれるのは蘭珠としても安心だったから、何一つ口を挟むことはなかった。
「それもそうか」
「そうです。蘭珠様に無茶をするなと言う方が無理なんですよ」
鈴麗の言葉に、景炎がにやりとする。
いつの間にか、この二人はすごく気が合うようになっていたみたいだ。仲良くしてくれるのは嬉しいけれど、二人揃って蘭珠をやり込めようとするのはやめてほしい。
「別に好き好んで屋根に上ったわけではありません! もう、二人揃って言いたい放題なんだから!」
正直に言えば、屋根に上るのは二度とやりたくないが、今言っても説得力はなさそうだ。
二人を言い負かすのは諦めて、蘭珠はおとなしく馬にまたがる。
馬上からぐるりと視線を巡らせれば、蘭珠の身の回りの品を積んだ荷馬車に護衛の兵士達。皇子とその妃の旅支度だから、行列もかなり長くなっている。
「全員用意はいいか? では、出立!」
景炎の合図を受けて、一行はゆったりと動き始めた。
これから半年にわたって、国内のあちこちを視察し、戻ってくるのは秋になってからだ。
まさか、この世界で、こんな平和な時間を過ごすことができるなんて思ってもいなかった。
――未来は、自分で掴むもの。
馬を歩ませながら、蘭珠はそう思う。景炎が死ぬ未来を避けたいと思った。
だから、記憶がよみがえってから懸命に努力した。
「言っておくが、これからもっと大変になるぞ」
「……わかっています」
蘭珠が歴史を変えてしまったから、これから先、景炎以外の五人の英雄が現われるかどうかわからない。
蘭珠の母国である玲綾国との仲はあいかわらず良好であるけれど、蔡国との仲は険悪なまま。
春華の方から、いつぞやぼろくそに言っていた王太子に縁談を持ちかけていたと言うから、蔡国が春華に持つ恨みも大きなものがあるだろう。
「楽しみですねえ……国中のおいしいものがいただけるのでしょう?」
不意に、鈴麗が食い意地の張った発言をして、思わず蘭珠は吹き出した。三海から献上される菓子だけでは足りないというのだろうか。今の深刻な空気は、それで一気に崩れ去った。
「好きなだけ食え。銘酒もあるぞ」
「お酒はいただけないんですよ、残念ですね。おいしいと思わないんです」
景炎と鈴麗。蘭珠の大切な二人が、こうやって打ち解けてくれているのも嬉しい。
――私は、これから先もこの人と歩いて行く。
改めてそう決意する。
自分の行動が、世界の歴史にどのように影響したのかは、これからの流れを見なければわからないだろう。
けれど、後悔なんて絶対にしない。
――ずっと、彼とともにあると決めたから。
今、あえて誓いの言葉を口にはしなかったけれど、全てを理解したかのように振り返った景炎が笑みを向けてくれた。




