百花救出作戦
景炎の調べにより、どうやら火薬は宮中に持ち込まれたらしいということまではわかった。
だが、いつ、どこで使うのかがわからない。
蘭珠、いつ、どこかを集められた情報から探り出そうとした。
「何かあるとすれば……おそらく、新年を祝う儀式の時だろう。その時は、皇族がほとんど全て集合するから」
そう景炎は言っていたけれど、今のところ宮中に異常は見受けられないようだった。
「春華様の方の動きは?」
「特に、ありませんね――でも、あの宮に入った百花と連絡が取れなくて」
「本当に……?」
鈴麗の言葉に、蘭珠は厳しい表情になった。
後宮に務めるためには、身元の調査が行われる。日本と違って写真や戸籍などがあるわけでもないから、しっかりした身元保証人がいれば問題ないという程度のことであるが。
蘭珠の仲間である菓子屋の女将はともかく、その夫は長年の間成都に住んでいる。女将が「国許から出てきた娘」という触れ込みで身元の保証を頼むという形で何人か宮中に入っているのは蘭珠も知っていた。
「ええ、女将もしっかりした娘だと言っていたのですが」
「……そう」
名前を聞けば、高大夫のもとにいた頃の姿を思い出すことができた。たしかに、しっかりした娘だったような記憶がある。
「……心配、ね」
「殿下はどうなさったのですか?」
「今夜は見回り。明日の儀式のために祭壇を設けているでしょう。ひょっとしたら祭壇に火薬を仕込む者がいるかもしれないから」
「大変ですね、寒いのに」
鈴麗が同情するような表情になる。思えば、鈴麗もすっかり景炎と打ち解けてくれた。最初のうちは、あんなにも上手くいっていなかったのに。
「お部屋を暖めておくわ。あとは身体を温めるための飲み物と」
「お酒と生姜茶ですね」
きっと景炎は生姜茶ではなく温めた酒を飲むだろうけれど、茶は蘭珠が付き合うつもりだからそれでいいのだ。
「……それで、蘭珠様は、これから何を?」
「そうね。春華様のご機嫌うかがいでもしてこようかな。もし、彼女が捕まっているのだとしたら、宮に変化があるかもしれないし」
「どうでしょうね……あの宮も広いですから」
春華公主の住まいは、蘭珠達よりずっと広い建物だ。
これは、春華が一人で使っているからではなく、皇后のもとを訪れた客人を宿泊させるための施設も備えているからなのだそうだ。
もっとも、皇后の住んでいる建物も十分広いし、客人専用の宿泊施設も持っているので、春華の宮が使われたことは今のところないらしい。
「でも、行ってみなければわからないでしょう」
蘭珠はなおも言いつのる。軽い口調を装ってはいるけれど、内心では焦っているのも本当のことだった。
もし、捕らえられている娘が蘭珠の間者だと白状していれば、春華の宮に行ったところで何かあるかもしれないという不安もないわけではない。
「ちょうど、新しい履き物が完成したところだし、届けても不自然じゃないから……いなくなったという娘が、心配なのよ」
柔らかな布に、複雑な模様を刺繍した室内履きは、蘭珠の手によるものだ。
たかが刺繍といっても、各人の癖が出る。春華はそのあたりも鋭く見抜くから、侍女の手によるものを持っていってもすぐにばれてしまう。
「そうですね、では――他の贈り物には何を」
「室内履きだけってわけにもいかないわよねえ……ああ、景炎様からいだいたお茶は? 箱に詰めて、お持ちしましょ。景炎様の領地から献上されてきたものだから、春華様のところには届いていないと思うし。」
景炎のもつ領地から献上されてきた茶に蘭珠の作った室内履き、さらに厨房で作らせた焼き菓子を箱に詰めて鈴麗に持たせる。
朝まで雪が降っていたが、今は使用人達の手によって歩きやすいように道が作られているから、問題なく進むことができる。
「あら、春華様はどうなさったの?」
けれど、春華の宮についても今日は会うことができないと断られてしまった。あらかじめ約束をして来たわけではないから、客人がいても不思議ではない。
「……では、こちらをお渡ししてくださる?」
蘭珠がそう言って、持ってきた品が鈴麗から春華の侍女へと手渡される。その時、宮廷侍医がちょうど出てきて、蘭珠と視線があった。
「春華様はご病気なの?」
一礼して立ち去る侍医を見送ってから、蘭珠は改めて侍女にたずねた。
「たいしたことは……ただの風邪だということでした。起きていても支障はないのですが、明日の儀式に差し支えたら困りますし……移してしまっても申し訳ないので今日のところはお会いできないのです」
「そうね。明日のこともあるし、今日はゆっくりなさった方がいいわ。では、年が明けたらまたご挨拶にうかがうわ。春華様にもよろしくお伝えして」
申し訳なさそうに頭を下げる侍女にうなずいておいて、蘭珠は踵を返す。並ぶように鈴麗に合図すると、足を速めて追いついてきた。
「どうかなさいました?」
「――あの侍医……どちらかと言えば怪我の方が得意なはず。なぜ、病気を得意とする侍医を呼ばなかったのかしら」
「――さあ、なぜ、でしょう……?」
以前景炎が怪我を負った時に、温泉地まで派遣されてきて治療にあたってくれたのがあの侍医だ。
むろん侍医達は皆どの方面においても素晴らしい腕の持ち主なのだけれど、どちらかといえば怪我の治療が得意な者と病気の治療が得意な者がいる。
さらには、頭痛ならばこの侍医が一番詳しい、腹痛ならばこの侍医が名医だ――というように、病気の内容によっても得意分野あって、たいていの場合は、病状にあった侍医が呼ばれるものだ。
皆が皆全てを得意になれるわけでもないだろうから、その方が、最善の治療を受けられていいのだろうけれど、風邪を引いたのに怪我の治療が得意な侍医をわざわざ呼ぶ理由はないはずだ。
「……本当は、春華様が風邪を引いたのではなくて、誰か怪我をしているのかもしれない……という可能性も否定はできないでしょ? なぜ隠すのかはわからないけれど」
「……そうですね、隠す必要はないはずですね」
鈴麗が急に立ち止まって、蘭珠との距離が空く。
「ひょっとして……拷問が行われているのでは」
拷問というとんでもない言葉に、蘭珠も思わず立ち止まった。
「拷問なんてする必要……ある?」
「連絡の取れなくなった娘です。何かを吐かせようと思ったら、徹底的にやるのではないかと。うっかりやり過ぎて、情報をはかせる前に死にそうになったら、いったん拷問する手を止めて治療することもあると高大夫から聞きました」
そう言えば、高大夫は間者達を集めた部隊の長だ。
蘭珠の前では極力見せないようにしていたけれど、拷問に関する知識も、十分持っている。
蘭珠達も、拷問に耐えるための訓練として、痛みを経験させられたことがあるからある程度は想像がつく
「春華様の宮のどこかで行われているのかしら?」
「おそらく地下だと思います。地下に、あの娘が入ってはいけない場所があると言われていましたから」
「すぐに調べて……捕らえられているようなら救出しないと……!」
ここだけの話、春華の住まいについても内部の見取り図が蘭珠の手元には用意されていた。
まずは、どこを探すべきか、それを見て決めなければ。
「後宮に入っている百花の娘を集めます。問題ありません」
「――私も行く」
「いえ、蘭珠様は部屋でお待ちください。見つかった時、私達なら言い訳が聞きますが、蘭珠様が自ら出たとなると――」
鈴麗の言いたいことはわかる。景炎の妃である蘭珠が公主の宮に押し入るだなんて前代未聞のありえない話だ。
自分で行きたいと焦る気持ちを抑えて、仲間達に任せることに渋々同意する。
「お任せください、確実に居場所を見つけてまいりますから」
鈴麗が力強く宣言する。それから彼女はますます足を速めた。
「すぐに仲間を集めて、作戦を練ります。蘭珠様は――後宮内の地図を用意してお待ちください」
――一緒に行くことができればいいのに。
でも、蘭珠自ら出てはまずいという鈴麗の言葉の意味もわかる。
大慌てで左右にわかれ、先に宮へと戻る。人払いをしてから、ここに来てからの間に書き記した後宮内の地図を広げた。




