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再び立ち込める暗雲

 いつの間にか、季節は真冬へと移り変わっていた。蘭珠がこの国で年越しを迎えるのは初めてだ。


「春華様のお手伝いにはいかなくてよろしいのですか」


「今日は……やめておこうかな。そうね、雪がひどいから」


 春華の宮に行くためには、一度庭に下りなくてはならない。窓の外は一面の雪景色。


 こんなにも雪が積もっている中を歩いて行ったら、彼女の宮につくまでに身体が冷え切ってしまうし、衣についた雪が溶けたらびしょびしょになってしまう。


「そうですね、今日はやめておいた方がいいかもしれませんね……私、使いに行って参ります……あら?」


 官吏が、こちらへと歩いてくるのが窓越しに見えた。


「……使いが来る予定はあった?」


「いいえ。私、見て参ります」


 鈴麗が立って、長裙の裾を翻し、軽い足取りで立ち去っていく。


 けれど、戻ってきた鈴麗の顔色はよくなかった。手にあるのは、『三海』の箱だ。


「ご注文のお饅頭ができあがりました、と伝言がありました」


「鈴麗、あなた注文した?」


「いいえ……蘭珠様も注文していませんよね」


「必要ないもの。使いをやるのは明後日の予定だし」


 二人は顔を見合わせた。頼んでもいないのに、届けられたということはよほどの緊急事態だ。二重になっている底を開き、そこにおさめられていた紙を広げる。


 ――皇太子の暗殺計画がある?


 記されていた内容に、蘭珠の表情が変わる。隣からのぞき込んでいた鈴麗が、声を押し殺そうとしているかのように、手で口を覆った。


 ――皇太子を暗殺したいとなると……誰なんだろう。


 皇太子龍炎は、皇太子妃の翠楽に全ての罪を押しつけ、離縁とした。


 妃を監視できなかったという理由で、再び禁則処分となっていたけれど、それももうすぐ解かれるはずだ。


 ――皇太子が失脚して利を得るのは、他の皇子達。もちろん、景炎様も含まれる、けど。


 景炎については除外していいだろうと蘭珠は考える。彼はそんなことをする必要はない。皇帝の決めた皇太子の地位を奪うくらいなら、自分が身を引く方を選ぶだろう。


 ――それとも、田大臣?


 娘一人に罪を押しつけた皇太子のことを、彼はきっと許していないだろう。皇太子の復帰と共に、田大臣も復帰してくるだろうという話ではあるけれど。


 ――どうすれば、どうすればこれを止めることができる?


「鈴麗、手紙を書くから準備して」


 この雪の中、わざわざ届けてくれた菓子屋への礼を述べる手紙を急いでしたため、待っている使いの者への返事として箱の中に入れる。


 もう一点。女将への指示も急いで書き上げた。こちらは、雪の中わざわざ届けてくれた女将への返礼の品として箱に入れた匂い袋の中に隠した。


「それから、使いにも銀子を。雪の中、大変だったものね」


「かしこまりました」


 後宮において、こうやって下賜される銀子は、給料の他ちょっとした小遣い稼ぎとなっている。こうやって心付けを渡しておいたら、使いの者達も気分よく働いてくれるから、適当な賄賂というのも必要なのだ。


 急いでしたためた礼の手紙と匂い袋を、蘭珠の『気持ち』として使いの者に持たせてやる。いつもなら、手紙だけで返礼の品まで持たせることはない。


 百花の女将ならば、日頃と違う行動を取っているから、匂い袋の中身を改めてくれるのはわかっている。


 そこには、蘭珠からの指示が記されていた。


 ――でも、これでは足りない。


 どうする? どうする?


 蘭珠は必死に頭を巡らせる。結局、出てきた答えは一つしかなかった。


 


 その日の夜、酒肴の支度を終えた侍女達は、景炎と蘭珠を残して下がっていった。蘭珠は言葉少なく、景炎の側にいる。


「どうした、今日はずいぶん無口だな」


「……お話、したいことがあります」


 手紙を受け取ってからずっと考えていた。景炎を救うためにはどうしたらいいのだろう――結局、全てを明かすことしか思いつかなかった。きっと、彼なら上手くやってくれる。


「どうした、お前がそんな顔をするのは珍しいな。何を話したいんだ?」


「ど……どこから話せばいいのか……ただ、お話をしなければ大変なことになると思って」


 景炎に、どこまで話せばいいのか口火を切ったものの蘭珠自身もまだ迷っている。景炎の方へ目をやったら、彼はじっと蘭珠を見ていた。


「今日は雪見酒のつもりだったんだがな――」


「……ごめんなさい。後にしたら……よかったですね」


 気の利かないことをしてしまったかもしれない。窓を隠している覆いを上げたら、真っ白な雪が積もっている景色が見えた。


「蘭珠がそんな顔をすることなんてないんだから、よほど大事な用件なんだろ。さっさと言え。酒はその後にするから」


 景炎の前に正座した蘭珠は、膝の上で拳を握りしめた。彼の蘭珠に対する見方が変わってもしかたない――だって、蘭珠にはこれを阻止する力はないのだから。


「……皇太子殿下の暗殺計画があります。ううん、皇太子殿下だけじゃない。皇族の方、大多数が巻き込まれることになるかもしれません――あっ」


 不意に痛いくらいに肩を掴まれる。景炎との距離は空いていたはずなのに、何時の間に蘭珠の側まで接近していたのだろう。


「どこでそれを知った?」


「……知らせが……この国に入っている、私の仲間から知らせがありました。景炎様もご存じの、『三海』の女将です」


「――何かわかったことはあるか」


「まだ、わかりません。ただ……年末年年始が勝負になるのではないかと思います。景炎様は市中の警備も担当なさっていましたね。どうか――街中に警戒をお願いします。今回は、今までとは……違う手を使ってきそうな、そんな予感がするんです」


「わかった」


 景炎は、結論を出すまで時間をかけない。蘭珠の言葉を信じてくれて、すぐに手配をしてくれた。

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