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いざ、戦場へと赴いたはいいけれど

 翠楽はよほどあちこち根回しをしていたらしく、軍が出立する時には、蘭珠達も軍に同行することが当たり前のように決められていた。


「ずいぶんたくさんの武器を持ち込むのですね」


 蘭珠達が馬車に積み込んだ剣を見て、翠楽が驚いたような表情になる。


「私達は力が弱いので……私達の力で扱いやすい剣を特注しているんです。これから行く先は戦場ですし、何があるかわかりませんから、これは予備の剣です」


「でも、私達は少し離れた場所で待つのでしょう?」


 無邪気にそう言い放つ翠楽には見えないように、鈴麗がこっそりため息をつくのが見えた。


 どうやら、蘭珠が説明をしなければならないようだ。ため息をつきたいのは蘭珠も同じだったけれど、戦場に行くということの重みをもう少し考えて欲しい。


「もちろん、私達は最前線には行きません。もし、翠楽様が軍に同行していると知られたら――敵がどういう手を使ってくるかわかりません。たとえば、少数の兵で翠楽様を拉致し、人質としようとしたら?」


「ま、まさか……そんなこと、あるはずないわ」


「何があるかわかりません。行く先は戦場――物見遊山ではないのですよ、翠楽様」


 翠楽のおかげで、景炎に同行できることになったのだから、あまりきつく言ってもしかたない。けれど、蘭珠の脅しに翠楽は真っ青になってしまった。


「え……でも……でも」


「それを懸念しているから、少し離れた場所に私達を置いておくのです。あまり勝手に出歩いたりなさらないでくださいね」


「え、ええ……」


 少し脅しすぎたかもしれないけれど、このくらいでちょうどいいと思う。


 蘭珠と翠楽が一つの馬車に乗り、翠楽の侍女と鈴麗はその後ろの馬車に乗る。鈴麗達がどんな話をしているのかは気になるけれど、今はそれ以上にこれから先のことが心配だ。


 ――景炎様の身に、何もなければいい。


 脅えた様子の翠楽ではあったけれど、戻るとは言わなかった。真っ青な顔で馬車の中では口を開こうともしなかった。


 それをいいことに、蘭珠も自分の考えに沈み込む。


 ――景炎様の最大の敵は……今は皇太子龍炎。もし、今回のことを乗り切ったとしても、次から次へと難題は押し寄せてくるはず。


 配下の者からの報告によれば、今回皇太子が蔡国との戦に赴こうとした背景には、なんとかして景炎を追いやろうという思いがあるからのようだ。


 ――どうにかして、景炎様の弱みを掴んでやろうということなんだと思うんだけど。


 弱みを掴もうとしているだけならばいい。


 けれど、もし。


 ――戦のどさくさ紛れに、景炎様を殺そうなんて動きにならなければいいんだけど。


 戦場では何かあるかわからない。


 馬車の正面に座った翠楽は、露骨に不満そうな顔をしている。


 ――翠楽様も、何もなければいいんだけど。


 きっと、蘭珠のその願いは無駄になってしまうんだろうけれど。


 軍隊と一緒になって、何日か馬車に揺られた後、蘭珠達がとどまるように言われたのはある小さな村だった。


「一緒に、行ってはいけませんか?」


 翠楽が龍炎に向かってすがっているのを、蘭珠はなんとも言えない目で見ていた。今はもっと他にやらなければいけないことがあるだろうに。


「景炎様、お帰りをお待ちしております――どうぞ、注意なさって」

「ああ、わかっている」


 翠楽の我儘のために、ここで何人かの兵士を割かなければならなかった。そのこともまた、龍炎をいらだたせているようだ。


 蘭珠達を残し、龍炎と景炎はさらに前へと進んでしまう。彼らの姿が見えなくなるまで見送って、翠楽は半分泣きそうな顔になっていた。


「……ここでお別れになるなんて」


「最前線まで行かないのは当然でしょう。ここならば、会おうと思えば、すぐに戻ってくることができます」


 おそらく、それはないだろうと蘭珠は思う。最前線から離れるなんてありえないことだ。


 ただ、ここに来るまでの間も、翠楽と龍炎の間にはほとんど会話がなかったように思えた。


 そんな関係では、たとえ他の女性を排除したところでうまく行くようには思えない。


「……さて、私達は、私達の仕事をしましょう」


 蘭珠はぱちりと手を打ち合わせた。


 村の中の一軒を借り上げ、礼金を支払い、しばらくの間滞在する手配をする。食事の支度は、家の持ち主と、近くにある食堂の主が協力して行ってくれることになった。


 入浴できないことを覚悟していたけれど、幸いなことに、この村には温泉が湧いている。基本的には共通の浴場を使うことになっているが、蘭珠が借り上げた家は、その温泉が引き込まれた湯殿もあった。


「湯殿の掃除は私も手伝うわ。一番大変なところだものね」


「蘭珠様まで働くことはないでしょうに」


「いえ、こういうところでは人手不足なんだから、自分のことは自分でやらなくてはね。翠楽様も……よろしいですね?」


「……え?」


 蘭珠の言葉に、驚いたように翠楽は目を瞬かせた。


「自分達の身を守るために、知らない者は身近に寄せない方がいいです。だから、自分のことは自分でやらなければいけません」


 困惑している様子の翠楽に、基本的な掃除のしかたから教え込む。


 はたきの使い方、ぞうきんの絞り方。まさか、はたきの使い方すら知らなかったなんて、想像もしていなかった。


「なんで、私がこんなことまで……」


「ここに来ることを望んだのはあなたでしょう。これ以上、兵士達に負担をかけてはいけません」


 こういう場合、物売りとしてついてきている女性達にお金を払って仕事をしてもらうという選択肢もないわけではない。


 信用できない者を入れるわけにもいかないけれど、百花の娘ならば信用できるはず。


 ――でも、翠楽様にも現実を見てもらわないと。


 蘭珠がそう思っても、当然のことかもしれなかった。翠楽の思うように物事を進めることはできないのだから、少しは努力してもらわないと。


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