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大人だけど子供みたいな / (Ⅱ)

/ 「a man × a woman」 / -後編- side:前半=美奈、後半=光







◇            ◇            ◇







それは今から二ヶ月ぐらい前の日のことだった……――。








「ねぇ、美奈、見て。あの人、今日もまた来てるよ。」




同じ職場で働く同僚の1人が、ウィンドウ越しにディスプレイされている商品が置かれてるほうを見て私に言った。


ここ数日、その男性は毎晩7時ぐらいにウィンドウ越しに10分ぐらい商品を眺めてから帰って行く。




(一体何を見ているんだろう……)




真剣な表情でそれを眺める彼を見て、私は彼が何を見ているのか気になりだした。








それからまた更に数日経った。




初めて彼がこのお店のウィンドウの前で商品を眺めているのに気付いてから、数週間経っていた。


今日、私は彼が眺める商品の辺りをさりげなく通って、彼が一体何を見ているのかを見定めようと思った。




私はさりげなく彼が見ている辺りの商品を並べなおす振りをして、


彼がどの商品を目で追うかで、どれを見ているのかを探ってみた。




まずはネックレス。


シルバーのハートにクリスタルが散りばめられたデザイン。


これは典型的な女性向けのネックレスだ。


私が勤めている店、"Heaven's door"は、女性向けアクセサリーを主に扱っていて、


特にブライダルアクセは、「女性が結婚式で付けたいアクセ」ランキングで一位を取ったほど有名で


今やアクセサリーに留まらず、ウエディングドレスまで作っている。




だけど、ここで私は一つ気付いた。




それは男の人がこの店にアクセを買いに来るってことは、


もしかしたら彼女へのプレゼントじゃないのか、ってことだ。




次に私が動かしたのは、男性がよく女性に送るために買うアクセで人気がある、ブレスレッド。


メタリックレザーのそれは、シンプルながら気品があって


20代ぐらいの女性に絶大な人気を誇っている。




が、しかしこれもハズレ。彼の視線は止まったままだった。




……と、ここで私はもう一つ思い至ったことがあった。


(もしかして、ただのプレゼントじゃなくて……)




私が次に手に取ったもの。それは結婚指輪(エンゲージリング)だ。


ただのプレゼントじゃなく、婚約指輪だとすれば……。




そう思って彼の顔、というか目の動きを気にしながら私はそれを手にとってそーっと右へ少し動かしてみた。


すると思った通り、彼の目が少し動いた。


今度はまた元の位置へと戻す。すると再び彼の目が動いた。


……が、彼は私の奇妙な行動に気付いたようだ。視線が指輪から離れ、私の方へと向けられた。




「…………」




しばらく私達は目線を動かさず、私は動かした指輪に手を伸ばしたままの体勢で静止していた。


私は始めは何も考えていなかったのだが、急に自分が恥ずかしいことをしていることに気付き


悪戯が見つかった子供のように、一目散にその場を離れた。




本来なら気まずい気持ちだけが残って、後味が悪い気持ちになるのだろう。


だけど私の心には妙な高揚感と、少しの失望感の二つだけが残っていた。


どうしてだろう。ドキドキが止まらない。




喋ったわけでもない。相手の人を知っているわけでもない。


なのにただ目が合っただけでこんなにもドキドキするなんて今までにはなかった。


加えて体が熱を帯びていた。ものすごく顔が熱い。




「一体どうしたっていうのよ……私は……――」




結局複雑な気持ちを抱えたまま、その日は仕事に集中できなかった。








次の日。何故か私は彼が早くこないか、とそわそわしていた。


朝からずっと店の中をウロウロしていて、今の私は周りから見ても落ち着きがないようで


店長から何度も仕事に集中するよう注意されてしまった。




そもそも、彼が来るのは決まって夜7時前後。


こんな早い時間に彼が来るはずなんて無いのに……。




私は彼が今すぐに来てくれるような気持ちが途切れなかった。






夕方になった。外は仕事を終えて家へ帰る人の往来が顕著になり始めた。


外はどんよりとした曇天で、人々は雨が降りだす前に家へと帰ろうと


いつも以上に足取りが速いように見えた。


当然、彼はまだ店には来ない。早くしないと雨が降りだしてしまう。


そうなるとウィンドウ越しにあの指輪を見るのは少し気が引けてしまうだろう。




私の心に焦りが生じる。




(どうか彼が来るまでは、雨が降りませんように……。)




私は店のショーウィンドウから、空へと向かって願いを込めた。








しかし、私の願いは虚しくも届かなかった。


空は私の願いをあざ笑うように、大粒の雨を撒き散らしてゆく。


外を歩く人はみんな傘を差しているのだけど、完全に傘を開いている人は


片っ端から吹き荒れる風によって、傘が裏返ってしまっている。




こんな雨の中じゃ、外から指輪を眺めるのなんて到底無理だ……。


今日はもう彼は来ないだろう。




そう思いはじめた頃、人ゴミの中をかいくぐり、傘を8割程度だけ開いてこちらに向かって走ってくる人が見えた。


それがだれか、なんて考えるまでもなかった。間違いない――。私は確信があった。




店のドアが開き、風音と共にドアのベルがけたたましく鳴った。


風と共に舞い込んだ雨粒がドアの辺りに敷かれた絨毯にシミを作り、


折りたたまれた彼の傘から、大量の雨粒が滴り落ちていた。


彼が店の中へと入ると、風は叩き付けるようにドアを閉めた。




私は誰よりも早く、すぐさま彼の元へと駆け出していた。




「いらっしゃいませ!!」




いつもの5倍の元気と、ありったけの笑顔を向けて彼にこう言った。


この瞬間、さっきまでの憂鬱な気持ちが全てこの笑顔に変わった。そんな気がした。




彼は「あ……」と小さく発音し、面食らったように目を見開いている。




「あなたもしかして、昨日の店員さん?」




「覚えててくれたんですね!嬉しいですっ!」




「あ、いや、まぁあれだけ奇妙な行動してたら嫌でも印象に残るって言うか…・・・。」




そう言って彼は頭を掻いた。


私は顔から火が出る思いだった。いっそこのまま消えてしまいたい。




だけどどうしてだろう……。彼とこうして喋れることに、とてつもない幸福感がある。


もっと彼を知りたい。ずっと彼を見ていたい……。


そんな気持ちがとめどなく溢れだしていた。




「え、えっと、それは置いておいて……。


何かお探しですよね?毎日ずっとそこのショーウィンドウの辺りのアクセ、見ていらっしゃってましたから。」




本当は何を探してるかなんて分かっている。


けれど私は彼の内心を探っていたことがばれない様に、敢えて教科書通りの接客に勤めた。




「あ、実は彼女にプロポーズしようと思いましてね……。


それで指輪探しているんですけど、イマイチ彼女が好きそうなものがどれかよく分からなくて……。」




やっぱり彼が探していたのは婚約指輪だった。


予想はしていたものの、やはり彼には心に決めた女性がいると分かり、私はとてもショックだった。




けど、自然と顔に悲しみは出なかった。




ある程度予想できていたから?いや、違う。


これが私の仕事だからだ。仕事に私情は挟んじゃいけない。


どんな事情があっても相手は大事な"お客様"なのだ。お客様が満足いく商品を紹介するのが私の仕事。


それを全うしない限り、私の気持ちはこの空のようにどんよりしたままな気がした。


しかし、意外にもあっさりと笑顔を作ることが出来たことには私自信も驚いた。




「えっと、婚約指輪ですよね!こちらになります。」




私は彼を指輪のコーナーへと導き、一つ一つ指輪の解説をしていく。


その解説を彼は熱心な様子で深身になって聞いていた。


途中、私は不謹慎だとは思ったけれども、彼がどんな表情をして指輪を見定めているのか盗み見てしまった。


そっと下から彼の顔を覗き見る……。相変わらず彼は真剣な様子で指輪を眺めていて……。


そこにあったのは愛に満ちた目線だった。




(あぁ……)




この瞬間、私は全て悟ってしまった。


私は彼を初めて見た時からこの目線に惚れているってことを。


誰かを一途に思う気持ちが込められたこの目線から、


この人はひたすら真っ直ぐ人を想える人なんだって分かって、そこに私は惚れてしまってたんだ。


そして私が彼を好きなのと同じぐらい、いや、それ以上に彼は彼の彼女が大好きなんだってことを……――。












私は、自分の気持ちを全て吐きだすと、ゆっくりと歩調を緩め、そして立ち止まった。


そして彼もまた私に合わせて、立ち止まった。




「関本さん……。」




私は今日何度目にも関わらず、再び関本さんに向き合う形を取った。


これは私のクセの一つでもある。




相手にどうしても伝えたい気持ちがあるときは、やっぱり真正面からぶつからないと届かない気がするのだ。


それは気持ち的にも、物理的にも共通するところだと思うから……。


だから私は真正面に向き合って、少し背の高い彼を見上げる形で視線を真っ直ぐ相手にぶつける。


しかし関本さんは、私とは目線を合わせまいと、斜め下を向いていた。




「確かに、人の気持ちは変わりやすいです……。


それは例えるなら、初めは気に入っていたアクセサリーも、古くなって錆びてくると


新しい物が欲しくなる……。それに似たようなものです。


けれど……人間の全てがそうであるとは限らない。そう私は思うんです。」




「……それはつまり、どういう根拠で?」




さっきまで斜め下を向いていた関本さんが、今度はしっかりと私の目を見て語りかけてきた。


私は淡々と続けた。




「またアクセの例え話になってしまうんですが、


よくおばあちゃんなんかは、昔おじいちゃんからもらったエンゲージリングを大事に大事にとってますよね?


それ見て、嬉しそうにするおばあちゃんを見るたび、私は思うんです。


人間は誰しも、思い入れのあるものは簡単には捨てられない。それはアクセも人でも同じです。


強い思いいれがあるのならば、それは妥協して簡単に捨てちゃいけないんです!!」




「…………。」




「私は、この出会いにはとても強い思い入れがあります。


初めて一目惚れっていうものを経験して、ただの目線だけで相手がどんな人かが分かって、


叶わぬ恋と分かったけれど、こうしてまた恋人になれるかもしれないチャンスまで神様から与えられて。


切って捨てても捨てきれない想いがあります……。ですが貴方が私を拒めば、私は潔く貴方を諦めようと思います。


けれどこんな気持ちになってしまった以上、もし貴方を手に入れられたなら、私は決して捨てたりはしません。


それだけは、覚悟しておいてくださいますよーにっ。」




それだけ言って、私は彼を残して後ろを振り返らずにその場を離れた……。




やるべきことは全てやったし、私の想いはきちんと伝えることができた。


結果はどうであろうと、もうこの恋には後悔はない。




この空と同じように、私の心は清清しく青く澄んでいるような感じがした。











◇            ◇            ◇











「人は誰しも、思い入れのあるものは捨てられない……か。」




僕はその場に立ち尽くしたまま彼女の言葉を口ずさんだ。そう言われるとそうかもしれない。




正直、学生時代を終えて社会人になってからは、彼女と会う時間も減っていた。


学生のころは、ずっと学校が一緒だったから会いたい時に会えていたが


社会人になって別々の会社に就職してからはあまり会いたい時に会えなかった。




いや、それ以前に。




内心ではもうこの"なんとなく続いた関係"というものを自覚していたのかもしれない。


別れる機会を逃して、なんとなく続いたこの関係に、本心ではもう終止符を打ちたかったのかもしれない。




なぜなら、会社が違うと言えども会おうと思えばいくらでも時間を作って会えるのだから。


それをお互いに無理にしなかったということは、今思うとすでに気持ちが別の方向へ向いていたからなのだろう。


つまり、最初から僕には前の彼女に特に思いいれなんてなかったのだ。だけど……。




だけど、今は不思議な気持ちが満ちていた。


やはり僕は吉野さんと初めて会ったあの日を特別だとは思ってはいないし、運命なんてものは信じてはいない。


でも、一つだけ僕の中で変わった想いがあった。


それは人を好きになるまでの時間なんて、長かろうが短かろうが関係ないってことだ。




相手に何か思いいれを持つ。つまり、相手のなにかに自分の気持ちが自然と束縛された瞬間に恋は始まるのだ。




僕は彼女の真っ直ぐに僕を見つめてくるあの瞳を忘れられない。


彼女の厳然たる美しく澄んだあの瞳は、どんな宝石よりも綺麗だと胸を張って言えるだろう。




『覚悟しておいてくださいますよーにっ。』




再び彼女の声が、頭の中に鳴り響いた。




ぽちゃん、と水が跳ねる音がした。池の鯉が跳ねたみたいだ。水面(みなも)が大きく揺れている。


その様子を見て、僕は不意に苦笑いが漏れた。なんてタイミングよく跳ねたのだろうか。




次第に水面は静けさを取り戻し、時が止まったかのごとく、静止した。


僕は大きく息を吸って、そして吐きだした。




(母さんに、もう一度会いますと相手に伝えてもらわなくちゃな。)




そう胸に決めた僕は、さっき彼女が歩いていった場所となるべく同じ場所を通るように歩いた。




さっきまで無き止んでいた蝉が再び鳴きはじめた。


一匹が鳴き始めると、また一匹、二匹とつられるように不協和音を奏でだす。







空はあいかわらず雲がなく、混じりけのない青に少し橙色が混じり始めていた。









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