僕のよふねとじいさんのこと
最近、古びた日当たりの悪い喫茶店、『春陽』には新しい常連客が増えた。
一年くらい前から通う、朝の家事終わりにやってくる若いお母さんたちにその子ども。
今では立派な常連客だ。
この人達は僕が興味深そうに…というかおもしろそうに見ていたせいか軽口を叩けるくらいには親交がある。もちろん子どもたちとも仲が良い。
相変わらず片方の子のそれがもう片方の子どもに比べて極端に少ない。
一年経った今でもその差は大きく変わっていない。
だから僕はあまり関わりたくないっていうのが実は本音だ。
だが、店は華やいで活気づいて見えるし何より大切なお客様だ。
あまり深入りしないようにしながらもにこやかに接している。
今日もヨージさんは昼直前に店に出てきて、まったりとコーヒー豆のメンテナンスをしている。こんな日まで重役出勤とは…実際重役なのだが。
春美さんは朝に一日の下準備をしてからメニューにはないケーキ作りに必死だ。
そうなると必然的に僕が全体的な仕事をしなければならない。
「そろそろ着く時間よね。店の中を換気しておかないと!」
「今日は禁煙にしてありますから、少し空気を変えるくらいで大丈夫ですよ。」
「そう? 臭わないかしら? みなさん協力してくださってありがとうねえ。」
春美さんがホール中に響く声でお礼を言えば、若いお母さんたちはにこやかに「いーえー」と返し他の客たちはにこやかとまではいかなくとも、概ね好意的に答えてくれた。
全く人が良すぎるお客たちである。
「よし、できた。あとはできるだけ冷やすだけね。芦名くん、ちょっとバス停の辺りまで見てくるからお店よろしくお願いできるかしら?」
「大丈夫ですよ、一応ヨージさんもいますし。気をつけて行ってきてくださいね。」
「そうだったわ、店長様がいるものね忘れてたわ。じゃあ行ってきます。」
ちらりと奥のヨージさんを一瞥してから足早に出かけていった。
「だんだん春美ちゃんは恐ろしくなってくなあ。俺だって春陽と陽介のために今日は気合入れてきてるのによう。」
「僕からみるとそわそわしてるようにしか見えませんけどね。それにしても春陽さんがこっちに帰ってくるのって久しぶりですよね。僕、結婚式以来まともに会ってないですよ。」
「明貴君が忙しいからな、なかなか時間が取れないってのが理由らしい。あっちの親御さんが口うるさいってわけじゃあ決してないぞ。」
「――大変ですね、春陽さんも。こっちに帰ってくる間にリフレッシュできればいいですね。」
「もういっそ帰らせないってのはどうだ? 陽介は店で面倒見るぞ。」
「そういうのは本人に言ってくださいって。それに終日禁煙にしたらお客さん減りますよ。」
「冗談だよ。何よりあの愛煙家の横山さんに見捨てられたら俺は生きていけねえよ。唯一の理解者だからな。」
横山さんはヨージさんいわく兄貴分らしい
。横山さんが来る日はいつも二人で話して、店の中が居酒屋のようになっている。
「そろそろ春美さんたち帰ってきますかね。ケーキ、切り分けておきましょうか。」
そう言いながら冷蔵庫のケーキを見ると、崩れないくらいには固まっていた。大丈夫だろう。
「ねえねえ芦名くん、店長さんトコのお孫さんて男の子なの? 」
おしゃべりしていたお母さんグループの一人、長田さんが声をかけてきた。
「そうですよ、陽介くんって名前です。もうすぐ来ると思いますけど…楽しみですね。」
「そうね、自分の子がこのくらい大きくなっちゃうと赤ちゃんが恋しくなっちゃうもん。でも男の子は大変よー。」
そう言いながらまたお母さん達と話し始めた。
この人の息子さんのことがなければ僕ももっと素直に話せるのにと思い見つめていたら店のドアが開いた。
「ただいま!芦名くんありがとね。ほら入って、ちゃんと煙草臭いの取ってあるわよ。」
春美さんの後ろから包み込むように赤ん坊を抱えながら春陽さんが入ってきた。
「ただいま、お父さんに芦名くん。今日から少しお邪魔するね。」
「おう、よく帰ってきた! ほら、陽介を見せてみろ。」
早く早くと急かすヨージさんに店中が苦笑いをして互いに方をすくめた。
「久しぶりねえ、芦名くん。もう二年くらい経つのに全く変わってないね。相変わらずこんな店で働いてくれて感謝感謝よ。」
陽介くんを両親に預けた春陽さんが、あははっと笑いながら僕に話しかける。
「お久しぶりです、春陽さん。直接言うのが遅くなりましたが、ご出産おめでとうございます。今日のヨージさん、ずっとそわそわしてるんですよ。あれじゃあ、店をほっぽり出して陽介くん一直線になりそうですって。」
「多分そうなるね。うん。私は楽だから良いんだけど。どうせ、お父さんろくに働かないんだもん大丈夫よ。芦名くんいるし。」
さっきから人をアテにしたことばかり言っている気がするが……。
「あの席のお母さんグループの人が、陽介くん楽しみにしてましたよ。ちょっと会わせてあげてくださいね。あ、他の常 連さんにも。」
「もちろん! そんな人達がいるなんて私も陽介も幸せ者だね。とりあえずはお父さんから陽介を奪還してこないと。」
春陽さんは颯爽とヨージさんたちの方へ向かい陽介くんを奪還すると、真っ先に長田さんたちのところへ向かってしまった。僕の方もオーダーが入ったので仕事に戻った。
未熟な話を読んでくださりありがとうございました。
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