僕と彼女のよふね7
「僕は、僕はそこまで考えることにずっと思い至らなかった。言われてみればそこにたどり着いてもおかしくないのに。ただ、嫌で嫌で厭わしくて忌まわしいと思う感情の中でしか考えることができなかった。何か意味があるなんて思わなかったし思いたくないのかもしれない。そうですね、干渉しないって決めてることは僕を守るひとつの方法でこの世界で生きるための武器なんです。」
そう、そういうことだ。
彼女と相容れないかもしれないことにたどり着き、少し態度が変わった僕に彼女は焦ったように話しだす。
「待って芦名くん。あなたが悪いんじゃないし間違っているんじゃない。そこを履き違えちゃダメだよ。違うの、それが自分を守る砦になっているのならそれは芦名くんの中の正解なんだよ。それに私だって同じ。ああやって思うことが自分を守る武器になるって知っている。それが悪いことでましてや弱い部分だとは思わない。だって自分にそのプライドがなければこんな奇怪な状態で生きていくことはできないよ。私に流されないで芦名くん。」
目の前にいる人は、僕以上につらい経験をしてきているのかもしれない。その上で思う道を選んだのかもしれない。
そう思っても、底の部分で自分へ向けられる劣等感がじわじわと砂に水が染み込むように侵食して、ついには思い泥の感情だけが表面化していく。
こんなに暗い重い自分の気持と対峙したのは初めてのような気がする。
一石投げられただけで理性の思考が簡単に剥がれていくのが手に取るようにわかる。
望月さんの言うことはやっぱり正しい。
そういつも正しい。それはわかっているし彼女の言葉から見える優しさも受け取れる。
でもどこか、何かが抵抗するのだ。僕は昔と変わらない、子どもなんだ。
「すみません、わかってるんですけどどこか引っかかって……情けないですね。望月さんの言っていることが、僕の中で は正しいことに思えるんです。でもそうわかってもあなたの言葉を受け入れてみても僕はやっぱり望月さんのように【数字】向き合うことができません。――でもある意味では、干渉しないことそれこそが僕にとっての向き合い方なんだと思います。」
彼女は射るような、鬼気迫る眼差しでずっと僕を見つめている。またも互いに見つめ合いややあって、顔を緩めて息を細く吐き出すように話し出す。
「私たちのこの力は何のためにあるんだろうね。意味付けしてみても理不尽としか思えないよ。どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだろうね。」
人が消えていくのを見てるだけなのはつらいよ。
僕達の苦しみはそこにある。でもその苦しさは僕達だけに与えられたものではない。
どんな事情があったとしても遺される者たちが死に干渉することなんてできない。
見ているだけでなにもできないのは酷く自分の心を傷つけるものだ。しかも傷つけた相手は僕らのことに気づきもしない。
両手で包み込んだコーヒーカップを口元へ運んだら感傷的な気分が少し浮き上がった。
「まだ他にも僕らと同じ人間がいるんでしょうか。実は思うよりも多かったりして。」
半ば冗談で言ったことだが意外にも彼女は真面目な答えを返してきた。
「けっこういるんじゃないかな。私みたいにところ構わずに声をかけないだけで。思い過ごしかも知れないけど、何度か私と同じ方向に視線が釘付けになってる人を見たことがあるんだよね。その人たちの表情はそれぞれだったから確実に、とは言えないけど。」
「僕は望月さんが初めてですけど、多分出会っていたとしても気づかなかったでしょうね。周りなんて見ている余裕が無 かったですから。はあ……こうして話しているとつくづく自分が情けなくて仕方がないです。」
歳もそんなに変わらない彼女と僕は、同じ課題を与えられてもこんなにも答えが違う。
ふと国語の回答みたいだなあと思う。決められた答えがあるけど、それを導き出す過程や少し違った解釈でそれぞれの回答は変わってしまうものだ。
僕とこの人はきっとお互いが相容れないけれど、それでも行き着く場所は同じのような気がする。
「私も初めてあの人と会ったときに同じ事を思ったよ。あの人は全てを受け入れていて、
自分ができることとできないことに明確な線引きをしていた。でも時々は柔軟でいて、そのせいで酷く傷ついたことが あるって言ってた。今はそれがどんな意味なのか分かる気がするのよ。」
僕にも彼女のように彼女の言うことが理解できる日が来るのだろうか? 僕みたいな誰かにこうして話す機会も訪れるのだろうか。
「――そういえば、いくつの時にその人と出会ったんですか? 」
「私が大学に入るちょっと前だから18の時かな。だから8年前。あの時は偶然お互いが同じ事故の場面に居合わせていて、面識は全くなかったんだけどあっちが私のアレに気づいたみたいでパニックになっている私を助けてくれたの。アレについて確信はなかったみたいだけど、その時の私は相当に凄い顔をしてたからどちらにしろ放っておくことができなかったって言ってた。」
純粋に思い出を懐かしんで苦笑する彼女に当時のその様子に想いを馳せる。
次いでぐっと湧いてきた感情をいなしながら尋ねる。
「その人とは今も会っているんですか? 」
会えるのなら僕も会って話したい。
「会ってないわ。しかもその事故の時に会ったきり。何度か手紙のやり取りをしたけどそれから会うことはなかったよ。海外に行くことになったって言われてから手紙もなくなっちゃって。――もっと話したいことがあったのになあ。」
またお店に通うからよろしくねと言って望月さんは帰っていった。
今は職探しの傍ら羽休めをしているらしい。
その場所に春陽は最適なのよと言った彼女はいたずらをした子どものような顔で、望月さんそのもののように感じた。
未熟な話を読んでくださりありがとうございました。
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