彼女と僕のよふね4
いつも通りに今日の昼の予約数を確認すると、少数ではあるが団体が2件入っていた。
他は個人客だが、なるほど朝に1件入っているからヨージさんは朝から出勤を余儀なくされたってわけか。
今朝急に予約が入ったようだ。なるほど…きっと叩き起こされたんだろうな。
馴染み客が多いせいか、今日のように突然予約の電話が鳴ることがある。
それも当日の朝、というのがことのほか多くて予約準備係りの僕にはちょっとした頭痛の種だったりもする。
最近はその客たちを把握できるようなにってきたのでなんとか要領よくやっているが。
とりあえずは焼きゴテを温めて、ヨージさんからパンを貰いに行こう。
それから野菜を切って…とあれこれ考えているうちに、大方の予約分の準備が終わった。
今日はフロアに回る前に、サンドイッチの切れ端であるパンの耳で揚げパンを作らねばならない。
これは数が溜まってくると定期的に行なっていて、予約分におまけとして付けたりコーヒー類と一緒に出したりする。
それは今やサンドイッチと同じくらい評判が良くなって、余った分は一袋ごとにまとめて安く売り出している。
不定期に売っているものなのにどこから聞きつけたのか、買いに来る客もおり早いペースで売り切れてしまう。
この、パンの耳揚げパンの考案は僕なので正直に嬉しいことだ。
今日の分と冷凍庫にストックしてあるパンの耳を持ってきて下ごしらえをしてから順に揚げていく。
その単純な作業に、ふと望月さんを思い出す。
今日はとうとうやってきた約束の日。彼女は僕に何を話そうとしているのだろう。
やっぱり僕が思うものとは全く違うことなんじゃないのか。
どうにも疑心暗鬼になってしまい、ついには逃げてしまいたくもなる。
たかが会って話をするだけなのに。
だだ反面には奇妙な高揚感も脈うっていて互いがせめぎあって今の心を保っている。
だが行き着く思いは、自分と同じであって欲しいということただそれだけなのだ。
すべてを揚げ終えて、パッキングも済ませてからフロアに出る。
今日は少し遅くなってしまったので昼時に差しかかる時間になってしまった。
春美さんに悪かったな、と小さく謝りながら各テーブルに揚げパンを配りに行く。
フロアには午前中の仕事を終えた若いお母さんたちが談笑する横でこちらも楽しそうに笑う子どもたちがいた。
こちらは珍しいことに、子どもどうし話すだけで退屈をしのいでいるようだ。
その光景が微笑ましく思えてしばし見つめていたが、片方の子どもを見て入り込んだものに視線を逸らした。
ちょうど背後の席のサラリーマンに呼ばれたのでトレンチだけ持ってテーブルへ向かう。
僕には関係のないことだ。
「お疲れさま。休憩に一杯コーヒーでも飲まない?」
春美さんの一声で、もう16時を回っていることに気づく。
午後からは最近では珍しいのだが注文が大量に入ったのでヨージさんはパン焼き、春美さんは買い出し、僕はサンドイッチ作りとフロアの仕事でてんやわんやな状態だった。
「ありがとうございます、いただきます。はあ……こんなに忙しいのって久しぶりですね。あの年季の入った焼きゴテが これ以上ないってくらい大活躍してましたよ。」
今は数人しかいなくなった静かなフロアのカウンターに腰掛けながら吐き出すように話す。
春美さんはさすがに疲れが見えているが、ヨージさんは意外にも元気そうなので内心で少し驚いた。
一休みしながら僕達の真横から流れるジャズに頭がボーっとした。
「若いのにお前、このくらいで疲れてどうするよ。そんなんじゃあこの前の彼女とのデートも散々な結果になっちまうぜ?」
どうして後で望月さんと会うことをこの人が知っているんだ。
と思うが、いつものからかいだ、いまだにネタとして僕の事をからかっているんだろう。
普通に考えてバレるわけがないのについ動揺してしまった。
とっさの勘違いに恥ずかしさをごまかすため、僕は意識して眉間にシワを寄せた。
「もう、あなたの倍は働いて疲れてる子をからかうなんて、もう少し考えてものを言いなさいよ。悪いわね、芦名くん。いつも通り相手にしないでいいから。」
「なんか今日は一段と俺に冷たいな春美ちゃん…。最近秋也ばっかり味方に付くんだよなあ。」
「だって芦名くんのほうがあなたより勤務態度が優秀だもの。今日は本当に助かったわけだしね。何ならあなた、朝の5時から熱心に働いてみたらどう?」
「…そこを突かれると何にも言えねえや…。」
話している内容は苦いものなのに、2人の…特に春美さんの表情は柔らかい。
「それは置いておくにしても、芦名くんって恋人はいるの?」
妙にキラキラとした目で身を乗り出しながら聞いてくる。
「――そんなおもしろいネタを見つけた!って顔で見てきても、残念ですが期待には応えられないですよ。」
まったく、ヨージさんのやぶ蛇がこっちに飛んできたではないか。
「全くいつ聞いてもその答えじゃねえか。本当ストイックに生きすぎてるよなあ、秋也は。」
「それは私も思うわ。もっと遊んだりしてもいいんじゃない? 恋愛ごと以外でも、ほら…大学とか専門学校とかに行ってみるのも良いと思うし。」
時折春美さんはこんな話をしてくる。だが、これに関しては僕はまだ一度も答えを返していない。
「最近思うのよ、うちの春陽が結婚したでしょ。それを見ていたらね、若い人にとって何が自分のプラスの面を大きくさ せることができるのかなって。そう思うとつい、ね。まあ、余計な老婆心になってしまって申し訳ないけど。」
赤の他人の僕のことを考えてくれるのはとても、とても嬉しいことでありがたいことだ。
そう思うのだがどうしようもない気持ちでいっぱいになってしまうのだ。
だからせめてもと、誠意だけは返したいのだが。
「いろいろ、思うことはあるんですよ。いつも気にかけてくださってありがとうございます。」
苦笑する僕の後ろで、店のドアが開く音がした。
仕事モードに戻らねばと思いイスから立ち上がる。
このやりとりの間ヨージさんは何も喋らず、ただコーヒーを飲んでいた。
「お疲れ様でした、店閉めてきたんで先に上がらせてもらいます。」
夕方からはいつもの回転率に戻り、明日の分の仕込みまで終えることができた。
「おう、お疲れ! 帰る前にそこの揚げパン一袋もってけ。腹減っただろ、帰りに食べな、美味いぞ。」
僕が作ったんだぞ、というツッコミはやめておいて一袋カバンに入れてお礼を言う。
「また明日もよろしくねー!」とキッチンの奥のほうから春美さんの声が聞こえた。
もう一度、お疲れ様ですと言いながらドアへ足を向けると、
「彼女によろしく、うまくやれよ!」と忘れた頃に休憩中のやぶ蛇が飛んで来た。
やっぱり知っているのか。それには返さず、僕は今からのことに頭の中をいっぱいにした。
さて、どう話そうか。
待ち合わせている時間まではまだ30分はあるのでバスには乗らず、ゆっくり歩きながら整理することにしよう。
まだ肌寒い空気が心地良い。
未熟な話を読んでくださりありがとうございました。
ポイント評価だけでもお待ちしております。




