僕と彼女のよふね5
ファミレスに入って店内を見渡せば、禁煙席の窓際に彼女の姿があった。
昨日のように手元の本に視線は向いているが、あまり集中していないようだ。
そちらに歩き出すと目が合って、お互いに軽く会釈をする。彼女の表情はにこやかに見えるが少し固い。
言わずもがな、その時の僕はにこやかとは程遠い顔をしていたらしい。
後になって彼女が笑いなからそう言った。
「こんばんは、少し遅くなっちゃいましたか?」
「いえ、早めにきてごはん食べてたんで大丈夫ですよ。お仕事、お疲れさまです。」
にっこり笑いながらコーヒーを飲んでいる。席に着くと僕も軽く注文を済ませて一息ついた。
僕が届いたアイスティーを一口飲んだ所で彼女はこころもち神妙な表情で、
「芦名さん、来てくださってありがとうございます。突然で恐縮ですがあまり遠回しに言うのも嫌なのでここからはなる べくはっきり言いますね。芦名さんも私に気を遣わないでくださると嬉しいです。」
とまるで何かの面接の試験官のような口調で言った。
「わかりました。それじゃあ、本題に入りましょうか。」
僕も異存はない。少し声が上擦ってしまったのは、仕方ないから気にしない。
この前と同じように彼女は言いよどみつつ語りかけた。
「昨日も言いましたが、芦名さんは他人の背中に【数字】が見えませんか…? 私は物心ついた頃にはそれが見えました。」
言い切った後、目の前の彼女は少し深呼吸。
「そうですね、僕も見えています。多分生まれた時から。そして、その【数字】が意味するものもおそらく知っています。簡単に言ってしまえば、その意味は、」
「人の寿命、ですよね? 」
僕に続けるようなタイミングで彼女が言った。他人から聞くと一気に現実味を帯びたようで、心の準備をしていたのに息がヒュッと詰まる。
「――そうです。僕は、ちょっと言い方が悪いですが『残りの日数』で見えるんですけど、そこは望月さんも同じですか?」
すると彼女は周りを見渡して、ある一点に視線を留めた。
「ええ、一緒です。例えば…レジの近くの席の夫婦って見えます? そうです黒っぽい服の男の人とチュニックの女の人です。…旦那さんの【数字】は9496日。―って感じでしょうか。」
9496、僕にも同じくそう見える。ただ一つ、向かいの奥さんよりもかなり日数の差があることが気になる。
明らかに奥さんのほうが“大きい”。
「あの夫婦、あと9千日くらいしか一緒にいられないんですね。」
僕がそう言うと、頬杖をついて斜めから夫婦を見ている望月さんはポツリとつぶやく。
「そうですね、そもそも桁が違ってますから―。」
見つめたままどちらともなく無言になって、僕は逡巡したのち口を開いた。
気になることがまだ幾つか残っていた。
「望月さんは自分の【数字】って見えますか? 僕の場合は見えないんですけど…。」
「ああ、それ私も気になってたんです。やっぱりこれも同じみたいですね、私にも見えません。興味本位で何度か見ようとしたんですが結局は今のところ一度も見たことはないですよ。」
これは彼女が予想していた通りのようで、僕自身もなんとなくそう思っていたので違和感はなかった。
するとその答えに何か感じたのか確認するかのように彼女はもう一度口を開いた。
「芦名さんには私の背中に【数字】は見えていますか?」
見えていない、それは先週と今日で確認している。だがはっきり言えず思わず閉口する。
この人は自分の死期を知りたいのだろうか。
彼女の背には【数字】がない、それは彼女の死を意味する。
今日のことに期待しながらも気がかりだったこと。
あの時からこの人は僕が同じだと確信していた様子だ。
この人は、何かを知っているからそう尋ねた…?
何もかもに仮説しか立てられずに混乱している脳内で期待する答えが浮上する。
しかし目線だけは目の前の彼女に向いたままで逸らせない。
そんな僕に彼女はどこか諭すような、言い聞かせるような声色で少しの笑顔を浮かべた。
「―――『また会ってしまった』と思って驚いてます? でもとりあえずは安心して良いですよ。多分ね、同じなんですよ。私にも、芦名さんの背中に【数字】は見えません。最初は『会ってしまった』と思った。私は背中に【数字】がない人は2種類に分けられると知っています。まあ正確にはわからないんですが。実は先週の芦名さんの反応でなんとなくもう一つの…『あっち』の可能性の人じゃないと思ったんです。あの時しつこく2日後について聞いたのはその為です。」
「2種類――? 」
「そう2種類。死期が迫った人間ともう一つ。……芦名さんは自分と同じ力がある人に会ったのは私が初めて? 私は少し昔だけど、同じく【数字】が見える人に会ったことがあるの。その人が芦名さん…芦名くんと同じようにとまどっている私に、この力のことと彼の経験でわかったことを聞かせてくれた。その時に力を持つ者同士のことも教えてくれたの。お互いの【数字】は見ることができないって。」
ごめん、言葉を崩して話してもいい?と聞いてきたので、どうぞと言い先を促す。
「僕達のほかにも、いるんですか…。」
展開が早すぎて何がなんだかわからない。
疑問が溢れてさっきから少しズレた反応しかできていない。
「いる。といっても私が会ったのはその人と芦名くんだけなんだけど…。そうだ、大切なことを伝えるの忘れてた。―― 改めて、あなたに会えて嬉しく思ってる、芦名くん。」
一息つくようにゆったりとした口調でそう言って続ける。
その言葉に少し落ち着いた僕は生返事をしつつも先を促した。
「その人がね、今の芦名くんみたいに混乱していた私に教えてくれたの。同じ力を持っている人同士には互いの【数字】が見えないってことを。普通の人みたいに先が見えない人がいるってことを。ただ、彼の経験だけの話だから絶対にそうかはわからないけど。それでも初めて、先がわからない人に出会えたことが嬉しくて仕方なかった。」
だから。
「そう、見えない…んですね。もうすぐ死ぬのを見ているんじゃなくて、見えない。」
僕は望月さんの未来は『見えない。』
――でもそれって、紙一重で。
「そう、私たちはお互いに見えない。だからこうして確認し合わない限り、互いに死期の近い人に会ってしまったと思い込んでしまうだけになってしまう。まあ、未来が見えないってことが普通の人と同じ感覚でいられるメリットなんだけど。」
僕の考えを読んだように彼女は続けた。
「そう、ですね。これが普通なんだ…。」
ポツリとつぶやきながらこの人の前では【数字】の意味に気づく前の僕に戻ったってことなのかとしみじみ思う。
じわじわと何かが湧いてきて脳がふるえるような感覚が起きた。
だが反面、この人がいつ消えてしまうのかわからない、1秒後に死んでもおかしくないんだと思うと、その初めての感情にガンッと頭を打たれたようだった。
目の前で平然としているこの人も昔は同じ気持ちになったのだろうか。
周りの人はこれが普通だというのに。
どこか重くて息苦しい感情に引きずられそうになるのを堪えながら、あることを思い出した。
「あの、そういえば望月さんは、僕の反応に死期が迫っているわけじゃないって思ったんですよね。何かおかしかったですか? 」
心当たりが少しあるだけに引っかかっていたことが口をつく。
「フフフッ、うん、おかしかったかな。だって【数字】って言っただけで固まっちゃうんだもん。」
よっぽど驚いたのね、それに今となれば確信が持てたし。と少し堪えるように笑っている。あの時の僕は彼女から見ると相当わかりやすい態度だったらしい。
何しろ初めて会ったのだ。そうなっても仕方ないじゃないか。
顔が熱くなるのを感じながら、左手の甲で頬をおさえた。
「もう、そんなにからかわないでくださいよ。――僕はできるだけ、というか徹底的に【数字】のことには関わらないようにしてるんです。ましてや今回は僕から動いたわけじゃないから余計に混乱してるんですよ。」
少しぶっきらぼうな口調になってしまいながらも彼女を見ると不思議そうな、でもどこか見通すような顔でこちらを見ていた。
さっきから思ってはいたがくるくるとよく表情が変わる人だと改めて思う。いつの間にかお互いに会話も打ち解けているし。
互いに見つめ合ったかと思うと、ややあって彼女が口を開く。
「そう、芦名くんは干渉しない人なのね。私とは正反対だわ。私も芦名くんみたいにそうあろうとした時期があったんだけど、どうにもやっぱり私はそれができない人間だったから。自分でも損だなって思うんだけど。」
どうにもならないのよ。
「ってことは……もしかして望月さん、【数字】が消えた人みんなに、“残り時間”のこと伝えてるんですか…?」
そうだとしたら、今までにどれほどの――。
「うーんそうね、さすがに全員ってわけじゃないけどなるべくそうするようにしてる。でも、私にもそうするかしないか のラインがあってポリシーもある。それは【数字】が消えた人にしか伝えないってこと。」
「でもそうだとしてもその人が死ぬ7日前じゃないてすか。それって、結局 ――」
残酷なだけじゃないか。
未熟な話を読んでくださりありがとうございました。
ポイント評価だけでもお待ちしております。




